第3話 始まりの迷宮で邂逅(2)

【生命ト身体ノ保持ガ無効】――機械音が告げた内容について……思考を巡らせる。


 ダンジョンで生命と身体は保持されない……死ぬ危険性があるなんて当前だろう。モンスターの強さが前提にありゲームみたいに一般人のレベルアップもありえない。


 それでも各種前提で推測しながら危機管理の意味でお気楽な永依に理解させたい。


「わからない前提でエーちゃん……聴いてよ。未知の領域でモンスターと闘うんだ。

モンスターと殴り合いなんてやらないし急所に攻撃されると人間なんて簡単に死ぬ」

 戒めの言葉にきょとんとした顔の永依からはてなマークつきの台詞で即応される。


「ケーちゃんさぁ……あーし超絶強いんだよ。邪魔する相手なら指先一つでダウン」

 こぶしを握り親指を強く下向けに挑発する彼女はケンシロウが憧れなんだよなぁ。


「エーちゃんは女の子でも間違いなく強いよ。それでもモンスターの様子見からだ。

ダンジョンの内側なんて誰も見たことないし。いろんな検証から始めたいんだよね」


「最初のうちモンスターくそザコじゃん。最初からビビっちゃう必要なんもないし」


「いやいやいやエーちゃん落ちついてよ。闘えないオレ含めて守ってくれんだろ?」

 真摯な願いをネタにすると無言でうなずく永依は握った両こぶしを突き合わせた。


 いつもとは雰囲気が異なる漂う靭公園に照明も灯らず薄もやだけが異様に映えた。


 なにわ筋の西側で南東になる出入口から近づくと傍らに巨大なテニス場が見える。

メトロ四つ橋線間近の便利さで国際大会が開催されるテニスコートは石段観客席だ。



 テニスコート脇に目立つ白黒まだら模様の建物がある。そのまま近づくと――

【建物内部ガ迷宮ノ入口ダ】――再びの機械音が入口と同じ響きに感じられた。



 関西テニス協会本部として設置された建屋だ。仮事務所と聴いたことがある。


 二人並んで忍び足みたいにゆっくりと近づく。扉で止まり取っ手を握ると――

【初ノ正規デ入場ヲ確認ダ】――再度の機械音。ゆっくり咀嚼しながら考える。


「ケーちゃんさぁいまの言葉おかしいんじゃね。インチキ野郎が先いるじゃん」

 誰かがいるなら先制攻撃といわんばかりの永依が勢いづいて屋内に突入する。


「先行する誰かのことはわかんないよ。だけど普通の人じゃないかもしんない」

 一見おかしな変化は感じないけど永依の背後を追いかけるとなにもなかった。



 正面に一つおかしな文様の金属扉が見えるだけで仕切りもない空虚な部屋だ。

大きな扉の先がダンジョンに続く階段だろうか誰かが先行したのかもしれない。


「ねぇねぇケーちゃん不法侵入だっけ器物破損? ヤクザのあれと一緒じゃん。

しつこくジーちゃんに説教されたし大目玉くらっちゃう。ぜったいヤダからね」

 エーちゃん的にマジメな悩みでも笑えない。ちょっとだけ説明してやろうか。


「んー多分なんだけど大きな問題にならないよね。なんか壊したわけじゃない。

窓辺から公園見下ろすとおかしいから調査にきた。そんな感じの言い訳するし」

 まぁ靭公園には不法侵入みたいなもんだけどね。犯罪行為ってわけでもない。


「へぇ。うつぼ公園に今も警察官や自衛隊さん。警備員さんなんか来ないよね」

 公的機関は地震の対応やら追われている状況だろうけど遅いのは間違いない。


「そだね。きっと靭公園に限んないけどダンジョンできて忙しいんじゃない?」

 何気ない平穏な日常とか暮らしが終わった気がする。世界はどうなるのかな。


「そだね。おうち帰ったらネット検索っしょ。調べないと様子わかんないよね」


「まぁね。建屋から備品なんかも消えてるしアヤシイ扉の近くに行ってみるか」

 未来は誰にも見えないし考えるだけ無駄だ。わからないなりに進むしかない。


「りょ。ぜってぇ地下降りる階段なんだよ。これから頑張っていきマッスル!」

 かなり懐かしいお笑いネタで場を和ませようとしたのか永依が朗らかに笑う。


「地下まで続く階段あるかなぁ」つぶやきながら取っ手に触れた。その瞬間――

【地下ニ新規入場ガ可能ダ】機械音は続けられる。【試練ノ時ヲ開始スルノカ】


 ほぼ同時だったのかもしれない――追加された機械音の内容が理解できない。



「おぉなんてこったのわけわかめだよ。おかしな試練まで始まっちゃうみたい」

 判断できない状況で見えない未来を嘆くしかない。ここから先はわからない。


「ケーちゃん試練の時ってなんのこと?」理解できないおバカさんに問われた。


「わかんないけど誰かに試されるんだ。シミュレーションみたいな感じかな?」

 試練の時だからシミュレーションで大きなケガとか死んだりしないのかもね。


 ダンジョンマスターが与える試練だから乗り越えるとメリットあったりして?


「お試しがチュートリアルなんだっけ。初回特典のサービスサービスってやつ」

 ダンジョンマスターの伝える意味不明な言葉におバカちゃんが一喜一憂する。


 ゲームじゃない現実だから甘くないしそんなこと期待しても叶うはずがない。

生まれたばかりのリアルなダンジョンで自分だけ得するなんてことは絶対ない。

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