第10話 子ども

「38週だった。妻が胎動がないといって、慌てて夜に行ったんだ。病院について安心だって。なのに死産した」


 目に染みいる空に呑み込まれそうだ。


「かわいかった。左下に黒子があって。けれど何もわからないままで、なんとかベビー服とおかけをして火葬した。なんにもわからないままだった。けれど、妻と一つだけ決めた」


 キスティスと目が合う。


「この子が来てくれて嬉しくて、かわいい。この気持ちを大事にしよう」


 静かに頷いた。夜が明けた。


「それから数年で、2人の子どもがきてくれた。とてもかわいくてたまらない」


 頷いた。


「けれど、またしても自分勝手に休職したんだ」


「原因はなんだった?」


「育休をとって、初めて会社を離れて、家族だけで過ごしたんだ」


「いいじゃないか」


「復職したらめちゃくちゃいじめられてなぁ。病んでしまったのさ」


「妬まれたんだな」


「10年以上、勤めてこんなもんか、と。優先順位を間違えて生きてきたなって思い知ったよ」


「会社を大事に思っていたんだな」


「人も。それから転職して、なんとか過ごせるようになった。一時期は死んだ方がいいんじゃないかな、とよく考えたけれど」


「また自分勝手というつもりかい?」


「あぁ、死んだらこれがもらえてとかな、色々、家族に残せるものがあるように思えて。本当に自分勝手だった」


「だけど生きているな」


「家族と過ごす時間がとても愛おしいよ。まだまだうまくいかないけれど、自分なりに向き合い続けるよ」


 キスティスは微笑んだ。


「子育てというけれど、子どもはすごい。たくさんできるに変えていっている。その姿を見ながら親が育っているんだ。本当に不思議だ」


「子育ての秘訣はなんだろう?」


「誰よりもそばにいて見守る」


「見守る」


「子どもはできるようになる。それを楽しんで続けられるように、黙って見守る。それだけだよ、本当に」


 キスティスは、ただ空を見ていた。


「君は」


 くちびるが動いた。


 最近、思考が当たり前になっていて、眠っていてもなお思考し続けている。一時期は瞑想など受容して、宇宙は全て原子なのだからだなんて、気宇壮大に広げていたものだけど、やはり思考が好きなのだ。夜中に何度も目を覚ましては、娘の布団をかけ直して目を閉じる。その繰り返しだった。必ず目を覚ますようになってから、ずいぶんと経っていた。それにも慣れて、最近は一回になったな、なんて思ってもいた。


「おはよう」


 声に目をゆっくりと開いていくと、そこには愛しい光景が待っていた。カーテンからこぼれる光がやわらかくて、なんだか沁みてきて。


「おはよう」


 これからはきっと。頬がゆるんだ。

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目を覚ましたら、そこから @hayasi_kouji

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