42 バカ騒ぎ

 エリア――人間をひと薙ぎで殺してしまう、人類の仇敵たるモンスターが延々と蔓延る危険地帯。


 その奥地からはモンスターがとめどなく溢れ出る。時に無限とも言える物量に物を言わせ、人類の要所たる都市に大群で押し寄せる事もあった。


 人類の生存域である都市から一歩でも踏み出せば、そこには自然の成り行きである死が広がっている。


 そんな環境下であっても、一部の人間達は、冗談のように馬鹿デカい銃を担いで都市を出て行く。


 それが探索者と呼ばれる者達。


 この世界で最も難しく、最も簡単な手段での成り上がりを決めた者達の仕事であり、悪足掻きであり、


 最後のバカ騒ぎだった。





 エリアという危険すぎる戦場では銃声が絶え間なく響き、血と硝煙の臭いが漂っているのが相場である。


 獰猛なモンスターの吐息、巨体が群れで大地を駆ける足音、身の丈に合わない大金を得ようと攻め入る探索者の怒号、負傷や疲労により掠れてしまった声など。


 あって当然の、危険や絶望を感じさせる音を上げれば切りが無い。


「しかし絵か。写真でもなんでもあるのに、不思議なもんだよなぁー」


 決して、絵の具の匂いや筆を水で洗う際のカラカラといった、平和そうな音や間延びした声が立つ筈が無い場所である。


 オマケに酒臭いのだから始末に負えない。


「これを機に練習してみるか? 俺が先生をしてやってもいいぞ。まずは、手始めにその絵の添削をしてやろう」

「おおっ、それはいい……うーん、探索業とか訓練はいいのか。あんまり増やすと、時間がいくらあっても足りない気がする」

「それはおまえ次第だよ。時間をかけるつもりはないんだろ? 最初の意気込みはどうしたんだ」


 リンが意気込みを見せようと、無言で10本目の酒瓶に手を伸ばして、寸前で思いとどまる。


 お絵描きは下描きを終えて塗りの段階に入っている。水彩絵の具をパレットに垂らし、水を含ませた筆で伸ばし描く。もう遅いかもしれないが繊細な作業中なのに、ここで手を震わせる訳にはいかない。


 まだ勝負が決まった訳ではないのだ。


「ちなみに、俺はもう描き終わってるからな。あんまり時間掛けると大変だよー?」


 しかしそれも、得意げな態度で酒瓶を掴むシロを見るまでの事だった。ここでもう少し冷静になって、自分達はエリアで何をやっているんだ、などと考えてはいけないのだ。


「ぷはぁー! よし! ようやく調子が出てきたな! そうだ、こっちだって完成間近なんだぞ!」


 リンも続いて、しかも両手に酒瓶を掴んでいっき飲みした。


(そんだけ景気よくいけば調子もでてくるわな。しっかし一度飲むとなったらマジでザルだ。まあそりゃさ、飲みたくもなるか)


 シロの肌感覚では、リンはとっくの昔に限界を超えている。


 シロはあの時からリンと同程度の体を構築しているからだ。アルコールへの耐性という脳の強さに置いては、それなりの誤差も存在している上に経験の差もあるが。


 まあ流石に飲み過ぎだろう。無理をしているのは確実だし、まずはリンを落ち着かせにいく。


「なあリン……。おまえの意気込みはわかった。だからちょっと休もう? ほら、膝かしてやるから。なっ?」

「なにをいってるんだシロ! まだまだぜーんぜん俺は余裕だぞ。もしかして、そっちはもう限界なのかな?」


 アルコールにやられちまった脳では、シロの心配そうな声掛けも挑発に変換された。


 リンは完成したへったくそな絵に満足しながら頷いて、そろそろ本気を出すかとばかりに飲み比べを続行する。うざすぎる身振り手振りも追加しながら。


 まるで鏡を見ても、シロには自身を省みる余地などなかった。


「この酔っ払いが……」


 正しい反応ではある。誰も重度のアル中になど言われたくないだろうが。リンもそう思ったのか、冷静な頭がカチリとはまって正しく回転しだす。


 だが、その先の想像は出来なかったようだ。


「うん? えっ、酔っ払い……? それはそっ――」

「じゃあもう、――えいっ」


 自身を棚に上げながら、さてどうしようと思うのは一瞬の事で、生意気にも口答えしそうなリンに一発くれてやる。軽い調子を取りながらも顎に入った一閃は、リンの意識を刈り取るに十分すぎる働きをもたらした。


 勝負は既についていたのだ。リンにはもう、意地を張る理由など欠片も無かった。


「もう、相変わらずのバカなんだから……。んっ? よく見なくてもへったくそな絵だなぁ」


 崩れ落ちるリンをため息交じりに抱き止めて、完成していた絵を見たシロは真顔でそれだけ零す。そのまま、リンを座っていたテーブル席に戻って寝かせておいた。


「でも絵っていうのはさ、上手い下手で価値がつかねえんだよ」


 満足そうな顔でリンが描いた絵に手を乗せ、奥底に大切に保管しておく。その後は飲み切れなかった酒や絵の具などの画材、もう片方の絵を雑に仕舞い込み、危険地帯での平和な用事を終わらせる。


「……ふぅ。どうすっかなー。もう帰ってもいいけどなー。なんか変なのもいたしなー」


 シロは長椅子に寝込んでいるリンの頭に膝を滑り込ませて、ここからの方針を決めようと考え始めた。しかし、いくら大天才といえど集中を欠いた状態では形無しだ。


「あぁー。やっぱりしてもらう方がいいなぁー……」


 間の抜けた声を出しながら今日数度目を堪能する。特に何をした訳でも妙案が思い付いた訳でも無く、ぼーっとすること気付けば1時間。


 太陽が沈み始め、エリアは夕暮れの闇を迎えていた。





「……。シロ、おはよう。あれ? なんか見覚えあるなこれ」

「なんだもう起きたのか。おはよう。リン。最高の夢見心地だったろ」

「ああそうかもな。ならさっさと帰るか。夜も近いし、これ以上やる事もなさそうだし、エリアで寝泊まりなんてごめんだし」


 リンは最初から不利を背負った会話を早々に終わらせる。


 あくびを噛み殺して起き上がり、アイテムバッグから情報端末を取り出す。慣れた操作で時刻を確認すれば、日没までの時間はあと僅かだった。きびきびと動くリンその後ろで、シロは呆気にとられていた。


「結構眠っちゃってたみたいだな。都市まで走って1時間と少しか、警戒しながら速度を緩めれば時間も掛かる……」


 ここに走って来た時みたいに、全力疾走で都市まで帰還するのには無理がある。少なくともリンには。


 自身を簡単に殺すモンスターが蔓延るエリアを進むには、当然の事ながら警戒が必要で時間が掛かってしまう。続ければ精神的な負担もそれなりに。それら考慮すべき点はあまりに多い。


 めんどくさいからと運任せに進めば五分五分より悪い条件で。短慮を起こせば望みも無く死ぬだけだ。少なくともリンでは。


 それに、こちらを襲ってくる敵はモンスターだけではないのだから。


 金を稼ぐ訓練は続いてる。リンはそう思っている。アイテムバッグに詰まった痕跡を売り払って金にするまで、気は抜けなかった。


「よし。準備完了だ。もう行こうか」

「そうか。ところでリン。まだ罰ゲームを決めてなかった」

「……。なあそれ、いま決める事か? それに後出しってズルくない?」


 席から離れて階段にさしかかったところ、聞こえた声に振り返らず立ち止まったリンは静かに表情を硬くする。ダメで元々ではあるが、何か言わない事には仕方ないと反論してみた。


「ふむ。確かにそうだ。だがこういう暗黙の了解も、探索者の世界には随分と多いからなぁ。それを、俺に、言われてもだ。そもそも勝負だしさ、別に不思議じゃないだろ? リン。あんな自信満々に挑んできたんだ、すっごく期待しておくぞ」


 丸まりそうな背中に叩いて釘を刺したシロは、軽快なステップで階段を降りて行った。リンは天上を見上げて深いため息をつきながら、遅れないように付いて行く。


 血も涙もない悪逆非道のふたり組によって丸裸にされた店内からは、ありったけあった商品が根こそぎ奪われていた。商品棚以外すっからかんの一階を通って店を出るまでに、リンの中には数個の考えが浮かびつつある。


 思い出したと言った方がいいかもしれない。


(まあ暴力禁止とはルールになかったしな。酔い潰れたのと同じみたいなもんか)


 実際のとこ勝ってる部分はひとつも無かったと納得して、武装を確認しながら店を出た。


 もう少なくなっていた弾薬に、不安が闇に溶けて増幅されていく。弾がフルで入ってる弾倉はポーチに入っている分だけだ。


「建物はそのままなのに、電気の明かりが一切無いのが不気味だな。やっぱここはエリアだよ。さっさと帰って飯にしよう」


 こういう時は緊張を吐き出す意味も込めて、軽口を叩いて不安を誤魔化すのが一番だ。


「流石にここまで電気やら何やらを供給をするのは難しい……ってか、やんないんだろうな。めんどくさいし。でももっと重要な場所には、普通にインフラが整備されてたりするぞ」

「重要? ふーん、何か決まってたりしてるんだ。そういえばさ、この辺りってなんか見覚えがあるし、俺達が初めて会った場所だったりするのか。そう思うとなんだか懐かしいなぁー」

「ああ、そりゃもっと奥だ。アイテムバッグが精製される店なんて、こんな簡単な場所には無いよ。だからおまえが出てきた時にはビビった。拳銃しか持ってない子供が来れるとこじゃなかったし、しかも魔法陣で転送されて来るなんてさ」

「そっか」

「そうだよ」


 俺が自力でそこまで行ける日はいつになるのか。がんば。と、ふたりは取り留めのない会話を続ける。


 周囲への警戒を怠らずに、異常があれば即座に察知できるように、都市への帰路を早足で急いだ。


 どっちの勘も同じ事を告げていたのだ。なんかヤバそう、と。


 そんな悪い予感というものは、どうしようも無く的中してしまう。リンは微妙な顔で渋々振り返る。だが、今度は絶対に立ち止まる事は無かった。むしろ速度を上げて、風を切りながらだ。


「なんでさ! こうなっちまったんだろうな!? あんな規模に対処できる弾なんか残ってないぞ! それに殴りかかるなんて、俺はぜったい、絶対ごめんだからな!」

「なんでこうなったかは自分の胸に手を当てて考えてみろ! 無駄口叩いてないで死にたくなかったら全力で走れ!」


 ふたりは、モンスターの群れに追いかけられていた。





 詳しい理由など知らない。


 あるのは人類とモンスターの戦い、その珍しくも無い一幕である。ふたりを追っている群れの先頭になっていたのは、大天才魔法使いのシロにも本体を気取らせない異形の分体。


 今回は頭部だけでなく、揺らめいている体躯が夕暮れの闇に溶けている。


 明らかに昼間の個体より大きく、活き活きとして力を増している様子だ。それに追随するように、5mはありそうな土の塊で出来た、ゴーレム型のモンスターが大地を踏み鳴らして迫っている。


(ありゃ店の防犯装置だが………ああクソッ! さっきからなんだこの胞子の量は、本当にレベル3の一層かよ)


 常に最悪の想定をしておく事が、天才に予断を許さない。しかしそれにも限界がある。


 エリアの中にある店舗には天才でも驚く修復機能と保存機能、加えて防犯装置が備え付けられている。店舗はそれら機能を存分に発揮する為に、エネルギーの媒介となる胞子をエリアの空気中から取り込んでいる。


 これはつまり、店の中には索敵の妨害をもする胞子が超高密度に充満している。という事に他ならない。


 世界からの情報を受け取る受信帯にも、当然強く影響する。


 本来は世界を見通す筈の感覚器官が、一寸先も見えない砂嵐の中に取り残されるようなものだ。リンの背で激しく揺れるバッグの中に入っている、安物の索敵機器で見れば計器が振り切っていただろう。


 天才が自分で造った酒が、まさか店の中にあって驚いたのはそれだ。


 外からでは中の様子が、中からでは外の様子が、それぞれガラス越しの狭い範囲でしか分からないのだ。普通の人間であれば、それに不満など抱かないのだろうが。遥か昔の魔法使いからしたら死活問題だ。


 そしてシロの指摘通り。通常の難易度からバグったような胞子濃度の原因は、


『おいおい! モンスターってのは無機物も襲うのか! 土の巨人なんて同類みたいなもんだし、不思議じゃあないか!』


 リンの視線、その先にあった。


『どうも違うみたいだぞ? あの先頭のモンスターが、店への攻撃を誘発してるみたいだ』

『ええっ? ……まあそうか、モンスターがモンスターを襲わない理由も無いよな』


 自分と同じ素材なのだ。旨そうに見えてもおかしくない。リンの考えはシロによって正しく修正された。


 異形の影が土のゴーレムの前をうろちょろして自身への攻撃を誘い、寸前で躱して店舗への被害に変更している。そうなれば、轟音を立てて倒壊した店舗からは内に貯め込んだ胞子が吹き荒れる。


 店舗が異常を検知すれば、防犯機能も作動した。


 地響きを伴い倒壊した店舗前に、魔法陣が浮かび上がった。新たなゴーレムが不届き者を殺す隊列に加わる。ふたりが最前列に加わる前から行われていたお祭り騒ぎは、もはや昼間に起きた戦闘の比では無い。


 ここは一層部であり、外縁部の防衛に召喚されるモンスターと、このゴーレムは比べ物にならないのだ。都市のスラム街をボロの拳銃でばっこするチンピラと、正規の訓練を受けた対人装備の防衛隊くらい違う。


 そのゴーレムをおちょくる影は、さらに強い。


 例えの中身は、遥か昔の基準に準拠している。現代の環境でぬくぬくしている、スラム街のチンピラ未満のリンなど、ひとたまりも無く殺される。それが事実だ。リンは必死に足を動かして、少しずつ速度を上げるシロに追いつけなければ死ぬ。


 まあそれは日常なので、今更動揺しないのだが。


『でもなんで店を? モンスターってのは、その店を探索者から守る為に生まれてるんじゃないのか?』

『それはあの巨人の方の話だ。ああそうだ、ゴーレムとかって言うんだぞ。店を襲ってくる探索者と、相打ち覚悟で戦う戦闘ロボットみたいなもんだ。んで前を走ってる犬っころには、店が瓦礫に変わっても関係ねんだろうな』


 リンにその辺りの事情を話しつつ、シロは思案を続けていた。


 リンが言った通りで、モンスターはエリアの防衛装置に過ぎない。だがしかし、それは一面だけを見た上で、普通の場合だ。生まれたばかりの、最初期に設定される行動パターンを忠実に守る場合の話だ。


 モンスターだって、ちゃんと生きているのだ。


 つまり相手は、進化した知性持ちだ。それも、かなり強い自我を確立している。


(まあそりゃ、モンスターだって一生を狭い世界で生きるのはイヤだろうな。めんどくさいとか退屈ってのは、十分な理由になるワケだ。それに、それを知ったら最後。戦いってのは最高に面白い。どうせどっかで見てたんだろ? さて、次はどう仕掛けてくるのか……)


 予想が間違っててもどっち道だ。相手にとって不足無しと、シロは笑みを深めていく。


『リン。ひとつ言っとく。いいか、ここで意地なんて張るなよ? それは正しく使え。わかったな』

『――ああ、どっちも分かってる。もうつまんねえ意地は張らない。だから頑張るよ』


 真剣に頷いたリンに笑顔で返し、シロは大通りを外れて路地へと入って行く。店と店の隙間、狭い空間を駆け抜けて別の通りに飛び出した。


 そこで見えたものは、先程と変わらぬ光景だった。リンは息も絶え絶えで膝に手を付ける。


 変わらない状況に少しの焦燥が滲み、その顔にむりやり笑みを張り付けた。


『こっちもか! どうする!? このまま逃げ続けるのは無理っぽいぞ! 情けないが、こっちの足がやべえ!』

『わかってる。ちょっと確認しただけだ。そうだなー、ここはやはり……』


 この調子だと左右どちらの通りも全滅だろう。先も見えていないのに無理に横へ抜けようとすれば、通りを抜けた瞬間にモンスターと鉢合わせで挟み撃ちだ。


 別に問題はなさそうだが、一応作戦を立てた方がいいかもしれない。


 前に逃げ続けても続く保証がないしリンの脚でそれは無理だ。でもこっちで体を動かすのも、辺りを更地にするのも最終手段だ。そんな大掛かりでデカイ隙を見せれば、こっちは確実に不利に追い込まれる。


 この体でゴリ押しが通用しないレベルには、相手は強い。


 しかし、どこかで見てるはずの本体を誘い出す為に、わざと最小限の隙を作って、相手には最大限に大きく見せる必要がある。だからここは、ひとりよりもふたりの有利を活かす。


 てことは――突撃しかあり得ない。


 当座の作戦を決めたシロはその手に、武器と呼べる物を持った。


『リン。これから怖い思いをするかもしれないが、探索者なんだ。余裕だろ?』

『確かに、殴りかかるのは、ごめんだと言ったけど……。マジかよ……』


 瞬きの間にシロが握っていたのは、一振りの剣だった。


 白銀の刀身は日没後の夜闇にも負けずに輝きを放っている。ペン回しの要領でもてあそぶように回転させれば、彫り込まれた模様が真っ白い光の軌跡を残しながら闇を切り裂いた。


『じゃ、おまえはこっちな。ほらシャキッとしろ』

『うおっと、てかあぶねえ! だから物は大切に……んっ? これは――』


 放心一歩手前だった状態のリンに、これまた一振りの剣が緩やかに投げられる。物を大切にと、すかさず文句を垂れようとしたリンが気付く。


 それはシロの持っていた剣と違い、刀と呼ばれる種類の代物だった。


 夜の闇に溶けてしまいそうな美しい漆黒の刀身は片刃で、僅かな反りが付いている。そして気付いたのは、あの日シロが取り出していた箸と同じような感じがするのだ。


『銘を星辰。最強の探索者が使ってたっつー、結構な由緒あるもんだ。まあ遊び用でめちゃ弱いけど、素人にはピッタリだ。取り合えず握っとけ』


 今のリンに分かるのは、たったそれだけだ。


『……えっ、最強の探索者? それって――』

『――話は後だ。お前がいいとこ見せるなら、そいつをプレゼントしてやる』


 確かに話は後だろう。リンは少しだけ笑ってから、どうにも呆れたように言った。


『ああっ。じゃあ素人なりに、いいとこ見せないとな』


 流石に迫りくるモンスターの群れに向けては、それが限界だった。


 ここからの逆転の一手が、まさか棒切れで突撃だという事態も拍車を掛けた。いくら不思議な感じがするといっても、シロが持っているほどの逸品だとしてもだ。


 よく見ても見なくてもこれは、ただの棒切れだ。


 射程は伸びたのかもしれないが、こぶしを振るのと大した違いはないのだ。ふたりは走って稼いだ貴重な猶予を食いつぶし、原始的な武器の受け渡しに費やしてしまった。


 モンスターの群れは、すぐそこまで迫っているというのに。


 シロは不敵な笑みで、リンは引きつった笑みで、相手はモンスターの群れで。なら普段と変わらぬ調子で――、


 バカ騒ぎに加わろうとしていた。

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