21話 その味

 時間が経ち続々と集まってくる探索者達が、荷台に座っているリンとシロを怪訝な表情で見ていく。


「おい、お前等どういうつもりだ? なんでそこにいるんだよ」


 ふたりに声を掛けた男は、単純に疑問に思った。


 この車両はエリアのすぐ側まで巡回する予定のトラックだからだ。どちらも探索者の初期装備と言ってもいいAフロントソードを持っている。だがひとりは防護服すら着ていない。まだ駆けだしに見える子供に声を掛けるのは、この男にとって自然な行動だった。


 男にそう言われても、リンには分からない。自分も不思議だといった表情で返答する。


「俺にも分からない。ここに行けって言われたんだ」


 そんな様子から、完全に役立たずを見る目に変わった男が声を荒げた。


「クソっ。おい、お前等はいいのか!? 俺達はこのガキ共に殺されるかもしれないんだぜ!? なんで何も言わねえ!」


 水を向けられた別の者達がはやし立てていく。出発前の暇つぶしには丁度いいだろうと。


「なんで俺までそのガキに殺されなくちゃいけねんだ? その言い草だと、自分の身もテメエで守れねえからこの依頼受けてんだろ。だったらテメエも役立たずじゃねえか」


「子供のおもりが必要だなんて、憐れな奴だな」

「確かにな。俺ならそんな事、死んでも言えないよ」

「おいおい放って置けよ。可哀そうじゃねえか」


 明確に揶揄われた事で、男の関心がリンから移った。


「何言ってんだ。知らねえなら教えてやるよ。エリアが活性化してるってんだぞ? コロニケに新しい建物がわんさか建ってるってよっ。胞子の濃度も尋常じゃねえ。そりゃモンスターも溢れ出てくるって訳で、そんな中で都市から出るんだ。足手纏いを警戒しない理由があるのかよ。それともなにか? まさかそんな事も分からねえのか……!?」


 言っている事は正論で、だから低難度の車両は少なく、埋まっているのだ。


 活性化しているエリアに行くなど自殺行為に過ぎない。まだ生きていたい者からすれば、自身を未知から遠ざける事で生存の確率が大幅に上がるのだ。


「誰でも知ってることを、得意げにベラベラと。いるよなぁ……ああいう奴って。自分を玄人だかなんだかと勘違いしてるの。よく今まで無事だったもんだ」

「なに、それだけ運のいい野郎ってことだ。どれ、俺達もあやかるとするか?」

「そりゃいいね。神も仏も死んだ世界だ。生き残れるなら何だっていいっ、てなもんだっ」


 勿論それは稼ぎの低下を意味する。探索者はリスクをリターンに変える職業である。安全に安全にとそれを追い求めた結果、生き延びられるかもしれない。


 だがそれは、じわじわと首を絞めているだけに過ぎず、


「分かった分かった。そうだよな、テメエは猫の手も借りたいってんだよな」

「あー全くだ。ヒヒッ、そいつの、言う通りだ」

「何を分かったって!? ええ! 馬鹿にしてんのかお前等!」


 いつしかその余裕は無くなっていく。


 しかしこんな時くらいはいいだろう。そう考える者が大半だった。


 リンは男の言っていた事に聞き入っていた。シロから情報が大事だと聞かされて、やはり格上の探索者は違うと。自分その手の情報を仕入れる為に、ネットの使い方を学ばなくてはいけないだろうと。


 リンは分かっていない。


 情報が大事だと言った自称大天才は、いま誰でも知っている都市の状況を知っていないのだと。


 怒鳴ったことで余裕を取り戻していた男が、戻ってリンに関心を示す。


「おいガキ、レベルは?」


 リンは思考を中断して、凄い探索者に向けて言った。


「10だ。昨日から探索者になった。よろしく頼む」

「……嬢ちゃんは?」


 大天才は最初から騒ぎに興味が無く、何も聞いておらずに黙ったままだ。


「おい、そっちのレベルだよ。きい……、それは酒か?」


 あまりの事態に固まってしまった男は何も言うことなく、イカれた女の反対側にある席に座った。


 男の常識には、酒を飲んで都市から発つ。という項目は無かった。


 荷台の騒動は、男が黙った事によって収まった。そろそろ出発の時刻も近い。みな集中する為に、これ以上の騒ぎは御法度だと分かっているのだ。そこで運転席にある小窓が開いて荷台に声が響く。


「これより7号車を出動させる! 最近はフィールドですら物騒だ! 各員の奮戦を期待しておく!」


 フィールドがいつから物騒じゃなくなっていたのか、荷台に乗っていた探索者達は笑い出した。それで緊張をほぐし、依頼に集中する。大きい車体に見合うだけの大型エンジンが唸りを上げて動き出す。


 振動が荷台に伝わり、リンは僅かに姿勢を崩してしまう。それをシロが引っ張って受け止めた。


「なんだぁー? そんな面倒な真似しなくてもさあ。素直に言ってくれれば、いくらでも抱き締めてやるけど」

「悪かった。最初からこんな調子じゃあ、シロも先が思いやられるよな」


 リンは足でしっかり自分を固定すると、真面目に答えた。シロは何も言わずに足を組みなおした。


 出発したトラックの車列は、順調に都市から進んでいく。ある程度行った所で車列が別れて、都市とフィールドの境に、フィールドの奥地に、指定エリアの外周を目指す。


 男と職員の話通り、さっそくモンスターと出くわした。だが座っていたのとは反対方向で、一向にリン達の獲物は現れない。反対側に出現しているモンスターも素早く狙撃されていく。


 警戒していた割りに仕事が無く、暇になってしまっているリンだ。


 最初に声を掛けてきた人は、これを予期していたのだろうか。やっぱり凄い人だったと思いながら過ごしていると、モンスターの反応がこちら側に現れた。


 このトラックには、情報集積機が取り付けられている。最初に自身の情報端末をかざすのは、その機器と連携する為でもあった。リンが端末に表示された情報から敵を探す。


 探索者ギルドは、モンスターという人類の脅威を正しく認識している。


 巡回に使われる大型トラックには、高価なギミックがいろいろ仕組まれている。その一例として、搭載されている索敵機器も相当に高性能だ。モンスターの反応があっても、目視で確認出来る距離になるまでは時間が掛かる。


 ようやく正体を現したモンスターは、エリアの奥地にいてもおかしくないような大きさを持っていた。


 まだまだ距離があり、常人の目には豆粒にしか見えていない。だが、リンには十分だ。一度目を閉じてから深呼吸し、受信帯とやらを意識して集中する。そうしてよく見れば、そのモンスターに見覚えがあったリンが問い掛けた。


『なんだ? あれもスレイブウルフって奴か? 俺を追いかけてた奴と、全然違うような気もするけど』

『俺が吹っ飛ばしたヤツか? それなら同じだ。モンスターってのは進化するからな。エリアの奥地で生存競争に打ち勝って、血肉と胞子を食らって成長するんだ。まー他にも、いーっぱい理由があるけどなぁー』


 シロは見もせずに答える。少なくとも、リンにはそう見えた。


 あの凄い探索者も言っていたし、キャシーだってそうだった。胞子とは一体、何なのか。そんな事を考えるのは後だと、リンは集中する。こちらを補足したであろうモンスターが全速力で走ってくるのだ。


『モンスターには大体の場合、弱点が設定されてる。だがそんなものは関係ない、心臓か頭をブチ抜いてやれ。割と頑丈そうなヤツだし、その銃で致命以外撃っても意味ねえぞ。がんばれよー』


 情報は大切。その姿勢を見せるべく、リンは真剣な態度を取る。


『そういう情報って、結構重要じゃないのか? それに、弱点がそのふたつって事じゃあないのか?』

『そんなのはどうでもいいことだ。俺やおまえにはな。いいから集中しろ。弾を当ててえなら敵をよく見る事だ。まあ俺は眼を瞑ってても当てられるけどな?』


 どうやら、どうでもいいらしい。


 リンは呆れ顔で銃を構える。その様子を見ていた他の探索者がまだ早すぎると嗤った。どの銃も有効射程内だからといって、当たるかどうかは別問題だ。平地でなら、問題なく当てなければいけない距離だが。


 リンが照準をモンスターに合わせた。


『んんっ、これは難しいなー。やっぱり揺れはキツイ』


 当然のように揺れる荷台は、それを許さない。


 足から伝わる振動が体を揺らし、腕をブレさせる。ちらちらと照準内に映るモンスターを見て、これでは駄目だと体を固定する。そのまま荷台が揺れる一定のリズムに合わせて引き金を引いた。


 揺れや反動をものともせず、続けて引き金を引いていく。


 撃ち出された弾丸は正確にモンスターの眉間を貫通し、二発目が胸を引き裂き、三発目が心臓を穿った。それぞれの弾丸で大きく体勢を崩したモンスターは、全速力で走っていたエネルギーを保ったまま滅茶苦茶に転がって死んだ。


 ――殺してやったんだ、もう二度と動かないよ。あそうだ、人間に続いてモンスターの初討伐おめでとう。魂はこっちで解放しておくから。よし、じゃあまたね。これからも頑張って。きみは面白いし、応援のしがいがあるなぁーまったく。それだけに残念だ。そのままだと、ずっとそこ止まりだよ?


 いくら新しく追加されようが、リンの魂は黒く染まったままだ。





 殺したモンスターを見て、リンがゆっくりと息をはく。さっきからの激しい頭痛はそれで少しだけ収まった。リンにも聞こえないお喋りの声を他所にして、シロは真剣な表情で考え込んでいた。


(ちゃんと当てちゃうんだ。しかも速度が出てる車上でど真ん中……。まだ数日しか訓練してないのに、明らかに異常だな。またなんかデカくなってるしさ、リンのヤツどうなってんだ? 相変わらずイカれてんな)


 実際には、リンが地力で命中させたのは最初の一発だけだった。発砲の反動を完璧に制御するのと、相手の体勢が崩れてズレるのを想定できていなかったのだ。


 当たり前だが初心者にしては異常すぎる精度だ。


 ここでリンが一発目から外すようなら、シロは手を貸さずに高笑いで締めるつもりだった。これはシロが僅かに補正を掛ける程度で済んだ、リンの実力の高さの証明だ。


 おまけに潜在能力は突き抜けている。こんな程度の狙撃は、また明日には完璧にこなしてみせるだろう。恐らくそれだけの狙撃を成功させても、リンの成長曲線はほとんど垂直のままだ。


(戦闘技能に偏ってるのはスラム育ちとトラウマが原因か? あんまり贅沢は言ってられないか、なんか楽しそうだしな)


 狙撃に成功したときリンが微かに笑っていたのを、シロは見逃していなかった。 


『やるじゃないか。この程度は余裕らしいな』

『ああ余裕だ。当たり前だろ?』


 リンは軽く答えたが、実際にはギリギリだった。


 頭痛がしたのは、受信帯とやらを使ったせいだと思う。気になってシロを見ると、出発した時からの姿勢そのままだった。この揺れる荷台で酒を飲んでいるというのに、振動を感じていないかのようだ。


(ああそうか。ちゃんと協力してくれるなんてさ、言ってくれればいいのに)


 シロが何をしたのかリンには分からなかったが、違和感はあった。二発目からは確実に外したと思ったからだ。


 その後はモンスターなど現れず、都市へと帰還していくトラックは、気を抜いた探索者達によって賑わっていた。そんな時、最初に声を掛けてきた男がリンに近付いて来た。


「行きの時は悪かったな。お前は立派な探索者だ。お互い、生き延びられるように頑張ろうぜ」


 男はリンの射撃を見ていたのだ。異常とも取れる精度でモンスターを殺したあの射撃を。それは別の者も同じで、リンに懐疑的な目を向ける者はいなかった。


「ありがとう。俺も無事を祈ってるよ」


 差し出された手を掴み握手を交わす。リンが本当に感激しているところで、トラックが広場へと戻って来た。行き同様に並んで、情報端末をギルド職員が持つ機械にかざした。今度は依頼の完了証明だ。


 リンの初仕事はこれで終わった。まるで平凡そのもので、現れたモンスターを殺しただけである。


 だが正確な内容は、とてもレベル10の探索者とは思えないものだった。


 リンは達成感に身を任せ、硬くなっていた体を伸ばして解放する。ようやく緊張がほぐれ、息をついて精神的な疲労も一緒に吐き出す。多少痛かった頭も、すでに治っていた。


「やったな。これで流れは分った。シロ、俺にも依頼の受け方を教えてくれよ」

「だめー、そっちは俺がやる。リンばかり活躍させられないからな! それに? ちてき労働は俺みたいな大大天才の特権だ。ハッハッハ!」


 ポーズを取って高笑いしたシロは頭がいい。リンのノートに、新たなる文字が刻まれた。


「そうだな。じゃあそんな大大天才に、俺がクレープを奢ってやるよ。食いたかったんだろ?」


 自分も食べたかった事を棚に上げて、両手をやれやれと広げて提案する。屋台の店員に注文する時リンは少し得意げになった。もう前の自分とは違い、出歩くのに困る事もないだろうと。


「えーっと? 俺はバニラアイスで頼む。支払いはカードで」

「おにーちゃん、わたしデラックストッピングね!」

「はいは、んっ!? 店員さん、妹の言った通りで頼む……」


 探索者カードを提示したリンが支払いを済ませ、注文したクレープを受け取る。先程の稼ぎは無くなった。基本給に討伐ボーナスまで付いていたのに、シロが頼んだものは目を疑ってしまうような値段だった。


 シロは頭が良く、残高が丁度0ロッドになるように計算もできる。自分にはそんな考えなど思い付かなかった。大をもうひとつ与えてもいいかもしれない。


 端末に映し出された口座の中身を見て、ため息を付いたリンが事態を嘆く。


「なんでこうなるかね。まあいいや。シロ俺にも少し分けてくれよ」


 シロが手で抱えているクレープを見て、自分が手に持っているものと比較した。


 依頼の準備とは、そこまで大変な事なのだろうか。


「じゃーこれ。ほら、きっとあまくてうまいぞ」


 シロは自分のクレープからリンゴの薄切りをリンに渡した。惜しむような顔で白いホイップを乗せて。


「ああ。ありがとう」


 その顔でたったこれだけなのか。そう思ったが、気にしない事にした。


 自分も早く食べてみたかったからである。


 実演販売のクレープは目の前で焼かれた。漂う生地の匂いに腹を鳴らし、早業でカットされたのにも拘らず美しく均一になったフルーツ達が、ホイップやアイスの上で踊っていたかのようだった。


 リンには味など想像出来なかったが、うまい事は間違いなさそうだった。


「……っうまい! あまい! つめたい! なんだこれ旨いぞシロ! あーそりゃ、みんな頑張って生きる訳だ。スラムで生活なんて馬鹿らしいよな」


 甘いとは、そんな味なのだ。リンはその事をかみ締めた。知らない事をひとつ知ったリンは、思わず苦笑が零れてしまう。


「大げさなヤツだなーおまえは。……、口の周りがクリームだらけだぞ?」


 追加のフルーツと真っ白なホイップを渡そうとしたシロは、リンの顔を見て心臓の鼓動が早くなった。クレープの味など感じている場合では無くなった。


 今すぐ抱き着いてやりたいが、今も笑顔で食べてるクレープを台無しにされたら、流石のリンも口を聞いてくれなくなるかもしれない。目先の利益に飛びつく大大大天才ではないのだ。こんな事くらい、余裕で耐えられる。


 深呼吸しながらクレープを頬張っているシロをじと目で見て、そっちこそ大袈裟なと思っていた。ついでにシロも顔中ホイップだらけになっていた。


「アッハッハッハ! なんだよその顔は! ああそうだ。シロ、名前負けしてないぞ」

「んぶっ……! リンこそ、おまえこそだ! いいか!? こっちは食べるのが大変なんだよ! ちびっこいの食ったくらいで顔なんか汚しやがって!」

「――なっ! おい何しやがる! まだ食うつもりかよ!? ああもう、離れろ!」

「ええい! おまえが悪いんだぞ!? いっつもいっつも俺を……っ! ああそうだ! だからこれは没収だ!」


 クレープを巡っての大乱闘だ。


 微笑ましく見える光景は、どちらも銃を背負っていなければ完璧だったのかもしれない。上位区域の一画で行われているのなら、更に良かっただろう。残念ながら、この世界はそうならない事が多い。


 クレープを食べ歩きするふたりは、そんな様子を周囲に振り撒いた。その光景を見たひとりの少女が、今日のおやつはクレープにしようと、決定打にするだけの広告力はあったようだ。


「美味しそう……。私も食べようかな」

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