第35話 マチュディールラデュレルノワーグ



 パチパチと火の粉が跳ねる音が響く。

 暗闇が支配する森の中、ペネロペはあたたかく辺りを照らす炎を見つめ、痺れ始めたおのれの腕を見つめ──、そうして、静かにため息をついた。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 本に入って早々、ペネロペたち『ベアトリーチェ組』は野生の狼に襲われた。それに応戦したのはアダムと桔梗であった。巨獣化した二人に怯むことなく襲いかかってきた獣たちを、彼らは慈悲も容赦もなく叩きのめした。噛みつかなかったのは唯一の良心だろう。

 言葉通り、狼たちは尻尾を巻いて逃げ出した。

 ベアトリーチェは息巻く使い魔たちを宥め、すぐに塔へ向かおうと言った。二つの月はなおも空のてっぺんで輝いているが、本の中の現象が外の世界とリンクしている確証はない。学年末試験のタイムリミットは夜明けまでなのである。

 ペネロペは塔の方角をベアトリーチェに伝えた。ベアトリーチェは少し考え、森の中を行くことを提案した。

「飛べばすぐだろうけど、そんな簡単な課題をスタンリー先生が出すとは思えない」

 そう、皮肉を含んだ笑顔とともに。

「それに、飛べば全員が一律に魔力を消費することになる。先は長いんだ、ゆっくり行こう」

「たしかに飛ぶのは得策とは言えないね」

 珍しく、桔梗が試験内容について口を出した。

「ソフィーの世代から、飛行はわりと厳しく制御されているみたいだよ」

「ソフィー先生の代で何かあったの?」

「試験内容って毎年違うじゃない? ソフィーの代は『全員がゴール出来たら合格』じゃなくて、『一人でもゴール出来たら合格』っていう生き残り戦だったんだって。そしたらソフィーがものの数分でゴールしちゃったらしくて、それ以来、飛行魔法の使用についてはシビアになったって聞いたことがあるよ」

「そうでしょうね」

 桔梗の言葉を聞いたヴィルヘルムが、空を見上げながら呟いた。目を細め、中指で眼鏡のブリッジを押し上げる。

「森の上空、網目状に仕掛け魔法が張られています」

「えっヴィルヘルム君ほんとに? 僕にはわからないや! 引っかかったらどうなるかなあ?」

「さあ。撃ち落とされるか、雷にでも打たれるか。四肢が爆散でもするか」

「スタンリー先生とはいえ、さすがにそこまでするかしら?」

「あなたは他人からの悪意にもう少し知悉になるべきですね」

「ヴィルヘルム」

 ベアトリーチェが神妙な声で従者を呼んだ。その表情は「余計なことを言うな」と言わんばかりである。

 そんなベアトリーチェの姿を見て、ペネロペはぴんと来た。ベアトリーチェは初めから上空の危険な仕掛け魔法に気付いていたのだろう。チームメイトを怯えさせまいと、彼はあえてその情報を開示しなかったのである。

「行こう。幸運なことに、ここの空気は悪くないよ」

 そうして一行は、湖畔から森へと足を踏み入れたのだった。

「ドゥケレ・ノウァ」

 行く手を阻む木々に杖を向け、ベアトリーチェが唱える。木々はすぐに、王を前にした騎士たちのように彼に道を開け、枝を垂れた。それでも森の終わりが見えるわけもなく、魔女たちはそれぞれ己を守護する精霊の呪文で杖に光を灯す。

 ペネロペの毛先が闇色に染まる。すぐさまアダムが魔力の供給役を務めた。

 そうして歩くこと十数分。ペネロペは見つけてしまったのだ。小枝を揺らす愛らしい獣を。

 枝から枝へと飛び移り、時折、その立派な尻尾を震わせる小さな生き物。学院の森では見ることのなかったリスの姿に、ペネロペはすっかりここが本の中の世界であり、スタンリー教諭から課された試験の途中であることを忘れ、手を伸ばしてしまった。それがいけなかった。

 ここで、話は冒頭に戻るわけである。

「今が学年末試験中じゃなかったとしても、不注意極まりない行動ですよ」

 うんざりとした様子でヴィルヘルムはそう吐き捨てる。

 それに「ごめんなさい」と言おうとして、ペネロペは自分の唇が思うように動かなくなっていることに気がついた。全身が痺れて、もう話すことすらままならない。

 ペネロペが手を伸ばしたのは『吸血きゅうけつ栗鼠りす』と呼ばれる魔法動物であった。

 見た目はほとんどふつうの栗鼠と変わらない。見分けるには背中の模様を観察するしか方法はないのだが、その生態は似ても似つかない。その名の通り、彼らは吸血するのである。

 ペネロペは、吸血栗鼠が口を開き、おのれの手に噛み付く瞬間を思い出してぶるりと身を震わせた。

 胴まで口が裂け、真っ赤な口内とギラつく無数の牙が、ペネロペの手を飲み込むほどの勢いで食らいついてきたのである。その上、吸血栗鼠の牙には生存競争で勝ち取った毒がある。血を吸った相手にそのまま捕まっては命の無い小さな小さな獣は、噛み付いた相手を一時的に痺れさせることが出来る。

 目下、ペネロペは森の湿った土に転がったまま動けなくなっていた。仕方なく一行はそこで火をおこし、一時的にその場をベース地としたのだった。

 火の周りに丸く石を並べ、簡易的なかまどにする。その上でどこからともなく取り出した大鍋を炊きつつ、先程からずっとヴィルヘルムはペネロペを糾弾し続けていた。ベアトリーチェとアダム、桔梗の三人は必要な薬草などを集めに森へと入っている。

「まぁそうカリカリするなよ、ヴィルヘルム」

 一番に戻って来たのはベアトリーチェだった。

 少年は含みのある笑みを浮かべ、薬の煎じ役である従者へと薬草を手渡す。

「おまえらしくもない」

「カリカリするなという方が無理な話です」

「わかるよ。吸血栗鼠が居たんだ。ヤツが居ることは確定事項だものね」

「ええ」

 唇を噛みしめるヴィルヘルムを炎が照らす。薄い頬はいつも以上に白く見えた。

 ついに眼球以外を動かせなくなったペネロペは、きょろりとベアトリーチェを見上げた。ベアトリーチェの蒼い瞳が楽しげにゆるむ。

「ペネロペ・クルス。ここで問題だ」

 眼球を動かして、ペネロペはその声に応えた。

「第一問。吸血栗鼠の主食は何か──、いや、これは愚問だね。きみはもう血を吸われているわけだし」

「ベアトリーチェ」

 制止を訴えるヴィルヘルムの声を無視し、ベアトリーチェは続ける。

「第二問。人間や魔女の居ない、深い森の奥に住む吸血栗鼠は何を主食としているか」

「…………うぇ?」

「血液を得られない彼らの主食だよ。薬学でもチラッとやっただろ?」

赤血せっけつモモだよね! 逆を言えば、人間や魔女が住んでいるか、赤血モモのある場所にしか吸血栗鼠は居ないってハナシ! ちなみにこれね、赤血モモ!」

「半分正解だ、ハチ」

「半分は不正解ってこと!? なんで!?」

「犬、うるさい。静かにしろ。ペネロペの傷にさわるだろ」

 暗闇から、アダムと桔梗が姿をあらわす。その腕には大量の赤い実が抱えられていた。

 アダムは暗い表情でペネロペへと駆け寄り、「大丈夫?」と問う。近くに居ながら、幼馴染みを守れなかったことを彼は非常に悔いていた。ペネロペは眼球を動かしてそれに応える。

「吸血栗鼠が好むのは赤血モモの種だけだ。果実は──、」

「もういいです。そこのお馬鹿さん、薬が出来ましたよ。さっさと飲んでください」

 大鍋で煎じていた薬をヴィルヘルムが差し出す。アダムがそれを受け取った。

 幼馴染みに背を抱かれ、ひどい味のする液体を喉に流し込みながら、ペネロペはベアトリーチェとヴィルヘルムを見つめた。なおもヴィルヘルムは硬い表情を崩さず、ベアトリーチェは薄く笑っている。

「そう怒るなよ」

「まさか。怒ってなど」

「怯えるな、の間違いか?」

 ついに俯いてしまった従者の肩を軽く叩き、ベアトリーチェは石に腰掛ける。

 その隣では桔梗が赤血赤モモの果実と種をナイフで取り分けていた。

「覚えておいて損はないよ、ペネロペ。魔法植物学や動物学にも関わってくることだから」

「授業でやったはずですよ。その判断を出来るかどうかも、この試験には含まれているんでしょう」

「その点、おまえは誰よりも優秀だったねヴィルヘルム。吸血栗鼠は赤血モモの種を好む。吸血栗鼠が捨てる果実の部分だけを好んで食べる魔法植物が居ただろう?」

「……あー、あの、ながいなまえの」

 ペネロペは記憶の泉をかき混ぜながら答えた。

 唇が痺れているせいで舌ったらずではあるが、声は出るようになった。ヴィルヘルムの薬はよく効くわねえとペネロペは呑気に思考を巡らせる。

「なんてなまえだったかしら。ぬまをつたう。ねっこが、ひとつで」

「マチュディールラデュレルノワーグ」

 珍しくポソポソとした声でヴィルヘルムが言った。

「ああ、そうだった」とペネロペはやっと動かせるようになった手を打つ。

 マチュディールラデュレルノワーグ。魔法植物の座学で習った覚えがあった。大きな森を中心に棲息する、恐ろしく巨大な魔法植物だ。その根は森のどこかの水源にあり、彼らは水脈を伝って蔓を伸ばす。

 そうして、吸血栗鼠と同じく、やって来る人間や魔女を襲うのである。

「つまりはさ、ペネロペ。吸血栗鼠が居るってことは、マチュディールラデュレルノワーグも確実にその森に居るってことなんだよ。この二種は共生関係だからね」

「なるほど。んん? それ、あんまり良くないお知らせね?」

「あんまりどころの話ではないです」

「はい! タネ全部取れたよ!」

 桔梗が、取り出した赤血モモの種を大鍋に入れる。それをかき混ぜながら、ヴィルヘルムが「果実はどこか遠くに捨ててください。絶対に私の近くに置かないで」と低い声で言った。

「先生は教え方が甘いんですよ。マンドラゴラと違って即死するような魔法生物じゃないから大丈夫、だなんてあまりにも悠長過ぎます。襲われたことがないからあんな風に言えるんだ」

「まあ、お察しだとは思うけれど、ヴィルヘルムは子供の頃に一度マチュディールラデュレルノワーグに襲われたことがある」

「じわじわと自分が死に近づいていくのがわかるんですよ」

「マッチャンってアレだよね? オスの体液吸うんだっけ?」

「犬、マッチャンってなんだ」

 それまでペネロペの介護に徹していたアダムがそう突っ込む。ペネロペの体調がすっかり良くなり、余裕が出てきたらしい。

「マチュディールラデュレルノワーグって長いんだもの。僕はまっちゃんって呼んでる」

「なんでマチュディールラデュレルノワーグがマッチャンになるんだよ。おまえ、グスタフのこともなんか変な名前で呼んでたろ」

「ぐっさんのこと?」

「なんでグスタフがグッサンになるんだ。意味がわからん」

「とにかくだ、マチュディールラデュレルノワーグは赤血モモの種を嫌う。だから、種を煮た液体さえ持っていれば彼らは近づいて来ない。彼らが生息していることに早めに気づけたことを思えば、きみの負傷も無駄ではなかったよ、ペネロペ。で、もう一つ」

 ベアトリーチェが神妙な顔で、人差し指を立てた。

「これは、今のぼくらにはまったく関係のない話だし──、ヴェルミーナ魔女学院は男子校みたいなものだから、先生も詳しくは話さなかったんだろうけど──、」

 そう、ベアトリーチェがチームメイトたちを見渡して言う。その硬い表情を見て、ペネロペは嫌な予感が込み上げるのを感じた。ぎゅっと、そばに居た幼馴染みの袖口を掴む。

「マチュディールラデュレルノワーグは、ひと型のオスを襲って体液を吸い取るだけじゃない」

「それだけでも悪夢ですよ」

「メスを見つけると、その腹に自分の卵を植え付け、母体として使うんだ。ものの数日で卵は孵化し、子は母体の腹を突き破って生まれてくる」

「まあ、生き物として正しい形なのかもしれませんね。オスは子育てには無用だとして、交尾後に食う生物も居るんですから。……どうかしましたか?」

 ヴィルヘルムが怪訝そうにペネロペを見つめる。

 顔を青ざめさせたペネロペは、腹を押さえたまま低く唸った。

「絶対に、マッチャンにだけは会いたくない」

「初めて意見が一致しましたね、ミスター・クルス。嬉しくもないですけど」

 パチパチと、大鍋の下で火の粉が跳ねた。

 その後、ペネロペたち一行はマチュディールラデュレルノワーグに出会うことなく森を抜けた。それは幸運と言えば幸運であり、当然と言えば当然であった。彼らは赤血モモの種を煮て抽出した液体をそれぞれ懐に忍ばせている。

 ベアトリーチェが先導を務めて森を開き、二人の使い魔が辺りに目を光らせる。ペネロペは時折森の上空に飛び上がり、塔の方角を確かめた。

 しんがりのヴィルヘルムはマチュディールラデュレルノワーグの気配に怯える余り、飛び出して来る細々としたトラブル──主に、スタンリー教諭の用意した十八足じゅうはっそく蜘蛛くもや、罠用の魔法陣である──を、過剰なほどに攻撃した。

 そうして、空に浮かぶ二つの月が西の空に傾いた頃。ついにペネロペたちは森を抜けたのだった。

「わあ……!」

 森を抜けた先、突然開けたその景色を見て、ペネロペは感嘆の声を上げた。そこに大きな河が広がっていたからだ。ペネロペは湖畔の時点でもその河を見ていたが、実際の景色は上空から眺めるものとまるで違っていた。

 向こう岸が見えぬほどの、一面の輝く水面。月の光を反射したそこが、さざなみとともにキラキラ輝く。水面と空の境界線を、ペネロペは生まれて初めて見たのだった。

「すごい。こんな大きな河を見たのは初めて」

「きみは本当に故郷から出たことがないんだな」

 驚いたように、それでいて少し嘲るように。懐かしさすら感じさせる、イヤミな笑みをわざと貼り付けたベアトリーチェが、ペネロペに言う。

「これは海だよ、西の村の田舎魔女」

「うみ?」

「国の北端にでも行かない限り、見られませんからね」

「東の地の向こうにも海は広がってるって話だけどねえ」

 首をかしげるペネロペに、ヴィルヘルムと桔梗がそれぞれ言った。

 アダムは「ふん」と面白くなさそうに鼻を鳴らす。

「何が海だ。ただのでかい水たまりじゃないか」

「でも、すごいわアダム。見て。なんて広くて……、きれいなのかしら」

 美しく、そしてそれ以上に恐ろしい。ペネロペは押しては引く白い波を見つめた。

 村に居た頃は想像すらしなかった世界だった。ペネロペは海を知らなかった。知らないものは、夢想することすら出来ない。村にある数少ない本に『海』という単語は記されていたのかもしれない。しかし、知らないものはただの単語以上にはなり得ないのだ。

 それは、なにも海だけのことではない。

 ペネロペは何も知らなかった。他の魔女のことも、自分のことも。おのれの中にある、おのれですら知り得なかった感情も。

 西の村でのペネロペの生活は穏やかであった。怒りも悲しみも、嫉妬を抱くこともない狭い世界。それがペネロペにとっての故郷だった。楽しいことはもちろんあった。それでも、怒り、悩み、ぶつかり合って得た友人たちとの生活とは比べるべくもないことに、ペネロペはもう気付いていた。

 輝く海を見つめ、ペネロペは胸の前で手を握る。胸の奥が熱く燃えていた。海のように広く、美しく、そして恐ろしい何か。

 それが途方もなく愛おしかった。

「私──、私、この学校に来てよかった」

「大団円を迎えるにはまだ早すぎるよ、田舎魔女」

 ベアトリーチェがからかうように笑う。そうして少年は懐から杖を取り出し、話し出した。

「さて、諸君。我々が向かうべき塔だが──、」

 ピッ、とベアトリーチェは杖の切っ先を海の向こうへと向ける。

 地平線の向こう、靄がかったそこには二基の塔が見える。目をこらせば、不気味な岩山の姿もわずかながら見られた。

 ペネロペが「岩に囲まれた土地と塔が見えたもの」と胸を張る。

「まあ、あれで間違いないだろう。問題は移動手段だ」

「上空は相変わらず仕掛け魔法だらけです。スタンリー先生もマメなひとだ」

 空を睨みつけ、ヴィルヘルムが唸った。

「でも、やってやれないことはないでしょう」

「海の方も嫌なニオイはしないよ!」

「嫌な魔力のニオイは、だろ。嫌なニオイならずっとしてる。微生物の死臭だ。このままじゃ鼻がイカレるぜ」

「そうだねえ! 僕も長くはもたないかもしれない!」

 使い魔の二人はそう声を上げた。アダムは苛立ったように腕を組み、桔梗は眉尻を下げる。見えないはずの尻尾が垂れ下がっている幻覚をペネロペは見た気がした。

「この場こそ、さあ飛んでくれってなものなんだろうね」

 ベアトリーチェはそう呟き、しばし思案する。そうして、「いや」と短い否定の言葉を皮切りに、チームメイトたちへと語り出した。

「本来は、ここが飛行学の評価のしどころなんだろうと思う。いかに連携を取って飛び、仕掛け魔法を回避できるか……、というのが採点基準かな。使い魔は鼻が使えない。魔女の飛行技術と察知能力、使い魔の魔力供給能力が要になるわけだ」

「ええと、じゃあ、飛ぶ?」

 背に背負ったシルビアへと手をかけつつ、ペネロペはベアトリーチェに問う。

 ベアトリーチェは「いいや」と首を振り、いたずらっぽく微笑んで続けた。

「森に入るときも言ったけれど、全員が一律に魔力を消費するのは避けるべきだよ。なにより、試験製作者の思惑通りにコトが進むのもなんだか癪だとは思わないかい?」

「ええと、だったら私とビーチェでタンデムかしら?」

「魅力的なお誘いだけど、今は遠慮しておくよ」

「じゃあどうするってんだ」

 そう言ってアダムは組んだ腕を不満げに揺らす。

「こうするんだ」ベアトリーチェは一歩、海に近づいた。そして、そっと杖を水面へと向ける。彼の従者は、初めからすべてを知っていたかのように、静かな目でそれを見つめていた。

 ベアトリーチェが甘く響く声で呪文魔法を唱える。途端、それまで押しては引いてを繰り返していた波がぴたりと動きを止めた。純度の高い氷魔法は、海の水を濁らせることもなく凍らせていく。一番美しい瞬間で時を止められた、剥製のように。

 氷で出来た道標は、真っ直ぐに塔のある岩岸に向かって伸びていった。

「さて、行こうか」

 凍りついた海の上を、ベアトリーチェは迷いなく歩み出す。

「滑るから気をつけて」

 そう、少年は微笑んでペネロペへと手を差し出した。首のうしろで一つにまとめた銀髪が、氷に包まれた海の最後の潮風になびき、月の光を帯びる。

 そのあまりに美しい光景を前に、ペネロペはそっと、ため息をもらしたのだった。









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