第10話 母の思い②

おでこに触れてみると、午前中は結構高かったリーンの熱も、日が沈む頃にはだいぶ下がっていた。今はぐっすり眠っている。あたしがほっと一息つくと、玄関のドアに付けた鈴が鳴る音がした。

リーンが目を覚まさないよう、静かに寝室から出るとそこには、今朝出かけたときとは顔つきがちょっと変わった息子が立っていた。

「おかえり、ビューハルト。」

「ただいま、母さん。リーンの様子はどう?」

「ん、昼までは熱があったけど、今はだいぶ下がって、落ち着いて寝てるところ。」

「そっか、よかった。」

「だいぶ遅かったね。カインくんたちが来て、なんだかおかしなことになったって聞いたよ。」

「そっか、カインたち来てくれたんだ。じゃあ、多少は聞いてると思うんだけど…」

ビューが今日の出来事を話してくれた。魂の儀で新しいスキルが発現したこと。その後別の部屋に連れて行かれたこと。そこにムキムキの神官がいたこと。そして、自分の顔に刻まれた聖印を確認したこと。

「そっか…。」

ビューハルトが私の子になってから、いつかは向き合わなきゃいけなかったこと。できれば、運良く私か、ザックと同じ場所に聖印が刻まれて欲しいなって都合のいいことも考えた。この世界のスキルは、誰がどのスキルを発現させるか全く予測ができない。親と同じスキルを子が発現することもたまにあるけど、そうでないことがほとんどだ。

でも、聖印だけは、両親のどちらかと同じ場所に刻まれる。

私の聖印は、右手の甲に、ザックの聖印は右の首筋に刻まれていた。

「あのさ…。」

「ビューの聖印めちゃくちゃ派手でカッコいいね!それだけ個性的だと、結構離れた場所でも、すぐ見つけられるね!あと、一度見たら忘れない顔だし、ビューハルトの名前って長くて覚えづらいから、せめて顔だけでも覚えてもらえるだろうし。でも、悪いことはできないね。すぐに左の顔面にがっつり聖印あり!って手配されちゃうもんね。でもあれだね、魔獣にガブガブされてさ、顔の一部しか見つからないようなことがあっても、すぐにこれはうちのビューに間違いありません!って確認できるね!ビュー死んだらダメだよ!」

「母さん落ち着いて、なんかテンション上がったときの父さんみたいになっちゃってるから。」

「ビューはあたしとザックの子なんだよ!誰が何て言ったって、聖印がどこにあったって!ビュー、今まで黙っててごめ…」

ビューに抱きしめられた。泣いちゃダメだ。ザックがいなくなったときだって、泣かなかったじゃないか。悲しいのはビューだ。泣いていいのはビューだ。

「母さん。聖印をちょうどいい感じの場所に出さなくてごめん。そうしたら、母さんにこんなこと言わせずに済んだのに。でもさ、聖印がどこにあったって。僕の母さんはリーバス・アバンティ。父さんはザック・アバンティ。世界中探したってそれ以外にはいない。そうでしょ?」

「ビュー…!」

それ以上涙は堪えられなかった。


「でもさ、前々からなんかあれだなっとは思ってだんだよね。だって、僕の知る範囲でだけど、この街に黒髪に黒い瞳なんて僕しかいないし、母さん茶髪、父さん金髪、リーンはその間みたいな感じでしょ。」

泣き止んだあたしに、ビューは結構なことを言ってくる。まぁ、そのとおりなんだけどさ…。

「リーンが起きてきちゃうといけないから、長くは話さなくていいんだけど、僕ってなんで母さんたちの子に?」

「なんか落ちてたから拾った。」

「短いなぁ。とりあえず、その辺はまた聞くとしよう。今日は母さんにもう一つ話さなきゃいけないこともあるしね。」

「スキルのこと、だよね。」

「うん。さっき話したとおり、最適化っていう今まで発現したことがないスキルなんだ。」

「ってことは、どんなスキルでどんな風に使えばいいか、分からないってことだよね。」

「うん、そういうこと。だから、神殿でいろいろと試させてもらった。過去のスキルの発動条件を手当たり次第やってみて、いろいろ組み合わせてみたりもして。」

「なるほど、で、結局どんなスキルだったの?」

「…分からなかった。結局一度もスキルは発動しなかったんだ。」

んー…それってつまるところ…

「それって、スキルがないのと同じだよね。」

「まぁ、現時点ではそういうことなんだよねぇ…。」

あたしは、ニコッと笑顔をビューに向けて言ったよ。

「お仕事、探さないとね。」

「やっぱりそうなるよねぇ…。」

そのとき、寝室のドアがゆっくりと開いた。

「!リーン、目が覚めちゃったの?」

「うん、あ、お兄ちゃんおかえり。結婚しよ!」

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