第40話 三階の決着

 ──あり得るはずのない声がした。


 そう。確かに息の根を止めたはずだ。もう既に死んだはずだ。

 なのに何故ヤツの声が聞こえる?

 一瞬、ここと冥界と繋がってしまったのかと錯覚を起こした。だがしかし、背後からする声は幻霊や亡霊の類ではない。歴とした人間の声だ。


「……貴様は確かにこの手で殺したはずだが?」


 アスタロッテはかつて無いほど、憤怒に満ち溢れていた。

 殺した確信を裏切られた屈辱と自身の詰めの甘さからくる、どうしようもない怒りに染まっていた。


「ああ。確かに死んだと思ったぜ。全く、敵ながらすげぇな」

「……もういい。その口を閉じろ。今度こそ、あの世に送ってやる」


 恐るべき緩急。静止状態からコンマ二秒で十数メートル離れたドグに肉薄する。

 散っていく木の葉が地に落ちるよりも早く駆動する両脚。


 九死に一生を得たドグとはいえ、もう一撃食らえば今度こそ助からない。

 しかし、それでも彼の突撃を真正面から迎えるドグ。


「最大の一撃を以って、貴様の命を頂戴する────」


 容易くドグの懐に入ったアスタロッテ。

 彼が使えうる最大の一撃を繰り出すつもりだ。


 人体を破壊するのに特化した拳術の真骨頂。

 アスタロッテ曰く、この一撃を食らって再び立ち上がった者はいないという。

 まずそもそも、撃たせるに足る相手が居ないのだとか。


 ドグとアスタロッテは、お互いに最大の好敵手といえよう。


「砕け散れ────体解拳たいかいけん!!!」


 正真正銘、最後にして最大の一撃。身体を解体する一撃必殺。ソレは相手を必ず死に追いやる技。


 アスタロッテの放った拳は、ドグの体を崩壊させる。


「………………なぜだ」

「…………」

「なぜ、お前は────」

「…………」

「なぜお前は、立っている…………!!!」


 それでもまだ、ドグは生きていた。


 今まで恐れる感情を抱いたことがないアスタロッテが、初めて鳥肌を立たせた瞬間だった。


「そりゃあ簡単だぜ、ホークボーイ。愛と怒り、そしてほんの少しの気合いがあれば、男ってのは立っていられるんだ」


 ボロボロの布切れを想起させるような見た目になっても、未だ前を見続ける男がそこに立っていた。


「だからよ、勝利はオレが貰っていくぜ」


 呆気に取られているアスタロッテの頭をすかさず鷲掴みにするドグ。


「な────」


 気づいた時には遅かった。

 まるで岩が顔面に降ってきたかのよう。ただでさえ、重量があり速度も増しているとなれば、それこそ一撃必殺となりえる。


「…………!!!!!」


 容赦はなかった。渾身の頭突きがアスタロッテの顔を潰す。

 そのまま背面から倒れるアスタロッテ。流石に今の一撃で意識がトんでしまったようだ。


 ……だが。彼もまた、自身の敗北を許せる男ではなかったのだ。


「ハ──そうか、テメェも持っていたか!!!ほんの少しの気合いってやつをよぉ!!!」


 飛んでいく意識をなんとか掴み取り、右の眼球を潰されてもなお立ち上がるアスタロッテ。

 残された左の瞳には燃え盛るような血気が。

 だがそれは残りの力を激しく消費して、どうにか動いてるだけ。もうこの戦いは長く続くことはない。


「俺はまだ、倒れない……!!とことんまで付き合ってもらうぞ、ドグ!」


 彼もまた、力のリミッターが外れていた。


 再びぶつかり合う二人。

 互いに防御なぞ知ったこっちゃないと、攻撃のみを続ける。

 残された力を、気を、命を総動員して奴を討つ。


「オオオオオオ────!!!!!」

「ハア────!!!!!」


 殴っては殴り返され、蹴っては蹴り返される。

 ただでさえ意識が朦朧としてるはずなのだが、彼らはたったの一秒も止まらない。


 もはや闘争本能のみで戦っている。

 急所を狙う巧さも、敵の行動を予測する冷静さも皆無だ。

 力と体力のみが彼らの唯一の武器だった。


 人体を殴打する、鈍い音が鳴り響く。

 熊同士の喧嘩を想像してもらうと分かりやすいだろう。

 余人には止められぬ闘争が繰り広げられている。


 短期決戦。この一瞬にのみ命を賭ける彼らの戦いの終わりは突如として訪れた。


「────────」

「────────」


 互いに視線を交わす二人。もう言葉も力もなくなった。

 全身から滝のように血が溢れ、身体の軸となる骨は既に折れている。

 取り返しのつかない身体の欠損も見受けられ、これ以上の戦闘は不可能。


「…………俺の、負け──か──」

「!」


 表情ひとつ変えず、彼──アスタロッテは倒れた。


「……ハ、当然だぜ。ホークボーイ」


 そう余裕ぶってみるものの、ドグの身体も満身創痍。

 アスタロッテの次に、死に一番近い身体をしているだろう。


 一歩ずつ、後退りをして壁に寄りかかり、崩れるように座り込む。

 そして、天井を仰ぎ見て、その先にいるサラを想った。


「……全く、遠すぎるってんだ。クソッ、タレ」


 肺に穴が空いたのかうまく喋ることも出来ない。

 全てやり尽くした彼は瞼を次第に閉じていく。

 それは彼の意思ではなく、身体機能の停止を意味する。


 安らかな終わりを。

 看取るものはいなくとも、彼は最後に笑って見せた。


「じゃあなサラ。リリを、頼んだ」









 瓦礫の塔、三階勝利。

 生存者、無し。

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