34話 夢は夢のまま

 結局まだまだ酒盛りは終わらない。夢は始まったばかりで浅いままだ。


 ふたりが深く潜る為に酒を飲んだ。ふわふわの頭は世界を回していく。


「じゃあ……なんだけ? そうだ! とし、都市だよ!」

「あ、ああ……? そんなことだったっけ? よし、わかった!」


 リンが元気に死にそうな声を上げる。よしとけばいいのに、またグラスに入った酒を飲み干して。そんな声に、シロも元気よく反応する。何度目の乾杯か分からない、グラス同士が子気味いい音を立てて鳴った。


「都市ってのは、つまりは……エリアなんだなこれがぁ! ハッハッハ……! どうだ、リン恐ろしいかぁ!」

「………ああっ! そりゃあ恐ろしいよっ! はあぁ!? どういう、ことなんだシロ! なんてこったあぁ!」


 あまりの衝撃に酔っ払っている場合ではなくなった。アルコールが脳みそから取っ払われ、火照った体が凍える血で冷え切っていく。頭に掛かっていた霧が晴れて酔いから醒めると、その頭で少しだけ考える。


「じゃあノライラ都市もってことだよな? でもなんでエリアが都市になるんだ、モンスターとか湧いてこないの」


 驚きの顔をして尋ねるリンに、シロがキメ顔で語り出す。


「この世の真実は全て、エリアにある! モンスターは大陸中を荒し回ってエリアを創ってたんだよ。そんな奴等は性質上、南に行けば行くほど弱くなる。そこらへんに創られたエリアの攻略もワケなかった。そこで………」


 酔っ払ったままなのか、身振り手振りが多い上に要領を得ない話しぶりだった。リンは取り合えずテーブルの上を片付け始める。倒れたグラスで濡れそぼったノートを回収。羽ペンとインク瓶も隣りのテーブルに避難させた。


「ああーごめん、もうちょっと分かりやすく頼めるか? あと腹が限界でな、これ以上は飲めないし、もう仕舞ってくれてもいいんじゃあないか? こんなごちゃごちゃしてちゃ、気になって仕方ないよ」


 リンの様子に呆気に取られながら、足を組んで頬肘を付く。


 根が真面目なとこも随分似てる。いつの間にか整頓されていたテーブルを見てそう思った。じゃなきゃ、人殺し程度で悩まないか。優しすぎるほどに、まるで危うい存在。リンの魂は自分でも底が掴めない。


 魂が輝くほどに影は強大になる。真っ赤に燃える奥底に、一体何が眠っているのか。


(表層に露出した一部ですらあれだったからな。普通の奴がなってもやべえのに、全て顕現したらどうなるか……。あいつは、別に止めやしないだろうな。それとも信じてるのかな……)


 友達を殺された程度では、リンは爆発しなかった。導火線に火が付いてしまったものの、燃えにくい上に長い導火線だ。だからこそスラムを彷徨ったのだろう。強くなる為だと、復讐とは名ばかりに、無謀にもエリアに突撃した。


 ――だから本当は、あんな場所にいたのは、死にたかったからじゃないのか?


 リンは自分とは違う。当たり前だ。リンがこれまでどんな様子で生きてきたのかを知らない。何を思って生きてきたのかを知らない。リンについて、知らない、わからないことが多い。


 ふざけた想像は酒と一緒に流した。


「ほら、これでいいか? ここでする話じゃなかったかもな。またの機会にしよう」


 シロが立ち上がり、テーブルの上に手をかざして中身が残っている容器やグラス類を収納する。


「なあそれ、洗わなくていいのか。もしかして毎回そのままだったの」

「リンは気にしないと思ってたけど。だって、あーんした仲だよ?」


 間抜けに口を開けるリンに仕組を解説してもいいが、そんなのどうでもいいことだ。


「そういう問題……ああそうだったな。そうだ、俺は何であんなこと!?」

「ええー? おまえも結構ノリノリだったじゃん。もしかして、ほんとはヤだったとか……」


 リンは深呼吸して、それから頭を振った。一度冷静になると、諭すように話しを続ける。


「その手には乗らないぞ? もう俺は、……とにかくだ。ちゃんと知ってるよな、覚えてるよな、俺は男なんだぞ? 崩壊前がどんなだかは知らないけど、今の価値観に合わせておかないとシロも困るだろ? いきなり物を壊したり殺しちゃダメなんだぞ。それは分かってるよな? でも一番大事なのは、勝手に人に抱きつかないってとこだ。それは駄目なんだよ」


 追加、リンは勝手に女の子にされても爆発しなかった。


「……あーそうだったなぁ? こんなにかわいい男の娘がいるなんて、俺には想像もできなくてさ。いっくら崩壊前でも見たことないよ。くくっ、アッハッハッハッハ……!! いやーまったく、ほんとに退屈しないな!」


 シロは酒を飲んでバカ騒ぎしていたリンが言っていた事を思い出していた。最初から馬鹿ならこれ以上馬鹿にはならないだろ、と。なのに人が変わったように常識を説いたのがツボに入ってしまったのだ。


 突然に人が変わったかのような言動や纏う雰囲気の変化。


 もしかしてそこに正体を掴むヒントがあるのか、それともこれは、リンなりのテレ隠しで冗談なのか。少なくとも酒のせいではない。アルコールという毒を浄化するのも自己治癒の一環だ。


 シロが笑いこけてる間、リンは絶望的な顔になっていた。


(最低だ。口では気を遣ったけどやっぱり間違ってない)


 そもそもシロは、自分の話を聞いた次の日に女物の服を用意するようなヤツだった。あの時は流されてどうすればいいか分からなかったが、いま思い返してみれば本当に最低すぎる。


「うぅっ、おれはなぁ、俺は男なんだよ……」


 あまりの事にシロを直視出来なかったリンがそれだけ言い残して、絶句した様子でテーブルに突っ伏して気を失う。


「ふん、修行が足りないな。これが戦闘中だったら死んでたぞ」


 そう言って柔らかいほっぺをつつく。


 満足すると食券機に歩き出した。大盛の焼きそばと天ぷら、瓶ビールを選ぶ。食堂のおばちゃんに何度も確認をされたが笑顔で乗り切る。席に戻って、まだ起きないリンにため息をひとつ。


「ここの飯は何でも旨いなー。それに天ぷらとは。やけに本格的だしおばちゃんの趣味なのか?」


 ――おうシロ。今日も朝っぱらからいいご身分だな。ここの料理人が過労死寸前だぞ。お前も見習って、食っちゃ寝して酒ばっか飲んでないで働け。どうやら聞いた話では、エリアには空飛ぶ魚がいるみたいだぞ。今日はそいつを天ぷらにしてやろうと思ってんだ、いいからちょっと付き合えよ。へんてこな魚はギルドの賞金首にもなっててな? どうだ一石二鳥だろ。


「そっか。そういや天ぷらにしたら旨かったな。いや天ぷらだからか? 天ぷらにしたらなんでも旨いのか?」


 ――めんどい、だと? てめ誰がバカたけえ食費払ってると思ってんだ? てか何持って……あああっ! よく見ればそれ、俺のとっておき! いい加減ぶっ殺すぞテメーッ! 今死ぬかッ!? ああッ!? 今度はそのふざけた頭レンチンしてやるよ!! そんで生き返れるもんならやってみろやッ!! ……言ったな? ころーーーーーーーす!!!!


「ああ、そんな喧嘩でエリア丸ごと更地にしたっけ。全然面白くなかったから忘れてたよ。怖いから絶対会ってやんねー」


 懐かしの味に舌鼓を打ちながら右手でリンの頭を撫でるのは、呼吸と同じように行っていた。


 リンやシロが特別という訳でもないが、現代の一般的な人間や昔の魔法使いと比べてもふたりの燃費は馬鹿にならない。シロは自身の魂を切り張りして魔法の構築をするのが日常になっている。


 仮の入れ物を創って、切り分けた魂を張り付ける実体化がいい例だ。


 本人は顔色ひとつ変えずにやってのけるが、もちろん尋常ではない。受容体に溜まった力だけでなく直接に魂を使うなど、常人が真似すれば狂い死に一直線だ。


 リンも無意識に同じような事をしているが、制御の拙いリンではロスが莫大となる。それに成長期の子供で、探索者として活動する体は栄養を欲していた。


 つまりふたりは、よく食いよく眠る。


 ――たまには人間になるのも、悪くはないだろ?


「ばか……。ほんとに、ばかばっかりだ」


 ガワだけは人間に似せてるが本当に同じ人間にはなれない。それでも、目の前で眠っているリンと同じ事がしたい。酒を飲むのと一緒で飯を食うのも好きだし。


「そうだ、この体で同じことやったら死ぬだろ。なら問題ない」


 どうせ死んでも死なないのに、笑って棚に上げた。


 化け物には食事も睡眠も必要無いが、せっかく蘇ったので生を謳歌しているようだ。それに、あるに越したことはない。焼きそばを頬張ってビールで流し込んでいる。構築している体を思い出して、今度は楽しそうに天ぷらを頬張った。


 触らぬ神に祟りなし。眠れる獅子を目覚めさせるような真似もやめてほしいが、そうもいかないだろう。


 食堂の扉が開かれ、新たなふたり組が姿を現した。





「いやーまいったまいった。昨日は一段とヤバかったからな。気付いたらこんな時間だぜ。だがギリセーフってとこか?」

「朝まで飲み明かしてたのに、まだこんな時間なのが奇跡なんだよ。二次会で屋台に寄ったのが間違いだったんだ」


 雑談しながら食堂に入ったふたり組は、シクスとセセンだった。


「いやいや、あれがなかったら今頃はあの世に行ってたよ。急アルで」

「まあ確かにな。あのおでんは旨かった。最高だった、いや神だった。店の名前、何て言ったっけ?」


 リンとは数日前にスラム街ですれ違っただけの男ふたり。


 当たり前だが互いに面識は無い。ここは探索者向けの宿で、やせ細ってみすぼらしい服を身に着けているスラムの子供は居ない。なぜか高級そうなバッグを背負って、不気味な様子で壁に話し掛ける薬物中毒者も居ない。


 変に空気を悪くする事も無く、気心の知れた相棒と親しげだ。


「それなら、り、り……? ああっ……今頃になって二日酔いが蘇ってきやがった。もう何の記憶も残っちゃいねえや」

「シクス、お前は飲み過ぎなんだって。いくら姐さんの奢りだったからって、高い酒をガブ飲みしてたんだぞ? ……そういえば名刺貰ったな」


 ふたりは酔い覚ましに暖かいそばを常識的な量だけ注文して、ごく自然な様子で化け物の後ろにあった席に腰掛ける。


 不純な動機が無ければ考える事はみな同じで、窓際の席で爽やかな空気と日光を取り込みたいのだ。


「なんだ、やけにいい匂いがすんな。外で何かやってんのか?」


 外から流れ込む空気が僅かに花の香を纏っている。ぽかぽかな陽気と相まって、まるで草原に寝転んでいるかのような感覚すら覚える。頬を撫でる風が爽やかさを演出していくと、思わず目を瞑って感嘆のため息をついてしまう。


「そら変だな。ああそうか、今頃はお偉いさんの為に花でも飾ってるんじゃないのか?」


 そこに小粋なジョークが挟まれば、


「ぷはっ、おいおいそりゃあ、ハハッ、スラムがそこにある宿でかよ」

「俺もそうやって笑い飛ばしたいとこだが、あり得ない話でもないぜ。これを見ろよ」


 探索者はろくでなしの集団だ。しかもこんな安宿に泊まっているような、ろくでなしの中でもろくでなし。そんな者には、例え死んでも花など送られない。もし送る者が存在するのなら決まってる。


 シノノメ皇国だ。人類に多大な影響力を持つただひとつの国、そのお偉いさん連中だ。


「今朝発表されてたニュースだ。探索者ならお前も自分で確認くらいしとけ」


 前置きしたセセンが、情報端末の付属子機を使って立体映像をテーブルの上に浮かべた。本体を操作して、気になっていたニュースを見せる。大仰な光りを放ってはいるが音は小さめだ。


 我が物顔で酒盛りする化け物と異常者に比べたら常識的といえる。


「こりゃマジか。防壁の住人が、しかも皇女様が? マジで本人がくるのかよ。どうせ似せた他人とかじゃなくて?」


 驚きの顔をしてニュースを聞いていたシクスに、内容を纏めたセセンが話していく。


「そんなのどっちでも関係ねえよ。俺らには本物かどうかなんて分かんねんだから。下手したら不敬罪で極刑確定だぞ? まあ近年稀に見る活性化だった訳だ。そのエリアに頑張って抵抗した、ノライラ都市と探索者に向けての慰問……どこまで本当なんだか」

「なるほどねぇ。それで都市の上はスラムを一面の花畑にしたいのか」

「全くだ、そいつはちがいねぇぜ。ついでにゴミ掃除もできるなら願ったりだからよ」


 どうしようもないという内容を理解したふたりが、冗談を言いながら大笑いする。なら次の行動は決まった。


「他所の都市に行くか、相棒」

「勿論それが一番だぜ、相棒」


 そうやって真剣な顔を見合わせた後で、今度はげんなりした様子を見せてしまう。


「「姐さんがな……」」 


 しぼんだ声に重いため息がふたつ。


 現在、行動の決定権はふたりに無い。姐さんが行くというのなら、姐さんが行けというのなら、たとえ火の中水の中エリアの中だ。今日までそうやってこれたから、短期間で探索者レベル30というふたりなのだ。


 夜闇のエリアに置き去りにされた事もあった、モンスターにナイフ一本で挑まされた事もあった、対人訓練だと適当な理由でボコボコにされた事もあった。しかしそれでも、ふたりは厳しい修行を乗り越えてきた。


 だがこれは、そんな程度の問題じゃない。


 シノノメの皇女様が、国のトップが、大陸の南、山脈みたいにそびえ立つ防壁をわざわざ飛び出して、なんとお越しになられるのだ。


 シクスとセセンの勘が告げていた。これはヤバイ、と。


 頭の中はそれで埋め尽くされている。当然だ、どんな事態になるのか想像もつかない。これは未曾有の大災害で、エリアの活性化などという決まり切った生易しい代物ではない。


 ノライラ都市が、今日まで築いた栄華が終わるのだ。しかも人類の手によって。


 頭でも抱えそうなのを我慢していたふたりは、いつの間にかそばを食べ終えていた。こんな雰囲気をどうにかできないものか、明るい話題のひとつでも思い浮かばないものか、そう考えていると、ふと気になった。


 気付いた時にはスラム街にいた自分達、気付いた時にはお国のお姫様、産まれも立場も、とにかく全てが違い過ぎる存在。


 そんなお姫様の顔は、一体どんなだろうと。


「これで姐さんより美人さんなら、そりゃ凄いと思わないか?」

「いやいや姐さんよりもか。だとしたら、神様ってのは贔屓が過ぎると思わないか?」


 そうやって笑いながら、お目当ての情報が載ってそうなサイトにアクセスした。


 ――神は平等である。


 これは間違いではないが、いち人間が推し量れるものでは無い。シクスとセセンもしっかり恩恵を享受している。理解出来ているかどうかは別として、大地に生れ落ちた者はみな、何かしらの恩恵を授かっているのだ。


 そしてそれは、当人の資質によって左右される。


「おいこりゃあ……」

「うそだろマジか……」


 つまり、お姫様になるような人間は超絶美人だ。





 大量の天ぷらと酒を片し、大盛の焼きそばと追加の天ぷらを片付け終えたシロは迷っていた。


「うーん。まだ食べてもいいけど、リン起きないし帰るか」


 最後に残しておいたビール瓶を引っ掴むと、コップを使わずにガブ飲みする。


「姐さんの名前って、ライって言ってたよな。もしかしてその前って……、シノノメ、とかだったり?」


 途中で聞こえてきた名前に思わず、


「ぶーーーーっ!! げほっ、ああクソ、幻聴まで聞こえるなんて。俺の頭はそこまでなってたのか」


 口に含んだビールを全て吹き出した。


「ああそこまでになってるよ」


 目覚めたリンが顔を上げると、吐き出されたビールを顔面で受け止める。最低の眠りに落ちていたリンはまさに悪夢を見ていた。ようやく悪夢から抜け出せたと思ったらこの始末だ。


 流石のリンでも、抑揚のない声を出して無表情だった。


「人に向けて酒を浴びせるなんて、崩壊前ってのは随分な時代だったみたいだな。それともなにか、これも修行の一環だったりするのか。不意を衝かれた俺が悪いのか。なあどうなんだ、なんで何も言わないんだ」


 なんとも言えない表情のシロにびしょびしょの顔で詰め寄り、ひとつひとつ言葉を掛けていく。そして最後に、おでことおでこをくっ付けた。するとリンがはっとして、ハンカチを取り出してシロのおでこを拭う。


 詰め寄られた時点で機能停止していたが、気づけば優しく手を当てられていた。その事で戸惑いの声を上げる。


「わぷっ……リ、リンなにをっ」

「いいからじっとして。………やっぱり。シロ大丈夫か? なんか熱っぽいぞ。ちょっと待ってろ」


 遮りながらそう言って、濡れたままの顔でテーブルの上に残った食器と空き瓶を返却口まで持っていく。早足で行って戻ってきたリンがバッグを背負うと、気付いたように自分の顔を拭いた。そして手を差し伸べる。


「これでよしだ。ほら、もう行くぞ」

「うん……」


 しおれた様子で素直さを見せるシロが両手で手を取った。リンは一瞬なんでだよと思ったが、それ以上は気にしなかった。手をさすさすと撫でられても気にはしなかった。そんな事よりも気になる事があったからだ。


 ふたりはそのまま食堂を出て行った。


「青春だねぇ」

「ああ全くだ」


 一部始終を目撃していたシクスとセセンが羨ましそうに声を上げる。しかしふたりには、どちらも女の子だったように感じられた。まあ別段珍しい事でもないと、それ以上は気にしなかった。そんな事よりも気になる事があったからだ。


 ふたりは件の姐さんに向けてメールの文面を考え始めた。





 夕焼けで赤く染まる部屋に戻ってきた。電気も付けてない部屋に、かなり小さい声が響く。


「怒ってないの」

「ちょっと怒ってる」


 リンは握られる手を苦労しながら放し、アイテムバッグを部屋の隅に置いて答えた。


「俺のこと嫌いになっちゃう……?」 

 

 相当ショックだったのか、絶望しながら震えていた。ようやく震えを押さえ、祈るような気持ちで聞くと、


「えっ、なんでそうなるんだ?」


 今度はバッグから情報端末と財布を取り出すのに苦労しながら、リンはそう言った。なんでかは分からないが、いつもと違ってどうにも無理そうなので、ひっくり返して中身をぶちまける。


 力技でお目当ての物が取れると振り返って、謎の飛躍に首を傾げながら話す。


「だってそこは両立しないだろ、怒るのと相手を嫌いになるのは別じゃないのか? そうだな、俺はキャシーの事が嫌いだけど、怒ってる訳じゃないんだ。でもいま、シロには怒ってる。だからって嫌いにはならないよ。そもそも、いやいいか」


 言葉を切って、誤魔化すように笑って続ける。


「あんな魚に追いかけ回されるなんてさ、昨日は結構大変だったんじゃないか? 俺には分からなかったけど、シロは裏でいろいろしてたんだろ。なら疲れが出るのも無理ないんじゃないか? それで、取り合えずだ。体調が悪いなら寝た方がいい」


 それはもう呆気に取られていたシロだが、


「じゃあリンが看病してくれるのか……ッ!!」


 真実にたどり着いた。


 直後には、シロに抱きつかれたリンという、いつもと変わらない絵面が展開される。しかし細部は違うようだ。


「ああっ、そうなんだよリン。俺はもう消えてしまいそうなくらい疲れててなぁ。それはもう、すぐにでも、支えが必要だったんだ。うん、これは必要なんだぞ? だからソファまで連れて行ってくれないか……?」


 上目遣いでお願いしてくるシロに「はいはい」と返事をしてソファまで歩いて行く。


 部屋に戻る最中とは違い、しっかりした足取りでついてくる様子にため息を零す。どうしてベッドじゃなくてソファなのか、とは聞かなかった。


「でだ、崩壊前より、看病と言ったら決まってる」

「もう分かってるから。でも布団は。……持ってるのね」


 ほんとに何でも出してくるなと思いつつ、ソファに座ったリンは膝に小さい頭を乗せていた。


「これは、これはだぞ、もうすごい」

「そっか。ならよかったよ、もうすごいよかったよ」


 欠片もそうと思って無さそうな声に、不満げな声が上がる。


「いったい何が不満なんだ。こーんなにかわいい、しかも美人が! すぐ傍にいるんだぞ!? ――うおおおお……っ!!」


 リンは無言でそれを黙らせる。ぼーっと堪能していたが、暫くすると呟いた。


「ねえ今度はちゃんと、傍にいてくれるよね」


 応えると、ゆっくり眼を閉じる。


 寝息が聞こえてきたところで、リンは情報端末を取り出した。気を遣って画面の輝度を下げた上で、それを検索する。


 シロ、しろ、白、ホワイト、ブラン、ヴァイス………


「馬鹿だ俺は」


 心底くだらない行動に不愉快な苛立ちを感じて、端末を投げ捨てて眼を閉じた。


 結局、夢は夢のままだ。


 どんな夢を見ても、目覚めれば現実が待っている。それでも今は夢を見よう。


 やってられない現実から眼を逸らして、ふたりは深い眠りに入って行く。

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