第9話 え?
安息の庭園を抜け、神秘の森が私達二人を迎え入れる。
青々とした草木に、自由気ままに駆け回る小動物達。
人間社会のような高度な文明はないが、独自の生態系を持ち、適切な生命サイクルにより森の運営を行なっている。
廃棄されるだけのこの世界で、この森が唯一命の調和が成されていた。
「もうちょっと先だよ!ママ!」
「おい、慌てるな。転んだらどうする」
「えへへ。大丈夫だもん!ママが手を繋いでいてくれるから!」
「む。先に繋いできたのはそっちだろう」
他愛のない話をしながら、森林の奥へと進んでいく。
樹海のような息苦しさは無く、どこまでも進もうが日の光が見守っていてくれる。
その広大さ故に迷宮ではあるが、慣れてしまえばどうって事はない。
私は魔法により家の方角を常に感知している為、家に帰ることは出来るようになっている。
最低限、帰る場所さえ分かっていればそれでいいのだ。
「ママ。またお犬さんたち、来たりしないかな?」
「ダレル。ママでは無く、ダレルと呼べ」
「ダレルママ」
「うぐ──まあ、犬に関しては安心しろ。というより、まず野生生物が私たちを襲う事は無い」
呼び方が殆ど変わっていないのはさておいて。
私は世界に嫌われている魔女である為、この星に属する生物全てが私を本能的に避けていく。
見たことが無い生物ではなく、見てはいけない非生物。
いない方がいい異端ではなく、いてはならない異物。
有り得ざる血の混ざりによって生まれた私は、誰にも手をつけられない存在となってしまった。
社会に溶け込むには存在の型があまりにも歪だったのだ。
「それで。お前の名前は何というんだ。看病に夢中でで名前を聞きそびれてしまったから、今の内に聞いておく」
「僕の名前はカウルって言うの。だからそう呼んでほしいな、ママ」
「カウルと言うのだな」
誰に名付けられたのかは不明だが、本人は自分の名がカウルである事を疑いなく認識しているようだ。
因みに、私はカウルの私に対する呼び方の修正を諦めかけている。ダメだこれは。一切直る気配がしない。
「もうそろそろか?」
「うん。ほらあそこ。僕が目を覚ました場所だよ」
カウルが指差す方向には、僅かに開かれた場所があった。
木々がそこを囲むように群生し、まるで森がその広場を抱擁している。
「ここがお前──カウルの生まれた場所か?」
「うん。ここが僕の生まれた場所だよ」
何の変哲もない空き地。人の手が加わっている様子はなく、ただただ自然の形としてそこに広場は存在していた。
しかし、ただの偶然かそれとも運命的な必然か。
魔法を行使する際のリソースとなる魔力の源である、マナがそこに満ちていた。
マナとは星の生命力そのもの。それを体に取り込み魔力に変換し、その魔力を使って奇跡、即ち魔法を行使するのだ。
そのマナがここら一帯には充満している。
「なるほど。これは、随分と神秘的だ」
目に見える景色は今来た林道と然程変わらない筈なのに、なぜか強く惹かれる。
郷愁に似た、この星の始まりの景色を見たかのような、そんな錯覚。
「ママ、落ち着くでしょ?ここ」
「ああ。そうだな。初めて来た場所だが、陽の光を浴びるにはもってこいの場所だ。安らぐには丁度いいだろう」
ここまで神秘的に感じる場所であれば、命の一つや二つ発生してもおかしくは無いと思えてしまう。理屈や道理を一切無視して、新たな命が芽吹く奇跡が起こっても納得してしまう。言わば奇跡の風景だ。
不意に、繋いでいた手が離される。
カウルはその広場の中心に走り寄って行き、こちら振り向いた。
「ママ。僕は多分、何かの奇跡によって生まれたんだよ。だって、こんな場所で生まれたんだもん」
「そう、かもな。私には理解し得ないが、お前はそういう風に生まれたのだろう」
「えへへ。だからね、僕はこんな事も出来るんだよ?」
突然、カウルは小さな右腕を空へと掲げ始めた。
「む?何をするつもりだ?」
「見てて、ママ」
何も無いはずの空間で何かを握るように指を曲げていく。
「うーーーーんっと!えいっ──!」
「え…………?」
何よりも先に口が音を発していた。
彼の右手には次第が光が集まっていく。森から湧き出る命の光。
彼の意思に応えるように、森が黄金の輝きを増していく。
彼を主人と認めたかのように、いやこれは初めから彼はこの森の主人だ。
なぜなら、森全体が彼の為に躍動している。入る人全てを迷わす迷宮であった筈なのに、彼だけは森に迎え入れられている。
次第にその輝きの密度は増して、光の球体が完成した。
大きい電球のような、しかしガラスの殻はなく、電気によるものでも無い。
「え………………」
空いた口が塞がらないとはこの事か。
黄金の光に包まれた彼の右手。カウルはその光の中心で、右手を更に握り込んだ。
一瞬、眩い光が放出し目が眩む。
光に攫われた視界が回帰して、再び彼を見据えると──
「えへへ。すごいでしょ。僕、こんなことも出来るんだよ!」
光を犠牲に、彼の右手には木製の剣が出来上がっていた。
もちろん切れ味は無く、玩具同然である贋作。
しかし何もなかった筈の場所に、確かに物体が存在している。
「かっこいいでしょー!シャキーン!」
呆気にとられる私を置いておいて、一人で呑気に楽しげにポーズを決めている。
断言する。そして一言で纏めよう。
「お前、魔法、使えるのか?」
「え?うん。すごいでしょ!」
え?
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