第39話 人を砕きし殺人拳

 ガラスが飛び散ってゴミと化した眼鏡を捨て去るアスタロッテ。捨てられた眼鏡はカラカラとゴミ屑らしい音を立てて、瓦礫の中に混じっていく。


「は────!!!」

「オラァ────!!!!」


 衝突し合う拳と拳。互いに防御はせず、相手の攻撃の全てを受けた上で己が拳を突き出す。


 それは男の意地のようなもので、互いに敵同士ありながらも互いに分かり合える仲。


 この男は必ず俺/オレが倒さなければならないと。


 アスタロッテには守るべき野望が。

 ドグには助け出すべき己が伴侶が。


 相対するその意思も、中身はどちらも同じモノだった。

 たまたま方向が真逆で、進むべき道にお互いが立っていただけ。

 ならば、ぶつかり合うのが当然と言えよう。


「どうした?一発一発が鈍いぞ。速さに勝る力などないと知ったか?」

「焦るんじゃねぇ早漏野郎。テメェの拳は魂がこもってねぇ。想いがなけりゃ、せっかくの技術が腐っちまうぜ?」


 スピードで勝るアスタロッテとパワーで勝るドグ。

 黒い鉄塊のような身体をしたドグに、間髪入れず拳を打ち込むアスタロッテ。


 一撃は軽いものの、止まらぬ連撃と着実に急所を突いてくるその戦法は、確かにドグにダメージを与えていく。

 関節、鳩尾、太腿、背中、首、全身の至る所に一撃を積み重ねていく。


 まるで散弾銃だとドグは思っただろう。


「人体を砕く拳術。それが砕拳だ」


 ただでさえ疲労を重ねてきたドグにとっては、最も受けたくない攻撃だ。

 アスタロッテも確信したはずだ。これはもう時間の問題だろうと。


 アスタロッテの体力が続く限り、この拳は止まることを知らない。ドグの命を狩り取るまで、雨のような乱撃は続く。

 いつしか、ドグは撃ち込まれ続けるただのサンドバッグと化していた。


 これはもはや、戦闘ではなく一方的な暴力。

 銃を捨てた瞬間から、彼の負けは既に決まっていたのだ。


「──誤算だったな。大人しく玩具に甘えとけば良いものを。後悔しながら死んでいくといい」

「……………………」


 悪夢のような殴打は終わり、撃ち込まれ過ぎて歪んだ身体を晒すドグ。

 着込んだ防弾チャッキもアスタロッテの拳の前には無力だった。


 各所がアザだらけで、骨折も当然しているだろう。この様子では一歩踏み出すだけで、全身を押し潰される痛みが襲ってくるはずだ。


 大きな岩の様な身体をしているのにも関わらず、今ではそよ風でさえも吹いてしまえば簡単に倒れてしまうだろう。


 もう言葉も発することができない男を前に、アスタロッテは背を向ける。


「死人に向ける言葉ではないが、もっと上手く生きられれば良かっただろうな」


 もう使い物にならなくなった眼鏡を拾い上げ、上層へ向かうアスタロッテ

 彼はまだ止まらない。敵勢力を無力化する為、全力で戦うのみ。










「──────気は……済んだか?ホークボーイ」

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