第2話 始まりの迷宮で邂逅(1)

 北向きの遠景が金色に染まり始めると立木の向こうで石段テニスコートが輝いた。


 ダイニングの壁に紛れたスイッチで台所照明キッチンライトを灯しながら同時にこぼれるため息。

健康と栄養素で偏らない献立を意識しながら調理する日々を迎えて悩みは尽きない。


 三十路の直前でも料理を一切やらなかった初心者ビギナーほぼほぼ引きこもり生活なんだ。


 実務を終えた瞬間に昼飲みで酔っぱらうクズだからツマミさえあれば十分だった。

たまに近所の行きつけで飲み食いできれば普段は通販のレトルト食品で満足できた。



 お気楽で不満一つもない絶頂期から地獄に突き落とされた日々がただただ無念だ。

美人すぎる弁護士とか巷の噂になる姉から懇願されると受けいれざるを得なかった。


 かなりの年齢差があり逆らえる気がまったくないし入院時に迷惑かけた恩もある。

家族だけでは済ませられないぐらいの借りがあるから恩返しであきらめるほかない。


 そのついでみたいな侘び代わりに近親者から譲渡される小型車は黒いCIVIC。

車いすから単独で移乗可能になる魔改造と新型自動運転機能AIナビゲーションを実装中でビックリだ。


 近日中に車両登録を済ませホンダの鈴鹿工場から届けられると気楽に外出できる。

それでも改造諸々で八桁超えの高額らしくあまりの衝撃に目玉をひん剥いたほどだ。



 そんなこんなで年明けから同居させられた姪っ子ちゃんがあらゆる意味でヤバい。

おバカさんが無試験で編入できた中高一貫制度と昨今の少子化対策に感謝しかない。


 運動系の部活に特化する私立お嬢様女子校で実績面が評価されたのは幸いだった。

なぜか幼い頃から懐かれた姪っ子ちゃんの健康面を意識して偏らない栄養バランス。


 野菜室からキャベツをとって軽く水洗いするとざく切りしてから生ものルームだ。

豚肉の細切れを適度にカットして人参と玉ねぎを刻めば中華麺が三玉で具だくさん。


 広島オタフクと大阪ヘルメスの混合地ソースに青のりカツオ節と辛子マヨネーズ。

「ありあわせになるけどゴメンよー。ハンパもんの食材ぶち込んで超適当焼きそば」


 改装したシステムキッチンその他諸々は事務所の諸経費で計上するから問題ない。



 八階建て雑居ビルは鉄骨鉄筋コンクリート造で各フロア二十坪の最上階が自室だ。

洗面脱衣場と浴槽は新設で玄関からDKを除けば三つにパーテーションで区分した。


 幾つかある国家資格の貸与が主な収入源だけど不労所得の生活も不可能じゃない。

メールと電話を使った指示だけで日常生活なら問題ない程度の年収ぐらいは稼げる。



「はぁあ? あったかメシあれば十分っしょ。好き嫌いないからなんでも食えるし」

 ダイニングに設置した四脚テーブルの下座から姪っ子が叫ぶ。下の名前は永依だ。


 地上波や衛星放送を観ないからテレビは捨ててアイフォンにWi―Fiタブレット。

プラプラと手足を振りながら永依はスマホで音楽か配信動画をお楽しみ中に見えた。


 細い両肩まで流れるピンクブロンドに染めた髪とツケマの際立つギャルメイクだ。

派手な赤いジャージは正規輸入のハイブランドで小柄な標準体でもかなりの筋肉質。


 愛嬌がある小顔だけど実態は凶悪すぎる中学女子空手界では無敵のチャンピオン。



 強さを理解していても一見すると恐ろしくも感じないから美少女はうらやましい。

そんなことを考えた瞬間――強烈な縦揺れの発生でお互い見つめあいながら固まる。


 即応するしかない強烈な揺れに合わせながら椅子を退けテーブル下に屈みこんだ。

東日本や阪神淡路よりも激しく感じられた揺れに身を任せて声をだせずに縮こまる。


 かなりの轟音を響かせた強烈すぎる揺れだけど経験則からなぜかしら安心できた。

長く感じた揺れも気がつけば収束したようでキッチンの窓辺に立ち周囲を見下ろす。


「センターテニスコートが震源かもねぇ。いつもならありえない薄もや見えてるし」

 白煙が漂う石段テニスコートの周辺は普段と違いおかしな雰囲気にも感じられた。



「ケーちゃん。あっちの揺れとなんかが違うよね。いつもとフインキちげぇっしょ」

 永依の生まれ育ちは都内山手だから揺れも日常茶飯事で戸惑う姿にはビックリだ。


「公園の真下だ……あの辺どっか変だよね。気になるんなら近くまで行ってみる?」


「りょっ。ケーちゃん逃げらんないじゃん。あーし守っちゃうから安心だよねっ!」

 一回り以上年少の姪っ子から力こぶを見せつけられる自分の情けなさに泣きたい。


 黒い革ジャンを羽織った永依が手のひらのガードに試合用革グローブを装着する。

こっちは魔改造した金属義足に換装。ほんの気休め程度だけど必要性を感じられた。


 防御に全振りした装備だけど安全第一バールのような金属棒を手に武器変わりだ。

「準備完了」厚底の安全靴を履いて出発なんだけどしっかり施錠は忘れずにだよね。



 颯爽とした動きでエレベータに乗りこむ永依とは照的に背後からのんびり進んだ。


 一階はテナント貸しになるカフェダイニング。もちろん祝日が店休だから暗闇だ。

『Fish・on』カフェバーは一階のロビーからガラス扉で雑居ビルを出入する。



 ガラス扉を抜けてすぐの短数段を並び降りてから深くは考えずに建屋裏を進んだ。

暗い街路樹と植林の間を抜けるとすぐに公園だけどおかしな雰囲気はあえて無視だ。


 ピンクの髪が映える永依……背後から望む公園の車輪止めを避けて侵入すると――

【コノ先カラ始マリノ迷宮】いきなり頭に機械音が響く【生命ト身体ノ保持ガ無効】



 同じタイミングで響いた機械音を理解できないようで永依が双眸を見開いて叫ぶ。

「はあぁっおかしな声聴こえてんだけど。どっから響いたかもわかんねぇっしょ!」


「いわゆるお約束ってヤツかもしんない。センターテニスコートにダンジョン誕生。

地震の揺れに連動したのか真逆かもね?」そんな独り言は関係ねぇよと永依が叫ぶ。


「ダンジョンって異世界ファンタジーじゃん。ドラゴンやスライムとバトルだよ!」

 空手家としてモンスターを相手にワクワクするのもわかるけど空気は読んでよね。


【了承デ入場ガ可能ニナル】――再びの機械音に見つめあいながら同時にうなずく。

 いきなりすぎる超展開なんだけどワクワク気分。これが冒険の始まりってヤツだ。


 二人とも攻撃を喰らって死んじゃったり? もちろんそんなの当たり前に起こる。

そもそも不死身の主人公なんてありえない。最期の瞬間まで楽しめれば悪くはない。

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