29話 黄金と金色

 ナツメと別れたあと、リンは報酬を受け取る列に並んでいた。


 リンにとって幸いなことに、列はさほど長くない。短時間で順番が回ってきた。最初は情報端末が壊れてないか心配だったが、特に問題は無かった。


 頑丈な情報端末を職員が持つ機器にかざして、受けた依頼の完了証明を行う。60日以内ならいつでもいいそうだが、文無しのリンには一秒でも早く金が必要だった。


「よし、お疲れさん。これからも良い探索者ライフを、少年っ!」

「ありがとう。おじさんもお疲れ様」


 気さくに話し掛けてきたギルド職員に、リンは軽く笑って礼を言った。ここでの用は済んだと広場の出口を目指す。


 その背中をどこか怪訝な表情で見ている職員は、最後まで煮え切らなかった。少年の経歴や戦果には異常があるのだ。レベル10になったのは昨日からで、それも一発合格のような形でだ。


 戦果と言えば活性化の際中だというのに一回は無難にこなし、次には激戦があったという噂の車両から生還している。


(子供が7号車に乗ってたのか? だが最前線に行くってのは、そういう奴なのかもな……つうか、俺はおじさんじゃねえ!)


 職員の端末に表示された数字は、あんな普通に見える子供では無理なものだった。


 今日はエリアの大活性化とあって、モンスターが大量に湧きだしていたいたのだ。都市外の危険度は跳ね上がるものになる。また当然に、得られる報酬は莫大な金や物となった。


 リターンを目当てに集まったはいいが、実力不足や運の問題は付き纏う問題でもある。抱えきれるだけのリスクを背負っている、とは考えないことだ。


 甘く見てしまえば、子猫のような見た目でもモンスターに変わってしまう。


 少年自身もそうだし、奥底に潜んでいる気まぐれな子猫のそれは、モンスターの比では無い。


 内に潜む凶悪で狂暴を仔猫として飼い慣らす少年は、自覚が無い部分でも厄介さを増している。





 リンが歩いている広場は、まるで天国と地獄が混在しているかのようだった。


 一方では怒号が響き、また一方では歓喜の声が上がっている。怒号は地獄そのものであるが、歓喜は天上の調べとはよっぽど言えなかったが。


 報酬を無事に受け取った者は仲間と勝利を称え合っている。報酬を受け取ったはいいが、苦痛の表情を浮かべて悲鳴を上げている者もいる。そして帰って来れなかった者もいる。


(稼ぎ時だからな、帰って来れただけ優秀で何より! これからも励んでくれたまえ、探索者諸君っ! ハッハッハ……!)


 広場の光景を見ても、シロからすればこの有様だ。リンは腹が減ってそれどころではなかった。


 だがそんな地獄を、恐ろしいまでに緩和させる存在があった。


「おでん~。おでんはいかがですか~。おいしい、アツアツおでんですよ~。今なら一献無料ですよ~。いかがですか~」


 まるで都会のオアシスだ。モンスター蔓延るこの殺伐とした世界で、心温まる唯一の存在かもしれない。


 涙目にぼやける暖簾は、電球から溢れる暖色に彩られて神々しく見える。仄かに良い匂いを放つだし汁が黄金に輝き、地獄の釜から漏れ出す瘴気を覆い隠してしまう。


 天上の調べとはこの事だった。


 食べれば死者すら踊り出してしまう。そんなおでんを創る者は、まさに神様と言ったところだ。


 その死者がどうやっておでんを食べるのか、恐ろしすぎて想像もできやしないが。


「燗と冷、どちらになさいますか? おっとと、立ち飲みも大歓迎ですよ~。こちらスペース取ってありますので、是非どうぞ~」


 広場に集まった者達は、おでんの魅力に釘付けになった。


 更に一献無料なのだ。小さい移動屋台はすぐに満席だ。待ちきれないと、立ち飲み屋台になるほどだ。更に更に、超が付く美人女将が割烹着を身に着けてお酌をしてくれるのだ。更に更に更に、


「たまご、こんぶ、ちくわにごぼ天ですね。はい、からしもどうぞ。ふぅ~、今日も忙しいですね~」


 おでんがめちゃうまい。


「それだったら、俺がここで働いちゃおうかな?」「やめとけやめとけ、お前じゃ足手纏いだ。俺なんかどうだい?」「次はどこで出すの? おれ毎日通っちゃうよ」「こらこら、あんまり絡むなよ。困ってるだろ?」「お前達おでんはどうした、おでんは」「スカイフィッシュのさつま揚……?」「冷でもう一杯! あとたまごひとつ」


 とは言っても、味はあまり関係がないように見える。


「いえいえ~。みなさん、モンスターとの戦いでお疲れでしょう? 今日も都市を守ってくださって、本当にありがとうございます。お気になさらず、どうぞ寛いでいってください。私も、おでんでお力になれれば幸いです」


 昔ながらの屋台は、美人女将の活躍で毎日大盛況なのだ。


(………。はあっ!? あいつなにやってんの……!? ああなんだ、おでん屋台か。頑張ってな)


 なんだかよく分からないが、邪魔をするのも悪いだろう。かわいいお母さんは、柔らかく微笑んで美人の娘を応援した。


 絶妙にだしの香りがする喧噪や雑踏の中を、リンはお構いなしに進んで行く。距離が少し遠くなってしまうほどにお母さんは立ち尽くしていた。


 子供が頑張るその姿は微笑ましいものだ。それが凄く平和的な活動なら尚更。そんな澄み渡る思考を、徐々に邪な考えが汚染していく。


 おでん屋台を、ある一点をじっと見つめていた女が、


(タダなら、それ貰ってくぞ)


 細く可愛らしいおて手で徳利をかっぱらった。


 純情な一台のおでん屋台を襲った怪奇。徳利消失事件である。


 突如消えた徳利はどこへ!?


 月並みの探偵では、まさか犯人が可愛い仔猫だとは思うまい。そもそも常人には見えないのだから。


『あの~。サービスは一献までなんですが、お母さま』


 ただただ首を傾げる美人女将を他所に、人の道を踏み外している最低で最悪の外道は、心底楽しげにその場を後にした。





 リンがだし汁香る広場から立ち去ろうとした、その時だった。


「おおっ! リン見てくれ!」

「シロ? 一体なに、……ああ知ってた」


 いつものテレパシーかと思って声の方を見たリンの眼には、生身になっているシロが跳び付いてくるのが見えた。不意を衝かれた形となったリンは抱き着いているシロに、負け惜しみ気味にそう言った。


 シロは真正面から顔を胸に埋めて、リンの背中に両手を回して力を籠めている。だがいつもと比べれば、それはどこか弱弱しいものだった。抵抗すれば簡単に解けるだろう。


 リンは抵抗などせずに受け入れる事にした。


「まだまだだなーリンは! こんな初歩的な誘導に引っ掛かるとは、油断しすぎだぞっ!?」

「はいはい。悪かったよ師匠。……なあシロ。俺はちゃんと、あったかいか?」


 なんだか真剣な態度で尋ねてきたのを見て、シロは抱き付くのをやめた。代わりに数歩先を進み、背中を見せる。


 大人は背中で語るものと知っているからだ。


「お前が何を考えていたのか知らないが、最初からだ。最初からお前は、温かかった」


 笑顔で振り返ったシロを見て、リンも笑顔で応える。常識など、女にはどうでもいい事だった。


「そうかっ! そりゃあよかった! じゃあさっさと飯を食いに行こう。俺は腹が減ったんだ」

「だよなっ! 俺も酒が飲みたいぞ! なんだか久しぶりの気分になっちまうくらい、飲んでなかったからな」


 都市から出た時は昇っていた日も既に落ち始め、夕暮れの世界を作り出していた。酒を飲むのには丁度いい時間である。適度な疲労もあり、最高の一杯を楽しめるだろう。


 酒の肴になる話は山ほどあるのだ。


 リンの腕に両手を絡めたシロが公共区画から商業区画を目指して歩き始めようとする。しかし、それより早くリンの声が掛かった。


「なんか、いつもより距離が近くないか?」

「そうだっけー? いやあ、これが普通だったよ。うん」


 不思議だといった顔をするリンをしり目に、シロは真顔で告げた。


 リンは確かにそうだと思って納得する。抱き着かれるのに比べたらだ。なぜ自分がそう感じたのか、普段と何か違いがあったのだろうかと、そんな疑問は頭から押し流される。


 シロが肩に顔を乗せて、首筋で荒い呼吸音を立て始めたのだ。


「あの、さっきからなにしてんの」

「いんやー? なんにもー?」


 なんだか気持ち悪い笑みを浮かべているシロを見て、リンは自分の状態に気付く。あれだけ激しく動いた後で、全身汗まみれだったと。呆れ顔にじと目で見ながら、戸惑いの声を上げる。


「やめてくれ。俺はまだ風呂に入ってないんだ。だからその、汗臭いだろ」

「それがいんだよ。それがもう最高なんだ。ずっとそのままでもいいぞ」


 意味不明な言葉を聞いてしまい、リンが衝撃を受けて立ち尽くす。


「………はあっ? なんで、なにどういう意味? ――ひゃああっ……! やめろこの!」


 途端に、全身を虫が這いずったかのような不快感に襲われてシロを突き飛ばした。尻もちを付いてしまったシロは、一瞬奥歯をかみ締めた。


 異常な行動を見せたシロに混乱してしまい、リンは頭を抱えてぶつぶつと独り言を零している。


「……。あー、悪かったよリン。その、なんて言うかさ、ほら、気の迷いってヤツだ」


 立ち上がってそう言葉を掛けても、リンは眼を見開いて、シロを非難するかのように見つめているだけだった。


 息が止まったかのようなリンが慌てて深呼吸をして、冷静に落ち着きを取り戻す。


「シロ……。いやなに、いいんだ。突き飛ばして悪かった。ごめん。俺の方が酷い事をしたよ。もう行こう」

「あ、ああ。気にするなリン。大丈夫だ……。そうだな、もう行こう」


 と言って、シロが手を差し伸べる。


「…………」


 リンは真意を問い掛けるか非常に悩んだ。悩み過ぎて表情が歪んでしまうほどだ。だが尋ねない訳にはいかないだろうと決心して、手を取る前に口を動かした。


「なあシロ。さっきのは何だったんだ? 俺もすこし考えてみたんだけど、どうにも理解出来なかったんだ。俺が恥ずかしいばかりで、意味があるとも思えなかったしさ」


 どう言い訳をしたものか、考えても仕方が無いとし、適当に誤魔化しておくことにする。


「リン。俺だって、そうやって言われれば流石に恥ずかしい。これはマジだ。いいから、何も、気にするな」


 なんで自分も恥ずかしい事をしたのか、そう思って余計分からなくなった。だがシロも完璧では無いのだろう、そう考えて、それ以上を考えるのをやめた。


「そうか分かった。じゃあ今度こそ飯を食いに行こう!」


 リンは手を取り、歓楽街まで一緒に歩き出す。


(悪いが、こればかりは早く進めないとな……)


 シロにはさっきまでの緩んだ顔がなく、リンには見せないように片方の手を強く握り込んでいた。


 首筋を舐められて変な声を出したリンだったが、それは理由のひとつであって、それだけな訳でも無かった。


 リンが何気なく振り返り、今まで歩いた、地獄と天国が混在しているかのような広場を見渡した。丁度そんな感じで、まるで視界が反転し、混ざり合ったかのような感覚がリンを襲ったのだ。


(そうだ、でもなにか、気のせいだったのか?) 


 謎の感覚に押しつぶされ、足を動かしているのも忘れて考え込んだ。





 ここノライラ都市の下位商業区画にある歓楽街には、多数の賭場や酒場、娼館が立ち並んでいる。


 既に日が落ち、街を彩るネオンライトが本領を発揮している。その華やかさで、今日も多くの者達を吞み込んでいた。


 特に今日は大勝した者達が出張っており、メインの通りは人の波が途切れる事も無かった。


 普段より一層、騒がしさが増している歓楽街である。


 ここは今日という日を生き延びた者達にとって、また明日を迎える為の英気を養う場でもあるのだ。溜め込みすぎた結果、明日を迎えられなくなるのだとしても。


 その身に破滅を呼ぶ誘惑とは、エリアからもたらされる、痕跡という名が付いた金銀財宝だけでは無いのだ。


「凄い人だかりだな! もっと手頃なとこは無かったのか?」

「酒を飲むなら酒場だろ。しけた店で飲むワケにもいかねえしな」

「俺の希望にも合わせてくれると、ありがたいな」


 人混みでごった返す通りを、ふたりが掻き分けて進んでいた。そして適当な酒場に入り、夕食を取る事にした。


 席に着いて開口一番、ふたりはぐったりとした声を出した。テーブルに突っ伏し、今日という一日を振り返った。


「疲れたなシロ……」

「疲れたなリン……」


 声が重なり、思わず笑い合う。お互いくたびれた表情が混ざり、ぎこちない笑みとなっていた。


 取り合えず、まずは注文だ。リンは手を挙げて店員を呼び出し、後はシロに任せた。また端から端まで注文していた。妹に変身したシロを横目に見ながら、リンは情報端末で依頼内容を確認していた。


 そうしていたリンの顔からは、段々と血の気が引いていった。


 端末を確認していたリンが、これは本当に現実なのか、という思いを抱いたところで声を掛けられる。


「どーしたのリン。お腹でも痛いの」

「いや違う。ほらシロも見てみろ!」


 血相を変えたリンが差し出した端末を受け取ったシロだが、その内容を見ても眉ひとつ動かす事は無かった。


「いやリン。だめだぞ、こんな程度の金で驚くようじゃあ。おまえの命懸けはこんな安くないだろ」

「で、でも1000万ロッドだぞ!? たしかにそう言われれば、そうかもしれないけどさ……」


 自身の探索者情報が載っているページに飛んで戦果を確認すると、そこには報酬金1000万ロッドだという内容が確実に示されていた。


 何かの間違いかと思い眼を擦って再確認しても、桁の数が変わる事は無かった。それで慌てたリンだが、平気な顔を見てなんだか醒めてしまった。


「シロは凄いな。そうだよな、この程度でシロが驚く訳無かったよ」

「そういうことだ。リンも受け取って当然だと思え、いいな。それにその程度じゃ全然足りないから」


 暫く経つと、大量の料理や酒が運ばれてきた。


 テーブルを埋め尽くしたそれらは、子供ふたりが食べられる量とは思えなかったが、店員は何も言わずに去って行った。食前の挨拶をしたリンは料理にがっつき、シロは酒瓶を煽って満足げである。


 リンの空腹は限界を通り越していた。


 依頼の最中モンスターを食べてしまうくらいに限界だったのが、ここにきて爆発している。並べられた料理に手を伸ばし、テーブルマナーなど吹っ飛ばして食べていた。


 今日くらいは、シロもうるさい事を言わないと思ったのだ。既に酒瓶を数本空にしているシロも注意を促す余裕など無く、予想は的中していた。


 リンが会話を邪魔しない程度の空腹を満たす。シロも酒を飲むペースを緩めて会話の比率を大きくする。


「よーーし。じゃああぁリン。今日の振り返りといこうか? まずはー、飛び出したあとのこと、知りたくないか?」  

「おおっ、それは気になってたんだ。あの魚はシロがやった訳じゃあないんだろ? あの大きいのは一体なんて言うんだ」


 顔が赤くなっているシロが上機嫌に喋り出す。


「あれは人型兵器だっ! 人類がモンスターに対抗する為に生みだしたもんだな。ああ、ほんとよくできてる。並みのモンスター、あの魚じゃ勝てないのも不思議じゃねえ。まあ、言ったようにもっと強いモンスターはいくらでも湧いて出て来る。だから油断は出来ないがな」


 あの鋼鉄で出来た物体は人型兵器と言うらしい。


 あんなデカイ魚を血溜まりに沈めたのだ。それは強いのだと思っていたが、モンスターとはそれ以上のようだ。それを生み出しているという存在はどれだけ強いのか、そんな者を止めに行くシロはどれだけ強いのか。


 リンは納得した顔を見せて尋ねた。


「なるほどな。でもあの人型兵器が来てなかったら、流石にやばかったか?」

「いや別に。そんときは俺の切り札、必殺技を出すだけだった。でもー俺それやりたくねーんだよ。凄く疲れるしな。だから使えるものを使っただけだ」

「そうか……。でも実際あの魚は、その人型兵器よりデカかったしさ、俺は負けてもおかしくないと思ったんだ」


 リンの考えを聞いたシロが笑って補足していく。


「言う通り、あのモンスターなら勝ってもおかしくない。まーそこは、俺が上手くやったんだよ」

「そうなのか? じゃあどうやって?」


 酒が入っていても頭の回転が鈍るなどあり得ず、むしろより良く、滑るように回転させているシロの前では、真面目という言葉は風前の灯火だ。


 困惑顔を見せるリンに、盛大に笑って応えた。


「俺の圧倒的かわいさに油断しちまったんだよっ! おまえも経験あるんじゃねぇの!? アーッハッハッハ……!!」


 初対面での出来事は、しっかりと相手にバレていた。今更ながらその事を思い出してしまい、リンは挙動不審になってしまった。無駄だと分かっていても、平静を装って話を続ける。


「……おれが知るか」

「うん! かわいいぞ!」

「あーもう……! 次の話だ!」


 リンの顔を見て、尊大に相槌を打った酔っ払いが話を進める。


 聞けば、大体のモンスターは受信帯より送信帯とやらに重きを置かれて設計されているそうだ。


 受信帯は世界からの情報を受け取る器官であり、それが異常に発達して、勝手に都市の人間を感知して襲わないようにされているのだとか。シロが都市から出動した防衛隊を察知出来ても、相手には不可能だった。


 モンスターが暴れ回っていたら人類など一瞬、とはシロの言葉だ。


 しかし、そこを世界樹とやらがうまく調整しているという事だろうか。だとしたらそれは何故なのか。自分にはよく分からないが、つまりはそういう事なのかもしれない。


「ふーん。なんだか優しいんだな。世界樹ってのは」

「そうだな。なにせ俺の子供だから、そこは当たり前だ」


 シロの子供で、しかもリンゴの木だったとか。


 リンは理解不能に陥り、世界の広さを知った。だがリンにとって重要なのはその強さである。協力関係にある以上、目的を達成する為に頑張らなくてはならないのだ。


 たとえ相手が、何者だろうと。


「その世界樹に勝つ為には、どのくらい強くないといけないんだ?」


 その言葉を聞いたシロが少しだけ眼を伏せる。


 頭を抱えそうなのを我慢して、リンには口で適当に誤魔化しに掛かる。もうちょっと説明があってもよかったのではないか、娘には心中愚痴り出す。


「リーーン。勝つとか、負けるとか、そうじゃあねえんだよ。まったく、バカなんだからおまえは。いいから、こっちは気にするな。いいな?」


(そうだよ。これ一番大事じゃん……。なんで無駄に現代知識ばっかり詰め込んだの? あいつ何考えてんだよ)


 自身の記憶が覚束ないアル中の母親。日々を忙しく過ごす謎に包まれた娘。最近自分を取り戻したマイペースな子供。


 正常な家族会議は、まだまだ先の話になるだろう。


 シロは機嫌よさそうに笑っており、リンがそれ以上を尋ねるのをやめた。代わりに何か話題はないのかと考えていると、真剣な顔になったのを見た。


 そういう時は冗談を言ってはいけないのだと、知っている。


「リン。よかったのか? パーティーを組まなくてさ、俺は反対しないぞ。もし遠慮してるなら、そんな心配は要らないぞ」

「なんだよ突然。別に俺はシロに遠慮なんかしてない。ナツメには目的があるんだ。俺が邪魔しちゃ悪いだろ」


 その返答に、シロは悲し気に続けた。


「お前の目的か……。まあ反対はしないし、応援もしてやる。だが、他を諦める必要は無いんだぞ? 俺にも友達くらい居た。そんでこの世界は自由だからさ、なんだってやっていいんだよ」

「何言ってんだよ。俺にはシロが居るだろ? だから、いいんだ。諦めてなんかない」


 聞きようによっては、そういった勘違いされても不思議では無い発言だった。


 しかし、真の意味では重要な意味を持つ言葉だ。リンにとっても、シロにとっても。


 リンからの言動を都合のいいように解釈する耳や眼を持つシロには、次の行動は一択しか無かった。


「あーあーあー。またそんなこと言ってさあっ。おまえ自分がどれだけかわいいか知らないだろ? 無自覚にそう言うの、よくないなーリン。ええい、反省しろ! このっ!」


 リンは傍まで来たシロに、抱き着かれながら頭を盛大に撫でられていた。世界が回り回って、引っ張られた境界が曖昧になる。


 リンの左眼。本来は黒い瞳が、金色に輝き始めていた。

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