第39話 魔女はかく語りき



 立ち込める霧の中をペネロペは飛んだ。

 精霊の光を携えたベアトリーチェの先導に従い、高度を変えながら。いたずらに腕や脚に触れてくる薄暗い影に、アダムが威嚇の息を吐く。頭上にはずっしりとした黒い雲が広がっていた。

 雲は重くとぐろを巻いており、時折、青い雷が暗雲を裂く。しかし、ペネロペにはこの雲が同級生メアリー・アンによるものだとは思えなかった。

 吐き気をもよおすほどの、悪意と邪心の塊。その中心へと目をやって、ペネロペは唇のうちを噛み締めた。

 どこまでも続く暗闇の先。朽ちた古城のように佇む塔がそこにはあった。何百年もの時を経て、人々の記憶からも消え去ったような空虚なうつわ。黒々とした雲は、塔の吐き出す息のようでもあった。

 ぶるりとペネロペの肩が震える。無論、寒さのせいではない。

「見えた」

 ペネロペの前を行くベアトリーチェが言った。

 おそらく森があったであろう場所の、少し先。弱々しい雷がはじけては消える。

 黒猫姿のアダムはペネロペの肩に飛び乗り、目を凝らした。少年の、金色の獣の瞳がきゅう、と縦に長く伸びる。

「間違いない、本物のオカマとガリ勉野郎だ!」

「アダム、そういう言い方やめなさいって何度言えばっ」

「アンバー、グリーンの様子がどうにもおかしい! 負傷してるかもしれない!」

「了解。負傷者一名の想定で行こう! ペネロペ、ぼくは先に降りてメアリーに加勢する! きみは東から回り込んで、着陸し次第、ダニエルの状態を確認してくれ!」

「わかったわ!」

 チームメイトからの的確な指示にペネロペはうなずく。

 ベアトリーチェは飛行体勢を低くし、更に加速した。闇の中に浮かぶ精霊の光を受け、ベアトリーチェの長い銀髪が輝く。ペネロペは一瞬、自分の置かれている危機的状況を忘れ、それに見惚れた。

「ペネロペ」アダムが幼馴染みを促す。ペネロペはハッと我に返り、シルビアの柄を握りしめた。

「シルビア。シルビア、返事をしてちょうだい」

 ペネロペがそう請うても、箒の精霊は沈黙を押し通す。ペネロペの手のひらに滲んだ汗で、箒の柄はすっかり冷えきっていた。それがシルビアの体温そのものであるかのように。

 少女の心臓が焦りに鼓動を早める。嫌な焦燥感が、ずっと続いていた。

「行くよ」

 懐から杖を取り出したベアトリーチェが静かに言う。

 この場にそぐわぬほど穏やかな声であった。それがおのれに向けたものなのか、ベアトリーチェが自身に言い聞かせたものなのか──それとも、今もなお影に応戦している彼の親戚に向けたものなのか。それがペネロペにはわからなかった。

 ぐん、とベアトリーチェが高度を落とす。

 それを合図に、ペネロペはシルビアの穂を強く蹴った。鞭の入った馬のように、シルビアがスピードを上げる。ベアトリーチェに倣って懐から杖を取り出しつつ、ペネロペはチームメイトの動向をうかがった。

 ベアトリーチェは箒の柄の先を地面に向けて飛んだ。白く美しい箒に宿った魔力がむずがる。手のうちで暴れる箒を、少年は物理的な力で抑え込んだ。

「何を怯えてるんだ」声を出さずにそう嘲る。箒は己の畏怖を悟っているのだろうと、ベアトリーチェは自嘲する。

 何を怯えている。やることは決まっているだろう。

 ちらりと上げた視線の先、暗雲を背にしたチームメイトが飛行態勢を整えたのを確認し、ベアトリーチェは更にスピードを上げた。

「メアリー、伏せろ!」

 必死の攻防を続けていた親類が弾かれたように顔を上げるのを見て、今度こそベアトリーチェは声を上げて笑った。

 メアリー・アンのエメラルドグリーンの瞳は闘志を失ってはいなかった。恐怖に支配されることもなく、少年は忌々しげに地に伏せる。

「ネーヴェ!」

 そう唱えると同時に、ベアトリーチェは箒から飛び降りた。柄を掴む手はそのままに。残った浮力を利用し、少年は穏やかとは言い難い着地をする。

 靴の底が削れるのを感じながら、ベアトリーチェは箒の穂先を闇へと向けた。少年の魔力によって、影とのあいだに薄い氷の壁をつくっていた氷の精が、さらに力を強める。

 禍々しい氷柱が無数に突き出した壁が、自分たちをスノードームよろしく囲みこむのを確認し、ベアトリーチェは満身創痍の同級生へと声を上げた。

「メアリー、状況を!」

「ギャレット、サミュエル、ティンキーの三名と分断、消息は不明! ダニエルは重傷よ、自力での歩行は不可!」

「こちらもヴィルヘルムとハチスカと別れた、ぼくたちは動ける! 合流しよう!」

「なんなの、この状況。スタンリー先生はどういうつもりでっ、」

「スタンリー先生の魔力じゃない」

 そこまで言って、ベアトリーチェは背後を振り返る。

 ちょうど、ベアトリーチェの氷壁を避けたペネロペがダニエルのそばに着地するところであった。ペネロペはダニエルに駆け寄るや、さっと顔を強張らせる。怪我の状態を聞くまでもない。ベアトリーチェは奥歯を噛み締めた。

「来るわよ、ベアトリーチェさん!」

 そんなメアリー・アンの声でベアトリーチェはハッと我に返った。

 氷の壁にヒビが入る。影がこちらへ侵入せんと、外から壁を叩いている振動が伝わってくる。

「ダニエルも同じことを言ってたわ。スタンリー先生の魔力じゃないってね」

「ビーチェ、だめだわ! 今の私じゃ止血くらいしか出来そうにない!」

「おい、アンバー! どうすんだ! ここで籠城すんのも限界があんぞ!」

「僕のことは考慮しなくていい! 君たちだけで行ってくれ、自分の身くらい自分で守れる!」

「君たちは本当にいつもうるさいな!」

 口々に好き勝手を言う魔女と使い魔に、ベアトリーチェは叫んだ。そうして、薄く笑う。

「いつも通り過ぎて、ありがたいよ」

 ふう、と少年は薄く息を吐く。指先がじんじんと痺れていた。先ほどまで冷え切っていたそこが、じんわりとした熱を帯びる。

 己はひとりではない。そんな不慣れな感覚が、ベアトリーチェにむず痒さをもたらしていた。生家では感じることのなかった心強さに、少年は視線を上げる。

「ペネロペ、君はバックランドを連れてダニエルと塔に向かえ!」

 目線を氷壁の向こうに向けたまま、ベアトリーチェは言った。

「奴らはおそらくぼくらの魔力に反応してる! メアリーとぼくはここに残って奴らを引きつける。この本から抜け出すには、課題をクリアするか朝を迎えるかしか方法がない。先に塔へ行って、助けを呼んでくれ。可能ならぼくらも後から追う!」

 でも、と。口を開きかけたペネロペの言葉を遮ったのはダニエルであった。

「僕はここに残るよ! アンバー、きみが行ってくれ!」

「悪いね、グリーン。きみよりぼくの方が総合的な魔力は強いんだ。きみでは囮にならないし、足手まといを抱えられるほどぼくらに余力はない」

 冷たい言葉とは裏腹に、ベアトリーチェは朗らかな声で言った。

 入学したばかりの頃とはまるで違う表情を少年は見せる。自分たちを気遣うクラスメイトの背中へと、ペネロペは「わかったわ」と冷静にうなずいた。「すぐに先生たちを呼んでくる」

 ペネロペはシルビアを拾い上げ、ダニエルを振り返った。

「ダニエル、箒には乗れる!?」

「でもっ」

「早く!」

 戸惑う友人のベルトを掴み、少女は彼を箒へと導いた。

 強烈な痛みをうむ足をかばいつつ、ダニエルは箒の後方に腰掛ける。続いてペネロペがまたがり、黒猫姿のアダムがペネロペの肩に飛び乗った。

 氷の壁に大きなヒビが入る。影によって打ち破られるのも時間の問題であった。

 ペネロペとアダムの魔力が混ざる。しかし、どうにも波長がうまく整わない。

 箒は緩く浮遊するばかりで動き出しそうになかった。どうしたものかと唇をもごつかせるペネロペをよそに、アダムが尻尾の毛を膨らませて叫ぶ。

「おい、グリーン! 波長合わせろよ!」

「無茶言わないでくれ! 僕らは君たちとは違うんだ!」

 ペネロペとアダムは生まれてからずっと、飽きるほどともに空を飛んできた。魔力の波長を合わせることなど、使い慣れたキッチンで料理をするようなものである。しかし、ダニエル・グリーンはそうではない。

 何より、魔女の血は使い魔のそれとは違い、魔力を供給するようには出来ていない。魔女同士で波長を合わせることなどそうそうないのである。

 ダニエルとペネロペの魔力がぶつかり合う。と、そんな二人のもとへとメアリー・アンが大股でやってきた。

 なにかアドバイスでもくれるのかしら──。そんなペネロペの予想は大きく打ち砕かれた。やってきたメアリー・アンは、なんの躊躇いもなくダニエルのうなじを手刀で打ったのである。ドッと、人体からしてはいけない鈍い音が響く。

 瞬間、ダニエルの魔力がふっと消えた。それもそのはず、少年は気を失い、浮いた箒に引っかかるボロ切れのように脱力したのだから。

「きゃぁああ!?」

「これでいい」

「メアリー、なんてことを!」

「意識のある邪魔者と意識のないお荷物なら、荷物の方が運べるだけまだマシよ。そうでしょう?」

「なんの話!?」

 混乱するペネロペを乗せた箒を、メアリー・アンが空へと押し上げる。ダニエルの魔力が消えたことにより、箒のシルビアは素直に舞い上がった。

 ペネロペは慌ててダニエルを魔法でシルビアに縛りつけた。シルビアの乾いた穂先から新芽が伸び、青々としたつるになってダニエルの身体を包み込む。

「メアリー!」

「行って。先に帰って、先生に苦情でもつけておいてちょうだい」

 もう、メアリーはペネロペを見てはいなかった。

 氷のドームが崩れ去る。大時化の夜の波ように、ベアトリーチェとメアリー・アンを、どす黒い影が飲み込む。

「ビーチェ! メアリー!」

「ペネロペ、ここはあいつらに任せるしかない!」

「でも!」

「攻撃魔法を使えないきみと今のグリーンじゃ、足手まといにしかならないよ」

 幼馴染みの言葉にペネロペはぐっと唇を噛んだ。言い返す言葉もない。

 ペネロペは箒の柄を握りしめ、先を大きく振って方向転換する。砕けた氷が舞い、キラキラと視界が輝いていた。その先にそびえ立つおどろおどろしい塔へと向かって、少女は飛び立つ。

 東の空をどんなに見つめようとも、朝を知らせる太陽が姿を見せることはなかった。



「ずいぶんとカッコつけたじゃないの」

 嘲るような親類の声に、ベアトリーチェは片眉を上げた。

 氷の壁を破壊し、己へと向かってくる影を凍らせ、砕く。そうして声の主を振り返った。

 そこに立つメアリー・アンは膝に手をつき、首をだらりと地面へと向けていた。もはや視線を上げる体力すら残されていない。少年が荒い呼吸を繰り返すたびに細い肩が揺れ、唾液と血液が暗い地面に雫を落としていく。

「メアリー」

「ほんと、お気に入り、なのね。クルスさんのこと」

「メアリー、こっちを向けよ」

「心配御無用よ、アンバーさん」

「メアリー」

 しつこいわね、と言いかけて。メアリー・アンは口をつぐんだ。正確には口を塞がれたのである。

 ベアトリーチェは乱暴にメアリー・アンの前髪を掴み、視線を上げさせた。言葉もなく近づいたアイスブルーの瞳にメアリー・アンはうんざりと視線を逸らす。

 がちん、とぶつかった歯。唇が切れたのを幸いと、メアリー・アンの口内に滑り込んだベアトリーチェの舌が傷口をえぐる。痛みに呻く間もなく流れ込んだ魔力に少年は目をきつくつむった。

 凝り固まった筋肉を程よく押されるような心地よさ。子供の頃、母に頭を撫でられた遠い記憶が蘇るようなまどろみ。くすぐったさを纏う活力が、身体の深い場所から湧き上がってくる。

 腑抜けた声を上げそうになるのを気力だけで押しとどめ、メアリー・アンはここ半年ですっかり厚みの増した親類の肩を押した。

「絵面がきついのよ!」

「仕方ないだろ。ダニエルの言う通り、ぼくらは使い魔じゃない」

 使い魔は生まれもって、魔女に魔力を供給するように身体が作られている。しかし、魔女自身はそうではない。

 魔女同士で魔力の波長を合わせることが困難なように、魔女同士での魔力供給は方法が限られていた。本来、魔女は睡眠や食事で魔力を補充するのが一般的なのである。魔女間での魔力のやりとりは、少々強引な手段が取られることが常だった。

「だからって絵面がキツすぎるでしょ!」

「それだけ元気なら夜明けまで戦えそうだね」

「嫌な血圧の上がり方した」

 上唇に滲んだ血を舌で舐めとり、メアリー・アンは吐き捨てる。

「キスの下手な男は嫌われるわよ」

「女性相手なら上手くやるよ」

「失礼しちゃうわね。こちとら男を捨ててまで魔法を買ったってのに」

 はちみつ色の長い髪をかきあげ、メアリー・アンは笑う。

 空っぽになっていた身体の芯に火がついたようであった。自分とよく似た魔力は、すでに体内で穏やかな波を描いている。腐ってもさすがは親類か、と少年は杖を握りしめた。「さて」蠢く影に視線を向ける。

「おかげさまであと三日は戦えそうよ」

「元気だね。ぼくは勘弁願いたいよ」

「私はヴェルネリとシャディエルの契約をもらう。あんたと私が残ったのは間違いかもしれないわね。きっと精霊たちが戸惑うわ、同じ血が違う命令をするんだから」

 同じ先祖を持つ親戚へと、そう、メアリー・アンは言った。

 彼らおとこ魔女の使う魔法は、先祖の結んだ契約の名残である。精霊たちは呪文で古い契約の名を思い出し、彼らに先祖の血が混ざっていれば命令に従うのだ。ゆえに、同じ先祖をもつベアトリーチェとメアリー・アンが同じ地で呪文魔法を使うことは得策とは言えなかった。

 精霊の力は、より血が濃く、より力の強い魔女に流れる。

 メアリー・アンが、己より血の濃いベアトリーチェのそばで同じ呪文魔法を使うことは不可能であった。だからこそ、メアリー・アンは雷の魔女ヴェルネリと、嵐の魔女シャディエルの名を出した。彼女たちの契約は使ってくれるなという牽制である。

「同じ魔女が残ったところでね」

 そう言ってボヤくメアリー・アンに、ベアトリーチェは目を瞬かせる。蒼い瞳を囲む銀色のまつげが輝いた。

「おまえ、本気で言っているの?」

「なにをよ」

「ぼくらが同じだって、本気で思ってるのか。メアリー・アン?」

 ベアトリーチェは怪訝そうに眉を寄せる。

 その美しいかんばせとは裏腹に、冷徹なほど的確に影を凍らせる親類に今度はメアリーが目をぱちくりとさせた。金色のまつげはベアトリーチェのもの以上に長い。

「十を過ぎた時だったかな。ぼくにも話が来たんだよ。サバトの魔女からまじないを買わないかって話がね。親戚のメアリーちゃんはすっかり可愛くなってたわよ、なんて言われて、血の気が引いたのを覚えてる」

「……そうだったの」

「ぼくはね、メアリー。どうしても捨てられなかった。選べなかったよ、アンバー家の望みを。何も選べないまま、ここまで流されて来てしまった」

 家の意向に従えなかった。ベアトリーチェはそれを己の落ち度として語ったが、メアリー・アンにはそうは聞こえなかった。それは、あんたが「家に従わない」という道を選んだってことじゃないの──? そしてその道はきっと、私が決死の思いで選んだ道よりもよっぽど険しく、苦しい。

 小さく唇を噛んで、メアリー・アンは口を開く。

「私は──私は、家のために男の姿を捨てたわけじゃないわ」

「だからこそさ。きみはいつだって自分で道を選んできただろ。ぼくはずっときみが憎かったよ。妬ましくて、自分が恥ずかしくて、きみが嫌いだった。ぼくのハードルまで上がるだろ、やめてくれって、ずっと思ってた。きみが風邪をひいたって聞くたびに、そのまま拗らせて死んでくれたらいいのにって思ってたくらいだ」

「あっはっは!」

 ベアトリーチェのストレートな物言いに、メアリー・アンは大口を開けて笑った。

昔から生真面目な奴だとは思っていたけれど、拗らせすぎるとこうも酷いことになるのかと、メアリー・アンは目尻に浮かんだ涙をぬぐう。

「それで? 今はどうなの?」

「今は、生きていてくれないと困るって、思ってるよ」

「それ、ほんとに今この瞬間だけの話でしょう」

「生まれなんて関係ないって、最近思うんだ、メアリー。きみとぼくは全然違う。精霊たちはだれよりも厳しい目でぼくらを見ている。だからこそ、それを知ってるんだ」

「……ええ。そうね」

 それに、とベアトリーチェは呪文を唱えた口で続ける。

「心配しなくても、ぼくは雷を呼べない。どうにも相性が悪くてね」

「私は雪くらいなら降らせられるけど」

「きみは本当に根性が悪いな」

「ごめんあそばせ。こればかりは血かしらね」

 メアリー・アンは込み上げる熱に口を噛んだ。鼻の奥がツンと痛くなる。

 みっともない姿を見られたくなくて、少年は光を灯す精霊たちを遠ざけた。静かに鼻をすするも、暗闇ではずいぶん大きな音に聞こえた。それに悪態をついてから、少年は大袈裟に息を吐く。華奢な肩が上がり、深く沈む。

「自分とあんたが違うなんてこと、言われなくてもわかってたはずなのに。クルスさんを笑ってられないわ」

 大雷を地に呼んで、メアリー・アンは言った。

 影が散り散りになって、闇に溶けていく。それを横目に、ベアトリーチェは背後に佇む不気味な塔を見上げる──も、息つく間もなく復活した影を迎え撃つべくすぐに視線を戻した。

「クルスさんが心配?」

「ああ。ペネロペのことも、ダニエルやティンキーたちのことも心配だよ。きみもだろう?」

「またまた。彼のこと、特別気にかけているくせに」

「きみや、ヴィルヘルムは勘違いしてるみたいだけど」

 そこで一度言葉を切り、ベアトリーチェは薄く笑った。

吐息のような笑みを漏らし、少年は言う。

「ぼくほど彼を信用している男はほかに居ないよ」

「ベタ惚れじゃないの。気持ちの悪い執着心」

「きみは本当に口が悪いな」

「あなたの王子様が塔に行き着くのが先か、朝が来るのが先か。なんにせよ早く終わってほしいものね」

「同感だね」

 二人の魔女はそう言って、杖の先を闇へと向けた。

 どちらともなく背を合わせ、口を閉ざす。あとは持久戦だと、優秀な少年たちは分かっていた。ベアトリーチェのまつ毛の先が凍り、メアリー・アンの髪が雷をまとって輝く。

「大丈夫よ、ベアトリーチェさん」

「根拠をお聞かせ願いたいね」

「冬風邪を拗らせた男は強くなるんですって。あなたの『お気に入り』の受け売りよ」

「──彼が言うなら間違いないな」

「ええ。きっと」

 少年たちの頬に、ゆるやかな笑みが浮かんだ。








 

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