10話 やっぱり異常者

 殺す。確かにシロはそう言った。リンにはそれが衝撃だった。どうしたらそんな顔で恐ろしい事を言えるのか解らなかった。


「……、えっ? なんで……? シロ、やっぱり俺には、解らないよ」


 シロはリンから腕を離すと、元の席に戻る。その顔はもう戻っていたが、いつものように口にした。


「それはやっぱり、俺が異常者だからだよ。ただそれだけなんだ。いつの間にか、こんなんになっちまったんだよ。昔は俺もガキだった。だから、リンみたく考えた事も数えきれない。いつでも、何処でも、誰でも、互いが互いを支え合う。そんな事だ。だけどなリン。俺はもう、戻れない」


 何がシロを変えたのか、聞かなければならない。それが怖い。それでも、リンは勝手に下がってしまっていた顔を上げる。真剣な表情を浮かべ、シロと視線を合わせる。


「聞かせてくれ。シロの話を」


 ため息を吐いたシロは、居心地が悪そうに頭を掻いた。


「……、俺の話をするなら、いまこの世界の歴史から話さないといけないんだよなー。やっぱり話さないと駄目? そうじゃないと俺と一緒に居るのヤ?」

「不公平なんじゃなかったのか? まあ、話して貰った方が、嬉しい」

「まあ話すって言ったのは俺だし。じゃあリン。モンスター大戦って知ってる?」


 モンスター大戦。突然世界に現れたモンスターという存在と、人類がその存亡を賭けて起こった大戦争だ。勝者は結局人類だが、それでも人類は全体の半分もの人口を失った。記録が残っており、各都市に必ずある博物館に行けば詳細を知る事が出来る。


「ああ知ってる。そのおかげで毎日大変だ。モンスターなんて、俺みたいな奴は対処できないからな」

「そうそう。そのモンスターが何で生まれたかって言うと、俺が原因なんだよ」


 何か言おうと口を動かそうとしているリンを遮ってシロは続ける。


「何でかって言うと、その前になかなか大きい戦争があってな? 知ってるか? この世界は、ひとつのデカイ大陸なんだ。真ん中で上下に分かれて北と南があるって分るか? その上と下で戦いが起こったんだよ」

「それは知らなかったな。それで……、なんて名前の戦争なんだ?」

「人魔大戦っていうんだ。まあ、今の奴らは知らないだろうな。そこで、モンスターが生まれたんだ」


 じゃあ何故シロはそんな事知っているのか。話を聞いていればその内分かるかと思って、リンは黙っている事にする。


「まーー、上の奴らが魔法使いで、下の奴らが魔法使えない奴らな。その代わりに、下の奴らは科学力を持ってた。さっき使った電子レンジだって、そいつらの発明品だ。なかなか便利だろ?」


 リンが頷いたのを見て、シロは少しだけ笑う。


「うんうん。でも魔法使いの連中って、かなりヤバくてさ。異端って思ったんだろうな。魔法も使えないなんて! みたいな? ヤバくね? 実際、それで戦争だなんて言い出した国があってさー。もう困っちゃったよね。お前等も戦え! って言ってくるじゃん。でも俺戦うの嫌だったからさ。すぐ中立宣言して暫く大人しくしてたんだよ。そしたら、魔法連盟? だかなんだかって組織が北で出来ちゃってね。それからだよ。北で内戦が起きたんだ」


 人とは、争う事しか出来ないのか。リンはシロの話を聞いていて、そう思うことしか出来なかった。話に圧倒され、シロの正体を掴むことがリンには出来ない。今目の前にいる者が、何故そんな昔に居たというのか。


「……連盟に加入してない国は敵だとかなんとか言ってさ、まったく酷い戦争だったよ。俺の国も滅ぼされた」

「……シロって偉い人なのか……? すごいんだな。でも、滅ぼされたって……」

「ああ。俺の国って結構強かったんだけど、流石に数が違った。それなりの大国も攻めてきたしな」

「…………それで、それがモンスターとどう繋がるんだ? それまでモンスターって居なかった……んだよな?」


 シロの顔から先程までの軽薄さが消え失せ、暗い顔をした。


「……戦争が起こる前にな。種を植えてたんだよ、リンゴの。ガキだった俺はそいつに願っちまったんだ。皆が笑顔で、平和に暮らせるように。きっと、そんな俺への罰なんだな」

「待て待て……。そんな種を植えたくらいで……なにが」


 リンが訳も分からず混乱していると、シロが笑いだした。まるでいつものように。


「……ッハッハッハ……! リン! 面白い事言うなお前! そらそうだよな。アーッハッハッハ……!! リンゴの種を植えたからなんだってんだよっ……! 確かに。…………、ああ。そうだよ…………」


 発狂したかのように笑いが止まらないシロは、ようやく落ち着きを取り戻したのか、話しを続けだす。


「……悪かった。……別に種は重要じゃあない。俺が願ったのがいけなかったんだよ。……リン。魔法使いってのは、どうやって魔法を使うと思う?」


 魔法使いとは何なのか。リンは考えてみる。だが答えは出ない。リンの常識には無い事柄だ。


「……分からない。……あの時に、分ってれば…………」


 もし魔法が使えていたなら、守れた者達がいた。いまはもう、存在しない。


「……まあそう落ち込むな。リンの話じゃ、胞子を入れられたんだろ? 恐らくその時だな、覚醒したのは。だから……そんな顔するな……」


 リンは気が付けばまた下を向いていた。そんな場合じゃないと、視線をシロへと戻す。


「……魔法使いってのは、世界に願うんだよ。そうすれば魔法は現実になる。つまりだ。俺の願いが強すぎて、世界樹っていう化け物が産まれちまったんだよ」


 そういえばシロは言っていた。世界樹に行ってシステムを破壊して欲しいと。


「その世界樹ってのが……原因なのか? そいつは何してるんだ……?」

「モンスターを生み出してるのさ。ほんと、なんでだろーなぁ……? リン解るか?」

「……さあな。シロは平和を願ったんだろ? なんで人間を襲うようなモンスターなんか……」


 平和と笑顔。リンはメイの最後の言葉を思い出してしまう。まだ生きていたかった。そこには笑顔も、平和も無かった。モンスターとは、敵でしかない。


「リン。俺には解るぞ。何たって、俺自体がモンスターみたいなもんだしな?」


 シロは先程と真逆の事を言う。しかも自分がモンスターだと、一体どういう事なのか。


「シロ、さっきは分らないって。それに、シロがモンスターって?」

「リン。俺は国を滅ぼされたって言ったろ? でも、俺だけ生き残ったんだよ。馬鹿だよな……。そこで一緒に死んでおけば良かったのにさ、変に気を使った奴がいてな? そいつのおかげで逃げ延びたんだ」


 シロは苦笑いをしながら、自分が死んでいれば良かったと口にする。


「それから俺はひとりになっちまってな。やる事と言ったら、復讐くらいだったよ。……俺は自分の国に攻めてきた連中の国に行っては、同じように滅ぼしてやったよ。……リン何驚いた顔してるんだ? 俺は最強だって言っただろ。簡単だったよ。だから俺はモンスターなんか目じゃないくらい殺してる事になるな。だって幾つ国を滅ぼしたか数えきれないからな。それで人魔大戦は終結したよ」


 シロは平然と、国を滅ぼしたと言った。リンは想像してしまう。例えばこの都市には人間が何人居るのか。リンには分からなかったが、その命が失われたと言うのなら、どれだけの悲劇が生まれたのか。でも復讐じゃ仕方ないか。


「信じられないな。大体、最強だって言うくらいなら、国だって守れたんじゃないか?」


 シロはリンに指を差すと、眉を顰めて怒ったような顔をした。


「それだ……! あの時の俺は甘ったれたガキだったという訳だ。人を殺したく無かったし、まだ弱かったんだ。強くなったのは、ひとりになって復讐を誓ったその時からなんだ。全く卑怯者だよ。……それで、死んだ奴の魂って何処に行くと思う? 俺も詳しくは知らないが、世界の核とやらに吸収されてまた新しい魂に浄化されるんだと。だがその浄化される前の魂をこっそり回収してた奴が世界樹だ」

「ここで繋がってくるのか。その、よくわからないんだが、魂なんて何に使うんだ?」


 シロは鼻で笑いながら言う。


「モンスターを創る材料にする為と、人を生き返らせる為にだよ」


 死んだ人間は生き返らない。それはそうだ。そうじゃなければ、ラングも、メイも、ナガトも、ヒスイも、次の瞬きの内に、目の前に居るというのか。そんな訳は無かった、そんなのはあり得ない事だ。生き返るなど。


「リンまだ気付かないのか? 俺が今ここに蘇ってるだろうが。じゃなきゃ今話しをしているのは、またお前の妄想なのか?」


 リンは驚きに目を開く。


「俺は怒ってるんだ。折角殺した奴らが、また転生して暴れまわってると聞いてな。リン、お前はもう知っている筈だ。キャシーは、俺が殺した事のある魔法使いだ。……こんな事は! 到底! 認められない! だから世界樹をぶっ壊しに行くんだよ。こんなことやめさせる為にな。ああそうそう。世界樹がモンスターを生み出した理由が解るって言ったな? 実際俺が国々を滅ぼした後は暫く平和だった。どこのどいつも俺に目を付けられないように大人しくしてたからな。だから俺の真似したんじゃないか? これは俺の想像でしかないけどな。でも実際、モンスター大戦なるものが起きて、人類は纏まったんだ。それまでの遺恨を捨てて、一致団結してモンスターに立ち向かった。人口は半分以下になったがな。因みに、その戦いで俺は死んだんだ。めっちゃ強いモンスターが居てな? あれはヤバかったぞ。アッハッハッハ……! 最後は自爆して相打ちに持ち込んでやったんだ! 今でも思い出すと笑えるよ。俺を殺すなんて、ほんとやるよな。まあその時の俺は万全の状態じゃなかったけど、流石俺の子供なだけはある」


 シロは話している間に、リンの様子をうかがっていた。


(いや、まあそうなんだけど、めっちゃ引いてるじゃん……なのになんで親指立ててんだよ……。ほんとにこれで良かったのか。リンのやつ大丈夫なのか? そっちの方がめっちゃ心配なんだけど)


 リンの後ろ、部屋の隅で観葉植物に擬態している存在が、葉っぱを使って器用に親指を立てていた。頭を抱えたいのを我慢しているシロの心配を他所に、リンは、ちゃんと大丈夫だった。


「なら良かった! 俺の目的が復讐ってシロが知ったら、本当はいなくなるんじゃないかと思ってたんだ。それに、復讐の為にシロを利用するのは少し心苦しく思ってたんだよな。いろいろ聞けて良かったよ」


 リンは笑いながらそう言った。


 怒って、笑って、悲しんで、喜んで、また笑う。シロはそれでも泣かなかった。そして自分も、同じ道を歩む事になるのだろう。復讐という道を。シロは異常者同士と言っていた。それは、間違ってない。


「心配性なんだなリンは。……ああそうか、それであの時悲しそうな顔してたのか。なんだー、いろいろ擦れ違ってたみたいだな。お互いの認識を改められて良かったよ。やっぱり会話って大事だなー。あの時は言い訳を聞く前に殺しちゃったから、今度はちゃんと聞いた方がいいかな? どう思う?」

「そんなの関係ないさ。殺される方が悪いんだ。さっさと殺してやろう」

「そうだな! 全くその通りだ!」


 そう言って、ふたりで笑い出す。


「ん? もうこんな時間か。まだまだ話してない事は多いけど、今日はここまでにしておくか。流石に眠いだろ?」


 シロに尋ねられると、リンは体が怠くなっている事に気が付いた。外は真っ暗で、いつの間にか話し込んでしまっていた。思わず欠伸が出てしまう。


「そうだな。なんだかどっと疲れたよ。話しをしてただけなのに」

「寝床はこっちだ。いくぞ」


 そう言ってリンの手を取ると、寝室へと続く扉を開ける。中に入ってリンの目に飛び込んできたのは、想像とは違ったものだった。


「なあシロ。なんでベッドがひとつだけなんだ?」


 振り返ったシロは意外そうな顔をしていた。


「一緒に寝ないの?」 


 言うだけ無駄だと判断して、好きにさせる事にした。


「さっさと寝よう。明日はまた忙しくなりそうだし、こんなところで揉めるのも馬鹿らしいしな」


 リンはベッドに入り込むと、その柔らかさに驚きつつも毛布を掛ける。安眠が期待できそうだ。そう思っていると、シロが毛布に潜り込んでくる。だが気にしても仕方がない。


 さっさと眠る努力をすると、持ち前のスキルが即座に働き、リンを深い眠りへと誘う。


「ごめんな、こんな親で。確かにお前の言う通りだった、話し合いは大事だ」


 虚空に呟いてから、眠っているリンの頭を撫でる。そうやって、起きるまで傍に寄り添った。

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