第4話 ボロの木造

 カフェインと甘みを十分に摂取された脳は、軽やかに動いていく。


「さて、ボロの木造の話だったね」


「隣に住んでいたのはおじいさんとおばあさん。部屋の鍵が昔ながらのガチャンってやつでね」


「白玉錠、宝箱の鍵がイメージしやすいかな」


「うん、まさに宝箱の鍵。しかも金色で。テンションが上がったものだ」


「鍵を持っていたってことは、一人で保育園を行き来していたのかい?」


「この家には小学校4年生まで住んでいた。保育園の頃からかどうかは、覚えていない」


「この家でのエピソードはあったかい?」


「でかい蜘蛛がいたのと、下の階の声が僅かに聞こえてね。両親と姉と弟のような仲の良さそうな家庭だった。ある日、下の階に向かって怒鳴った」


「いたい行動だね」


「しばらくやりとりした後に、なんですか、すいませんと、独り言だった風に終わらせたんだよね」


「小学生だから通用したな」


「この頃は守るとは言ったものの、何もできなくてさ。ただ欲しいものは言わずに勉強はした。そして外で走り回っていた」


「家にいた記憶はあるかい?」


「いや、本当にないね。石油ストーブだったんだけど、そこにおしっこかけちゃったり、いたずらは相応にしていたかな。それで折檻されたのはあったな」


「折檻はどんなものだった?」


「怒鳴られて襖の戸に押し付けられたり、雨ん中で外に放り出されたりしたかな。でもあまり覚えていられなくて」


「外ではどんな風に走ってたんだい?」


「ぼろ家や壊れた塀の近くを走り回って飛び回っていたな。自転車にもしょっちゅう乗っていて。河原が近くにあった。大きな下流でね。自転車が捨てられていたりしても汚い川だった。川の上に駅があってね、その駅へと向かうとなだらかな坂沿いに路駐のチャリと飲み屋が並んでいた」


「よく覚えているね。河原にもよくいったのだろうな」


「うん、河原って草が生えた坂があったりして。滑って楽しいし、日の傾きで景色が変わるんだよ。よく見に行った。塀を超えた時だったか、草が露を弾いて光ったのを覚えている」


「外の世界に憧れがあったのかな?」


「そうかもしれない。あとは友達の家にいって、よくゲームをやっていた。おいしいお菓子も出してくれるし、快適だったな」


「家よりも居心地がよかった?」


「というより、外にでなきゃ落ち着けなかったんだろうな」


「守ると言った束縛に、君は耐えれなかった」


「今、思えばそうだったんだろう」


「それが年相応なのにな」


「年や誰かというよりは、自分で決めたことができなくて悔しかった」


「人と比べる必要はない。けれど歳を重ねてできることはある」


「教えてやりたいよ、いや、今でもわかっていないのかもしれない」


「君の根幹には成したいことと、それができない自身への怒りがあるのかもしれない」


「守れるわけないのに、守るっていってるしな。いたいよ、我ながら」


「本当にいたいよ。心が」


 見ると、涙を流していた。

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