第11話 リーン・アバンティ①
リーンです。リーン・アバンティです。名前は覚えていただかなくても、敬愛する兄ビューハルト・アバンティに世界で1番愛される妹、とだけ覚えていただければ大丈夫です。
リーンは普段、兄のことを愛され妹ポイントを稼ぐため、讃えてお兄ちゃんと呼んでいます。でもここはリーンの脳内なので、世界で最も神に愛され、見目麗しき選ばれし男、ビューハルトお兄様と呼ばさせていただきます。
さすがに長いのでお兄様と略すことをお許しください。
リーンが、お兄様を敬愛するに至った理由はしいて言うなら2つ。
一つ目は、美しきご尊顔です。夜に愛されているかの如き漆黒の髪と、2つの瞳。程よい高さの鼻と、薄くも厚くもない唇。なんというバランス。奇跡。一度同級生の女の子にうちのお兄ちゃんカッコ良すぎて困るって言ったら、そうかな?なんて言ってて、この子の目はガラス玉がハマってて視力ゼロだな、これから先ちゃんと生きていけるのかなぁって心配になりました。
そしてもう一つは、無限の優しさです。
ほんの少しだけ、私とお兄様の絆エピソードをご紹介します。
一つ目は、今から約1年前。この頃にはすでに、リーンの中で、お兄様はもう名状し難き絶対の存在でした。学校が終わったら、一緒に帰って、ゆるりと家族3人で過ごすのが私の至高でしたが、お兄様は、スー…なんとかと、コラ…なんとかと、金髪のツンツン頭と冒険者の訓練に行くとか言って、中々帰ってきませんでした。お兄様に、リーンも連れてってと何度も頼みましたけど、そのたび、
「リーンにはまだ早い。というか、リーンは冒険者になんてならなくていいから、母さんと家で僕の帰りを待っててほしいな。」
などと言われ、ちょろいリーンは、
「うん、分かった。お兄ちゃんが帰ってくるの、ずっと待ってる。」
と、調子よく答えていました。
でも、その日。リーンはどうしてもお兄様と一緒に冒険者の訓練というものをしてみたくなってしまいました。だから、ダメだと言われていたのですが、1人湖のほとりに向かいました。リーンはなんというか、ちょっとだけ行動力のある女の子だったんです。当然ですが、お兄様には会えませんでした。しょんぼりしながらも、家に帰ろうとした途中、可愛い子うさぎがいました。リーンはそーきゅーと、愛でたいと思い、近づきました。野生の子うさぎは、リーンをみとめて逃げるようにその場を離れ、ついその後を追いかけてしまいました。本当に何の気無しに。そうして、リーンは森に入り、迷って、沢に転落しました。
足が痛い。腕も痛い。だんだんと陽が落ちて夜になっていきます。ここにいちゃダメだ!リーンは少しでも安全な場所を求めて這いずります。肘が痛い、膝が痛い。お母さん、お兄ちゃん、お父さん、助けて!
河原の大きな石と石の間に窪みを見つけ、そこに入りました。
この世界には魔獣と呼ばれる脅威がいます。小さな頃から、街から先には魔獣がいる、決して街から離れるなと繰り返し教えられてきました。
日は暮れ、月明かりだけが辺りを照らします。近くを流れる川のせせらぎ、風が揺らす木のさざめき、虫たちの羽音。全てがリーンを狙う脅威の足音に聞こえます。涙は溢れるけど、声を出したらいけない。ただただ、怖くて、痛くて、震えて声をひそめて泣いて、息を吸うことにすら恐怖を覚える中、時間が過ぎていきました。
そうして、涙も枯れてもう無理かもしれないなって思うころ、リーンを救う声が聞こえました。
「リーン!リーン!どこにいる!」
お兄ちゃん、お兄ちゃんだ。
「お兄ちゃん!!!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
リーンは叫んでしまいました。幸いにも私とお兄ちゃんの声に、魔獣は呼び寄せられませんでした。
後から聞いた話ですが、リーンがいなくなっなことに気づいたお兄様は、とても冷静に分析したそうです。リーンが自分達についていきたがっていたこと、学校が終わった時間から、リーンの足で行ける範囲、最近出産ラッシュだったウサギの出現ポイント、そして巣穴の位置、そこから事故が起こる可能性がある場所。
それらの要素に、(多分)妹愛という最高品質の燃料を注いだことで、極めて短時間で私を見つけてくれたとのことでした。
まぁ、すごく高いところから落ちてたと思ってましたけど、実際は5メートルくらい滑り落ちていただけだったのですが、それでもリーンの人生で最大のピンチから助け出してくれたのです。英雄認定するのは至極当然の話しです。
続いてのエピソードは、リーンが7歳の頃の話です。
「ぴゃー!!」
リーンは、目が覚めたときの惨状に思わず泣き叫んでしまいました。
その頃リーンには、宝物が2つありました。一つはお母さんが作ってくれたウサギのぬいぐるみ。もう一つは、青い綺麗な貝殻です。これはリーンがまだ小さかったころ、お父さんが拾ってきてくれたお土産です。
その貝殻が、見事真っ二つに割れてしまっていたのでした。ぬいぐるみ感覚で枕元に置いていたのがダメダメでした。
「リーン、どうした!怖い夢でもみたのか!」
お兄ちゃんが寝室に飛び込んできました。
「リーンちゃん!」「俺に任せろ!」
お兄ちゃんに続いて、スーベリアお姉ちゃんと、コラルお姉ちゃん、金髪ツンツンが部屋に飛び込んできました。でも、リーンはベソベソ泣くことしかできませんでした。
「これってどこで拾えるのかなぁ。」
お兄ちゃんが、テーブルの上に置かれた2つに割れた貝殻を見ながら言います。今日は学校がお休みの日。お母さんは朝から買い物に出掛けていて、いつもの4人が集合。リーンは少しお寝坊したみたいでした。
「これって多分、オアツィーの貝殻だよね。港街ミントトの海岸なら拾えるんじゃないかな。」
スーベリアお姉ちゃんが答えます。
「どのくらいかかるかな。」
コラルお姉ちゃんが、指で3を示します。
「歩いて?」
首をふるふるして、手振りで説明します。
「乗合馬車で3刻か…。」
「おい、ビューお前まさか…。」
「お母さんが戻ったら、ちょっと出掛けたって伝えといてくれる?」
「ちょ、ちょっとビュー、お金あるの?」
「お金はないけど、足はあるからなんとかなるでしょ。街道沿いにいけば危険もそれほどないと思うし。」
そういうと、お兄ちゃんは家を飛び出していきました。
「ちょ、いやまじかよ、おい、俺はビューについて行くわ!」
「ちょ、ちょっとカインも待ってってば!あ、コラルまで、私だけ置いてくの!?」
ツンツン頭とコラルお姉ちゃんも、お兄ちゃんの後に続きます。
「まったく、ビューはリーンちゃんのことになると、ほんとに周りが見えなくなっちゃうんだよなぁ。」
スーベリアお姉ちゃんは、状況がよく分からないでベソベソするリーンの頭を撫でながら呟いていました。
その日は、久しぶりに中々寝付けず、ぐずぐずしながら泣き疲れて眠りに落ちました。お兄ちゃんがいれば、すぐ眠れたのにって思いながら。
翌朝私が目を覚ますと、枕元には割れた青い貝殻と、割れていない青い貝殻が置かれていました。なんでも、お母さんが、その日依頼を終えて帰ってきたツンツンのお父さんに相談して、ツンツンお父さんは仲間と馬でミントトに向かったそうです。スーベリアお姉ちゃんも一緒に。
そうして、みんなで貝殻を探して、帰ってきたのは真夜中だったみたい。リーンは隣のベッドで眠るお兄ちゃんに飛びつきました。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
「ん、おはようリーン。」
お兄ちゃんは、左の頬が腫れてて、足先には一杯絆創膏が貼ってあります。起きたばかりで、まだ状況は分からないけど、それが青い貝殻に関係しているこは、リーンにも分かりました。
「ちょうど、そろそろ冒険者になるための体力づくりを始めなきゃって思ってたんだ。ちょっと遠くまで走り過ぎて怒られちゃったけどね。そしたら、貝殻を見つけたから、お土産に拾ってきた。お父さん貝殻にはちょっとおよばないけどさ、その大事な貝殻が割れちゃったおかげで、新しい貝殻が手に入ったんだから、割れちゃったこともそんなに悪いことじゃなくなっただろ?」
この日、リーンの宝物は、2つから3つに増えました。
そして、最後はリーンが4歳のときです。リーンは今でこそ完全なるお兄ちゃんっ子ですが、もっと小さい頃は、お父さんっ子だったそうです。
お父さんは冒険者だったので、いつも家にいたわけじゃなかったみたいですけど、いるときはずっとべったりくっついていたみたい。
そして、そんなお父さんはあるときから帰ってきませんでした。
最初は、お母さんとお兄ちゃんに、そのうち帰ってくるよって言われて、変わらず過ごしていたんだけど、4歳になった頃から、リーンはこう思うようになりました。もう、お父さんは帰って来ないんじゃないかって。
そうしたら、だんだん夜眠れなくなってきてしまいました。寝ていても、お父さんが帰ってきたと思って、飛び起きて玄関まで走ったり。
見かねたお兄ちゃんは、毎晩リーンが寝つくまでお話しをしてくれるようになりました。時には昔の冒険者の話を。時にはお父さんとの思い出を。時にはその日学校であった出来事を。そして、必ず、
「お父さんは、ちょっと遠いところに冒険に行って帰って来れないんだ。でも、そのうち絶対帰ってくるから大丈夫。リーンは、たくさん寝て、元気に育って、帰ってきたお父さんにおかえりってい言ってあげようよ!」
と言いました。
4歳から、私が学校に行くようになるまで毎晩です。そのうちに、リーンはお父さんは絶対帰ってくるって思うようになりました。本当は、とっくに1人で寝れるようになってたと思うけど、そこは学校に行くまでに、1人で寝れるようになろうねって約束したので、甘えちゃいました。
こうして、心を助けてもらって、悪い出来事を良い出来事に上書きしてもらって、最後に命を救われて、その他もろもろあり。
お兄様を敬愛するスーパー妹リーンが誕生したのです!
お兄様!お兄様!お兄様!
だけど、おろかな妹はとんでもないことをしてしまいました。なんと、お兄様の魂の儀という一大イベント当日に発熱してしまったのです。リーンの心の中で行われた裁判で、リーンに下された判決は極刑でした。お兄様に愛でてもらえなくなるので、すぐさま控訴し、現在けいぞくしんりちゅうです。
お兄様にすばらしいスキルが授けられるように、2日ほど夜寝たふりをしてお祈りしていたことも、ちょっとは影響があったかもしれません。
そして、せめて起きて帰りをお迎えしようと思っていたのに、私は寝てしまいました。私が目を覚ましたのは、「ビューの聖印、めちゃくちゃ格好いいね!」というお母さんの声がしたときでした。
慌ててお兄様のところへ駆け寄ろうとしましたが、何やら深刻な雰囲気を感じて、とりあえず聞き耳を立てていました。
そして、話が進むにつれて震えが止まらなくなります。
そして、お母さんの、「お仕事、探さないとね。」という言葉を聞いて、私は堪えきれなくなり寝室から出ました。
「!リーン、目が覚めちゃったの?」
「うん、あ、お兄ちゃんおかえり。結婚しよ!たった今、リーンとお兄ちゃんの間にあった、法律という壁はなくなりました。可愛い妹枠は卒業です。ついでに、冒険者も無理そうですから、何かこの街で地道な仕事につきましょう。元々リーンは、お兄ちゃんに冒険者なんかやって欲しくありませんでした。危ないし、スーなんとかと、コラなんとかなんて、ツンツン頭に任せておけばいいんです!お兄ちゃんは、この街で私とお母さんと穏やかに過ごし、いずれは子供を4人くらい作って、家族みんなで仲良く楽しく暮らしていきましょう!お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
「お、落ち着け、リーン。」
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