35話 物騒な店
淡い夢から二日後。夕食と入浴を終えて、あとは眠気に従って行動する時間帯。
そこでリンは、最近の日課となっている膝枕をしていた。片手には情報端末を持って興味の対象を調べ、もう片手では時々シロの頭を適当に撫でる。
探索者向けの端末はゴツくて重いので、宿の売店で買っていた普通の端末と無線イヤホンを使っていた。どちらも安物だが、調べものに使ったり動画を見る分には問題ない。
そろそろ寝ようかなと思ったリンに、気持ちよさそうに眼を細めていたシロが、思い出したかのように真面目な話をする。
「そうだ。リン。おまえはどう強くなりたいんだ」
片耳しか付けてないイヤホンを外し、唐突な質問に頭を悩ませた。黙ってても仕方ないので時間稼ぎを入れる。
「どう強くなりたいか……。そりゃ探索者としてだけど、何か違いがあるのか?」
「もう結構回復したからな。明日か明後日にはまた訓練だ。そん時のメニューを決めるのに、希望を聞かないことに始まらないんだよ」
「うーん……。銃やら魔法やら索敵やら、そういう細かい内容って事なのか? それって俺が決めてもいいのか」
言葉足らずだったシロが寝ぼけ眼を擦りながら頭を回転させる。
「そんな細かいとこじゃなくて、……あれだな、ここではリンの興味を聞いてるんだよ」
寝たまま片腕を持ち上げて、五指の先に適当で選んだ魔法を灯す。火、風、水、土、氷。それらを掌に集束、光に変換する。最後に握って霧散させた。リンは理解不能に眉をひそめ、シロはいまいちの精度に眉をひそめそうになる。
(まだ完璧とはいかないか……。手札は多いにこしたことはないし、早いとこ慣れちまわないと)
内心の動揺を隠しきり、唸っていたリンに、できるだけわかりやすく説明していく。
「見たように、俺には簡単だがリンにはすっごく難しい。今のおまえじゃあ指先に小さい火を灯すのもな。地味で成果も見えづらい魔法の訓練。習得にはそれなりの時間が掛かる。でもなんか、覚えたらすごそう」
そこで燃料切れになったのか、おかわりを要求した。目配せされたリンは膝に乗せた頭を丁寧に撫でる。
「すぐ強くなりたいなら装備だ。探索者は扱う武装が高額になればなるだけ強い。つまり、金で強くなれるってこと。極論、俺がエリアから痕跡を大量に取ってきて装備代にする。それで数日後には地獄みてえな最前線で戦える」
今使ってる銃はオモチャ。それが武器に、武器から兵器に、兵器から……あー、戦略兵器ってわかる? まあでっかい爆弾だよ。と、個人で核兵器の化け物が説明を終えた。
そこまで聞いたリンは、迷うことなく選択する。
「両方のいいとこ取りで頼む。それと、そんな物は使わせないんじゃなかったのか?」
微睡みに沈むシロが、得意げなリンの胸を軽く叩いて笑う。お互い限界だったのか、続く言葉は紡がれなかった。
翌日。万全の体調を整えたふたりは、銃砲店リトルコメットを訪れていた。
「あら、こんにちは。ふたりとも元気してたかしら?」
気持ちのいい笑顔で挨拶されると、ふたりも軽く笑って返す。
「おー久しぶりだなぁ。今日はまたデートにきてやったぞ」
「こんにちは、ルビナも元気そうでよかった」
時刻は正午過ぎ。僅かに訪れる昼の客も帰っており、店が暇な時間だった。
「いいのよ。この時間帯は暇でね、お客様じゃなくても大歓迎なんだから。それに、ふたりなら尚更ね?」
買い物なんて必要ないから世間話でもいいよ、だからこの時間に来たんだよね。というルビナの言葉だったが、対人経験の浅いリンでは意図を掴めなかったようだ。それとも最初から拒絶しただけか。
まずは知り合いから友達に。しかし現在、リンと顔見知りより上の関係になるのは非常に難しい。
「ありがとう。でも大丈夫、買ったらすぐ行くから」
「おいリン。そんな急ぐこともないだろ? ゆっくりしてったらどうだ」
「んんっ? なんでシロがそこを決めるんだ。あんまり長居しちゃ相手に迷惑だろ」
おかげで気を遣われる事態になっていた。
「私は迷惑しないわ」
妙に強く、短く答えられたリンは「そ、そうですか」とだけ絞り出した。
「それでね、最近はこの都市にも話題が多いじゃない? そういえば、聞いてなかったけどシロちゃんも探索者なの?」
「んっ、俺? ああーうん。探索者やってるよ」
「いや、シロは登録してるだけだ。一緒に依頼を受けたけど、サボって寝てた」
勢いに乗った形となったルビナだが、まさかそんな話を聞かされるとは思わずにいた。リンは数日前にレベル10だった筈で、弾薬補給に来たその足で依頼を受けたのなら、おかしな事が導き出されるからだ。
「そうなの。でもそれって、まさか活性化が起こってた時の話だったり?」
まだ決まった訳では無い。おっかなびっくり尋ねたルビナに、少し考え込む様子を見せたリンが答える。
「ああ、そうだよ。あの日は本当に大変だった。だから今日までずっと休んでたんだ」
言いあぐねていたのは、結局のとこ活性化ってなんだったんだろう、と考えていた為である。
しかも起こっていたと言われたのなら、自分が知らない間に始まって知らない間に終わっていた話。そんなリンだが想像は付いたようだ。あのモンスターの群れは、活性化によって引き起こされたものであると。
――そりゃモンスターも溢れ出てくるって訳で、まさかそんな事も分からねえのか!?
出発前の荷台でドヤ顔で語っていた男と同じ、追随するように非常に浅い理解を示して納得した。そして、終わった話ならどうでもよかったと考えて興味の対象を移す。
「まあそんな訳で、弾もすっからかんなんだ」
「……その様子だと怪我とかは無いのね。それとも防護服がちぎれ飛ぶ戦いだったとか?」
軽く流すリンに戦慄が走ったルビナだったが、なんとか明るい冗談で収めて見せた。
そも弾薬補給に訪れたのなら使用する場所がある。当たり前だがそれは戦場だ。リンの口座は弾を買った時点で空になっていた事も思い出す。そして一度落ち着いてみれば、目の前の存在が探索者であることを再確認する。
(やっぱり価値観が違うのかしら? 世間話もうかうかとできないわ。恐らくスラム出身の上に探索者だものね……)
リンの恰好は普段着で、探索者の正装である防護服を着用していなかった。銃を担いでこんな物騒な店にいなければ、傍目にはただの子供に見えた。ゆるふわな雰囲気を纏っていた子供が、エリア駆け巡る異常者になっていく。
「防護服は着てこなかったんだ。ボロボロにはなってないけど、新品にしようかなって思うくらいには傷だらけで」
なんか大変だなと思いながら黙っていたシロ。あくびをしながら普通にしているリン。冗談が冗談ではなくなってしまい内心慌てているルビナ。
化け物、異常者、一般人。それぞれ完全に異なる常識を持っている三人は、同じ空間にいながら違う方向を向いていた。
ルビナは今回の活性化の資料を閲覧していたが、とても普通の防護服で乗り切れる状況とは考えられなかった。主戦場となった場所では都市の防衛隊が人型兵器まで動員しており、跡地には大穴が幾つも空いている。
戦闘の内容は後進の育成や兵器の実地テスト目的など様々な要因で記録され、都市職員や関係者は勿論、一般人でもお金を払えば録画を見る事ができる。都市に顔が利く人物なら詳細な資料を取り寄せるのも可能だ。
本業の関係から資料を読み込んでいたルビナは、大規模な群れに派手な爆炎が上がる映像を見ていた。
リンに装備を売ったのは他ならぬ自分自身である。Aフロントソードに汎用弾、普通の防護服と僅かな鎮痛効果を持つ安物の回復薬。試しに、それだけをしょって都市の外に出てみた。
次の瞬間には死んだ。
(どこにでもいそうな子供ってんじゃないのよねぇ……。可愛い顔して、実は優秀な探索者です。なんて、こんなキレイな子が傍にいる訳だわ)
ふたりの関係が気になっているものの地雷になりそうな感じがした。取り合えず、今は深く考えず商売に徹する事にする。
「ならご入用の品があるんじゃないかしら? お客様」
営業スマイルを浮かべたルビナが商談に入った。
「うーんそれなんだけど。あ、今日は新しい銃を買いに来たんだ。こういうのがいいってイメージはあるんだけど、やっぱり自分だけじゃ分からなくて」
「まあまあ、まずは要望を言ってみなさいな。企業の数だけいろいろな銃があるわ。きっとリンの望み通りの銃も、予算と扱いきれるかどうかだけれどね」
対モンスター向けの銃は基本的に馬鹿デカイ。義体者でも無い、魔道スーツ使いでも無い、生身のリンが扱える代物は結果的に少なくなる。しかも際限なく上がっていく値段と運用コストにつれて本体もデカくなる。それが常識だ。
「それなら片手で扱える銃がいいなって思ってて。威力はAフロントソードより高いやつで、弾もいろいろ選べるのがいいと思ってるんだ。予算は600万くらいかな? 上限は800万で」
しかしリンが希望したのは、常識とは真逆の物だった。その要求は突拍子もなく見える。それでも、ルビナの中には少しの回答があった。
「なるほどね。少し待ってて、すぐ取ってくるわ」
奥に引っ込んで行くルビナを見て、リンが困惑したかのように零す。
「あるのか。でもシロ、本当にそんな銃で大丈夫なのか。値段が値段だからあんまり心配してないけどさ、銃は大きい方が強いのはそうなんだろ?」
「そもそもリンじゃ扱えないだろ? おまえがどんな銃も片手で扱えるなら別だよ。だからいんだ、最強の探索者と同じスタイルで鍛えてやる。まあ小娘がなんの銃を持ってくるかにもよるが、ダメだったら店変えるか」
担いでる銃でもそんな事はできないので、リンは頷いておく。
「最強の探索者ねぇ……。あと店は変えないぞ。俺みたいな子供に、危ない銃を売ってくれる店は他に無いだろうしな」
「ふーん。へえー。まあリンが決めたなら変えなくていいけど、その言い方だと、ルビナがヤバイ奴みたいになるぞ?」
妙にニヤニヤしているシロの肩を掴んで遠ざけるリンは、言葉って難しいんだなぁ、と渋い顔になった。
片手で扱える銃を希望したのは、実はシロである。リンはその条件に付け足したのだ。自分でも無茶を言ったと思っていたのでそわそわしていたが、話をしている間に、ルビナが手に大きい箱を持ってきた。
「お待たせ。お客様の条件に合わせてオススメできるのは、このみっつよ」
開かれたガンケースの中から3丁の銃が現れる。どれも子供のリンでも片手で保持する事ができそうなサイズだ。
「右から値段が高くなってくわ。口で説明してもいいけれど、試し撃ちしていく?」
「えっ、試し撃ち? それって、ちゃんと買ってからじゃなくてもいいのかな」
「なに驚いた顔してるの、別に珍しい事じゃないのよ。お客様が使えない、なんか違う、どうにも気に入らない銃を売りつけるだなんて、私も心苦しいからね。多少のお金は取るけれども、数百万の銃を検討する立場なら端金よ。このみっつなら10万ロッドかしらね」
興味深そうに眺めていたリンに提案するルビナだったが、驚きたいのはこっちであると感じていた。
都市にも無限にお金がある訳では無い。都市経済は循環する事によって生きている。人間が体に血を巡らせるように、都市はお金を巡らせているのだ。突然に血が増える事態は基本的にあり得ない。
要は探索者がどんなに頑張っても、払えないものは払えないのだ。
(もし都市発行の巡回依頼に出ていたのなら、分散されて報酬はそう高くはならない筈だけど。緊急依頼が何件も飛び交う戦場、そもそも途中から指定されてたし、防護服がちぎれ飛ぶっていうのは冗談にならなかったわね……。それで言ったら、リンの冗談も気にはなるけど)
もちろん、そんな危険な依頼じゃなかったよな? だからそんな金払えねえよ。と突っぱねて信用と信頼を台無しに、舐めた態度でイカれた探索者と敵対するほどでは無い。
むしろルビナの考えた通り、緊急依頼として処理する事で報酬の上乗せをするのだ。危険な仕事をやってくれる安い命に逃げられても困るし、痕跡の収集は人海戦術が基本だ。
無事に報酬を受け取れるかどうかは個人の才覚に掛かっているが、探索者をやっているのなら日常茶飯事である。それで納得出来るだけの金を貰えたのなら文句もでない。
ほぼ定形の接客をこなしながらも、頭では別の事柄を考えるのはルビナにとって難しくは無い。しかし、変に頭痛がしてしまってその精彩を欠いていた。
最近は忙しい上に、派手な映像や大量の文字を読んだせいだと気にしなかったが、リンまでそうではなかったようだ。
「ルビナ大丈夫か? なんか――」
「――あーリン。乙女の顔をじろじろ見るもんじゃないぞ? 特におまえじゃあ、すっごくマズい」
今度こそ頬をつく事に成功したシロが声を上げた。素直に受け取ったリンが複雑な表情をする中、ルビナが空気を入れ替えるように話を進める。
「それで、どうかしら?」
「ああ、じゃあお願いしようかな」
10万ロッド。今のリンには端金に過ぎない。
未だにスラム育ちが残る気持ち的にはそうではないが、ケチって訳の分からない銃を買う訳にもいかないだろう。了承を受け取ったルビナがガンケースを閉じて、ふたりを店の奥に案内する。
中に入って見えるのは、ギルドにもあったいかにもな射撃訓練場だった。流石に50mと同じ距離は取れない。それでも25mはあり、試し撃ち程度に活用するのなら問題ない空間だ。
「いいもん使ってるな、値が張るんじゃないか?」
関心といった具合に、シロが射撃レーンの奥にある壁を指差した。
「ええ、普通の壁だと維持費も掛かるから。初期費用が大きくてもこっちにしたの。面倒な補修作業でいちいち業者も……って、シロちゃん詳しいのね?」
対モンスター向けの銃をぶっ放すのだ。並大抵の壁では衝撃を抑えきれずに、貫通した弾が通行人の頭をぶち抜いていく。お客様を犯罪者にしない為にも、建築基準法の観点からも、それなりの対処を施さなければならない。
ふたつの条件に合致する中でルビナが選んだのは、ただの頑丈な壁ではなく、普通の壁だった。しかしよく見れば、その壁には謎の装飾が施されている。探索者を続けていくのなら、何度も目にする事になる魔法陣だ。
「まあ俺は天才だからな。この程度、余裕だよ」
「ごめんルビナ。ほんとに、シロの事は気にしないでくれ。ああそれで、店の方はよかったの?」
頭でも抱えそうなリンは、ポーズを取って高笑いしそうなシロを止めて話を変えようとした。
「店番は問題無いわ、私ひとりって訳じゃないもの。リンの射撃にも興味があるしね?」
「そうか。分かった、じゃあまずは安い順から試させて貰おうかな。高いとそれだけで決まっちゃいそうだし」
ルビナは胸騒ぎを覚えつつ、射撃位置に着いたリンに説明を開始した。
「まずはこれね。値段は300万で汎用弾しか撃てないけれど、使いたい弾に合わせた改造部品を取り付ければ同じ事で、予算内なら十分に可能よ」
「うーん、普通の銃って感じだ。傷だらけだったらスラムでも手に入りそうだなあ」
「見た目はそうでもモンスター向けに作られた銃よ、性能を比べるのも馬鹿げているわね。値段に関しては、あまり需要がないのと小型化にはそれなりの技術料を取るって事かしら」
スラム街でも手に入りそうな銃を持ったルビナは、手慣れた様子で弾倉を装填して的に向かって引き金を引く。
発砲音が響くが、不思議な事に着弾音は聞こえなかった。的は物理的には存在しない、空中に投影された立体表示ではある。しかし側にある得点表に現れた数字に、発射された筈の弾が消えてしまった線は同じく消えた。
そんな程度の些細な事を気にしないリンには、別の感想が生じていた。
装填、構え、射撃、全ての動作に無駄が存在せず、流れるように行われていたからだ。
「凄いな」
「いい先生が付いてるのよ、趣味の域を出ないけれどね」
褒められればルビナでも嬉しい。所詮は的当てゲームに過ぎず、資料や映像でのみ確認できるモンスターが目の前に居たら冷静ではいられない。それを分かっているからこそ、本物の探索者からの称賛に素直に喜べるのだ。
「さあ、次は本職の人間にお願いするわ」
「ああ分かった、これで負ける訳にはいかないな」
軽く笑いながら銃を受け取り、条件を合わせる為に弾倉を抜いて一度置く。落ち着くように大きく呼吸して眼を閉じる。イメージするのは流れるようにしなやかな動作。高い集中を感じ、眼を見開いてイメージに体を追い付かせる。
所詮は的当てゲームに過ぎない。それはリンも同じだ。
「お見事。やるわね、初めての銃で生身でしょうに」
「ありがとう。このくらいの距離なら当てないとな」
「私は下に魔道スーツを着てるから何発撃とうが平気だけれど、実際これで戦えそう? 特殊弾に分類される弾を撃つときはもっとキツくなるわ、そこも加味して考えてみてね」
片手で引き金を引き続けるリンが弾倉を空にする。反動を片手のみで抑えるのが大変だが、これは悪くなさそうだと思う。しかしモンスターの群れが押し寄せる大規模な戦闘を経験している事で、本当にこれで戦えるのか疑問ではあった。
さり気なく振り返って、さっきから壁の魔法陣を凝視しているシロに苦笑を零しながら答える。
「大丈夫そうだ。どんどんいこう」
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