43話 棒切れ

 エリアからの脱出を阻もうとするモンスターの群れに、リンとシロのふたりは、棒切れで突貫を仕掛けようとしていた。


 人類は銃を開発している。わざわざ近接格闘を選択するなんて同じ探索者からも正気を疑われる。殺意をむき出してくる恐ろしいモンスターを相手に、その息遣いを感じる距離で冷静を保てるほど、イカれた人間は少ないからだ。


 そんな中でも、シロは普段と変わらぬ調子で笑って見せた。


 モンスターに囲まれて、もしかしたら厄介なのもいるかも。という程度で余裕が崩れるなど、あり得なかったのだ。


 それに世界最強の魔法使いは、肉弾戦を一番の得意としていた。


『賢くて強いなんて、そりゃモテるわな。そして今がモテる女の辛いとこだ。まっ、ハンデはこれくらいだろ』


 辺りは夜の闇に包まれ先を見通すのも困難な状況。だというのに、左眼だけ黄金に輝く瞳は、リンに問題なく敵を映した。しかしリンには、特に何かをされた感じはしなかった。


 シロの意味不明な言動を躱して、不思議そうな顔で首を傾げる。


『んんっ? ハンデって、もしかしてもう何かしたのか』

『やさしい師匠は、かわいい弟子の安全マージンくらい取るんだよ。こんなとこで死ぬのも馬鹿らしいしな』


 よくは分からないが、割れた瓶が復活したのと同じだろう。


 考えてもしょうがないと、リンは深呼吸して冷静を保つ。それを見たシロが不敵な笑みを浮かべた。そのまま通りのど真ん中に躍り出し、モンスターの群れに切先を向ける。


『俺が敵を殲滅するまで、リンは自由に動いていいぞ。お前がどう時間を使うのか、センスが問われるな?』


 何をどうするか、考えて動け。それらを含めた言葉を残して走り出す。


(マジかよ、ほんとに行っちまったぞ……?)


 モンスターの群れに突撃するシロを見ながら、リンは立ち止まったまま考え込んでいた。


 次第に険しい顔になり、預かっている刀の柄を無意識に握り込む。少ししてイカれた考えを整理し終えると、背負っているアイテムバッグから安物の回復薬を取り出した。


「――クソっ! こんなの正気じゃねえッ! 俺は銃を持ってる! 弾だって少ないけどまだある! なのになんで、わざわざ相手に近付くんだ!? あり得ねえ、相手はモンスターだぞ! 人間は本当に、ほんとに死んじまうんだぞ……ッ!!」


 抱いて当然の恐怖を吐き出し終え、回復薬が収められたケースのふたを手で勢い良くねじ切る。残っている中身を全て、用法用量を無視して飲み込んだ。


 今まで飲んできたポーションほどではないが、全力疾走による脚への疲労程度は容易に回復させた。痛み止めも効き、しかし万全とは言い難い状態だが、また深呼吸して落ち着きを取り戻す。


「これが最強ってんなら。――俺もやってやんよ」


 それは、子供がチャンバラごっこをする時の一撃に等しかった。


 だが確かに込められた覚悟に、星辰はしっかり応えた。空中で縦からキレイに別れ、回復薬のケースが乾いた音を立てて転がる。リンはそれを蹴飛ばしながら駆け出す。


 リンが抱いた恐怖は、シロがモンスターの群れに突っ込んだからでも、これから自分で同じ事をするからでもなかった。


 それが、人間が当たり前に持つ感情だからだ。


『なんだ来ちまったのか。言っておくけど、それマジでイカれてんぞ』

『……。いやなんだ、俺は探索者だからな。イカれてて当然だろ?』


 シロは軽い会話でリンの様子をうかがった。これなら大丈夫だと思い、それ以上は何も言わずに立ち止まる。


 眼の前で止まった少女の両脇を抜けるふたつの影は片方を細切れにされた。一方は細長い尻尾を切断されてた


『そいつで練習しとけ。安心しろ、その刀が守ってくれる。信用してやれ』


 一応の助言をして奥の群れに駆け出した。


(全然見えなかった! あれで本当に切っただけか……!?)


 感想は後だ。明らかにシロを無視した挙動をリンには見せなかった。


「ぐっ……! 見た目それなのに重すぎだろ! 何で出来てんだよ――ッ!!」


 影を纏ったひと薙ぎを刀に任せる。甲高い閃光が夜の闇を散らす。刹那の輝きがモンスターの正体を露わにした。


 シロには切れた、心で唱えながら更に力を籠める。すると押し合いが消え、リンは体勢を前のめりに崩す。押し切れないと思った相手がステップで力を受け流したのだ。


 このままだと死ぬ。頭で理解する直後に、体が今までの経験から答えを探す。


 商品名に恥じない最速でウィンドアームを取り出し、狙いも付けずに撃ち放つ。今度は発火炎が周囲を染めた。相手は反転を諦めて嫌がるように後退して距離を取る。


「なるほどな。モンスターには弱点があるらしいが、ちゃんと必要な情報じゃねえか……」


 愚痴を零して息を整える。会敵はモンスターが、仕切り直しはリンの有利から始まった。しかしグダグダと時間を掛ける訳にはいかない。普通ならモンスターは眼の前の一体だけではない。


 まだ数十秒の出来事が数分にも感じられる中、左手に刀、右手に銃を持ったリンが身を低くする。強烈な踏み込みは、土煙を巻き上げて彼我の距離を詰める。


 リンは相手の馬鹿力に取り合わず、棒切れのように振り回して手数を増やす。足運びも斬撃の組み立てもなく、ただ無様に叩き付ける。


 自身では軽く放っていると思っているひとつひとつが、相手には確実に効いていた。星辰の切れ味にリンの身体能力が乗った一撃は十分に脅威だ。


 飛び散る火花に全てを賭け、相手の影と余裕を奪い去っていく。これだけ雑に扱っても刃こぼれしない得物に驚愕しながら笑みを増す。


(これなら押し切れるか!? 一回でもまともに通せば勝てる! ――ここだっ!)


 刃を受け続けて綻ぶ影にダメ押しの銃撃を喰らわせる。至近距離の光で無防備になった瞬間を穿たれ、闇よりも濃い血が飛び散った。


 続けて振り下ろした刀身から伝わる感触に手応えを感じて、さんざん叩き付けて脆くなった前脚が千切れ飛ぶのを確認する。


「よし!」


 短い言葉で攻撃の手を緩めずに、今度は見えた頭に振り下ろす。刃が届くところで相手の体が地面に潜った。驚きと困惑に顔を染めるリンの足元を通り、影は素早く撤退する。


(なんだいまの! また距離を……えっ、まさか逃げたのか……!? あのモンスターが、なんで!?)


 振り返って訳の分からない状況に立ち尽くしてしまう。自身の常識から外れた行動を見せたモンスターは視界から消えていた。


 銃をホルスターに戻し、顔に平手して活を入れる。大きく息を吸ってシロが駆けた方に続く。一体でもこれだけの消耗、今すぐにでも合流しないと危険かもしれない。


『シロ! そっちはどうだ!?』

『誰にいってんだよ、余裕に決まってんだろ。そっちこそどうなんだ』

『……あーこっちは逃げられたよ。まさかモンスターが逃げるとは思わなかったけど』

『そうか。こっちは終わってる、合流したらもっかい走るぞ。いけるな?』


 心強すぎる声に苦笑しながら通りの惨状を眺める。一体だけでも苦労した影やゴーレムの残骸が道を滅茶苦茶にしていた。キレイに別れた断面が斬撃でのみ与えられた被害を物語っている。


「いやいやー、リン。ちょっと惜しかったみたいだな。まあ普通に強いモンスターだったし気にしなくていいよ。これから覚えてけばいいさ。だろっ?」


 服に土汚れが付着しているリンと違い、シロは普段通りに涼しい顔をしていた。胸を叩かれたリンは軽く笑って応える。


「そうだったな。でもこれがなかったら死んでた。500万の銃で撃っても、大したダメージを与えられなかったんだぞ?」

「思い出の品だし物に値段を付けたくないが、シノノメの国宝でもおかしくねえからな。ていうかそうだったっけ……?」

「……、素人にそんな物を持たせないでくれよ……。ほら、ちゃんと返せてよかった」


 流石のリンにも言っている意味が分かった。元々値段が付かない代物を震える手で返却する。しかもシロの思い出の品という点は聞き逃せなかった。それを自分が持っていてもおかしい。


「そうか? こいつは一緒がいいみたいだけど。なあリン。道具が使い手を選ぶんだよ、しかも魔法使いが創ったアイテムともなるとな。今まで渡さなかったのを渡したのは、ちゃんとリンが強くなってるからだ。てか強くなりすぎだ。それにさ、大事に仕舞っとくのもいいけど、やっぱ使ってやんねえとな!」


 いつの日にか見せた笑顔で刀を押し返した。


「いいのかな、だって……。ああ分かった、これは俺が貰っておくよ。でもそのうち、必要無くなったら国には返しておくからな?」

「……いやリン! 別に盗ってきたワケじゃねえぞ!? そもそも半分は俺が創ったもんだし、どうこう言われる筋合いねえんだよ!」


 もしかしての懸念を冗談交じりに告げたリンに、心外だといった態度で詰め寄る。言い分を信じたリンだが、その話からまた別の想像が生まれた。


 興味に蓋をすると、この状況でどうやって都市に帰るのか考え始めた。まずは知ってそうな者に聞くのがいいだろう。


「んでさ、どうやったら宿までたどり着けると思う?」

「おいリン。ちゃんと信じてんの? まさか自分の師匠のこと、疑ってたりしないよな?」


 まさかだった。話の切り替えが通用しない事に加え、嘘がバレたかもしれない感覚というのは初めてだった。


 動揺が顔に出てないか心配になりながら、表面上は落ち着きを保ったように答える。


「うーん。けどさあ、俺が信じるかどうかってあんま関係無いと思うんだよな。だって俺には確かめようがないし……ああ、シロを疑ってる訳じゃあないぞ? うん。ちゃんと信じてる、大丈夫だ」

「ふーん? ならいいけど。じゃあさっさと帰るか。ほら休憩は終わりだ、また走るぞ!」


 疑いの眼差しを抑えて今度は背中を叩く。リンもあとを続いて夜のエリアを駆け抜けた。


 普段なら口にしない確認を取るほどに、シロは焦っていた。


(わざわざ二手に分かれたのに乗ってこなかったな……。包囲網といい慎重な奴だ。前世は政治家かなんかに違いねえな。コソコソするのも上手いし、部下にいたら勝手に全てやってくれそうだ)


 問題は分体が強すぎる点にある。この調子だと本体は最前線より先のモンスターだ。何でそんな奴がこんな場末のエリアにいるのか。そこは知らないし考えても無駄で、いるものはいるのだ。


 今も建物が倒壊する音が別の通りから聞こえる。淡い光からゴーレムが召喚され、吹き荒れた胞子は度を越して世界を包み隠す。


『リン。こいつを飲んでおけ』

『これポーション? でも在庫がなかったんじゃ』

『そうだっけ? ただの聞き間違いじゃね? ほらー、いいから飲んでおけって』


 新たな作戦を立てながら真っ白いポーションを投げる。リンは訝し気に受け取って素直に飲み干した。確かにエリアで確保した分は無い。だが自分で創っておいたものは含まれなかった。


 リンの治癒が完了したのを見て、シロが思案を続ける。


 分かれても襲ってこなかったのは準備が整ってなかったと考えるのが自然だ。そして準備とは言うまでもない。建物から胞子を解放してその身に取り込む為だ。


 これだけの強さを持つ分体を数多く創り出す負担は相応のもので、消費した分を回収しなくてはならない筈。リンから逃がしたのはそれだけ大事に扱っている証拠。


 そう考えたシロの瞳には、両脇の建物から飛び降りてくるおびただしい量の影が映っていた。


「――ッ!! そうかマズった! リン伏せてろ!!」


 読み違いと種に気付いて最終手段を迷わず実行する。


 それよりも速く、漆黒を纏った巨体が幼い少女めがけて飛び出した。屋上からは目くらましの布石にすぎない。本命は路地裏に潜んでいた本体の一撃。


「こんやろうっ!!」


 リンは伏せていなかった。路地から伸びる違和感に気付き、シロに向かって踏み込んだ。あり得ない事だが、シロは気付いてないように見えたのだ。


 傍に躍り出て、生身で受ければ即死の攻撃に棒切れを挟んで緩衝材にする。鈍い音が重なり、ふたりは諸共吹き飛ばされた。建物の壁に叩き付けられて血反吐を吐く


「――かはっ! うぅあ……! ……シロ大丈夫か!?」

「自分の心配しろよばか……。伏せてろって、言っただろうが……だが十分だ。よくやった」


 最後まで構築を手放さなかったシロが微笑んで見せた。激痛を忘れたリンは安堵の息をつく。起き上がろうとするが、震えた足と感覚が無い腕では苦労する。


 揺れる頭で定まらない思考と暗転した視界でも分かる。今にも追撃を入れられてもおかしくない。気合で立ち上がろうとするリンを抱き止めて、シロは片腕を伸ばす。


「大丈夫だ。ここは任せておけ」


 血を見慣れているシロだが、リンの血はそうではない。怒りと殺意を籠めながらも冷静にと言い聞かせる。


 ――無理かもしれない。それでも、リンの前でそういう生き方はしたくない。今更すぎるけど、そうと決めた意地もある。


 真っ白な奔流が解き放たれて高速で空に飛んでいく。真昼の太陽になった球体から零れ落ちる熱線が敵を捉える。文字通りの光速が、指向性を持った斬撃に変貌を遂げた。


 辺りが照らされたのを見たリンが呻き声を上げる。


「やったのか……?」

「引いたみたい。今のも様子見だったんだろな。ッチ……ちょっと殺しすぎた」


 相手は離脱の足を残していた。最高速度はあんなもんじゃない。その時、リンでは厳しいかもしれない。


 休んでいる暇は無い。すぐに起き上がったシロが手を伸ばす。リンの服は血で汚れて腕は力なく垂れ下がっている。今も意識を保っているのがやっとの状態。だがそこに掛ける言葉に、ためらいはなかった。


「まだいけるな」

「こんなの余裕だよ」


 そう力強く笑って応えた。

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