第3話 白いF1のミニカー
「白いF1のミニカーの話に移ろう」
「えぇよ」
「ぼくがまもると言ったのは、なぜだか覚えているかい?」
頭の真ん中がじわっとする。
「覚えていない」
「推測はできるかい?」
「あの時は荷物も少なく、電車に乗っていた。着の身着のままで出てきたんやと思う」
「妹さんの父はどんな人だった?」
「パチンコばかりして働かない人だったと聞いている。何も覚えていないな。妹が小さい時の事も覚えてない」
「君はいっぱいいっぱいだったんだろうな」
「F1のミニカーがヒーローだったのかもしれないなぁ」
「見た目のカッコ良さもあるだろうけど、危険も伴う。死と勝利を味わうレーサーが、君の心に響いたのだろう」
この机だけを照らす灯りが、キスティスの顔に映える。
「叫べ」
白い指が立てられた。
「君の全てを」
「もう話は」
「終わっているはずがないだろう。赤ん坊が、保育園児が、それだけのはずがないだろう!」
鼻と鼻が触れ合う距離で、強く強く嗜められる。
「打ち明けるのが怖いのか? 私のリアクションに怯えているのか? そうだろう。ならば教えておこうじゃないか」
人差し指をぴんと立てていった。
「君の話に私は、笑い、怒り、泣き、あきれ、あらゆる感情を示す。おおいに関心があり好奇があり、君への探究が尽きぬからだ」
白き手が、ぼくのほほへと添えられる。
「さぁ、君の全てをくれよ。私にな」
妖艶な表情と共に、幻惑の香りに包まれる。高揚と興奮に全身が支配される。
「簡単にはやらないさ。けど、せやけどなぁ」
にぎりしめた手の内側が痛い。
「どうして仲良くできないの! お父さんのこと、ずっと考えているよ。新しいお父さんのことも。どうして大事に選んでくれないんだ。ぼくたちは、ただ甘えたかっただけなのに。憎い、会いたい、どうしようもない。ずっとずっとそう思っているよ」
「ちゃんと言えたじゃないか」
頭をなでるキスティスは、まるでお母さんのようだった。
「そう言えなかった君はどうしたんだい?」
「ただ走り回っていた。妹のことは何も覚えちゃいない。優しかったというけれど、ただ自分の世界でていっぱいで、なんにもしてやれんかったんや。それでもスーパーマンになりたいとか、プロレスラーになりたいとか、言ってたな」
「君が三年生ぐらいまでのことかい?」
「せやね。それ以降は、弁護士になるとか言うたけど、精々が母親のやってる宗教の学校に入ったぐらいやね」
「受験か。けれど、まだそこにいくのは早い。君の保育園の時のことを話してくれ」
「ただ走り回っていたよ。保育園の庭でローラースケーターを乗り回して、みんなが帰った後に先生とお楽しみ会をやったりしたかな」
「よく覚えている。先生の名前も覚えているだろう?」
「あぁ。優しかった。好きだった」
「君を追いかける女の子がいたそうじゃないか」
「覚えてないよ。ただハートのクッキーチョコを貰った子には、ミッキーのキャンディのお返しをしたなぁ」
「その子の名前は覚えてるだろ?」
「それっきりやったけどな。人のことなんて考えられんかった。住んでたボロの木造も覚えてるなぁ」
「どんな家だったんだ?」
「二階建ての木造の一軒家。そこの2階に部屋が2つあってな。その片方に住んでいた。トイレも風呂も、たぶん洗濯機も共同やったな」
「隣には誰が住んでいたんだ?」
「おばあちゃんとおじいちゃんだな。干し柿をくれたりしてかわいがってくれた」
心地良い香りが届いた。いつしかコーヒーが机に用意されていた。
「少し休憩しようか」
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