第5話 黄金の夢

 ──濃い、霧にまかれている。


 何かが見えそうなのに、見えない。

 何かがあるはずなのに、届かない。

 何も分からないのに、求めなければならない。


 手足はいう事を聞いてくれやしない。

 手を伸ばしても空振り。足を動かしても進まない。

 水中で必死にもがくみたいに、ソレを求め続ける。


 理由も知らず、意味も分からず、衝動だけが僕の背中を押す。

 義務感、使命感と言った言葉に近い感情。


 しかし結局は何もできず無意味で。

 しかしそれでもどこか満足している僕がいた。


 黄金に輝く淡い光。白い闇の向こうにソレはあった。

 夢から覚める出口かと思ったけれど、そうでは無いみたい。


 何も出来ないまま、糸で釣られる様に僕の意識は現実へと引き戻された。



「む。起きたか。……ああ、無理に起きるな。体に障る。そのまま横になっていろ」


 僕が横たわるベッドのすぐ側には、先ほどの女性が本を手に持ちながら椅子に腰掛けていた。

 介抱してくれたのか、身体の至る所に布が巻かれている。


「ありがとう。……ママ」


 僕がそう言うと、ママはあくまで本に目を通しながら否定をした。


「私はお前の母親ではない。どんな夢を見ていたのか知らんが、他の人を母呼ばわりはお前の本当の母親が悲しむぞ」

「ん?ママはママだよ?」

「いや、私はお前の母ではないと──お前、一体どこから来た?」


 そこで初めてママと目が合った。どうやらママは本より僕に興味があるみたい。

 なんだか嬉しくなって、僕がやってきた森を差してあっち、と答えた。


「あっち?お前の家は向こうの街にあるのか?」

「街?ううん。僕はあっちの森から来たの。そしてママを見つけたんだ」


 ママは難しい顔をする。怒るわけでもなく悲しむわけでもない、困ったような顔。


「……なるほど。野生児という訳か。大方、犬か狼にでも育てられたのだろう。しかし、それでは何故言葉を喋れているのか──」

「ママ。お腹減っちゃった」

「む。私はお前の母親ではないと、何度言えば……はあ。もういい。何か食べたいものはあるか?」

「うーんとね。りんご!あの赤い丸のやつ!さっき森の中で見たけど、食べられなかったから」


 すると、ママは立ち上がり外へ出ると言い出す。僕も行くと言うと、テーブルに本を起きながら、お前はそこで寝ていろと言ってきた。


「すぐ戻るから。大人しくしておけ」


 ママを怒らせたくないから頷いたけど、少し、寂しいな。

 ガチャンと閉められた扉。窓からママの後ろ姿が見える。



 早く、帰ってきてね。ママ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る