15話 化け物

 今から的がやってくる。その言葉をシロから聞いたリンは、当たり前のようにモンスターでもやってくるのかと思っていた。


 だが、それではシロの反応の意味が分からない。


 もしかして、相当強いモンスターなのだろうか。この付近にはシロが警戒するようなモンスターはいなさそうだが、自分がそう思っているだけかもしれない。リンの頭の中で、様々な考えが浮かんでは消えていく。


『モンスターか。実戦は初めてだからな。うまくできるといいけど』


 言いながら、リンは自分の状態を確認していく。心臓の鼓動がうるさい。呼吸も不規則になり始めて、頬には冷や汗が一筋流れて背中は湿ってきている。それに体の感覚がおぼつかない。本当に自分は、いまここに存在しているのか不安になってくる。


 シロはリンの様子を見て、軽く揶揄い掛けるように話す。


『リン。俺がいつモンスターだって言った?』

『えっ? じゃあなんだ。まさかエリアってのは、瓦礫でも動き出すのか? 自分で言ってて思ったけど、それモンスターじゃないの……?』


 女はまた、この世界と自分を呪うことになった。ああほんとに、仕方ない事だと。


『ハッハッハ! それだったらおもしろいな! でも残念ながら、そうじゃあない。……今からここに来るのは人間だ。そいつ等を殺す。リンにできるか?』


 そうか。本当は分ってたのかもしれない。認めたくなかった、ただそれだけだったのかもしれない。


『なに言ってんだ。でも理由を知りたいな。いきなり撃つってのは、流石にな』


 リンは、当たり前のように振る舞った。


『すでに相手は、もう何時間も後を付けて来ている。その理由も、何か心当たりがありそうだな?』

『そうか。どうすればいい』


 全く知らなかった。ならば自分は、すでに死んでいたのだ。だからリンは遠慮無く頼る事にした。


『重要なのは位置取りだ。まずは有利な場所を確保しにいく。相手の装備に、あの建物を破壊できる物は無い。下手に動き回るより、固まるんだ。それに相手は油断している。こんな子供ふたりに負ける訳は無いと。当然、相手は今のお前より格上だ。まともに戦ってたら死んでたな。さらにそれが5人。生存は絶望だ。相手を説得するより、殺した方が早いからな』


 自分より強い人間が5人。すでに敵対済みで、それに全く気付くことが出来なかった。リンは一瞬反省したような顔を見せた後に、舌打ちして自分のやってしまった事を後悔する。


『多いな。200万ってのは5人で分けても……、たくさんあるし当然か。しかもモンスターじゃなく、俺みたいなガキが背負ってるんだもんなぁ。そりゃあ狙われるか。やっぱりギルドであんな事するべきじゃなかった。あれはきっと、シロにあてられてたんだ』


 リンは愚痴を零しながら進んで行き、建物の扉に手を掛けた。


『なにいってんだよ。200を割って40じゃない。ほかの奴の頭をかち割ってそっくり200だ。くはっ、はははッ、ハッハッハ……! なにやってんだ? おまえが動かないから警戒されてるぞ? それと、算数も必要みたいだな』


 扉を開けて中に入る。


『それはシロの想像だろ?』

『おまえに算数が必要なことがか?』


 すぐに閉めて鍵を掛ける。


 ガチャリとした音。


 人を殺すのも辞さない連中だ。自分はシロから話を聞いただけでそう判断した。なのにどうして、相手が仲間思いの奴らだと勝手に思ったのか。そうだ。自分はそれになにか、何か理由が、きっとあるはずだと。


 例えば探索者だ。モンスターに深手を負わせられた仲間の為に、治療代が欲しい。だが金が無い。追い詰められていて、そんな時、自分みたいな子供が金を背負っている。仕方ない。だけどごめん。殺されてやる訳にはいかない。自分にも目的があるから。仲間がいるから。だけどシロの言うように、そんなものなのかもしれない。


 そうだ、自分は何を言い訳していたのか。うだうだと言っても結局は、


 ――じゃあ殺しちゃおっか。


 リンは薄暗い建物の中にある、5階まで続く長い階段を登り終える。


 襲撃者が居る方の壁に背を付けると、その時を、じっと息を殺して、ただ静かに待ち続けた。





 男達はエリアに向かう、イカれたガキのふたり組を追っていた。


「さっきからまるで動く様子がねえぞ? どうなってやがる。エリアに行くんじゃなかったのか……?」


 双眼鏡を覗いていた男が、エリア外縁部で動かずにいるガキ共に痺れを切らして愚痴を零した。


「ちょっと索敵が長引いてるだけだろ? 慎重なのはいい事だ。長生きできる」

「そんなことは分ってる。俺が言いてえのはだな? 誰か俺と変われって事だ。それが分かんねえのか!?」


 この男はずっとガキ共の監視を任されていた。そろそろ休憩がしたくなってきたところで変わり者に絡まれれば、声も荒げてしまう。この自称玄人志向の男はいつもそれらしい事を言うが、恐らくこのパーティーで一番役立たずだ。


 もっと言えば、探索者レベルがそれを証明しているのだ。だが、こいつには監視を任せられない。一見すると子供にでもできそうな仕事だが、油断はできないからだ。そう考えて、内心ため息をつく双眼鏡担当。


「へっへっへ……。おい、お前が代わってやれよ?」

「何故俺が変わる必要がある? お前こそ代わってやったらどうだ?」


 男は愚痴を零した事を後悔した。発言には気を配らなければならない。特に、こういう事態の為に。


「もういい。俺が悪かった。だからそれ以上はよせ。あいつらがエリアに入って行った時にも、それをやるつもりか?」


 それで男ふたりは黙る。だから女を見た後にこれでは、自分は不幸だ。あのガキが羨ましい。双眼鏡男がそう思っていると、代わりに別の者が話かける。


「お前さん。少し休むか? 確かにそれは気付かなかった。すまんな。これからエリアに入るかもしれないのにさ、疲労が分散されてない状態は健全とは言い難いだろう」


 変わり者、無鉄砲、無口。そんな中にいる唯一の存在は、全くもって普通なのである。


 その事を嚙み締める日がくるとは、男は久々に優しさを感じた。


「なに、いいんだ。ほら見ろ、奴ら動き出した。……おいお前ら、出発だぞ」


 男達はガキ共に続いて、エリアに侵入していった。


「どこまで行くんだ? 俺はてっきりこの辺りで用事を済ますと思ってたんだが。あれじゃあ長生きは出来なさそうだ」

「そっちの方が都合がいいなあ。そうは思わないか?」


 玄人志向の男に続いて、無口な男はそう零した。もっと奥まで、もっと奥までと、そう願いながらほくそ笑む。


「なんだ。ずっと喋らないと思ったらそれか。……あのガキ共はここにヤリに来たんだ。今まではそう思っていたが、それならここら辺でもいい筈だ。だから俺は考えた。そうだ、あいつは痕跡を彼女に自慢しに来たんだとな」


 また何か始まった。


 4人はそう思ってげんなりした。無駄口を終わらせてもいいが、それが口論の元となり、火種が燃え盛るかもしれない。流石にいま他人の銃口を気にするだなんて、誰もしたくなかった。案外、自制が働く無鉄砲だった。


「……つまりだ。あのアイテムバッグは、そこから取ってきた物なんだ」


 結局、大した事は言っていない。


 たまたま子供がエリアに入ったその日に修復された建物が、更に偶然にもアイテムバッグを補充していた。スラム街の恰好をしていたのはその為で、ただ幸運を掴んだ者である。


 修復されたばかりなら痕跡が大量に、バッグのように価値ある痕跡も存在する場所がある筈。その痕跡を売って、装備を整えたガキは女を連れてまた戻っていく、その最中であるという話。


 パーティーに変な奴がいる不幸を嘆く双眼鏡男。覗いたガキに抱いた羨ましいという感情は、段々殺意へと変貌していく。


 いい加減に我慢の限界が訪れそうな無鉄砲男は、変わり者に殺意を抱く。ここから生きて帰れると思うなと。


 やっぱり馬鹿ばかりだ。こんな連中に付いて行くハメになった噂の元凶を許せず、無口の男は怒りを募らせる。


 普通の男は普通に話を聞いて、変わり者の話を山ほど添削していった。だが、わざわざ揉める為に答案を返却する事は無かった。


 変わり者の男はパーティーの誰からも反論が無かった事で、推察を確信へと深めていった。どうやら、ぐうの音も出ないらしいと。


 噂に釣られて形となったこの即席パーティーは、それぞれが様々な考えを持って展開されていく。だが自身の実力不足を睨んで集まったのに、これではひとりで行動した方がマシだった。という考えだけは全員が持っていた。


 そんな彼らは今だけ忘れていた。ひとりでエリアに行くのは、怖かったのだと。


「ガキ共が止まったな。へへっ、あの建物なのか? 痕跡がざっくりあるって言うのはよぉ? 確かに、他に比べて真新しいぜ」


 止まったガキ共を見てその先にある建物を確認した男達は、判断を迫られていた。


「……、俺は待つに一票だな。あの建物にモンスターが入り込んでない保障はないし、乱戦はごめんだ。今まで通り、じっくりいこう」

「良い判断だ。少し待ってからでも、遅くはないだろう。索敵の結果では、周囲にモンスターはいないと出てる。時間はまだある」


 双眼鏡を任されていた男と、変わり者の男が待ちに回った。そこに微妙な判断の差はあったものの。


「おいおいおいおい、そりゃあないぜぇ? 俺はもうこんな事終わらして早く帰りてんだよぉ! おいあんた! ガキふたり殺すのなんざ、ワケねんだろ? 当然、こっちだよなぁ?」

「お前さんに流された訳じゃないと言っておくが、俺も攻撃側だ。言った通り、ガキを殺すのなんざ訳ねえさ。だが今モンスターにでも襲撃されてみろっ。俺達は生き残れない。そう思ってる」

「攻撃だ」


 多数決で決まった判断に従えないのなら、ここを出て行けばいい。だがせっかく金が手に入る予定なのだ。降りる理由など、誰にも無かった。それに今から、ひとりでエリアを帰って行くなど。


「仕方ない。さっさと行って終わらせる。それにも一理ある。ガキなんざ始末して、中のお宝を頂いちまおう。幸いどれだけ痕跡を詰めても、何ともないバッグをあいつは背負ってるんだ」

「これだから死にたがり共は……。まあいい、相手のガキはこちらに気付いてる様子を見せないしな。つまり、――電撃作戦だ」


 いちいちうるさい奴だとパーティーの判断が固まってきたところで、イカれたガキが扉の前で立ち竦んだ。


「何をやってるんだ?」


 変わり者の男に、一筋の冷や汗が流れた。何かがある、そんな予感が呟きとなって現れた。


「何してるんだお前さん。決が出たんだ。さっさと陣形を組めよ」

「……分かった」

「へっへっへ……。やっぱりお前、あの時帰っておくんだったなぁ? それで戦えんのかよぉ?」


 男達は陣形を組んで、ガキ共が入り込んだ建物へと近づいて行った。数分後、建物との距離は大分近づいて、中の様子を索敵できるようになった。


「おいっ、様子はどうだ?」

「異常無し。静かなもんだ。唯一ある反応、まあガキ共だな。同じ場所から動かねえ。こりゃ、ここがゴールで間違いなかったな」


 ここはエリア内部だというのに、胞子濃度が奇妙な程に静かだった。


 目には見えずとも、索敵の邪魔をする目障りな存在は消え失せている。双眼鏡担当が持つ索敵機に表示されている胞子濃度は、ゼロの値を示し続けている。イカれたガキ共に続いてエリアに侵入した時からだ。その索敵機は安物だが、ぶっ壊れてしまっている訳でも無い。


 明らかに異常だ。


 だが、少し頑張れば、ガキ相手に油断しなければ気付けた程度の事に、神が微笑むなどあり得なかった。


 平等に訪れていたチャンスは、どちらもすでに使い切っている。男達は提示された機会にせっかくの目星を活かせず、ガキ共がこちらに気付いている可能性を排除してしまった。


 モンスターを相手にするよりは楽な仕事だと勘違いしたまま、油断したまま、地力の勝負に入っていく。


「へっへっへ……。俺は優しいからよぉ? 最高の気分ってまま昇天させてやらぁ。へっへ゛ッ!!」


 頭を撃ち抜かれた無鉄砲な男は、笑い声が最期の言葉となった。それが最高の気分だったかどうかまでは、分からないが。


「これは罠だ! クソッタレあのガキ共! 散開しろッ! っうぐ……ァ!」


 次弾を狙うまでにあった猶予を立ち止まり、無駄な言葉を放つために浪費した双眼鏡担当の男は、それで死んだ。優しさに触れていなければ、最適解を導き出せた筈だ。少なくとも、このパティーで一番強い人間に間違いは無かったのだから。


 言われずとも、撃たれた時点で散開していた生き残り3人は、それぞれが最も近くの瓦礫に身を潜めた。だが適当に選んだ壁である。その効果を発揮してくれるかどうかは、分かっていなかった。


 またそれは、相手の索敵能力を低く見積っていた為に起きた、不幸な事故だった。


「クソクソクソッ! どうする! 生き残りはいるかっ!? 返事しやがれッ! んあ? なんだ、これっ……」


 普通の男は、壁を貫通した弾によって頭を撃ち抜かれて死んだ。壁を貫通して射貫かれるなど、まるで普通の死に様では無かった。


「おい降参だ! 悪かった! 助けてくれ! 俺が悪かった! だから助けてくれ! おい、きこえっ! ……な、ん」


 仲間達が一瞬とも言えるうちに死んだ。


 そんな光景を見て恐慌状態に陥った変わり者の男は、銃を放り出してから瓦礫に身を潜めるのを止めて、姿を現して降伏を申し入れた。それが、運の尽きだった。少しの冷静さがあれば、自分達の行いを思い出して、意味が無い事を分かったかもしれない。


 死人の言葉を聞く必要など、無いのだと。


 エリアでは、判断を誤った者から死んでいく。そう知っていた無口の男は、これ幸いと変わり者の男を囮にして走った。冷静に敵の射線を見極め、そこらを徘徊しているであろう、モンスターにも警戒しながらだ。


 そうして、もう少しでガキが背負っていた銃の射程から抜ける。あの角を曲がれば、イカれたガキとは完全におさらばだ。


 だが角の先には、まったく知らない女が壁を背に立っていた。


 今はどうでもいいと脇を抜けようとするが、声を掛けられた。


「おいお前。どこへ行く。まだ勝負が付いてないだろ? さっさと戻れよ。相手はガキひとりだぞ? お前なら勝てるかも……」


 男は言われたことを理解出来ず、立ち尽くしてしまった。


 無口の男が理解すると同時、あの地獄に戻るなどごめんで、ならばこの女を殺してでも押し通ろうとする。相手も銃を背負っているが、まるで強そうには見えない。その恰好はエリアという危険地帯を鼻で笑っているかのようで、まるで自分が追いかけていた少女に似ていた。


 そういえば、どことなく面影があるような。


 頭で考えている事とは関係なく、体は勝手に動いていた。この距離で構えはどうでもよく、最短で取り出し、銃口を向け、引き金を引くだけだ。ここ一番だと言わんばかりに、無口の男は今までの人生で最も冴えていた。銃を取り出す動きも、かつてない程だった。


 一番無鉄砲だったのは、この男だったかもしれない。


 次の瞬間、男は異常を目撃した。


 女は確実に着弾したというのに、何事もなかったかのように突っ立っていた。体は勿論、服にすらも穴は開いていなかった。男の脳裏に、この銃で数々のモンスターを倒してきた経験が浮かび上がる。


 だからそんなことは、あり得ない。


「なんてことは、あり得ないな? まあ願いが叶うってのも、あんまり気楽じゃないけどね。お前に分かるか?」


 普通の人間は銃で撃たれれば死ぬ。魔法使いだって、それは例外ではない。モンスターだってそうだ。


 化け物は、


「んっ? なんで撃った……ああそうか! 戦いに理由なんて無いよな、忘れてたよ。あいつが、そう言ってたのにさ……。礼を言う、ありがとう。いやなに、忘れてくれ。お前がふたり目になるのを祈っているぞ。人間なら、化け物を殺してみせろッ!!」


 満面の笑みで嘯いた。

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