38話 余裕の勝利

 結果から言えば、当然のように大群で押し寄せるモンスターが正体を現した。


 爆発によって開かれた視界に加え、空気中の胞子が少なくなりモンスター側も索敵がしやすくなった。そして特定の建物に被害が出たことで新たなモンスターが召喚されたのだ。しかも活性化直後の死地に踏み入る自殺志願者は少ない。


 最後に、莫大な魂を持つふたりがこの場に存在する為だ。


 通常ならシロの隠ぺいが働いているのだが、試し撃ちによってそっちが疎かになってしまった。内心慌てて戻したがもう遅い。その瞬間には目標を定めたモンスターが大挙していた。


 巡回依頼ならば弾幕を張ってくれる者がいるが、ここにいるのはたったのふたりだけだ。勿論、シロは味方ならばどんな者よりも心強い存在である。リンもそれを知っている。


 しかし事ここに至っては、原因をもたらした張本人でしか無い。


 先程までの意気はどこへやら、リンは顔面蒼白にビビり散らして両手を広げた。


「いや死ぬ。さっさと撤退しよう! これはいくら何でも無茶だ無茶苦茶だ!」

「なに言ってんだ! そもそもどこに逃げるってんだ、戦う前から諦めるな!」

「じゃあ最初から参戦してくれ! もう訓練とかそういう問題の話じゃないだろ!?」


 少々派手にやりすぎてしまったようだ。そう思って作戦を考えていたシロが、取り合えずの様子見から始める。今のリンなら十分対処可能だと思うが、やり方が思いつかないだけだろう。


(ここは協力プレイもいいか。射撃の腕とかすぐ伸びるし、重要なのはそこじゃねえからな)


 リンの代わりに背負っていたアイテムバッグをひっくり返す。必要な物だけ選別されて、弾倉だけが地面に広がった。続けざまに、Aフロントソードを自身の収納から取り出して投げる。


「来たぞ、まずはこいつで撃ちまくれ!」

「ああもう分かったよ! 了解だ!」


 むりやりに笑顔を作ったリンが威勢よく受け取って吠えた。


 膝射でばら撒くように撃ちまくる。もはや精度など関係ないからだ。とにかく群れの勢いを削ぎ、進軍速度を落とす事を目的とする。当たり前だが焼け石に水だ。こんなオモチャで止まる規模とモンスターでは無い。


『リン。下を任せた、俺は上をやる』


 弾倉を交換しながら上空を確認したリンが冷や汗をかく。そして訓練とやらは続いているらしい。シロはオモチャでこの事態に対処するようだ。


『せめて、さっきのをもう一発くらい撃てないのか』

『俺にもいろいろあるんだよ。この程度は余裕だろ?』


 リンは応えるように笑って引き金を引く。


 前にもあった、似たような感覚の中で集中を高めていく。世界が停止したような一瞬、眼前の障害を排除する最適解を導き――。


 ――その銃だけだと厳しいねー。まあ物は使いようさ、もっと周りを観察してみな?


 頭痛と一緒に、あまりにも現実的な回答が返ってくる。思わず作り笑いが固まってしまう。


(どうするつもりなんだろ? シロは説明不足なところも多くて何考えてるか分かんないんだよなぁ……)


 今に始まった事じゃない。それを嘆いても仕方ない。そもそも、初対面の時に事情と説明を端折らせたのは自分の方だった気もした。珍しく自分を棚に上げなかったリンが微妙な顔で引き金を引き続ける。


 流石にこの状況では弱気になっていたようだ。


 シロもここで死ぬつもりは無い。リンには目星が付けられなかっただけで、常人にはできやしない手段を思い付いていた。同じ状況を見て同じ物を使っていたとしても受け取り方は千差万別だ。


 しかしここで、なんとも分かりやすい攻略の糸口は空から垂れ下がっていた。


 それを確認したリンは、大地を駆けている一際大きいモンスターの前足を銃撃した。誤差が問題にならないだけの量を撃ち込んでいく。銃撃から十分な手応えを感じながらも、満足などしていなかった。


 最近では飯食って酒飲んで寝て酒飲んでという姿しか見なかったが、いざ戦闘になればスコアに差を付けられていた。


(やっぱシロみたいにはいかないな。ちょっとズレてたか?)


 銃撃した個体は四足歩行の状態、体高だけでも三階建て相当の高さを持っており、破壊された前足に自重を支えきる事が出来なかった。全速力で走っていた事も影響していて、周囲に居た小型モンスターをひき潰しながら倒れ込む。


 満点でなくても及第点。目標には到達した。一時的ではあるが、勢いを寸断する壁を作り出したリンが確認を取る。


『なんなら上も俺がやろうか? あれは銃がひとつだけじゃキツそうだ』

『なら代わってやるよ。これからの為にも一度はやっておいた方がいいし、間違いなく最高の体験になるぞ』


 リンが第一目標に到達した時点で、シロは作戦を変えていた。これは戦闘経験の差や実現可能な手段が多数存在する違いによるものではあるが、また説明不足による食い違いが生まれた。


 言った意味が分からずに首を傾げるリンは、どういう意味なのか確認しようとする前に、足が勝手に動き出した事に気付いた。次第に速度を上げていき、モンスターの群れに決死の突貫を実行する。


『……。本当に大丈夫なんだろうな、これ普通の体だぞ? シロみたいな無茶は出来ないんだぞ。あの、そこんところ分かってる?』


 なぜシロは無言なのか。群れに近付くにつれて、引きつった顔になっていくリンが覚悟を決める。


 後悔してももう遅い。ならば進むだけだ。この世界に、やってやれない事は無い。


 ――多分ね。


『よーし、おまえがやることは単純だ。あのデカブツを落としてこい。わかったか?』


 その答えは決まってる。


『了解だ!』


 言葉と共に撃ち尽くした銃を放り投げ、取り出したウィンドアームに強装弾が詰まった弾倉を装填する。その間にも前からモンスターが走ってくるが、リンはこれを無視した。


 そこで誤射寸前の援護射撃が通り、飛び掛かったモンスターは血肉を撒き散らして死んだ。


 更に速度を増しながら地面を蹴って跳躍。転ばせておいたモンスターを踏み台にする。


 相手はこの短時間に破壊された前足を地力で治しており、近付いてきた獲物を喰らおうと勢い良く立ち上がっていた。リンの強烈な踏み込みと合わさり、遥か上空へと吹っ飛ばされたリンはしかし冷静に、起き上がる頭に全弾撃ちこんでおく。


(流石は強装弾。馬鹿みたいに高いだけはあって、汎用弾とはえらい違いだ)


 神がかりな精度で弾き出された弾丸により、今度は脳みそを破壊されて二度と動かなくなった。


 鏡でも見なければ、自身の瞳の色を確認する事は出来ない。行動ひとつひとつに圧倒的な補正が掛かり、元から並みを超えているリンは常識を逸脱した動きを見せている。


 しかしここで、リンの動きが激しく乱れた。


『おっ、おいシロ! 弾倉はダメだ! ちゃんとポーチに戻してくれ!』

『ばかっ! あぶねえから動きを合わせろ! これからも小銭をケチって死ぬ気か!?』


 相反する動きが入っただけで負担が跳ね上がる。怒声を飛ばしながら額に冷や汗をかく。


(うっぐ……! 相変わらずの馬鹿力だなあもうっ! 危険だが送信量を増やすしかねえか!)


 ここで補正が狂ってしまえば、リンの体は耐えきれずに爆散する。具体的には、踏み込みの威力に耐えきれなかった脚が明後日の方向に弾け飛ぶ。リンの肉体は、年相応の子供程度である。というのには間違いが無い。


 一瞬にも満たない攻防が繰り広げられ、手から零れ落ちそうな弾倉をポーチに戻したリンが息を吐き出す。それで落ち着きを取り戻し、自身が空に放たれていた事を思い出した。


 このままいけば、やがて上昇から下降に切り替わって落下死する。


『よし、次はどうする!』

『跳べ!』


 跳べったってさ、


 そう言いそうになったリンだが気付いた。上空には浮遊する正体不明の球体や、前にも見たスカイフィッシュなどが殺到していたのだ。ならばそこには、跳ぶ為の足場があった。


『これは最高だなっ!』


 しかも飛んできたリンを狙って、目標まで螺旋状に展開していた。意気を上げて突っ込み、段飛ばしで駆け上がる。両手に銃を持つシロの援護射撃が、左右から喰い掛かろうとするモンスターを貫通していく。


(相変わらずどういう精度だよ!? あの体のどこにあんな力があるんだか……!)


 驚きの顔をするリンが見ていたのは、空から降ってくるモンスターだった。


 それはシロに撃ち落とされたモンスターが、大地を這っていたモンスターに直撃する光景だった。個体差もあるが、モンスターとは基本的に大きくなる傾向がある。


 強くなればなるほど、大きく強大になるのだ。そして巨体に見合った質量を持つ。それが上空から降ってくるとなると、いくらモンスターでも潰されて死ぬ。


 攻略の糸口は空から垂れ下がっていた。そしていま、眼の前にある。


『とったぞ……!!』


 目標の大型スカイフィッシュ。


 活性化で生まれていた個体で、シロの爆撃により召喚されたようだ。巡回依頼で見た時よりは随分と小さいが、これを上空から地上に落としたとなれば、被害は先程までと比べ物にならない。


 間違いなく、平坦な広場に大穴が空く。


『いいぞ! おもいっきり腕を広げろ!』


 スカイフィッシュの更に上を取り、指示通りに空いた片腕を広げる。支えとなる物体が存在しない虚空から手応えを感じ、勢いだけ体が吹っ飛ぶ。そのまま銃を構え、頭に可能な限り撃ち放つ。


(そうか。こいつが妙に固いのは、膜か何かを纏ってたからなのか)


 スカイフィッシュに吸い込まれていく弾丸が、ある地点で急激に減速するのを輝く瞳で確認する。矛盾した感覚の中で、放たれた弾丸すら止まっているように見えた。


 狂いもなく同一箇所に飛び続ける弾丸は、ぬるく纏われていた障壁を極めて効率的に貫通していく。


 着弾点の鱗が甲高い音を鳴らして柔い身を露出させた。最後の一発が脳みそを粉砕させると同時、


 ――こんな時にごめんね。いやほんと、これが最後だから。そうそう、みっつ目はエリア滞在時間ね。これ意外と難しいのに、達成おめでとう。じゃあ次回からは自分で解放するように、やり方はもう知ってるでしょ? またね。


 やることやって帰ろうとしたお喋りが、やっぱり思い留まってため息をつく。手助けは簡単でも、それだけじゃ面白くない。折衷案としては対価を受け取るのがいいだろう。


 ここは最後にぱーっと語り尽くすのがいい。そこでスカイフィッシュの誕生秘話や制作過程、どんなモンスターなのかといった情報をリンの脳みそにぶち込んだ。


 ――いやー、聞いてくれてありがと。こんなの話せる人いないからさぁ。じゃあ今回だけ、仕方ないからサービスだよ? 気付いてないみたいだけどさ、このままだときみ、脚が折れるからね。それは問題じゃないんだけど……。まあうん。いろいろとこれでよし。おさかなさんの方だよね? まだ殺せてないから、とっととトドメ刺してやりな。


 莫大な情報を瞬間的にぶち込まれ、何とか処理するまでに意識が飛びそうになる。気合で耐えて『そりゃあよかった』とだけ返して事なきを得た。


 それでも冷や汗と複雑な表情は隠せない。リンからすれば、また頭の中に住人が増えてしまったのだ。


(いきなりなんだこいつ。イカれてんのか?)


 しかもお喋りな狂人で、この感じには覚えがある。


 あの時と違うのは、この一瞬にして、スカイフィッシュへの理解を完了してしまった事だ。それによって、これが自分で作り出した妄想でもない事が分かってしまう。


 つまりシロと同じタイプの異常者だ。


 イカれてるどころの騒ぎではなく、もう勘弁してくれといった具合である。こんな状況でもなければ、同じだけ狂ってしまった頭を抱えて眠る努力をしていたところだ。


(いやほんとに……。今度は誰だよ、シロがさっき言ってたのってこれの事だったのか? それに、ヤバいのはそっちの……駄目だ集中しろ! こんなのに構ってる場合じゃあねえだろ!?)


 強引に意識を戻し、明滅する世界で集中する。


 魔法により改変されていた現実が失われ、スカイフィッシュは水中から空中に投げ出されていた。破壊された送信帯ではまた空を泳ぐことも出来ず、頭部に空いた大穴から脳みそを撒き散らして自由落下を開始する。


「いっけええぇ!!」


 そこに蹴りを叩き込まれ、魚体がくの字に折り曲がる衝撃でようやく死んだ。


 リンを追いかけていた空飛ぶモンスターを巻き込みながら、高速で地面に叩き付けられる。速度に質量が乗せられた一撃は、轟音と爆風と大穴によって証明された。


『でさ、俺はこのまま、どうすれば生き残れるんだ?』


 ――さあね。


 心配そうな問い掛けに答えを用意していたシロは、当然だが一石二鳥の構えを見せている。天才は伊達では無いのだ。リンの訓練と自身の欲求を満たす完璧なプランを用意していた。片方が素っ気なく答えを濁したのはその為だ。


『オーライオーライ。もうちょっとこっちだぞ。それにしても、まさに余裕の勝利だったな!』

『いや本当に余裕だったか!? あとそれほんとに大丈夫か!?』


 多分に疑いが混じった言葉に、少しの心当たりがあったようだ。受け止める為の腕を暴れさせながら、自身は棚に上げて非難する。


『なんだと!? おまえは俺を疑うのか! 確かにちょっと危なかった場面もあったかもしれないけど、結果だけみれば余裕の勝利と言っても過言じゃなかっただろ! それとも上から見てもわからないのか!? それはちょっとどうかと思うぞっ!!』


 そんな事をされたリンは気が気ではない。すぐに正反対の言葉を見つけて、シロを落ち着かせにかかる。音ではない上に、情報を高速でやり取り出来るテレパシーの利点を活かしまくった会話だ。日常生活から大きく離れた戦場で大活躍していた。


『ああ俺が悪かった、確かに余裕だった、ああ全然余裕だったな。最高だったよ。全部俺の勘違いだった』

『ふんっ、分かればいいんだ。ほら、もうちょっとだから。慌てるなよ、しっかり受け止めてやるからな』


 常識では到底受け止められるとは考えられない。どうしようもなくヤケになったリンは眼を瞑って流れに身を任せる。


「た、たすかったのか? マジでどうなっちまったんだ俺は……」


 浮遊感が収まってから眼を開けると、呟きながら状況を確認する。不思議な事に体は全く痛くない。もう死んでいるから、とも思ったが違うようだ。さっきまでの自分の行動がフラッシュバッグしてくる。


「うあっ、あり得ねぇだろ……」


 新しい住人と空を駆け回って、巨体を落としてきたのだ。まともでは無い光景に、激しい頭痛が鳴りやまずにいた。脳が働き始めた事で、全身からも異常な痛みの信号が送られてくるのを感じる。


 だがなによりも、微睡みの中で妙にハッキリ聞こえてくる声があった。


「いやいやこれは、まさかお空からお姫様が降ってくるなんて。エリアの神秘だねぇ。え゛へっ。えへへ、かわいいねぇリンちゃんは。ああ怖かったよね、もおだいじょぶだぞー? 撫でてあげるから、ちょっとおねんねしよう? いいこだからねー? だいじょうぶ、なんにもしないからね。ああでもちょっとだけならいいよね、ねっ? いいよね」


 例えお喋りであったとしても、つい閉口してしまうほどに、これは非常に難しい問題である。


 もう正気度の最大値が限りなく低く、普通が一切通用しないトラウマ持ち。そんな相手への精神分析というのはそれだけ深刻で、どんな言葉をかけるべきか見失ってしまったのだ。


 しかも相手が相手、先程のように易々と解決してしまえる訳ではない。しかし、これに関しては自分の仕事でもない。お喋りが呆れ顔なのはそれだけな理由でもないが、その事で安堵の息をつく。


 ――はぁ……。そっちの頭の方がよっぽど神秘だよ。まったくさ。ああまあ、うん。あんまり責めないでやって? じゃあこれからも頑張って。俺はそろそろ消えておくよ。これ以上やってバレたら面倒だし。


『ああまったく、ほんとに神秘だよ……』


 ――最後にひとつ。初心を忘れないように、楽しんでね。こんな形で、またにならないようお願いするよ。ぷふっ、しかしリンちゃんとはねぇ。そうだ、キャシーってマジ強いから、その体で戦うのはオススメしないね。せめて生身の俺に勝てるくらいじゃあないと厳しいよ。すっごく大変そうでいいね。羨ましいよ、おひめさま。


 リンはまったく同じ感想を抱きながら『お前まさか、逃げやがったのか……!? あと最後にいっぱいになってるよばか!』と、消えてしまった住人に届かなくなった恨み言を吐き出す。


 最後に一方的に送られてくる、楽し気な声と恐らくわざとエコーかけた声に、リンの嫌いな人物リストが爆速で更新される。これに関しては、相手が人かどうかも怪しいが。


 キャシーに続き、顔も名前も分からないふたり目が追加された瞬間だった。


(たくっ、好き放題やりやがって……。でも生身だと? じゃあそんときはぶん殴ってやるよ)


 今の時点で勝てないのは事実らしい。だが気付いた事があった。肉体を持たないのなら所詮は亡霊の戯言で、本気に取る必要はないのだと。だから今は、余裕の笑みで勝負を預けておく。


 答えを叩き付ける、その時まで。


「ああもう……。シロはほんとに仕方ないな、分かったよ」


 口では優しく告げて、意識を手放した。

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