第6話 林檎の調達

『僕はあっちの森から来たの』


 先程から引っ掛かる少年の言葉。

 森が出生地など、妖精でもあるまいに。しかし、彼の言葉に嘘は感じられない。


 私とて長年生きた魔女だ。三百年も生きていれば人の嘘などすぐに見破れる。いわゆる年の功というヤツだ。だが、そんな私の三百年年季が入ったセンサーが反応しない。人から離れてだいぶ経つ故、鈍ってしまったのか。


「……この野原を出るのも久方ぶりだな」


 思わず口に出る。毎日同じサイクルで生きてきた所為で、違う事をしようとすると独り言も出てしまうらしい。


『りんご!』


 やけに耳に残る声。何故だろうと考えたが、答えはすぐに出た。


「あまり変な事を考えるものじゃないな。情が移ると面倒だ。なあ、ハクア」


 あの子──ハクアに想いを馳せ、少年とハクアは違うと再認識する。


 気が付けば、森の入り口に着いていた。

 陽光が木々によって遮られ、影を落とす迷宮。

 何も持たず迷い込めば出られる事はない。確かな経験と知識、強運と道具がなければ人間には難しいだろう。

 よくもまあ、私の家へ辿り着いたものだ。


 さて。林檎、との要望に答えるために、赤い果実を探し始める。

 普段は魔法によって食事を済ませている為、こうして自ら赴いて食料を調達するのは久しぶりだ。

 昔は毎日料理を振る舞っていたのに、今では包丁すら持たなくなった。


 ひどく簡略化された生活。生命維持の為のエネルギーしか消費しない日常。余裕はあるが遊びのない毎日。

 食事をしては、外の風を浴びたり、日の光に当たってみたり。累計にして二百年以上もこんな生活を続けている。

 それでも変化を求めないのは、魔女である私と人間の大きな違いだろう。


 人は変化を求めずには居られない。人は発展を目指さずには居られない。

 その方向性の善悪がどちらにしろ、それが人の美しさだ。

 しかし、その美しい動機で醜い事を成してしまうのも人間という生き物。


 この戦争も、世の中を変えようとする者達と変えまいとする者達で勃発した。

 そして最悪な事に収拾がつかなくなり、気付けば秩序は崩壊している。

 混沌とした世界が纏まるのはいつだろうか。このままでは私の寿命が先に尽きてしまう。


「まあ。人が消え失せようと、私の世界日常は変わる訳でもないか」


 畢竟、人間とは愚かな生命体だ。あれこれ述べたが、星のリソースを無駄に浪費する生命など滅んでしまえばいい、というのが私の結論。


 そんなこんなで、林檎を発見する。

 そこら一帯に実る、赤々とした果実。どことなく、木々が生き生きとしているように見えてくる。潤った森で生まれる、ありがたき小さな生命だ。


 枝に吊るされた林檎を感謝を添えてもぎ取る。実に美味そうな果実だ。

 程よく熟し、甘さを内包したコレならば彼も文句は言うまい。


 森から三つの果実を頂いた後、私は家へと踵を返した。

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