第5話 心臓喰らいの兎誕生(幕間2)

 呆然とする“彼”は伏せたネズミの傍に駆け寄り前足で器用にちょいちょいと突く。


 探しものを見つけようと周囲に視線を漂わせネズミの体を隅々まで観察している。

憶病な〝彼〟はベンチ脇に捨てられる前から抱える飢えと渇きをすぐに解消したい。


 ネズミの背に見える裂傷に興味を抱いたようで爪先をかなりの勢いで突き刺した。

ゴリゴリと奥まで傷を抉り到達した体内で蠢動する心臓を探り当てようと動かせる。



 やがて見つけた心臓を引きだすと口内で咀嚼した瞬間ネズミの全身が身震いする。


 心臓を喰らうのと同時に脳内で機械音が響き――【始マリノ迷宮デ討伐確認】――

もちろん言葉の意味を理解できるはずがない“彼”はきょろきょろと周囲を見回した。


 それは“彼”の本能がもたらした偶然でもあり神の思し召しだったのかもしれない。


 驚愕する“彼”の脳内に再び機械音が追加され――【討伐者ニ初回特典ノ付与】――

超越した存在でもあるダンジョン支配者マスターが発した言葉は無機質で抑揚すらなかった。


 追加の機械音は地球に存在して活動するすべての生命体を対象にして拡散される。



【重大ナ問題デ付与ノ失敗】――その直後〝彼〟だけを対象にして機械音が響いた。


 超越した存在であるダンジョン支配者マスターに赤ちゃんウサギの〝彼〟は理解できない。

モンスター化したネズミに遭遇して討伐できた事実は偶然の産物にすぎないからだ。


 異質な外見で育てられないと飼主に放置された〝彼〟は愛玩用に繁殖したペット。

『飲む喰う寝る』動物の本能と好奇心しか持たない混血外来種の赤ちゃんウサギだ。


 飢え乾いた状態から逃れたいだけであくまで生き残るための手段にすぎなかった。

これも一興だろうと超越した存在として〝彼〟に対する【最終審判ジャッジメント】結論を告げた。


【初回ノ特典ヲ変更デ行使】――〝彼〟を憐れんだ戯れで慈悲だったかもしれない。

それでも“彼”が望まない結論は半強制の呪縛であり心臓を喰らい強化される異能だ。



【心臓ヲ喰ライ能力ニ置換】――偶然から宿命に繋がり【知識ガ優先デ全能力上昇】

〝彼〟に与えられた特殊な異能は加護と呼べない呪縛として【スキル】恩恵を得た。


 あくまで偶然の産物として異能を得られた〝彼〟は半ば強制されて進化を遂げる。

小動物の本能として死にたくない一心で身体の飢えと渇きから逃れたかっただけだ。


 躊躇いなく咀嚼したモンスターの大きな心臓は栄養満点で身体力の向上に繋がる。

ただ生きようと心臓を喰らいつづけた〝彼〟はありえない進化を遂げることになる。


 両頬に飛び散る飛沫が気になるようでこすり落とそうと考えて前二足を動かした。

足の動きと同時に頭を前後左右に振るような仕草はウサギとして喜悦の表現だろう。



 紅と黒のオッドアイを爛々と輝かせて欲望を満たそうとダンジョンで暴れ回った。

ザコとも呼べない虫みたいなモンスターを喰らうだけで〝彼〟の全身は強化された。


 いきなり遭遇した死にかけの巨大なネズミより格段に強いモンスターも出現する。

大きな角がある黒い地獄犬と相対しても躊躇わずに爪先を一閃するだけで討伐した。



 モンスターを倒す理由は単純明快で“彼”よりも強い敵ほど心臓が美味しいためだ。



 モンスターの心臓を喰らいながら――やがてたどりつく最奥部で運命と錯綜する。

――突き当りの岩肌に現れた巨大扉が――そのまま音もないままで左右に開かれた。


 もちろん〝彼〟に理解できるはずもないダンジョンを支配する階層ボスの空間だ。

おかしな文様で床全面に描かれる円陣の中央部に伏せた巨大な階層主が顔を掲げる。


 円陣の中央に待機していた二つの首をもたげる黒い巨体――地獄犬は階層ボスだ。

巨大な扉が動いたことで敵を認識したのか自分の体をゆっくり起こして動き始める。



 地獄犬に正面から対峙する〝彼〟は猛スピードで駆け寄り交錯しながらすれ違う。

迷宮一層の最奥部で守護神として現れたモンスターは二つの首を持つ黒い地獄犬だ。


 それでも勝負とは呼べないぐらい両者の力量とスピードには圧倒的な差があった。

視線で追えない圧倒的な猛スピードで攻撃されると強靭な地獄犬でも逃げられない。


 ただ美味しい心臓を求める〝彼〟の速さに特化した爪先が地獄犬に突き刺さった。

左の爪先を縦横無尽に押しこみ心臓を見つけだすと引っ張りだして口内で咀嚼する。


 呆然と立ち尽くす地獄犬の双眸が輝きを失うのと同時になぜか“彼”は輝き始めた。

――その瞬間すべてが変容して想いを巡らす暇もなく全身が七色の輝きに包まれる。



 身動きできずに硬直するだけの“彼”が気づけば世界すべてが変容を遂げたらしい。

おかしな状況を理解できない状況で呆然とした表情を浮かべるだけで身動きしない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る