第8話 外出

 静かで暖かな午睡は先程終わりを告げた。

 睡眠により体力が回復したのか、少年は外に出たいと言い出した。


「ダメに決まっているだろ。お前は自分が怪我をしていると分からないのか?」

「もうなおった!」


 あくまでと治ったと言い張る金髪の子供。いくら子供とはいえ、ここまで理解力が乏しいと頭にきてしまう。

 ここはひとつ。自分の目でその傷を見てもらうしかない。そう判断した私はこの子の前腕の包帯を解き始める。


「……………………え?」

「ほら、なおったって言ったじゃん。ママ」

「これは、一体……」


 その白く麗しい肌には傷なんてモノ、一つも見当たらなかった。

 今朝保護した時は全身噛み跡だらけな上、所々に切り傷や擦り傷があったというのに。

 勿論、私は魔法の類は行使していない。治癒系統の魔法は私には使えない。という事はこの子自身の治癒能力という事になるのか。

 私の知っている人間はたった数時間で怪我が治る生物ではないはず。


「ママ!外出ていいでしょ?」

「え、あ、ああ。それはいいが、どこに行くつもりだ?自分の街に帰ると言うのならそれでも構わないが」

「え?僕の家はこの家だよ。ママもいるし」

「私はお前の母ではないし、この家もお前が住む家ではない。お前、自分がどこで生まれたのか分かっているのか?」


 私を母親呼ばわりにいい加減飽き飽きして、語気を強めてはっきりと言ってしまった。

 少々大人げないが、あまりにも不明瞭な部分が多すぎる。曖昧にしたままにするわけには行くまい。


「僕が生まれた場所?あっちの森だよ。僕はね、!」


 当然のように、少年は森に指を差す。どうも信じるには判断材料が少ない。

 私をその場所に連れて行けというと、躊躇わず快諾した。


「と、その前に。身体の状態を確認してからだな。どういう訳か、ほぼ治癒しているみたいだが、確認を怠ってはならん」

「うん、わかった!」


 早速、少年の身を包んでいた包帯を順序良く取って、傷の有無を確認していく。

 それはもちろん全裸になるという訳で、下半身の確認に至っては妙にそわそわしていた。

 私は特段何も思わないが、少年には年相応の恥じらいがあったようだ。

 そんな少年の人間らしさに僅かに安堵した後、改めて少年の体は快復している事を確認し終える。


「よし。……じゃあ、お前の生まれた場所とやらに連れて行け」

「う、うん。連れていくけど。ママ、さっきのはちょっと、恥ずかしかった、かも……」

「まあ、多少手荒な真似して悪かった。だが、この目で直接見ないと分からないだろう」


 ぎこちなさが残ったままの少年を連れて私は外に出る。

 昼過ぎのそよ風は絶妙に気持ちが良い。

 少年もその風に吹かれた途端、恥じらいを忘れていつも通りの調子に戻る。


 ふと、片手に何かの感触を覚えてその手を見てみると、勝手に少年が私の手を握っていた。


「えへへ」

「……ふん。好きにしろ」


 お互いの温もりを携え、歩幅を合わせながら同じ時間を重ねていく。

 いつかの記憶にも、こんな事があったなと思い馳せながら。

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