あまがっぱ

 私には双子の弟がいた。

 過去形だ。産まれた時に亡くなったのだ。私は弟の死を認識するにはあまりに小さすぎて、彼の骨が家にあることさえよくわからなかったが、次第次第に時を経て、仏間で大切にされているのが小さな骨壺と知るまで、何年あっただろう。


 私にとって、弟は最初、無のようなものだった。言葉を交わしたこともない兄弟。顔も知らない相手。生きていればどんな人間だったろうと思い描くことは確かにあった。子供部屋でおもちゃを広げている際に独り占めしていることを得意に思うこともあった。私はその時の都合で物事を考える子供だったから、別段それを具合の悪い事実と感じることもない。


 だが、弟が私の中で弟となってきたのは、いつからだろう。中学に上がった頃には〝それ〟はただの骨ではなく、間違いなく弟となっていた。かと言ってひどく感傷的になるわけでもない。いつも家の奥で待ってくれている家族の一人であり、私は挨拶に訪れる家族の一人。そういう関係だった。


 やがて両親が亡くなると私は、二人の遺骨を墓に納めた。そして何故かその時、弟を連れていかなかった。人はこれを情だと呼ぶのだろうか。どちらかというと私には両親の人生と苦労を尊重した結果、そこで眠ってもらうという選択肢を取ったように思う。対して弟は、まだ何も知らないも同然なのだから。


 私は結婚したが妻には先立たれた。可愛らしい娘が二人、嫁には行ったが、弟はまだ私のところに残っていた。


 ある日に家の中を軽く掃除して茶を飲んでいると、ふと気付く。弟を家族以外に紹介していない。私がこの世を去った後、弟を見て誰なのだろうと怪しむ者はいないだろうか。そうなっても仕方のない状況にいくらかの思考を転がして、娘たちに一筆したためた。どうせもう長くはないのだし、私と弟は同じ墓に入れてもらおう。

 もし後から誰かが入ってきてこの人は誰だと聞かれたら、正直に答えて納得してもらうつもりだ。その前に、これまでの人生で何をしてきたか、何を見てきたか、一度だけでも弟と語り合ってみたいと思っている。ようやく口が利けるのを楽しみにしている。

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あまがっぱ @amagappa1220

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