12話 不確定な魂

 ルビナの店から出てフィールドまで来たリンとシロは、都市が見えなくなったところで立ち止まった。


「よーしリン。ここら辺でいいだろ。この銃の性能に関しては、さっき話した通りだ。ちゃんと覚えてるかなー?」


 リンが背中に担いでいる銃、Aフロントソードを手に持つ。モンスターを殺す為に設計された銃は見た目以上に重い。拳銃しか握った事が無いリンは、その違いに驚いている。


 ここから更に弾が込められた弾倉を取り付けるのだ。まるで重労働で、こんな重い物を握りながら、振り回しながら、発砲時にはその反動に耐えながらモンスターと戦うのだ。探索者とは凄い存在だ。


「性能って言ってもな。大した事は言ってなかっただろ? 有効射程は500mでセミオート、フルオート切り替えが可能。………って話だがな? 大体500mって、どのくらいだ? そんな距離当たる訳ないだろ」


 はなから無理だと決めつけているリンに、シロがため息をつく。実際500m先など常人には不可能だ。つまり探索者には可能だという事。それでも、経験を積んだ熟練の探索者でもないと無理だろうが。


「当てるんだよ。じゃなきゃ死んじまうだろうが。まあその為の訓練だ。でも訓練だからってサボってたら、俺にはすぐ分かるからな? 気合入れろよ」

「分かってる」


 リンは真剣な表情でしっかりと頷いてから答えた。


「じゃあまずは構えを見てやろう。弾倉入れてな」


 言われた通りに弾倉を装填して、至って真面目に銃を構えた。だが真面目に構えたからといって、それが正しい方法だという訳では無い。素人が見よう見まね、どこかの誰かがこんな感じでしていたと、曖昧な記憶を頼りに再現されたものに過ぎなかった。


「じゃあそれで撃ってみ? セミオート。単発になってるよな」

「……? ああ。大丈夫そうだ」


 何故か微妙な顔になっているシロを横目に引き金を引く。音と発砲の反動が腕から体に伝わり、リンは堪らず尻もちを付いてしまう。


「うわっ! 思ったより凄いな。なあシロ、これ本当に生身で撃てるのか?」


 生意気な口だ。なかなか懲りない奴だと思う。そのくらいの方がいい。のかもしれない、とも思う。


「当たり前だよ。そんな構えで撃てばそうなるに決まってるだろ? 大体、足に全然力を入れてなかっただろ……。どうしてそれでいいと思ったんだ? それと、目を瞑るな。ちゃんと開いていろ。いいな?」

「……、ああ。分かった」

「俺がやるから、よく見てろよ」


 シロが背負っていた銃を構えてお手本を示す。リンもそれを見て自分の構えを修正していく。最初からこうしていれば良かったのではないか。湧いてきたそんな考えを、今は邪魔だと吹き飛ばす。


 銃を構える訓練が続く。既にシロからの指摘は数えきれない程になる。腕や脚の位置、向き。それが終わると、今度はからだ全体の力の入れ具合。重心がどこにあるのかを意識されたりもした。


「なんでそんな事まで分かるんだ……?」

「なんでだろうな? でもそんな事考える余裕があるなんて、俺は優しすぎたかな?」


 立ち姿勢が終わると、今度は片膝を立てた状態で、次は俯せた状態での構え。様々な指摘が飛び、リンはその度に自分の未熟さを思い知らされる。


「これはヤバイな……」

「もっと重い銃なんか、いくらでもあるぞ」


 銃を構えるという訓練だけで、どれだけの時間が経過したのだろうか。ここに時計は無いが、太陽はある。着いた時にはまだ高かった太陽も徐々に低くなってきており、それが経過した時間を表していた。


 リンの体には大分疲労が溜まっていた。長時間の緊張とストレスのせいで、精神的にもダメージを受けている。


 そんな甲斐あってか、構えは素人から脱出した。


 もう5分以上も立ったまま銃を構えて、同じ姿勢を取り続けるリンを見ると、シロが威勢よく告げる。


「よし撃て!」

「了解だ!」


 Aフロントソードを構えたリンが引き金を引く。一発目の時とは違い尻もちを付くことなどあり得ず、その反動で体がぶれる事すら無かった。銃声が響き、放たれた弾丸はまるで空間を引き裂いているかのように、どこまでも飛んでいく。硝煙の余韻だけを残し、フィールドの彼方へと消えていった。


「次はフルオート! 全弾撃ち尽くせ!」

「了解ッ!」


 銃の発射設定を切り替えると、引き金を……引けなかった。


「おいシロ! 弾がもったいないだろ……!? 今回はお試しって事で、そんなに買ってないだろうが」

「リンなんだよー。いいとこだったのに。ケチケチするなよ」


 訓練中の張りつめた緊張が途絶える。リンは体が重くなっている事に気付いた。正直指一本動かしなくない気分だ。背中にはじっとりと汗をかいて、服が張り付いて気持ち悪い。銃の安全装置を付けると、その場に寝転んだ。


「ちょっと休憩だ。もう無理。動けない」


 青い空を見上げていると、体の痛みがだんだん心地よい疲労に置き換わっていく。自分もこれで少しは強くなれただろう。この達成感に身を任して、そのまま眠ってしまいたい。瞼は重く、次第に瞬きが少なくなっていく。次の瞬間には眠てしまってもおかしくは無い。


 気が付くと、シロが傍に寝転んでいた。


「なあリン。このままさ、ずっとこうしててもいんじゃないか」


 それもいいかもしれない。自分はなんでこんな事をしているのか。この世界は分からない事だらけだ。でも、今この瞬間を守る為にも、また明日を迎えられるように力が必要だ。今のままでは、繰り返すだけだ。


「それも師匠の務めってやつか?」


 シロが即答する。


「そうだ」

「じゃあ答えは決まってる。俺は的に一発も当ててないんだ。このまま帰れるかよ」


 シロが目を細めて、薄く笑った。


「そうか。じゃあ俺を起こしてくれないか? もう俺は疲れてくたくたでな。たまには頼むよ」


 思うところはあったものの、立ち上がってシロに手を差し伸べる。


「ほら。シロも手を出してくれ」

「ああ。これでいいか?」


 リンが伸ばされた手を掴んで力を籠めて引っ張る。思ったよりもずっと軽い、軽すぎる体は、すぐに起き上がった。理由はすぐに分かった。シロは自分から飛び込んで来ていたのだ。


 そのまま抱き着かれれば、シロは笑い出す。


「お、おい。何するんだよ」

「ええ! 何だって……!? 聞こえないぞ!」


 まただ。こんな時の為に少し考えていたリンは、それを実行に移した。


「うおおお………! なんだリン、いつもは抱き締め返してこないだろ! 熱でもあるのか!? 大丈夫か!」


 シロは抱き締め返してきたリンの肩を掴むと、慌てて押し返す。


「たまには、こうしてやるのがいいと思ったんだ。さあ師匠、訓練を頼む」

「そ、そうか。俺は嬉しいぞ?」


 どうやら有効かもしれない。これで窒息死は免れるだろう。


「分かった。やる気があるのはいい事だ。それじゃあ、あそこにある石ころが見えるかー?」


 どうやら何かを指差しているらしい。おかしな話だ。そんな虚空には何も存在していないだろうに。


「はは。シロは本当にそういうのが好きだよな。その先のどこに石ころなんてあるんだ?」

「ばか! ここから50m先にあるあの石だよ!」

「馬鹿はどっちだ……!? んなもん見える訳ねえだろうが! いい加減にしやがれ!」


 リンはそこにテーブルでもあるかのように両手の拳を叩きつける。今は訓練中で、そんな冗談を言っている場合ではないと思ったのだ。少なくとも、リンにはそう感じられた。


 それも当然の話かもしれない。Aフロントソードの有効射程500m。その10分の1ですら、リンには見る事など出来ない。ましてや、そこに存在するだろう小石を撃ち抜く事など。


「なんてヤツだ! いいから速くその索敵機で確認しろ!」


 剣幕に引くことなく、リンが腰に付けている索敵機を指差して怒鳴った。


「……、索敵機? ああこれか。さっそく役に立つなんて」


 ルビナのオススメで買った索敵機は双眼鏡タイプの製品だ。内蔵された情報集積機が周囲の様々な状況を読み取り、覗いた者に情報を視覚化させる。だが使い方が分かっていなければ、


「なんだこれ? こんなにゴチャゴチャしてちゃ何も分からないぞ」


 ただの双眼鏡に過ぎない。


「おまえがバカなだけだ。まあ、ちゃんと頑張って覚えることだな」

「ん? ああ。頑張るよ。文字が読めないと、最近は不便だからな」


 表示される文字や数字を躱しながら、シロが指差していた方へと小石を見つける為に努力した。


 フィールドには小石などいくらでも存在する。だがシロが示した50m付近となると話は別だった。索敵機の物理ボタンを操作して、今は関係無い情報を消せばただの双眼鏡。別段難しい事は無い。


 要領を掴んで来たリンが距離表示だけを残して使い、注意深く観察していく。


 探していると、なんと本当にその小石は存在した。表示はきっちり50m先。シロには一体何が見えているのか、まるで自分とは違う世界で生きている。魔法使いとは、そういう者達なのか。もしかして自分も、他人から見ればそうなのかもしれない。


 リンは何となくそう思った。なにせテレパシーなどという、理解できないもので会話しているのだ。


「なんてこった」


 思わず呟いてしまったリンの中には、結局別の疑問が湧いてくる。小石の存在は分った。だがどうやって弾を命中させるのか。この双眼鏡を降ろして、銃を構えるまでに小石の存在は無かった事になる。自分の目で捉える事が出来なければ、どうやって。


 シロに疑問を投げかけようと双眼鏡を降ろした、


 ――リンの瞳には小石が映っていた。


 魔法使いや探索者によって、崩れ去っていく常識が悲鳴を上げている。


 言葉も出せずに固まっているリンに、シロは揶揄うように言葉を掛けていく。


「また一歩、こちら側へようこそ。……魔法使いとは、火球を放ったり、氷のつぶてを発生させたり、土を変形させたり、雷を落としたりと、それだけじゃないんだ。そんなもん雑魚だ。実際には何の価値も無い。ただイメージを掴むのに役に立つというだけだ。自然現象はそれだけ分かり易いからな。つまり、魔法は想像なんだよ。双眼鏡が役に立ったワケだ」


 わざとらしく咳払いすると、更に続ける。


「今お前は、世界からの情報を受け取ったんだ。お前の中にある受信帯でな。コツさえ掴めば、俺のように後ろにも目を付けられる。それも、何キロ先までも見通せるな。もちろん? 受信帯には個人差がある。才能の有無ってヤツだな。それで、お前には俺と同じだけの才能がある。でも調子に乗るなよ? まだ常人の範疇だ。子供でもできる」


 気が付くと、もう小石は見えなくなっていた。だが、見ようと思えばまた確認できた。この感覚に慣れるのには、時間が掛かりそうだ。これが子供でもできる常識だとしたら、世界からはとっくにモンスターなど駆除されているだろう。


 多分というか、絶対シロの基準がおかしいだけだ。


「全く凄いな。口や耳の次は、目か……。俺はどこまでおかしくなれば気が済むんだ?」

「驚き過ぎて構え方を忘れていないだろうな? あれに当てるまで帰してやらないぞ? 時間は掛けないつもり、なんだろ?」

「分かってる。見る事さえできりゃあ、こっちのもんだ!」


 元気に意気込んで銃を構える。照準器を通して見えるその先の光景に、標的となる小石を慎重に入れていく。小石がど真ん中に来た瞬間に、リンは引き金を引いた。


 発砲音がフィールドに響き、打ち出された弾丸は高速で世界をかき分ける。


「こりゃあ、時間が掛かりそうだなリン! ハーッハッハッハ……」


 まるで見当違いの空へと弾が飛んでいった。シロの笑い声がフィールドに木霊した。


「あれーおかしいな? 確かにど真ん中だった筈なんだが」


 小恥ずかしくなってしまい、わざとらしく頭を傾げることしかできなかった。


「当たり前だ! おまえみたいな初心者が簡単に50m先の的に当てられたら、探索者は商売あがったりだ」


 上着のポケットに手を突っ込みながら、リンの思い上がりを𠮟り付ける。


「だったらその探索者はどうやって的に弾を? 見えてもないのに無理だろ」

「はぁリン。実際見えてんだよ」

「えっ……! その受信帯ってのが無いのにか?」


 驚きの顔をするリンに、シロは説明していく。


 受信帯とは、人間だれしもに備わっている器官である。だが言った通り、その性能は才能によって個人差が存在する事。魔法使いでない者は受信帯の存在を確認できない事。しかし誰もが、制御を無意識のうちに行っているという事。無意識に操作された受信帯は、本人には勘となって受け取られる事。


「あのルビナとかいう小娘の受信帯は、俺が見てもなかなかのもんだったな。それに、実際カンだけじゃないぞ? 集中さえすれば、数100m先の光景をその目で見れる奴も少なくないだろうな。まあそのくらいじゃなきゃ、人間なのにモンスターに対抗できるワケないだろ。あとはまあ、一番重要なのは装備だろうな。今おまえは、そんな有るんだか無いんだか分からない照準器で覗いているが、もっと高性能な物は自動で標的に合わせてくれるのもあるぞ」


 的に当てられないのは単に実力不足。まあ仕方ない。自分は初心者なんだ。いつまでもそれに甘んじている訳にはいかないが、今は一歩ずつだ。リンが金も力も足りないのだと納得していると、シロが隣に立って銃を構えていた。


「よく見てろ?」


 不敵に笑うシロが引き金を引いた。撃ち出された弾は真っ直ぐに飛んで行き、リンが狙っていた小石へと命中する。小石は弾け飛び、粉々になった。対モンスター向けの銃。その威力をまざまざと見せつけられ、鳥肌が立つ。


 銃は同じ物なのに、弾き出された結果はこうも違うのだ。


「おまえが当てられないのは、射撃時に僅かではあるが、体がぶれてしまっているからだ。それと、引き金を引くときに無駄な力が入っていたぞ。ちゃんと真っ直ぐ引かないとな。さっきまでの集中はどうした? ああ、なるほど……」


 シロは納得したかのような顔で話を続ける。


「おまえも素直じゃない奴だ。そんなに帰るのが嫌か。俺と一緒にいたいって? 照れるじゃないかよまったく。宿に戻って一緒に風呂に入ればいい話だろ? ああ、屋外が趣味なのか? 確かにこの周囲には誰もいないが、いつ誰かが来てもおかしくないんだぞ? まさか、そんな年で変態とはな」


 無言で進み出たリンが銃を構え直す。50mより先にある小石に狙いを付けて引き金を引いた。撃ち出された弾丸は正確に飛んで、小石を粉砕させた。


「なんだ。やっぱり風呂がよかったか? えらく気に入ってたもんなぁ」


 口が減らない様子に、リンが怒号を上げる。


「うるさいぞシロ!! さっきから一体なんなんだ、いつから俺が変態になった!? 全部お前がしたいだけなんだろうが、俺に擦り付けてくんなよっ!! 変態はお前だろうが……ッ!」


 しかし、怒鳴られても気にした様子も見せなかった。


「まあそう言うなよ。俺とおまえが触れる事にだって、ちゃんと意味があるんだ」

「どんな意味だよ! お前が満足するってだけだろ!?」

「まあそれもあるが、ちゃんと真面目な話だ。いいから、だまって、きけ。いいな?」


 ちゃんとそれもあるのか。いやそもそも、それしか無いと思っていただけに、リンは困惑してしまう。一体どんな言葉が出てくるのかと。


 またわざとらしく咳払いすると、シロが語りだす。


「今のお前は弱っている。前にそう言った筈だな? それはお前の魂が摩耗してしまっているからだ。本来なら時間で回復するが、お前はキャシーに胞子を注入されたんだろ? それが魂の回復を阻害していた。ただでさえ大きいお前の魂だ。回復には相応の時間が掛かるっていうのに、それすらない状態だった。つまり、お前は今まで死にかけの体だった訳だな。そんな体でよく頑張ってきたもんだ。それで、今俺がお前に触れるのは、治療の為だ。最近は心当たりがあるんじゃないか? ルビナに、何と言われていたっけ?」


 本当に真面目な話だった。ルビナの店に行ったとき、最初に言われた言葉を思い出す。


「確か、見違えたって」

「そうだ。お前の魂、その姿を知っている俺からしても、今のお前の姿は違い過ぎる。だから治療だ。俺と触れれば、それだけ治療も早く進むという訳だ」

「なるほどな。そうと分かっていたら別に拒んだりしなかったんだが……」


 と言っている割に、魂だのなんだの、リンには理解不能だった。


「じゃあお風呂も一緒に入ろうねー? リーンちゃん!」


 シロは顔を笑顔にさせて。その笑顔は輝いていて、まるで後光が差しているかのように。実際光っていた。真面目な口調をやめて、無邪気な態度でお願いしている。見た目だけはただの美少女なのだから、その威力は絶大だ。


「……いいっ、ああ違う! そんなのはダメだ! せめて、一緒に寝るくらいにしてくれよ」


 両手を広げて抗議したリンに、シロは可笑しくなって笑い出す。


「今朝はそんなに良かったのか。嬉しいよ」


 本当は魂の修復を、とっくの前に終えている。誓約を交わした存在であり、自分には簡単な事だ。


 いくらリンの魂が大きかろうと、まだ自分程ではないのだから。リンの魂には違和感がある。それはキャシーに胞子を注入されただけの話では無い。恐らく、自分と同じで制限が掛かっているのだ。


(まあバカ娘ご謹製の存在って訳だからな。何があっても不思議じゃないけど……。送受信帯に制限が無いのは人間に興味でも持ってるのか? リンを使って学んでいる。といったところか? いや、もしかしたら……。マジで何があったんだよ、クソっ……)


 シロは自身の想像が合っていない事を祈った。


「……あ、シ……、なあシロ。聞こえてるか? 大丈夫かよ」


 リンの呼び掛けによって、シロは現実に引き戻された。


「ああリン。そろそろ帰るか。おまえもそれなりに成長したようだし? いい感じじゃないか」

「うーん。確かにちょっと成長はしたんだろうが。まだまだだろ? シロに比べたらさ」

「あたりまえだ。俺はおまえより最強だからな」

「シロはさ、魔法使いなんだろ? なんで銃の扱いも凄いんだ? さっきの射撃、俺にだってそれくらい分かる。一発でなんか無理だ」

「おまえだって一発で当ててたじゃないか。それは無理じゃなかったのか?」

「俺のはまぐれだ。シロとは違うよ。……話したく、ないのか?」


 リンは心配そうな顔でシロを見る。


「そんな顔するな……。これはそうだなー。話すと長いし、今お前はそんな事を聞いてる場合じゃない。この後は宿に戻って銃の整備だ。同封された銃の説明書に書いてある通りに銃を整備するんだ。おまえは文字のお勉強と銃の整備。初めての事を同時にこなさなければならないワケだ。大変だぞ? しかも! 間違えたら俺に抱き締められるんだ。おっと、これじゃあ罰にならないかな?」


 リンはそっぽを向いて一歩踏み出した。自分は何を聞いてしまったのか。これからの事に、なんら関係はないではないか。


「いい提案じゃあないか。やる気が湧いて来た。さっさと宿に戻ろう」

「うんうん。いーっぱい抱き締めやるからな!」

「俺は自慢じゃないけど、頭は結構いいつもりなんだ。じゃなきゃここまで喋れない。シロもそう言ってただろ? まあ精々、お預けを食らっておく事だな」


 リンの無謀を聞くと、シロは呆気に取られたような顔で、それから微笑んだ。


 訓練の疲れはどこへやら。すっかり足取りが軽くなったリンは、後ろで笑っているシロを置いて走り出す。


「何やってんだ! 俺の方が足速かったら、もう師匠面出来ないぞ!? 弟子のハンデとして先に行かせてもらうがな! ハッハッハ!」


 いい気にさせておくか、シロはそう思って後ろを付いて行った。何より嬉しかった。リンが笑ってくれて。

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