第13話 再戦
シンイーの治療を受けた帰り道、ペネロペはぼんやりと夕焼けに染まる空を見上げた。
飛行学の授業は本日最後の授業だった。だから、このまま寮に戻ればいいことはわかっている。しかし、なぜかまっすぐ部屋に帰る気になれなかった。
あてもなく廊下を歩きまわる。十分ほど歩いたところでペネロペはやっと気がついた。
自分はギャレットを探しているのだ。偶然を装って彼に会い、さっきはごめんねと、なし崩しに謝ろうとしている自分の真意にペネロペは嫌気がさした。
そして、仮にそれが成功したとして、正しい行動であるとも思えなかった。自分の苛立ちをぶつけたことは申し訳なく思うが、それでも「ギャレットの使い魔に対する態度はおかしい」という考えに迷いはない。
誰かと話したい、とペネロペは思った。
一人では抱えきれない熱が身体の奥でくすぶっている。しかし、アダムとは今は会わない方がいいとわかっていた。自分の目で見たわけではないが、ソフィーの剣幕からして、彼が相当荒れていたことは確かだ。ペネロペの腫れ上がった頬を見たら、西寮のギャレットの部屋に乗り込みかねない。
ふと見下ろした中庭。奇妙な形のトピアリーが並ぶそこに黒髪の男の姿はない。
──いや、居る。いつ見てもきっちりと切り揃えられた黒髪と、銀縁の眼鏡。既に制服へと着替えたらしいヴィルヘルムの姿を見て、ペネロペは駆け出した。本館の広い階段を飛び降り、中庭へと続く廊下を駆ける。
いつでも薄暗い廊下を抜けた先、夕日のさすそこにまだ彼は居た。
すらりとした長身をまっすぐに伸ばし、少年は何かを見下ろしていた。
ヴィルヘルムの視線の先には白い猫が居た。猫は鋭い瞳で、じっと、己を見下ろす男の動向を見張っている。魔女と白猫はぴくりとも動かない。剣豪同士の試合のように、じりじりと視線だけが焦げついていた。
先に動いたのはヴィルヘルムであった。
その長い足を蹴り出し、迷いのない足取りで白猫へと迫る。当然、驚いた猫は一目散に逃げだし、どこかへ消えてしまった。それにヴィルヘルムが「はて」という顔をしているのがおかしくて、ペネロペは彼の背中へと声をかけた。
「そんなじゃ逃げられて当然よ、ヴィル」
「私とあなたはそんなに深い仲だったでしょうか」
愛称で呼ばれたことに不快感を示す少年を無視し、ペネロペは少年のとなりに並ぶ。
「ベアトリーチェは? 一緒じゃないの?」
「ええ。常に一緒に居るわけではありませんので」
「さっきのは使い魔科のひと?」
「いえ。ただの野良猫でしょう」
「だったらダメよ、あんなのじゃ」
つんと遠くを見つめたままのヴィルヘルムに、ペネロペはしゃがんで見せる。そうして、そこには居ない小動物でもあやすように視線を低くした。
「こういうふうに少しずつ近づいていかないと。急に距離を詰めたら怖がらせるだけよ」
「小動物相手にならその判断がつくんですね」
「え?」
ヴィルヘルムが何を言っているのかわからず、ペネロペは彼を振り返る。冷たいダークグレーの瞳が、嫌悪感を隠しもせず少女を見下ろしていた。
ペネロペの口元に、恐怖の上澄みをすくった笑みが浮かぶ。
「ベアトリーチェはあなたのことをさほど頭の悪い部類ではないと思っているようですが」
そこで一度息をつき、ヴィルヘルムはペネロペから目を逸らした。
「どうやらそうでもないようですね」
「……ギャレットとのこと?」
「ええ。この際ですから言わせて頂きますけど、あなた、自分が空気を読めないっていう自覚はありますか」
空気を、読めない。空気は吸うものではないのか。
ヴィルヘルムの言葉にペネロペは混乱した。口から声は出てこず、静かに首を振る。
「ベアトリーチェはああいう人ですから、例外として。同じ調子でほかの魔女に近づけば怯えられると、なぜ理解出来ないのです。猫相手にならわかるのに」
「えっ、私、怯えられてるの? 嫌われてるんじゃなくて?」
「怯えられて嫌われたんです。猫だって無作法な生き物は嫌いでしょう」
「ああ」ペネロペの口から意図せず声が漏れた。まったくもってヴィルヘルムの言う通りであった。
「小者ほど恐怖心が強いのは当然のことです。手負いならば尚更だ」
「手負いって? 怪我したのは私の方よ?」
「本当にどうしようもないですね、あなたは。みんなの前でギャレット・レイズを糾弾したとき、あなた、彼がどんな顔をしていたかを?」
ヴィルヘルムの問いに答えることが出来ない。確かに、ペネロペはあの時ギャレットの顔を見た覚えがなかった。最後にちらりと見ただけであった。
おのれが腹の底の熱を吐き出してらくになっている間、彼はいったいどんな顔をしていたのか。どんな風に息をしていたのか。まるで思い出せない。
黙り込んだペネロペを見下ろし、ヴィルヘルムは続ける。
「使い魔の立場を考えたことは?」
「もちろんよ。それが許せなくて、あんなことを──、」
「もしや、自分はなにか崇高な意識でもってあの行動に出たとでも思っておられるんですか? 争いは同等の思考レベルと力を持つエゴイスト同士の間でしか起こらないと、歴史学で学んだはずでしょう。レイズの使い魔への態度は私も思うところがあります。でも、その先は?」
その先? ペネロペはいつの間にか地を這っていた視線を上げた。
ヴィルヘルムが、静かなダークグレーの瞳の奥に熱を灯していた。ちらつく怒りと、ペネロペに対する軽蔑が滲んでいる。
「使い魔が魔女に虐げられてきた歴史は変えようのない事実です。重く受け止めるべき現実だ。でも、それを上辺だけで変えられるわけがない。今の彼らは、魔女に媚びて生きるしかないんです」
「そんなのおかしいわ」
「ええ。おかしいですね。そう思うのなら、尚更あんなことをしてはいけなかった。あなたがすべきことは、いち魔女として、使い魔と魔女の平等を世に訴え続けることだけです」
「……そうね。その通りだわ」
「あなたの行動で、彼らとあの男の関係が悪化することは間違いないでしょう。あんな馬鹿でもレイズ家の魔女です。使い魔たちは関係を結びたいと考えている」
「私は、どうしたらいい?」
「私の知ったことではないですね」
「えっ」
返ってきたシンプルな答えにペネロペは目を瞬いた。
ヴィルヘルムは悠然と眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。
「聞けば答えが得られるとでも?」
「だって、助けてくれるのかと思って」
「なぜ? 特に親しいわけでもないのに」
ヴィルヘルムはゆっくりと口を開く。
「同じ言葉を介するからといって、分かり合えると思い込むのは傲慢というものですよ」
それは、ヴィルヘルムとペネロペを表す言葉であり、ギャレットとペネロペを表すものであった。
「猫が相手なら、あなただって『話し合えば分かり合える』だなんて思わないでしょう」
「……そんなのさみしいわ」
「そう思うひとも居るかもしれませんね」
まるで遠い国の出来事を語るような口ぶりだ。ペネロペは、胸の奥で『悲しみ』や、知ったばかりの『苛立ち』が混ぜこぜになるのを感じた。
それらはペネロペが望まなくとも湧き上がり、腹の奥を熱くする。
「言葉を介して分かり合えると思うなというのなら、ヴィルヘルムにとっての言葉ってなに。なんのために言葉を交わすの?」
「私にとっての言葉は──、」
ヴィルヘルムは静かに息を吸い込むと、深く、吐き出した。
「他者とは絶対に分かり合えないということを確認するためのツールです」
「……だったら、なんのために、私たちは」
ペネロペの声が震える。そんな少女を、少年は静かに見下ろした。眼鏡の奥の瞳が夕焼けに染まる。寂しい色だ、と少女は思った。
故郷の村にいた時は考えもしなかった。あんなにも優しい色をした夕日が、寂しいだなんて。
二人は見つめ合う。悲しみに暮れるペネロペと違い、ヴィルヘルムはそれ以上語る意味など無いとでも言うように唇をゆるく結んでいる。彼にとっては言葉などその程度の代物でしかない。
ヴィルヘルムの目尻がぴくりと震える。乱れのない制服の襟を正し、少年は「では」とペネロペに背を向けた。
西棟の扉から、ベアトリーチェがこちらへと向かってくる。
「なによ。やっぱり常に一緒なんじゃないの」ヴィルヘルムの背中へそう叫んでやりたいと、少女は思った。
頬の腫れが引いても、ペネロペの胸は疼いたままだった。それどころか、熱は膨らんでいくばかりだ。胸の奥がじくじくと痛み、ギャレットへと向けた自分の言葉を思い出すたびに何か大声でわめき散らしたくなる。
考えないようにしようと思えば思うほどに、記憶は頭の中を渦巻いた。触れなければいいのに、膿んだ傷を触らずにはいられない子供のようだ。
表面上、事態は沈静化したかのように思われた。
ギャレットはいつも通り友人たちと馬鹿な話で笑い合い、ペネロペはひとり、教室の端でその声から身を守るように息を潜めた。教室には時折奇妙な間が生まれたが、スチュアート教頭やシンイー、スタンリーなどの教師たちがそこに言及することはなかった。
ペネロペはひとり、考えていた。
「あなた、自分が空気を読めないっていう自覚はありますか」
「喧嘩をすることは悪いことではありません」
「そう思うのなら、なおさらあんなことをしてはいけなかった」
「問題はそのあとです」
「他者とは絶対に分かり合えないということを確認するためのツールです」
ヴィルヘルムとシンイーの言葉が、ぐるぐると頭の中で混ざり合う。アダムと会う気にもなれず、黒い髪を見るたびに精霊の手を借りて姿を隠した。
エリオットはあの日から姿を見かけない。一度、ローガンに尋ねようとペネロペは声をかけたが、睨みつけられただけで、彼はエリオットの行方を教えてはくれなかった。
言葉を吐き出せど、吐き出せど、深く沼に沈んでいくような感覚に、ペネロペは学院に来て以来初めてベッドの中で泣いた。堪えていた涙が溢れ、押し殺していた声が漏れてしまえばなし崩しだ。
胸の奥で燻っていた感情を押し出すように、ペネロペは大声を上げて泣いた。
その感情を紐解かねばならないと、少女は思った。これは、食堂でバオバブの木を生み出したときの感情とはまったく別物であると少女はわかっていた。
いたずらな子猫が転がした毛糸の玉のように複雑に絡み合い、いくつもの激情が綯い交ぜになった熱いかたまり。にがくて、痛くて、かなしい。それをひとつひとつ手に取って見つめねばならないと、少女は嗚咽を漏らす。
絡み合った糸をほどくたびに、目からは熱い雫がこぼれた。
泣いて泣いて、朝が来て。ペネロペの髪が、再び七色に染まる。
少女は腫れたまぶたを持ち上げて、青い空を見上げた。
白い鳩が窓の外でぐるぐると塔の周りを旋回するのを見て、何かが吹っ切れた。
すべてを理解しようなどとは、それこそ傲慢というものだ。わからないものは仕方がない。答えを得られないのなら、それが今のペネロペにとっての『答え』なのだ。
「ギャレット!」
四限目の飛行学の授業。今日も今日とて一列に並んだ生徒たちは、空を突き抜けるような高い声に顔を上げた。
ラフなシャツに身を包み、髪を頭の高い位置で引っ詰めたペネロペ・クルスは、古びた箒を手にグラウンドを進む。そのまぶたが腫れ上がっていることには誰も触れなかった。
「ギャレット・レイズ!」
もう一度、ペネロペは少年の名を呼んだ。
それまで無視を決め込んでいたギャレットが、うんざりと顔を上げた。
苛立ちもあらわにおのれを睨みつけてくる少年へとペネロペは真っ直ぐに進み、シルビアを芝生へと投げ捨てる。
見覚えのある光景の再現に生徒たちは息を飲んだ。
「なんだよ。またキレイゴト言いに来たのか、田舎者」
そう、鼻で笑うギャレットの頬を、ペネロペは握りしめた右の拳で力いっぱい殴りつけた。
ペネロペは地元で喧嘩など一度もしたことがない。が、畑仕事で鍛えられた少女の足腰は見事に少年の顎をとらえ、撃ち抜く。腰の入ったいいパンチであった。
生徒たちがどよめく。
「……え?」
ギャレットは何が起こったのかも分からず、呆然と、荒い息を吐く西の村の魔女を見上げた。
ペネロペもまた、呆然とおのれの右の拳を見つめていた。
ギャレットの頬骨にぶつかった甲の骨がじんじんと痛む。一度きりの打撃であったのに、だれかを殴り慣れていないペネロペの手の甲は、指の骨にそって皮がべろりと剥がれていた。しかし、痛みはない。肉を覗かせる手が他人のもののように感じた。
「この間はごめんね、ギャレット」
「今の一発を先に謝りなさいよ。現行犯でしょうが」
何も言えずに頬を押さえているギャレットに代わり、メアリー・アンが言う。
「私ね、考えた。あなたの言う通り、あまり頭はよくないけれど、自分なりに考えたの」
ギャレットの澄んだ色の瞳へと、ペネロペは語り掛ける。
「でも、わからなかった。やっぱりあなたの使い魔に対する態度はおかしいと思うし、思い出すたびにお腹の底がグラグラする。そのグラグラを、あの日の私はあなたに向けてしまった」
「…………」
「ごめんなさい」
ペネロペは目を伏せて、胸の奥に溜まった熱を吐き出すように言った。
すみれ色の瞳から大粒の涙が溢れおちる。
「あの日のグラグラは、あなたに向けるべき感情じゃなかった。私、不安で不安でたまらなかったの。自分が何なのかもわからなくて、勉強にはついていけないし、ひとりぼっちで寂しくて、ずっとずっと不安だった。それをあなたにぶつけて楽になろうとした。叫んだら少しだけお腹が軽くなって、そしたらもう止まらなくて、それで──、本当にごめんなさい」
そう、一気にまくし立てたペネロペを、魔女科の生徒、使い魔科の生徒が一同に見つめる。呼吸の音すら聞こえそうな静けさだった。いつの間にかグラウンドに現れていたソフィーも、黙ってペネロペの声に耳を傾けている。
その沈黙を破ったのは、芝生に座り込んだままのギャレットだった。
「おまえ、ヘラヘラしてたじゃないか」
ぽかんとした顔で、ギャレットはペネロペへと言う。その声はすっかり毒気が抜けていた。いつもヘラヘラと愛想よく笑っている西の村人に殴られるなど、少年はゆめゆめ思っていなかったのだ。
「いつも、馬鹿みたいに笑ってたくせに」
「だって、私、どうしていいかわからなかった」
ペネロペは西の村で穏やかに暮らしてきた。
誰かを憎むこともなく、憤ることもなく、孤独を抱えることもなく、不条理に苦しむこともなく。あまりにも穏やかな生活は、少女をほがらかに育てる代わりに、困難に立ち向かう機会を与えなかった。
不安の行くさきを、少女は持ち得なかったのだ。
「あなたみたいにイヤな奴、うちの村には居なかったし」
そう、真剣にのたまうペネロペの言い草にギャレットは笑った。口のはしがチリリと痛み、わずかに血の味がひろがる。
「で? そのイヤな奴殴って憂さ晴らししようって?」
「ちがうわ。……ううん。違わないかもしれない」
「俺がやり返さないとでも?」
「思ってないわ」
言うが早いか、おのれに掴みかかって来た少年の腕をペネロペは掴む。そうして「シルビア!」と箒を呼んだ。芝生に転がっていた箒が矢のように飛び、ギャレットとペネロペの間に割り込む。
「魔法使ってんじゃねえよ!」
「使うわよ、魔女だもの! それにあなた、ぶつじゃない!」
「当たり前だろ! 黙って殴られてやる道理なんかねえんだからよ!」
「お返しなし! お返しなしよ!」
「ガキか!」
ギャレットはペネロペよりふたまわりほど大きな身体をしているが、箒の力の前では無力だった。手元に杖はなく、悲しいことにギャレット・レイズは未だ箒を扱えない。
シルビアごとペネロペを突き飛ばし、ギャレットは大きく息を吐いた。
「いいよな、女系出の坊ちゃんは。生まれた瞬間から生きる道は決まってんだ」
ギャレットは嘲笑う。おのれを、相手を、どちらをも馬鹿にしたように。
それをペネロペは悲しいと思った。さみしいと思った。痛み始めた拳で胸を押さえ、締め付けられる心が望む答えを探す。同時に、それを相手に伝えるための言葉を探る。
「あなたがどうやって生きてきたかなんて、私は知らない」
「ああ、そうだろうな。おまえみたいのにわかるわけねえよ」
「でも、あなただって私のことを何も知らないでしょう。想像だけで喋らないで」
ペネロペは立ち上がる。そばに立つシルビアを下がらせて、少女は少年を見上げた。
「同じ言葉を介するからといって、分かり合えると思うのは傲慢なんですって」
「…………」
「そうかもしれないって、思うけど。でも、私はそこで終わらせたくない」
ペネロペはそっと右手を差し出す。皮が剥がれた手の甲からは、血が滲み始めていた。
「私たちはまだ分かり合えないわ。その上で、お友達になってほしい」
「おまえのままごとに付き合えって?」
「そうよ。付き合って」
すみれ色の瞳はもう、少年に怯えてはいなかった。
挑むようなアメジストに見上げられ、ギャレットは居心地が悪くなる。
「……殴られたのは、意味がわからなかった」
「私だってどうして殴られたのかわからなかったわ。おあいこよ」
「おまえの無神経さにムカついたんだよ」
「だったら言葉でそう言って。せっかく既存のツールがあるのに使わない手はないでしょう? 私と違って、あなたはおつむの出来がいいんじゃなかったの?」
「……おまえ、ほんと」
パン、と打ち付けるように握られた手に、ペネロペは呻く。そのまま強く握りしめられた痛みで涙が浮かんだ。
そんなペネロペの姿を、ギャレットは不敵な笑みを浮かべて見下ろす。
「マジ最高にムカつくわ、おまえ」
「あなたには負けるわね」
ペネロペは半分泣きながら笑って見せる。その姿に、ふっと頬を緩ませ、ギャレットはぶっきらぼうにペネロペの手を振り払った。
「悪かった。俺も──ちょっと、焦ってた」
「……ギャレッ、」
「僕の故郷にはねえ!」
さあ、万事丸くおさまったかと大団円の空気が満ちていたグラウンドに、朗らかな声が響く。
使い魔科の生徒たちの中で、ひときわ背が高く、がっちりとした体型の白髪の少年が楽しげに声を上げていた。その太い腕にはアダムが拘束されており、この騒ぎの中、彼はずっと幼馴染みを引き止めていてくれたのだとペネロペはひとめで理解した。
「同じ釜の飯を食う、ってコトワザがあるんだけどさ!」
「ええ、そうね。それはいい考えかもしれない」
少年の声に続いたのはソフィーだった。鞭を模した杖を片手に、ギャレットとペネロペへと近づく。
「俺の授業を二回も中断させるたァどういう了見かな? お二人さん」
ソフィーの地を這うような声にギャレットは縮み上がり、ペネロペは「西の金獅子!」と拳を握った。
「あら、懐かしい名前ね。とにかく、仲直り出来たのはいいことだけど、お咎めなしじゃ他に示しがつかないわ。実際問題、授業時間は減っているわけだし。ギャレット・レイズ」
「……はい」
「ペネロペ・クルス」
「はい」
「あんたたち、今日から一週間、一緒に食事をなさい」
「はあ?」
先に声を上げたのはギャレットであった。
後ろでメアリー・アンが「やっばい。だっさ」と肩を震わせる。
「朝は待ち合わせて、昼も夜も、必ず一緒にとること。課題を言い訳にして食べないことは許さない。いいわね」
「サー! イエス、サー!」
「先生、ほかの罰則はないんですか!」
「あたしはその生徒が一番嫌がる罰則を与える主義なの」
「効果的だねえ」先ほどの生徒が楽しげに喉を鳴らす。
「いいわね、必ずよ」
「ギャレット、朝ごはん何時がいい? 五時?」
「バカ早え! 年寄りかよ!」
「じゃあ何時?」
こてんと首を傾げたペネロペに見上げられたギャレットが、息を詰める。
その姿にソフィーは豪快に笑った。
「その調子よ、ペネロペ・クルス。存分に意見交換なさい」
「はい?」
「どんな言葉を交わしても、あたしたちはそう簡単には分かり合えないわ」
ソフィーの緑色の瞳がゆったりと少女に語りかける。
「だからといって、共に生きられないと嘆くには早すぎる。共に食べて、共に学ぶために言葉を交わしなさい。相手は自分とは違うんだってことを、いつも忘れないで」
「はい!」
高らかな少女の澄んだ声が、青い空へととけていった。
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