第38話 鷹の目の男

「アルマは俺にとって弟のような存在だった。……よくもやってくれたな、黒ハゲ」

「サラっていう女は俺の妻だ。よくもやってくれたぜ、ホークボーイ」


 瓦礫の塔、三階にて二人の男が睨み合う。

 生暖かく静かな風が二人を取り巻く。

 この沈黙で口があっという間に乾いてしまった。


 この塔には何もない。故に武器となるものも存在しない。

 両者共に手の内は限られており、下手に攻撃を仕掛けられないのだ。


「舐めてもらっちゃ困るぜ。テメェ、得物ぐらいは用意してねぇのか?」

「安心しろ。その心配は杞憂だ。貴様程度など、徒手であの世に送ってやる」


 構えの姿勢をとる鷹の目の男。

 独学なのか、誰かから伝授されたのかは不明だが、何かしらの型はある様子。


「若いってのはいいねぇ。勢いってのが段違いだ。だが現実を教えてやるのが大人の役目ってやつでね。何千、何万回拳を打とうと、たった一発の銃弾には勝てねぇのさ」


 手にした小銃を構えるドグ。

 銃弾と男の拳どちらが速いかなぞ、火を見るよりも明らかだ。

 しかしとて、ここで油断をしないのがドグ。

 例え相手がどんな奴であろうと、ここで倒すと決めた男に油断などあってはならない。


「──試してみるがいい。貴様の常識を、我が拳で打ち砕いてみせよう」


 瞬時に走り出してくる鷹の目。まんまと射線上を直進してくる。

 当然、銃口はそれを捉えていた。もちろん引き金も引いた筈だ。鼓膜を切り裂くような銃声も確かに聞こえた。

 ……慢心など、微塵もしていなかった筈だった。


「なん、だと──!?」


 鷹の目は撃ち出された銃弾、その全てを避け切っていたのだ。

 まるで瞬間移動。体の正中線を射線から僅かにずらし、類い稀なる身体移動によって銃弾を完璧に避けていた。


「この世にいくらでも武器はあっただろう。だが全てに限りがある。最後に勝つのは、己が拳と知れ」


 先手必勝。ドグが放った弾丸は鷹の目に届かず、鷹の目の拳がドグの身体に放たれた。


 ドグの重い身体が軽々と吹き飛んでいく。

 文字通り、常識が打ち砕かれた瞬間だった。


「がはっ──!?」


 背面から、地面に強く叩きつけられるドグ。

 衝撃で肺が痙攣して上手く呼吸が続かない。

 その上、先の戦いで銃弾も体力も大きく消費していた為、この一撃はとても重く痛手だ。


 鈍痛に意識が溺れる中、この初撃でドグは悟る。


 これはを決めなければ、と──


「どうした?それで終わりではあるまい。本来なら二撃目で終わらせるのだが、お前には苦しんで死んでもらう」

「っ…………ああ、効いたぜ。全く、容赦ってもんがねぇな」


 未だ背中に痛みがへばりつく中、よろよろとなんとか立ち上がるドグ。


「戦場にとって情けなど不要なモノであるのは、お前も知っているだろう?」

「ケッ、お堅いねぇ。冗談の一つや二つでも交えれば、少しは面白ぇんだがな」

「言葉遊びで人が殺せるなら喜んでやろう」

「……つまらねぇ男だ。すぐにテメェのブラザーの所に連れてってやるぜ」


 ドグは自分の体に鞭を打ち、諦めることなく小銃で撃ち続ける。

 もう残りの弾数も底が見えてきた。

 ここで使い切るつもりなのか、容赦なく乱射し続ける。


「だから、それは当たらないと──言ったはずだ!」


 同様に、鷹の目の男も撃ち出された弾の全数を避け、ドグに肉薄する。

 二撃目を避けられる手段がドグにはなかった。


「ぐ────!!!」


 鳩尾という急所はなんとか躱したものの、左胸に奴の拳が飛んできた。

 痛みで五感が吹き飛んでしまいそうになるも、どうにか現実を直視するドグ。


 だが実はこの時こそ反撃のチャンスと、ドグは読んであえてそうさせた。


「…………よぉ。捕まえたぜ、ホークボーイ。オイタが過ぎたみてぇだな」


 ドグは小銃を捨てて、両手で男の頭を鷲掴みにしたのだ。そして、そのまま躊躇いもなく男の顔面に頭突きをかます。


「っ────!!!!」


 あまりの痛さに声も出せず、尻餅をついて顔面を覆う男。当然、眼鏡はひしゃげて使い物にならない。


 本来、人間は力を無意識的に抑制しているのだが、今のドグにはそのリミッターが存在しない。

 覚悟を持って、全てを犠牲にしてでもサラを助け出すという固い意志が、彼の限界を棄ててしまったのだ。


 故に、それ相応の反動の痛みがドグを襲っているはずなのだが、彼はあろうことか笑っている。

 苦痛に顔を歪ませている鷹の目とは正反対。


「……所詮は人間だ。どこの拳法だがしらねぇが、この頭突きは効くだろうよ。オレが銃だけに頼ってると思ったか?」

「っ……野蛮な奴だ。戦い方に品性の欠片もない」

「テメェは戦いに華やかさを求めるタチか?残念だが、戦いは勝ち負けこそが全てだ」

「ふ。それもそうか。ならばお前には、我が拳──砕拳さいけんの極致を見せてやろう。光栄に思いながら死んでいくがいい」


 立ち上がる、鷹の目。

 その構えには、先とは違って余裕と慢心がなくなっていた。


「ああ、そうだ。名前聞いておくの忘れたな。オレはドグってもんだ」

「俺はアスタロッテ」


 ドグは完全に銃を捨て、同じ土俵で戦うつもりなのか、構えを見せる。

 ドグとて軍人崩れ。それなりの武芸は身についている。

 あとはその技量の差をどうやって埋めていくか。









「仕切り直しといこうじゃねぇか。アスタロッテ」

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