23話 嘘吐き

「喜べお前達っ! 一度他の車両と合流する事になった、その前にくたばらないようにしてくれ! 健闘を祈る!!」


 荷台に取り付けられているスピーカーからダミアの怒号が響き渡る。どうやら備え付けの機器を使っているようだ。


 覚悟を決めて未知に挑んでいる集まりだけあって、それを皮切りに荷台に乗った者達が現実を受け止める。それぞれ声を上げて銃撃を開始した。特に狙う必要など無く、銃口を向ける場所さえ合っていれば、どこを撃っても意味のある弾になる。


 無数の銃口から放たれる弾丸がモンスターの大群を貫いていく。だが焼石に水といった程度で、その勢いは留まる事を知らなかのようだった。弾丸を浴びて死体となったのは後続に踏みつぶされて、更にグチャグチャになっている。


 もうリンにとってお馴染みとなったスレイブウルフは勿論、その他大勢の仲間達が押し寄せて大群を成している。


 植物そのものの体から根を生やしたモンスターが器用にそれを操って移動して来る。尻尾が長いトカゲのようなモンスターが弱点の腹をカバーするように体を丸めて転がって来る。翼を生やした者達が風を纏い信じられない速度で飛んで来る。


 それら以外にも、生物と呼べるかどうかも不明な物体が多数。


 小型のモンスターが多いが何しろこの数である。地面も空も際限なく埋め尽くされて、黒く染まってしまったかのようだ。


『これはなんの冗談だッ!! 意味が分からないぞシロ、本当にそれなりなのか!?』


 必至の形相で愚痴を零して、適当な事を言っていたのでは無いかとシロに文句を言いながら銃を乱射する。


 もうどこを狙って撃っているのかも分からなかったが問題は無い。銃から射出された弾は、大地を覆い隠しているモンスターのどこかに当たっているからだ。


 そんなリンを確認して、シロは情報収集する事にした。この状態では酒を飲めないし暇だったからだ。


『ちょっと待ってねーリン。今確かめてるから』


 シロが柔らかそうなシートの上に寝っ転がりながら情報端末を操作している。とてもこんな緊急事態にそぐわない様子だった。まるで緊張感もなく、今日という一日の天気を確かめるかのような気楽さだった。


 お目当ての情報は大きく目立つように掲載されていた。それを見てため息をつき、残念そうに声を上げる。大天才ともなれば、自分が知っている事よりも、知らない事の方が多いと知っているのだ。


『あーあっ、どうやら大変みたいだな。まあ弱いヤツが大変なのはいつものことで、それが変わった試しは無いけどな! 大人しく来世に期待しようぜ!』


 自身は顔色ひとつ変えずに、他人の魂すらも破壊するのにとんでもない言い草だ。


 シロが何を見てそう言ったのかリンには分からなかった。だが怒鳴らずにはいられなかった。本来なら埋め尽くされた銃声のお陰で声など届かないが、テレパシーは問題無く届いていく。こういうところでも、音での手段ではない利点が発揮されている。


『そりゃそうだッ! これのどこが大変じゃあ無いんだ!』

『だよなリンっ! まったく恐ろしいことだ! ハッハッハ……!!』


 焦ったようなリンの声を聞いて、いつものように笑う事にする。


 エリアが大活性を起こしているとそんな事を知っても、シロにはどうしようもなかったからだ。どうにかするつもりもない。どうせ人間もモンスターも、沸いて生まれてくるのだから。


 高らかな笑い声がリンの恐怖を押し殺していく。だから同じように笑うことにした。


 モンスターに追いかけられていた自分がそうだった。あの時だって笑っていたんだ。なら、今も笑わない理由が無かった。それがただの意地だったとしても。


『ああ怖いねっ! 恐ろしいから殺してやろう! 弾を食らいやがれッ! そして死ねッ!! よっしゃあ! また一体殺したぜッ!! 全く地獄だなここはよおっ!」


 殺したモンスターを見てガッツポーズを取った。それがフィールドの滲みとなったのを見て更に愉快だった。もっと殺したいと思った。だから再び銃を構えて撃ちまくった。


 途中からテレパシーを忘れて声となってしまった為に、様子を見たナツメが引いていた。シロも大丈夫なのかと疑問を抱いた。


 リンに問題は、多分ない。シロはそう思う事にした。オモチャを振り回しているくらい、かわいいもんだと。


『よくやった! その調子だぞ! いけそこだ! やれっ、やっちまえリン!』


 ファイティングポーズを取ったシロが拳を振り回している。何の加勢にもなっていなかった。


「ちょっとリン! 貴方性格違わない!? 銃を持ったらそうなるとか言わないよね!!」

「安心しろ!! 俺はリンだ! 誰にも違うとは言わせねえぞっ!」


 落ち着いていたかのように見えたリンの豹変ぶりに、銃声にも負けない突っ込みが飛ぶ。ふたりのテレパシーは他人には聞こえないのだから無理もない。ナツメには突然人が変わったようにしか見えないだろう。


 これほどまでの大規模な戦闘はリンにとって初めてになる。ちょっとばかし精神が高揚してしまうのも正常な反応だ。そして何より純粋な気持ちが到達するのだから、笑うのをやめられない。


 楽しくて仕方がないのだ。


 高ぶった感情に合わせて引き金を引く。併せ持っている冷静な部分が、今まで滅茶苦茶に合わせていた照準を的確なものに変える。掃射では弾が勿体ないからだ。リンは自分の命を金に換える為にここに居るのだ。


 それが不甲斐ない額に終われば自身の価値を証明出来ない。


 シロから受け取ったアドバイス通りに致命を狙い出す。単発で撃ち出されるそれらが、対象となったモンスターの命を終わらせていく。どこに命があるのか、リンは感覚で掴んでいた。


「ほんとにレベル11なの?」


 また別人になったかのように撃ち方を変えたリンを見てナツメが驚いている。一発一発が最大限の効果を発揮しているからだ。その程度の装備でよくやると、思わず呟いてしまうほどだった。


 トラックは順調にモンスターの大群から逃れて走る。乗員の尽力もあり、群れの移動速度を上回っているからだ。このまま他のトラックと合流すれば問題無く勝利を収める事が出来る。


 だが結局そうはならない。モンスターとは人間の敵でしか無く、人類の敵足り得るからだ。


 トラックを運転するダミアは報告を聞いてしまった。


「聞けお前達! 合流する予定だった他の車両が動けなくなって救援を求めているッ!! 今すぐ決を採る! そこに行くか、行かないかだ!」


 合流する予定だったトラックが、別の群れから攻撃を受けて動けない状態である。報告を聞いたダミアは判断を迫られた。そして、選択を荷台に乗っている者達に放り投げた。これも仕事だからで、勝手に逃げ出す訳にはいかないのだ。


 荷台に乗った者達がそれを聞くと、各自の情報端末が音を鳴らして選択を迫った。


 こういう時の為にも連携させているのだ。その猶予は30秒で、行くか行かないか。究極の決断を迫るにはあまりに短く、救援を要請している者達からすればあまりに長い時間である。


 端末の画面から、刻一刻と数字が失われていく。


 それを見た者達の反応は様々だ。更なる稼ぎを目前にして舞い上がる者、ここからが本番だと意気を上げる者、雄たけびを上げて情報端末をタップしている者、単純に人助けがしたい者、パーティーメンバーと笑い合っている者。


 つまり意見は一致している。


 雄たけびを上げて情報端末をタップしているのはリンだ。勿論行くという方を選択している。ナツメも行く方を選択している。最初こそ見たこともない群れの規模に面を食らってしまったが、元々高い実力を備えている者しか乗っていないのだ。


 そんな中にリンが放り込まれたのは全くの偶然であり、悲しい無知が生み出したものだった。


 しかしこの程度は問題にはならなかったようだ。それにあんな程度の群れに苦戦する探索者では無い。事実、リンの持つ銃でも問題なく撃ち殺せたのだから。


「おいおいマジかよこいつら。命知らずにもほどってもんがあるだろうに。ハハ……ッ!」


 多数決の結果を受けて、ダミアは腹を抱えて笑いそうになった。これだから探索者は最高で、これなら自分の同僚も助かるかもしれない。


 救援要請は一縷の望みを掛けられて行われたものだ。


 ダミアが受け取った希望は、いま形を変えて現実のものとなる。


「時間だ。悪いがこれは多数決でな、反対していた者は今すぐ降りてくれ。これよりこのトラックは緊急車両に変わる! よって今から、救援要請が有った場所まで全速力で発進する!! 各員衝撃に備えろッ!!」


 調子よくアクセルを全開で蹴飛ばす。応えるかのように唸りを上げる大型のエンジンが今までにない爆音を響かせ、タイヤは超高速で回転する。どんどん速度を上げていくトラックが群れを置き去りにした。


 もう最初の勢いを失っているあの群れは、さほど問題にはならないだろう。都市とフィールドの境界で巡回をしている、低難度を担当している車両の者達が相手する手筈になっているからだ。


 頭から大事なネジを外している者達は、更なる成果を求めて次の死地に赴いた。


(流石は探索者。活きがいいねぇ、まったく素晴らしい。モンスター達も食いでがあるってもんだろうよ)


 シロはそれを見て全員死んだと思った。


 何の事はない、自らの実力を過大評価して死地に赴いたのだ。シロは子供が対処出来る群れを見てそこそこと言った訳ではないのだから、そんな感想は当たり前の話だった。


 ここは比較的安全な都市の中ではない。人類の生存域から離れたフィールドなのだ。一歩でも判断を踏み間違えれば、人間など容易に死んでしまう。


 せっかく友達になれそうな子が居るのに気は進まないが、リンだけでも助ける為に手段を考えてみることにする。


 唯一の反対派だったシロは、ダミアの言う通りにリンを抱えて飛び降りても良かった。シロがそう思って様子を窺うと、またバカな真似をしていたので優しく微笑んだ。


「ひゃっほーうっ!! 飛ばせ飛ばせぇ! ガハハハハ!!」


 速度を上げて突き進むトラックの上で、リンが風を感じていた。


 荷台の枠から半身を乗り出して、狂ったように叫んでいる。モンスターを殺しまくり酔っているところもあるが、リンにとって車とは、それだけ素晴らしい物だった。


 イカれたガキを見た他の探索者は勇気を貰っていた。同じ真似はしないが、みな笑顔で先程の健闘を称え合っている。シロもそれを見て、心に何か引っかかるものを感じている。


(ほんと、誰に似たんだか。んんっ……? ああそれ、俺なんだよなぁ)


 リンの様子を見て懐かしい記憶を取り戻した。


 リンに昔の自分を重ねてしまったシロが、どうしたもんかと額に手を当てて苦笑する。純粋に楽しかった頃の記憶を最後に思い出したのはいつだったか、そんな事はとうの昔に忘れてしまっていた。


「ねえリン。一度落ち着いたら? ここで落ちたら死ぬよ。それにさっきも、なんか変だったよ?」


 情報端末をがむしゃらにタップするリンの姿は、頼もしいというより心配を促すものだった。今も異常な行動を見せるリンに、ナツメが銃の点検をしながら声を掛けた。


「……、そうだな。どうかしてた。……いやなんだ、俺にはもう1ロッドも残って無くてなぁ。それがマズかったのかも」


 ナツメの声を聞いたリンが確かにそうだと感じて冷静になった。言い訳をして頭を掻いている。


「それはご愁傷さま。でもいい稼ぎになっただろうから、心配しなくても大丈夫だと思うけど」

「ああ。そっちの心配が無くなったのは十分だな、ならもう帰ってもよかったかも。動けなくなったってのはこのトラックと同じなんだろ? 流石に自殺行為だったよ。なんか嫌な予感もするしさ……」


 リンが自身の無謀さを反省する。もっと慎重にならなければ、自分などすぐ死んでしまうと考えて。


 依頼の内容をよく考えず勢いに任せて決めたのはよくなかった。またシロから怒鳴られてしまうと思ったが、なんだか明後日の方向を向いて寝転んでいた。それを見たリンが声を掛けるのを躊躇い、気にしない事にした。


 リンはアイテムバッグから新たに弾倉を取り出して、防護服の胸に付いているポケットに入れたり、腰付近に付いてるポーチに入れていく。自分で空にした弾倉をどうするか少し悩んで、面倒くさいから全てを車外に投げ出した。


 今度からは弾倉交換のついでにそうしようと思った。弾込めなどせずともルビナの店で新品を買えばよく、大した出費にもならないだろうと。ナツメの言う通りで、金は入ってくる筈なのだ。


 銃も問題無さそうだと見てとれ、暇になったリンは聞いてみる事にした。


「そうだ。ナツメは何で探索者に? 理由を聞いてもいいか」


 探索者とは危険な職業だ。さっきも大規模なモンスターとの戦闘があった。前の自分だったらとっくに死んでいた。リンは、自分ではそう思ってナツメに問い掛けた。


 リンは気付かないうちにいろいろな意味を含ませている。暇だから聞いてみたと、最初とは段違いの理由となっていた。過去の記憶から戻っていたシロが、リンの機微を本人以上に感じ取る。


 真剣な態度で尋ねてきたリンを見て、ナツメはどうするかを悩んだ。


「……、笑わない?」

「なんで笑うんだ?」


 さっきまで盛大に、大バカ笑いしていた者の発言とは思えない。冷静になったリンに対して、今度はナツメがおかしくなりそうだった。そして観念するかのように、夢を話し出す。


 以前は笑われたが、今度はそうならないと思って。


「……わたし、世界を旅してみたいの。探索者って、今では退治屋みたいに扱われてるけど、本当の意味はきっとそうだった筈なんだ。だからこんな名前が付けられたんだって、私は思う。最前線にいる人達は、同じ夢を持ってる人の集まりだと勝手に思ってる。だって自分が知らない世界が、北にはまだまだあるって話なんだよ? 私はね、こうしちゃいられないの。もちろん、金も大切だけど………」


 ナツメはリンと同じく孤児だった。


 しかしスラム街の出身という訳では無く、都市の擁護施設で育ったのだ。ナツメの両親は探索者で、万が一の場合に備えてお金を残していた。そういった探索者は多く、優秀な探索者に向けての支援も手厚い。一度預けられれば、成人まで問題無く過ごす事が出来る。


 施設ではある程度の教育を施される。読み書きや一般的な道徳だ。その過程で倫理観も備わっている為に、施設を出た後も生活には困らない。施設育ちは普通の人間として扱われて、自身も普通だという自覚を持つ。


 都市の中で一生を過ごす事となる場合が殆どだが、遺伝されたであろう部分がナツメに決心させた。


 幼い頃に両親を亡くしたために荒れていた時期があったが、ナツメはそれを機会にして真面目に生きてみた。周囲に反対されたが、それでもナツメは諦められなかった。自分の親が死んだという世界に興味があったのだ。


 それで、探索者になることにした。





 リンの眼がナツメという人間を捉えて放さない。その先に、奥底にある魂を垣間見た気がした。


 美しいと、ただそう感じた。だから自分とは違うと思った。


「それは最高だな」

「うん。そうだよ」


 耳に、荷台を吹き荒れる風の音が戻ってくる。


 高速で流れていく筈の景色がまるで一コマだけを切り取ったかのようで、鮮烈に飛び込んで来るかのように感じられた。普段とは一転、いま眼で見えている世界が本物であると、そう信じてしまうだけの迫力があった。


 あり得ない。そんなのは。


 辛い事があった。毎日を動く死体のように過ごした。諦めてもう動かなくていいと思った。日が昇る度に怯えた。それでも動いた。諦めずにここまでこれた。だから世界はキレイだった。――は笑わずにはいられなかった。これが嗤わずにはいられなかった。


 あの場で死体の山から這い上がったのは、一体何者だったのか。


 だって可笑しいじゃないか。死体が、――が動くなんて。



 ――世界はな、いつだって美しく輝いているからな。リンにも教えてやる。


 ――俺はリンと一日しか過ごしてないが、お前をよく知っているつもりだ。


 ――いいかリン! いきることは食うことだ! おまえはいきてるんだから、ちゃんとくえぇ……


 ――約束してやるリン。お前は絶対に、俺が死なせない。



 願っていた筈だ。知っていた筈だ。感じていた筈だ。いつも傍で言ってくれていた筈だ。


 生きていると。


 何故そんな当たり前を、こんなになるまで認める事が出来なかったのだろうか。自分は、今まで何も変わっていなかった。どこかの誰かに全てを押し付けていた。自分しか居ない。最初からここには、リンしか居なかったのに。


 最低な嘘を吐いていた。


(確かに、このままじゃマズいよな……。復讐なんて理由で友達を言い訳にするのは、俺は今まで本当に最低だった……。シロにも悪いしな)


 ――だから、後悔はもう二度とごめんだ。


 迷いは、もう無い。


「ハッハッハッ! さいっこう……ッ!! そうか、そうか分かった! それはいいっ!」

「ちょっとリン。笑わないって言ったのに、もう」

「ナツメも笑ったらどうだ? きっと楽しいぞ。俺はそれを知ってるんだ」

「私は、あんまり笑うのは苦手なの。でも、こう? はーっはっ、はっは……。どう?」


 他の誰でもない、生きているリンが笑う。それが楽しかった。


 リンの魂が、背負い込んでしまった自身の業から解放されようとしている。


 目的へと前進する心が、魂が汚れを許さず、全てを凌駕して輝き始める。


 黒く染まった領域が燃え盛り、肥大した醜悪を消し炭にしていく。しかし、長年積み上げられてきたものがそう簡単に消失する筈も無い。淀み、影が差し、黒く染まっていた奥底が、まるで抵抗するかのように燃え盛る炎を消し去っていく。


 見るも無残な姿で、勢いを弱めた炎はもう風前の灯火である。


 それでも決して諦めず、最後の抵抗を見せるかのように大きく姿を増す。だが押し寄せる暗闇がとどまる事は無かった。逆に勢いを増したかのように姿を変えた闇が、深淵が全てを飲み込もうとする。


 あまりの事態に看過できず、個人的な理由で加勢する者が現れた。というより調停か。


 ――おいそんな状態で頑張ったら死んじまうぞ!? 楽しいお喋りの相手が消えちまったら、俺はどうすればいいんだ! やめろクソッ! そっちがその気なら俺にも考えが……んっ? まあこんだけ騒いでたら眠れないか。


 自滅しても構わない勢いで抵抗を見せる闇に対して、リンの中に潜むお喋りが切り札を使用する直前だった。


 ――そっちも行けよ。ここが決着じゃねえし、また怖い人にボコされんぞ。……ああそうっ! 無茶やってると思ってたけどソレ目当だったの! なんだよもーさぁー、きみは相変わらず頑固だねー。


 お喋りは腐れ縁となる駄々っ子に挑発を忘れず、自身の存在がバレないように、しかし大いに笑いながら引っ込んで行った。勝ち目の無い戦いでも諦めずに立ち向かうなんて、最高にカッコイイじゃないか。


 全盛期に比べればひん死と変わらぬほどに弱体化しているとは言え、相手が相手。そのくらいは笑ってやろうと思って。


(うるせーぞ! こっちが気持ちよく眠ってりゃあいい気になりやがって! いったいどこのどいつ――。ああ……?)


 そう、リンの奥底には、最近また別のなにかが潜んでいた。


 最強と、そう呼ばれた女が、他を黙らせ続けた化け物が、自分は黙って許すなどあり得なかったのだ。しかも叩き起こされるなど不機嫌もいいとこだった。そこで呆けた顔になり状況を理解すると、怒気を抑えて悲し気に眼を伏せた。


(なんだ早かったな。だがリン。人間ってのはさ、迷う生き物なんだと、俺は思ってるよ。人間に後悔は付き物だからな……。そう決めちまったなら仕方ねえけどよ)


 遥か昔、世界を恐怖のどん底に陥れた声が響き渡る。


(俺のリンに触れるな。死ね)


 そんな声に似合わないほど、真っ白な日輪が解き放たれた。それがリンの魂から零れ出ている炎を纏い、特大の火輪となって暴れ狂う。全てを燃やし尽くすのに時間は掛からなかった。


 しかし完全に殺せた訳では無い。慟哭が木霊する中で、闇は自身の一粒を奥底に隠した。


 必ず、復讐を誓って。


 リンは自分の中でこれほどのバカ騒ぎが起こっていても、ナツメとの談笑に夢中で全く気付かなかった。だが切っ掛けを作り、しっかりと自分の力で戦った。本当ならばそれだけで済んだ話でもある。どのみち勝ちは勝ちだ。


 リンが迷いを断ち切った事で、魂が本来の輝きを取り戻す。


 真っ赤に燃え盛り純粋な力となり、リンを押し上げた。


(結局おまえは、人が好きなんだよな。まあそれでも……。いやいいんだ。まずは、おめでとう)


 リンの魂に以前の淀みは無い。


 シロはそれを祝福する。おめでとう。女はそれを悔いる。ごめんなさい。


(俺は本当に最低だよな……。だからリン。だから、いつかきっと――)


 ――俺を殺してくれ。

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