37話 試し撃ち

 ちょっとしたお買い物をした次の日。


 まだ静けさ残る早朝。微かに白んだ空が見える頃、寝室に眼を覚ました少女の元気な声が響く。


「いやーー! よく寝たよく寝た! ……あれっ、ここどこ?」


 さっきまで小娘のとこで寝てたはず、そう思って周囲を確認する。段々と状況を理解して、全てを放り捨てた。


「おーリン! もっとこっち寄ってもいいんだぞ。そおだぁ、別にこっちから行けばいい話じゃん。やっぱ天才だなー俺って」


 二度寝の布団を掛け直し、目標に向かってもぞもぞと動き出す。そこで無遠慮に手が乗せられた。


「だからさ。それは駄目だって、前に言ってなかったっけ」

「リン。いつまでも昔なんか引きずってたら、いつの間にか大変なんだぞ。だから一緒にぬくぬくしよ?」


 実感が籠もっていそうな言葉に誤魔化されてはいけない。頭を撫でられて誤魔化されてもいけない。心配そうな顔にも、温かい布団にもだ。


「そうか。でも偶には教えてくれよ、昔話から学べる事もあるだろ?」


 上手いこと言ったつもりで立ち上がり、得意げに寝室の扉を閉める。


「そういう時期なワケか。カッコつけたいお年頃なんだなぁー。俺はなんかこう、とにかく嬉しいぞ」


 扉を挟んだ向こう、温かい眼差しと余計なお世話が漏れる事はなかった。


 リンは昨日、シロをベッドまで運んだところで寝てしまった。


 そこで朝風呂という贅沢をひとりで堪能し、朝食を取って宿から出発する。意外な事に、シロは何も言ってこなかったのだ。リンは余計な揉め事が減ったと気にはしなかったが。


「へーそれにしたんだ。ウィンドアーム、まあリンには丁度いんじゃね?」

「あれ? シロは説明の時にはもう寝てたんじゃなかったっけ」

「まあ俺くらいになるとな? そんなのは解っちまうんだよ」


 ふたりは軽く雑談しながら都市を出る。フィールドを歩き、ついにはエリアまでやってきた。


「おいリン。何やってんだ、さっさと行くぞ」

「えっ、索敵とかはしなくていいのか。エリアに入るんだろ?」


 都市から一番近いコロニケの外縁部。


 前にも訪れた場所で索敵機を取り出そうとしたリンを止めて、シロはずかずか進んで行く。慌てて背中を追いかけると、呆れ顔で振り返ったシロがやれやれと肩を竦めた。


「これから何しに行くんだって話だよ。まずはその銃を完璧に使いこなす方が重要だ。索敵は俺がやるから、そっちに集中しろ」

「改めて言われても無茶苦茶だな。確かに銃の性能は比べ物にならないんだろうが、俺は防護服を着てないんだぞ?」

「ダメだダメだ。あんなダサいのもう二度と着るな、それに今のおまえに必要ねえよ。そこんとこ自分で気付かないの?」


 今度はリンが呆れた顔をする。


 防護服が傷だらけ、ルビナにはそう言って誤魔化したが、別に問題無く効果を発揮してくれる状態だった。問題はシロにあり、もっと見た目に気を遣えと言われてしまったリンは、あえなく防護服をゴミ山に投棄していた。


 心情的には大変な心持ちであったが、誰かが再利用してくれると思って。


 かつてゴミ山を漁っていた少年が、今ではそれを造る側だった。


 ――強い奴は見た目にも気を遣うんだよ。俺みたいにな。


「見た目より安全の方が大事だと思うけどな。それに素手でモンスターを殴り飛ばせるとは思わないぞ」


 そんな言葉が届くこともなく、自殺志願者ふたり組は死地へと進んで行く。





「おいおいおい! 多い多い多い! どうなってるんだ、ここはまだ全然入口だろ!? 何でこんなにモンスターがいるんだ……ッ!! それにあり得ないだろ! 何でそんなに元気なんだよ、俺の知ってるお前等じゃないぞ!!」


 外縁部から少し進んだだけのリンに、お馴染のスレイブウルフが群れを成して襲い掛かっていた。殺されても嫌なので、必死に叫びながらウィンドアームを構えて撃ちまくる。


 しかし、ちっぽけな弾倉がそれを許さない。


「早いな! もう弾切れか!」


 オマケに、どうやら普通の個体では無い模様だ。


 建物の壁から壁に三角跳びしたり、時には瓦礫に身を隠すなどして遮蔽を意識している。しまいには3階建てもある建物の屋上から急襲を仕掛ける。群れでの狩りは緩急を付けながら、心理的な駆け引きすら行われていた。


 まさに縦横無尽といった軌道を、リンは捉える事が出来ないでいる。


(なんでか頭もいいのか!? 今まで見てきたような直線的な動きじゃねえな)


 直感は目の前のモンスターを否定する。だが精製直後の野性に裏打ちされた、初期設定の行動パターンが移行したに過ぎない。エリアで年月を経て生存競争に打ち勝ってきた個体群だ。


 そして活性化の影響も多分にある。


 リンには知る由も無かっただけで、この程度は容易にこなすのだ。しかも無数に細分化された条件を満たす毎に、モンスターは進化する。より凶暴に、狂悪に、狡猾に最悪を撒き散らす存在に。


(――ッ!! やべえ今は考えるな!)


 当たり前だがこれは実戦だ。


 動かないままで、無限に弾を喰らってくれるカカシは存在しない。更に驚きで、高速で駆け回るモンスターは攻撃すらしてくる。リンのような子供でなくとも、生身の常人が貰えば即死の攻撃だ。


 カカシのように棒立ちでは狩られてしまう。屋上から飛び掛かって来た強靭な肉体を寸前で転がるように回避し、なおも起き上がる様子を見せる相手のこめかみに銃を突き付けて引き金を引いた。


「死んどけっ!!」


 ウィンドアームに使用する大口径の弾は、有効射程や初速が低いだけメリットもある。


 Aフロントソードに使われるような細長い汎用弾は、対象を高速で貫通する事で効果を発揮する。この弾は貫通ではなく、絶大な威力を持って対象を吹き飛ばす為に生まれたのだ。


(これを人に撃ちたくは無いけど。まあ仕方ない場合もあるか)


 強靭な肉体を持つモンスターが木端微塵になってしまうのだ。人間なら末路は想像に難くない。


 思わず身震いしたリンは思い出す。次から次に殺到する生き残りが無駄な行動をした分だけ迫っていた。リンは最適解を転がるように外したのだ。もっとも、今できる最善を尽くしてはいた。それでも足りないのがエリアなだけで。


 だから人間は簡単に死んでしまう。だから痕跡には高値が付く。だからリンは、


 ――さっきのは斥候だよ。次がくるぞ、5秒以内に起き上がらんと死ぬね。


「んなのは分かってるよ……。マジで多いな、どんだけいるんだクソっ」 


 硬い地面を転がった事で痛みを抱えた体を起こして、冷静を保つ為に深呼吸を繰り返す。


 通常弾倉に詰まった僅かな弾が無意味に発射されていく。無意味な分だけ戦闘の負担が重くなる。一番に酷使している手首が痛みの信号を発し始めた。痛みを外に追いやり、また外す。


(もう引き金が重い! まだ数分も戦ってないのに……!)


 不甲斐ない自分を嘆くのは後でいつでも出来ると、もう一度強く集中する。


 今度は溜まった疲労が視界を歪めて精度を落とす。その度に彼我の距離が詰まる。焦りで世界が縮まったような感覚が引き起こされ、詰まった距離だけ命中精度を上げた。死中に活ありとはこの事だ。


 ところが、


「んなっ!? ああもうまたか!」


 致命的な瞬間を、後ろで監督していたシロが黙らせる。


「おい、か弱い女の子に引き金なんて引かせるな。ちゃんと守ってくれよ」


 リンが苦戦を強いられている中、シロは自身に襲い掛かってくるモンスターを蹴り飛ばしてあくびを欠いていた。片手には安酒を、片手にはAフロントソードを持っている。そんな状態でも、神がかりな銃撃は対象を挽き肉にした。


 どうにも、蹴飛ばされたモンスターの方が惨い状態に見えるが。


 戦闘終了。


 立っていたのはシロだけだった。


「評価としては40点だな。後ろを気にしなくていい状態なのにもかかわらずその有様だ。最初の一体を仕留めたのは見事と言っておこうか? しっかしその後がなぁ。音に釣られた別の、しかも群れを引き寄せちまった。結果論ではあるが、探索者なんだ、結果が全ての世界だ。まあ俺が居なかったら死んでたワケだし、実質0点だけどな? アッハッハッハ……!!」


 高笑いで総評を締め、倒れてるリンの頭にペットボトルの水を掛けた。


「ありがとう。どういたしまして」

「いや、それは俺のセリフなんじゃないか? あと、途中で誰と喋ってたんだ。まさかその年でボケちまったのか」

「んんっ? 何の事だ……? 独り言か何かじゃないか? 俺にも今さっきまで自分が何してたか覚えてないしさ」


 質問の意味が分からずに身を捩る。最初はびちゃびちゃの頭が揺れていたおかげで変な事を言ってしまったが、今度は倦怠感に押しつぶされそうなのを我慢して答えた。


「ふーんそっか、ならいんだ。でもオススメしないぞ? 戦ってる間は舌を噛むこともあるし、モンスターに言葉とか通じないから。人間相手ならまだしもな。まあ、おまえには煽りとか無理そうだが」


 シロは笑い掛け、軽く冗談を言いながら手を差し伸べる。


「そりゃあどうも。少しでも有利になるなら、普段から心掛けた方がいいか? 相手もいることだしな」

「バカ言ってないでさっさとこれを飲め。実は結構キツいんだろ、俺にはバレバレだからな? それとも、抱き着かれて治される方がいいのか。素直に言ってくれれば、俺はいくらでもしてやるんだぞ?」


 それはそれはありがたく受け取ったリンは、一応聞いておいた。


「なあこれ、幾らくらいするんだ? 少なくとも、巡回依頼に出てた人達はポーションなんて持ってなかった」


 シロは調子よく笑って、


「俺はそれを知らん。だからお前が決めろ、自分の命の値段だろうが」

「それさ、俺も真似していいか。ひん死の奴に渡す時とかに使いたい」


 リンに煽り性能は、実はあるのかもしれない。


 シロはすっごく嫌そうな顔をむりやり抑えて、眉をひそめるに留めた。


 自分から相手の弱点を突く煽りでは、悪意を持って放たれた言葉では、所詮は戯言と躱されてしまう可能性が高い。だが、ぽろりと無自覚に発せられた言葉は、時に耐えがたい苦痛を与えるのだ。


 悪意が孕んでない故に。


「あの、なんかマズかったのか……?」

「いーや全然? だから休憩は終わりだ」


 言いながら指先に豆粒大の光球を生み出し、遠くに見える建物に放つ。


「なんか意外と難しい上にこれじゃあ弱すぎるな。やっぱり他人の力を使うからか? しかし送信帯だけってのが構築に自由度を、いや胞子がヤバイだけ………」

「なんてこった。………シロ。俺が悪かった。だから次からは事前に合図を頼む。お願いだから。びっくりするだろ!? もうほんと、突然さあ! あと絶対に、人には向けないでくれよ!?」


 放たれた光球は、豆粒大にもかかわらず一帯を消滅させていた。


 直撃した場所にはエリアの建築物や瓦礫が無数にあった筈だが、体が吹き飛ぶような轟音と爆風の前に塵と消える。リンは大地を踏みしめて、顔の前を手で覆って何とか凌いだ。


 シロは実験の結果から考察を垂れ流していたが、リンの声で我に返ると笑みを作って応える。


「なにやってんだ。休憩は終わりだと言ったろ、今ので周辺の群れが集まり始めてる。今度は開けてるんだから外すなよ」

「今のでって、みんな爆発と一緒に消えちまったんじゃあないのか? 見ろ、これでもう終わりだよ。何も残ってないぞ」


 クレーターすら出来そうな大爆発でも、不思議な事に地表部分の被害は一切無かった。


 シロが行ったのは普段と違った構築で、自身の受容体や魂では無く、胞子を媒介として完成させた魔法だった。地面が抉り飛ばなかったのは、難しいと言っていた割りに完璧な制御を実現させていたシロの努力の賜物である。


 訓練をしているのは、なにもリンだけでは無いのだ。


 そして、使えるものを使う。とはシロの言葉でもある。


 そんなシロは戦闘に関しても本当の大天才だ。昨日ルビナの店で見ただけの魔法陣からヒントを得て、実戦で活用する為にはどうすればいいのか、実際に昇華させるだけの知識と実力と才能も兼ね備えている。


 でなければ遥か昔、異常者ひしめく環境で最強などと称されないのだが。


「この程度でモンスターは死なねえよ。俺もかなり手加減したし、そもそもおまえの訓練なんだぞ? それを俺がやってどうするんだ」


 リンには手加減の意味がどうにかなりそうだった。


「手加減って……」


 唖然とした顔で平坦な広場と化した辺りを眺めている。そうして、気づいた事があった。あんまり想像したく無いが、つまりそういう事だった。リンは複雑な表情を手で隠しながら天を仰ぐ。


「もしかして、俺もこれ、まさか、出来るようになっちゃったりするのか」

「ふっ。お勉強は後だ、もう来るぞ。ちょっとだけ多いけど、頑張れよ」


 シロの言葉に飛びついたリンは、つい想像してしまった自分を端に退けた。まずは目の前に集中するのだと。そして続いた言葉に、どうせ、ちょっとはちょっとじゃあないんだろ。


 そう知っているリンだが気丈に、笑顔で応える。


「さっき準備運動は終わらせたろ? どんとこい! モンスターどもっ!!」

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