36話 ちょっとしたお買い物

 試し撃ちを終えたリンがひと息つく。


「結局っていうか、やっぱり一番高い銃がよかったな」


 最初の銃は普通すぎて感想にも困った。次の銃は小型ながらフルオート可能のキワモノで、危うく腕が吹っ飛びそうになった。ルビナも一番オススメしない銃として紹介した為お流れに。


 店としては迷走した企業がやけっぱち気味で世に送り出した商品でも、一応はお客様にご紹介させて頂きましたよ、という実績が欲しいそうだ。何でそんな在庫を抱えているのか疑問が湧きそうだが、そういうものかとリンは気にしなかった。


 そしてリンが選んだのは、最後に紹介された銃だった。


「黎明重工が設計、製造しているタクティカルシリーズの下位製品ね。名前はウィンドアーム、値段は500万ロッド。流石に三大企業と称されるだけあって信頼性に優れた銃で、正規の改造部品も豊富に取り揃えられているわ。本体だけでも強装弾が撃てる代物だけれど、その関係から非常に頑丈に設計されていると分かるわね。まあ、見ての通りだとは思うけれど。あとは、結構最近の銃って事くらいかしら? あんまり歴史がある感じじゃないの。わがままな探索者さん達に、どの企業も日々努力してるって事かしらね」


 ルビナから説明を聞きながら、新しいオモチャでも見るように浮かれている。


 黒色に統一された銃は片手で扱えるとは言っても大きい。本体の重量に加えて大口径の弾を撃つ為に、発砲の反動もそれ相応だ。訓練や経験を積んだ者でなければ、保持した状態で硬い引き金を引くのすらやっとだ。


 単発の威力だけを比べれば、Aフロントソードよりも数段上である。以前、超巨大なスカイフィッシュが精製した中型の分体にも、十分に通用する威力があるオートマチックハンドガン。


 そもそも、本体と使用する弾の値段が違うのだから当たり前の話だ。相手が遥か上空を泳いでいない事に加え、弾をまともに喰らう無防備な状態での話ではあるが。


 ウィンドアームは生身でも使用可能な銃ではある。しかし生身で好んで使うような銃では無い。


 それに、生身という文言がリンのような子供にまで対象になっている訳では無い。これは対モンスター向けの銃であって、子供向けの銃など、一体誰が造ろうというのか。


「撃った時にしっくりきたって言うか、何て言うのかな? 言葉にするのが難しいんだけど……。まあ勘ってやつだ」

「まあそういうのは大事よね。特に探索者だもの、自分の命にかかわる事だから。お店としては高い物が売れるのは嬉しいけれど、本当にそれで大丈夫なの? 正直言って、生身ではかなり負担の掛かる代物よ」


 自分も勘は大事にしたいルビナが理解を示しつつ、心配そうな顔で確認を取った。


「じゃあもうちょっと試してみてもいいかな? 他の弾も使ってみたいし、どんな改造ができるとか知りたいな」

「ええ、じゃあいろいろ見てみましょうか。そうね、まずはこれなんかどうかしら………」


 改造部品や特殊弾、それらの説明をしながら見事な手際で銃を組み替えていく。リンは眼を輝かせながら試し撃ちに没頭した。


 営業スマイルを浮かべるルビナは裏で思案を続ける。


 探索者には、というか人間には異常な能力を発揮する者が時折現れる。勘が良かったり物事の覚えが非常に早かったり、細腕にもかかわらず馬鹿力を披露する者、やけに幸運だったりする者など様々だ。


 そして最たるものが、現代の魔法使い、覚醒者である。


 研究者によれば、いわば先祖返りのような状態らしい。遥か昔の人類は魔法を行使し、それ以外にも特殊な能力を持っていた。異常を証明する実例はいくらでも上がってくる。


 一番は異常の源であるエリア。二番はエリアからもたらされる書物。三番は実際に才能を持って産まれてくる人間。


 ルビナから見て、リンがウィンドアームの引き金を引いて反動を完全に抑え込むのは不可能だった。しかしそういった事情が、一般に個人の才能として周知されている為に、リンも同様の存在なのだと深くは気にしなかった。


 問題はそこでは無いからだ。そういった才能持ちは貴重で、普通ではない故に大成するだけの可能性を秘めている。ここでリンにその手助けをすれば、将来どれだけの利益になるのか、ルビナにはそういった打算があった。


 しかし、追い求めるばかりが人生では無い。というのは本人談。リンは個人的な興味を強く惹かれる人物である。というのも間違いではないのだが、お金稼ぎが好きなルビナは商人だ。


 目の前に理想そのもの、非常に魅力的な男の子がいようとも、商売に徹する事だってできる。


 そう、余裕なのだ。


(なかなか手強い相手ね。こっちが用意した作戦を容易に搔い潜るポテンシャルに、っていうか、何で普通に連発してるのよ。全く意味が分からないわ。大の大人でもそんな事したら手首を痛めるどころの騒ぎじゃないのよ? 我慢してるだけ? それにしては平気すぎる顔だし……いえ、そこじゃなくてよ………)


 リンは新しい銃を求めていたが、ボロボロになったという防護服に関しては何も言ってこなかった。しかも800万もの予算を提示して生身でも使える銃を希望した。普通ならあり得ないことだ。


 そこまでの予算があれば、定石通りに魔道スーツを検討する者が多い。リンが考え無しなだけか、それとも別の理由が存在するのか。それを確かめる為に、一応生身でも撃てると触れ込みのウィンドアームをオススメしたのだ。


 結果はこの有様で、リンは平気な顔で馬鹿力を発揮している。


 生身で撃てないのなら、ここに実現可能な装備がありますよ。とセールスを続けたかったが、この分では難しいだろう。できれば優秀な探索者に援助をする名目で、パトロンという形に持っていきたかった。


 しかし好意的に捉えれば、商売相手としての価値がより上がったと見るべきだ。


 リンは探索者なりたてにもかかわらず、エリアの活性化という大事件に首を突っ込んで、死地同然の緊急依頼を受けて多額の報酬を受け取り、きちんと生還まで果たしている。この際だ、相手が無知故に無謀を犯したのかは関係無い。


 過程がどうであれ、生還した事実の方が重要だ。運も実力の内で、上り調子の者に付いて行けば利益も見込める。


 リンが射撃に夢中になっている間に、ルビナはそれら裏取りを済ませていた。思案と打算と乙女心とを繰り返していたルビナに、ちっとも知らなかったリンが嬉しそうに顔を上げる。


「うん。これに決めた。付き合わせちゃって悪かったね。でもいろいろ助かった、ありがとう」

「どういたしまして。お客様にご満足いただけたようで何よりだわ」


 つつがなく纏まってしまった商談に、リンは笑顔を浮かべて、ルビナは営業スマイルを強めて、


「いい取引だった」

「いい取引だったわ」


 互いに握手を交わしたのだった。


「ところで、お連れ様が退屈そうよ?」


 おどけるように言ったルビナの視線の先には、長椅子の上で腹を出していた少女がひとり。


 呆れながらも、リンはどこか楽しそうに話す。


「なんか昼寝が好きみたいなんだ。というか、寝るのがかな? 本人はやけに否定するけどさ。迷惑じゃなければ、そのままにしておいてもいいかな? 矛盾してるように聞こえるかもしれないけど、シロはあんまり眠らないんだ。それはもう心配なくらいには……」

「ふふっ。依頼中にサボって寝てたというのは冗談じゃなかったようね。でも銃声程度で起きないのなら、リンはどうやって起こすのかしら? そうね、痕跡にそういった童話が見つかる時があるわ。崩壊前の昔話も、今でも数多く残ってるの。だから……キスでもしてるの?」


 リンは吹き出しながら驚いた顔をして、ゆっくりと首を振った。


「そんなワケないでしょ」

「いえ……。そうなのね」


 先程のリンの話しぶりは、まるで手のかかる子供を見るかのようだった。驚きの反応からも、照れ隠しや誤魔化しといった要素を感じられなかった。まあそれが何だというのか、ルビナは余計な言葉を呑み込んで明るく提案する。


「それじゃあ他にご入用の物はあるかしら? 新品の防護服とか、安物でも回復薬を持っていく事をオススメするけどね」

「うーん、まあ今は他に必要ないのかな? でもまあ、回復薬は無駄にならないだろうし、前と同じやつで2箱お願い。……あ、そうだった。マガジンポーチとこの銃に合うホルスターとかってあるのかな」


 なんとか必要な物を思い浮かべて注文を追加したリン。


「オプションにあるわよ。メーカー純正品ってやつね。流石は三大企業。そんなのは規格品でも十分なのに、いろいろと余裕があるのでしょうね。全く羨ましい限りだわ。………。あら、話が逸れてしまったかしら? 他には無いようなら、注文通り用意してくるわよ?」


 リンはいつの間にか、企業について人並程度に理解していた。軽く放心状態のリンから大丈夫との返事を貰って、ルビナは射撃場を後にする。


「ほんとにさ、変なヤツだよなシロは」


 寝息に混じったため息と、小さくそんな声が響いた。


「しかし、よくそんなに眠れるもんだ。今朝だって全然起きなくてこの時間になっちまったし……ああもう、女の子だろうが」


 眠りこけるシロの傍に座り、だらしなく晒された腹に上着を掛けてやる。


 相手が眠っているのをいいことに言いたい放題だったが、これも自身を棚上げしているに過ぎない。寝過ごしていたのはリンも同じだ。そして客観的に見れば、リンも変な奴の枠を超えた存在である。


 そもそもが探索者。まともな人間である事を期待する方が間違ってはいるのだが。


 待っていると、ルビナが台車を転がして戻って来る。


「あら、お邪魔してしまったかしら?」

「……えっ? ああいや、そんな事ないよ」


 聞こえてくる寝息に釣られて、眠りそうになっていたリンが慌てて答えて立ち上がる。 


「そう? じゃあこれのサイズ調整をお願いするわ」

「何だか本格的なんだなぁ。って、そりゃあそうか」


 眠気覚ましに軽口を叩き、ホルスターとマガジンポーチが一体となった物を受け取った。


 これはベルトタイプの製品で、三連のマガジンポーチと反対にホルスターが付いている。装着はさほど難しくは無い。すぐに終わらせ、銃と弾倉の重みでずり落ちたりしないように、しっかり固定する為にサイズの調整に入った。


 モンスター向けの重い銃を、中身の詰まった弾倉を腰に巻き付けて動くのだ。これだけでも結構な重労働。その上で更に激しく体を動かすとなると必然、ベルトをきつく巻き付ける事が求められる。


 まあすぐ慣れるか、そう思いながら跳んだり跳ねたり確認していたリンに声が掛かる。


「よし。その様子だとサイズも大丈夫そうね」

「うん。問題ないみたいだ。じゃあ支払いはこれで頼む」


 ちょっとしたお買い物程度の感覚で、リンは探索者カードを提示した。値段を尋ねなかったのは、それが今関係無いからだ。恐らくは口座に入っている分で足りるだろうし、これから必要な物だと分かっているのだ。


「毎度どうもありがとうございます。弾薬は武器初回サービス割り適用。端数切捨て、600万ロッド。今後とも、どうぞご贔屓に」


 手元の機器でカードを読み取ったルビナが会計を済ませる。


 エラー表示無く完了したのを見て、営業スマイルとは違う、微笑みかけて続けた。


「ウィンドアームに合う規格の汎用弾はそれなりの値段がするわ。その弾倉もね。強装弾を用意するとなると結構な額になるし。まあ、リンなら、大丈夫だとは思うけれど。くれぐれも金欠には気を付けてね? 仮にそうなった時でも焦っちゃだめよ? まずは、ここに連絡するといいわ」


 ルビナがそう話して、個人的な情報端末の通信番号をリンに渡す。


「あ、ああ。そうか、助かる……? まあその、うん、ありがとう」


 金欠など、そんな事態はごめんなリンは若干顔色を悪くして受け取った。風呂無し、配給飯、寝床無し、以前は何とも思わなかった生活が、ここまで来ては考えられなかった。


「ほらシロ、行くぞ。……いや、むにゃむにゃじゃあなくてさ。ったくもう、仕方ないな。じゃあルビナ、今日はありがとう。また何かあったり、補給に寄る時にはお願いするよ」

「ええ、どういたしまして。それでリン、夜道は危険だからね。お姫様を、しっかりエスコートしてあげるのよ? じゃあまたね」


 リンはやせ我慢しながら礼を言って、ルビナに別れを告げた。


 担いだAフロントソード、腰に巻き付けているウィンドアームとその弾薬。背中にはアイテムバッグ、前にはお姫様抱っこした少女。自分はいつからこんなに力持ちになったのか、リンは不思議な顔をしていた。


 そして、きっと言うべきではないのだろう。一番の重さが、一体どこからやってきているのかなんて。

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