9話 笑顔

「いい話じゃないのは、確かだぞ?」


 リンが顔を上げてそう言ったのを見て、シロはため息をつきながらも安心した。


「俺の話だってそうだよ。さあ、もう上がろう?」

「ああ……、そうだな。行こう」


 リンが立ち上がると、そこには男に存在するべきものがなく、替わりに女のものが付いていた。


「見んなよ。ったく、俺だってな? 望んでこうなった訳じゃないんだ」

「見るなというのは無理な話だな? 俺は元々おまえの体の成長を見に来たんだから」


 裸を見られた事で微妙な顔をしながら言葉にすると、シロは不敵に笑みを浮かべて返した。


「それは俺を女だと思ってたからだろ? 俺は男だ。なんかこう、シロは恥ずかしくないの? 俺は今すごく恥ずかしいんだけど。裸を見られて、その。見てさ……」

「お前の裸を見たりお前に俺の裸を見られても俺は平気だが何か問題があるのか?」 


 それだけ言ったシロが反転して部屋へ戻る。リンはその後ろ姿を見ながら怪訝な表情で尋ねた。


「シロは入らないのか? お風呂、気持ち良かったぞ」

「いいや。着替えは置いておくから、そんなに良かったならもう少し入っていたらどうだ? 後で昼飯でも食いながら話そう」


 湯舟の気持ち良さを知ってしまったリンは、シロが入らないと言った事に衝撃を受けた。


 やっぱり、変な奴だ。これからどんな話を聞くのか、少し怖くなる。そして、自分の話をどう思うのかと。そんな事を考えていた為に、シロの様子がおかしかったのに、リンが気付くことはなかった。


「分かった。もう少しだけ入っておくよ」


 部屋に戻ったシロは電気を消して、テーブルに両肘を付きながら顔を覆い隠していた。何やら荒い鼻息を立てており、指の隙間から見える眼は狂ったように瞳孔が開いて、金色を輝かせていた。


(男より女の方が好きだけど、男が女になったら? あんなに可愛いのにリンは男なんだ……。でもあんなに可愛いんだぞ!? そもそも男とか女とか関係なくない? だってあんなに可愛いし。じゃあいっか、可愛いし! 全く裸を見たくらいで赤くなっちゃって。可愛かったなぁ……)


 そこに、正気といった言葉は無かった。





 脱衣所に戻ったリンはバスタオルで濡れた体を拭いてから、用意された宿のパジャマに着替えて部屋へと戻っていった。そこには電子レンジで冷凍食品を解凍しているシロの姿があった。解凍されていく食品が匂いを放っていて、リンが思わず腹を鳴らしてしまう。


 リンは育ち盛りで、元々あんなサンドウィッチで足りる訳はなかったのだ。今までは一日一回ある都市からの配給でなんとか誤魔化していたが、食べれるとあっては、体は正直だ。


 そんなリンを見て、シロはやれやれと両手を広げた。


「まるで飢えた獣だな? もう少しで解凍が終わるから、少し待ってろ」

「ああ。何から何まで悪いな」

「気にするな。ほら、出来たぞ」


 電子レンジが音を鳴らすと、シロは扉を開けて中で熱せられていたトレーを二つ取り出す。テーブルには冷凍食品とペットボトルの飲料が乗せられた。冷凍食品はパスタで、飲料は冷たい水である。つまり御馳走だ。


「旨そうだな、それじゃあ頂きます」


 リンは糧に感謝すると、フォークを手に取った。使い方は分からないが、多分こうだとパスタに刺して巻いていく。しかし、なかなかフォークに絡まらないパスタを見て、遠い気持ちになってしまった。自分は一体何をしているのかと、そんな時にテーブルの反対から声が掛かる。


「リン。強くなる為には、もっと食わないといけないぞ? おまえの体はかなり弱っているみたいだからな。まずは健康な生活と、朝昼晩の食事だ」


 そうは言ってもリンはスラム街の住人である。望むものなど、手に入らないのだ。


 リンがようやくパスタを絡ませる事に成功する。そのことで、少しだけ嬉しそうな声で答えた。


「スラムだと一日一食なんだよ。それで慣れてたけど、やっぱり駄目だったんだろうな」

「当たり前だ。そんなんで栄養が足りるかよ」


 いつもの恰好や態度からは想像が出来ない程に、慣れた手つきでフォークを操りパスタを口に運ぶシロに比べ、初めての経験に四苦八苦しながら格闘するリンは、口の周りをソースで汚してしまっていた。


 その様子を見かねたシロだが、これはチャンスだと思って、リンの前にフォークで巻いたパスタを差し出す。


「リン。俺が口に入れてやろうか? あーーんしてみろ」

「出来るか! こんなもんなあ、食えればいんだよっ!」


 流石に馬鹿にされたのだと思い立つと、トレーを掴みパスタをかき込んだ。


(……クソッ。素直じゃない奴だ。全く遠慮するなよな?)


 そんな様子を見たシロが形のいい眉を少しだけ寄せると、パスタを自分の口へと戻した。どの道そのままではマズいだろう。しっかりと教えてやらねばならないと、優し気な眼差しでリンを見る。


「まったく仕方ないヤツだなリンは。その調子じゃスラムからは脱出できない。テーブルマナーというヤツを練習すべきだな。俺だってめんどくさかったけど、ちゃんと覚えたんだぞ?」


 ふたりが食事を終えて暫く経つと、シロは真剣な顔になった。それを見たリンも、表情を硬くしていく。


「リン。俺の話は長くなる。お前から話せ」


 その言葉にリンは過去を思い出していく。


 忌まわしい記憶が蘇り、表情は険しくなっていく。その直前で脳裏に浮かぶのは、あの時のシロの笑顔である。自分が復讐の為に付いて行っていると知られたら、シロはどう思うのか。だが、シロに話をして拒絶される覚悟が、自分にはある。たとえまた、ひとりになろうとも。


 重い口を開いて語りだす。





 屑鉄広場。ここはスラム街からも少し離れている。大体どの都市にも存在しており、都市の住人が不要になったゴミを捨てに来るのだ。都市内部で粗大ゴミを捨てるのには、処分代としてそれなりの額を取られてしまう。だが、都市の外であるフィールドまで行って捨てて来れば、無料である。その数は年々増えていき、今では巨大なゴミ山となってしまっているのだった。


 そんなゴミの山を、適当に拾った棒で足場を確かめながら、今日も登っている者がいた。


 かつてのリンである。


 ゴミの山に埋もれて死ぬなど最も最悪な死に方で、絶対に避けなければならない。慎重に棒を次の足場にしようとしている箇所に叩いて、大丈夫かどうかを確認する。そして安定していれば足を掛け、ゆっくり体重を乗せていく。


 屑鉄広場は都市の外にあるだけに、フィールドのすぐ傍である。危険なモンスターが襲い掛かってくることもある。ここまで都市に近いとネズミを少々大きくしたようなモンスターだが、スラム街の子供が襲われれば、ひとたまりもない。


 リンが神経を擦り減らし、周囲の光景に異常はないか目を光らせる。


「おいリーーン! そろそろ配給の時間だぜー! 降りてこいよ!」


 そんな時、ゴミ山の下から声が響いてくる。少し驚くが、知っている声だと気付くと、安心して声の主を探す。 


「ラング……。配給の時間なら仕方ないか」


 呟くように言うと、ゴミ山を下りていく。ラングのすぐ傍までくると、今日は成果なしだと言わなければならない事に顔を暗くする。


「悪い、役に立ちそうな物は見つけられなかった」


 ラングが暗い様子のリン見ると、励ますように、顔を明るくさせて肩を叩いた。


「まあ仕方ねえよ。そう落ち込むなって! いつでも来れるんだからさ。誰かがまた捨てていくって。それか、眠ってる宝が出てくるかも!」

「そうだな……。よし! 配給所まで勝負だ! って、他のやつは?」


 ラングの言葉で意気を取り戻すと、あることに気付く。居たのはラングだけで、他のメンバーは見えなかった。あと三人いる筈だ。


「メイとヒスイはもう配給に並んでるよ。ナガトもそろそろ付く筈で、残ってるのは俺達だけだ」


 姿が見えないメンバーを心配したが、ラングから状況を聞けて安心すると、いつものように勝負を仕掛ける。


「そっか。なら、勝負だな」

「今日は負けねえ!」


 リンとラングは配給所へと駆けて行った。荒い呼吸を整えながら、リンは後ろにいるラングを見る。


「俺の勝ち、だな? これからも頑張れよラング」

「馬鹿言え、……俺は、ここまで往復して来たんだぞ? こんなの、最初から決まってた」


 息も絶え絶えで負け惜しみを言うラングに、ならばとリンは追い打ちを掛ける。


「それを言うなら、俺だって屑鉄を掻き集めてた。お互い様だよ」


 そう言うとふたりは笑い出す。何がおかしいのか。


 いや、ただ一緒にいるだけで嬉しかったのだ。それだけで良かったのだ。


「遅いわ!? もう配給終わっちゃうって、速く並びにいかなくちゃ飯抜きよ!」

「私達の分はもう確保したんだから。あんた達も行かなくちゃ、メイの言う通りになるよ……?」


 前から並んで歩いて来たのはメイとヒスイだった。ふたりは手に配給品を持ち、表情は明るい。だがその顔とは真逆の、恐ろしい事態を告げた。そこに拠点を改造していたのであろうナガトが合流すると、三人は絶望するように声を出す事しかできなかった。


「やべえぞ! リン! ナガト! さっさと行かねえと飢え死ぬ!」


 俯いていたラングがそう言って後ろを振り返る。しかし、そこにはメイとヒスイしか居なかった。


「誰に言ってんの? ふたりならもう行ったわよ。あんた、いつまでそこでそうしてるつもりなの?」

「分けてあげないからね?」


 いつの間にふたりは移動していたのか。全く気付くことが出来なかったラングは、本当に不味いと思って急いで配給所に走っていく。


「おーーーーい! 置いて行かないでくれよもう!」


 無事配給を確保した三人は、拠点に戻っていく。迷路のように狭い路地を抜けると、丁度広場のようになっていて、子供五人住むのには十分なスペースが確保されている。


 建物と建物の間に、ボロ布を切り張りして作った屋根が幾層も掛かっている。床にはそれぞれの椅子と、五人で使うのには少し狭いテーブルが直接置かれている。その隣には、廃材で作ったベットが存在している。五人で寝ても十分な大きさだ。地面に直接寝るのとでは、次の日に全然違うと分かる。


「ようやく、みんな集まったな。それじゃあ、頂きます!」


 ラングがそう言ってテーブルに座った皆を見渡すと、今日も五人で集まれた事に感謝する。楽しい食事の時間だ。


「よおリン。相変わらず旨そうに食べるな? お前の舌が羨ましいよ」

「えっ? そうかな。このビスケットは確かに酷い味だけど、うん。旨い」


 ナガトにそう言われたリンは、もう一口ビスケットを含む。そして酷い味に満足した。


「不味いのに旨いのか? ふーん。そういうもんか。確かに、そう言われると旨い気がするな」

「ちょっとナガト? リンはそういう事を言ってるんじゃないと思うけど……」

「じゃあどういう事なんだ?」


 そう言われたメイは、顔を赤くしてしまった。


「………その、味は関係ないと思う……。ってことよ!」

「ちょっとメイ、余計分からなくなったぞ? 旨い不味いは味しか関係ないだろ?」

「そういう事じゃなくて、その、えっと……」


 そこにラングが突っ込んでくる。


「味と言えばさあ。ビルの奴らは何食ってんだろうな? まさか俺等と同じ、この不味いビスケットって訳にはいかないだろ?」


 そこでラングに反応したのがヒスイだ。


「私はあれが食べてみたいわ。アイス? っていうの。冷たくて甘いらしい……」

「へーそんなんがあるのか。甘いってのが、良く判らないんだけど」

「ラング。甘いってのは……。なんだっけ? 分かるか? ナガト」

「俺に分かる訳ない。金か。よおし! この後の屑鉄拾いに行く奴はこの指に止まれ!」


 それから各自が思い思いの行動を取って過ごした。事件が起きたのは、この夜の事だった。


「……。起きて……。リン……」

「……なんだ? どうしたヒスイ?」


 夜、ベットで眠っていると、隣に寝ていたヒスイに起こされる。すると耳に飛び込んできたのはスラムの喧騒だった。理由はすぐにでも分かった。


「こんな時間に……。モンスターか、皆は?」

「三人は拠点の外に壁を立てにいってる……」

「よし分かった。俺達もいこう。皆で集まっていた方が、安全だと思う」

「うん……」


 リンとヒスイは立ち上がって、拠点の外に足を踏み出す。そこに仲間の命が掛かっているなら、当然の判断だ。


「よし! あとはこれを挟むだけだ! 気合入れろよナガト! メイ!」


 リンがたどり着くと、三人は廃材で作った大きい板を、路地の壁にある出っ張りに立て掛けようとしていた。慌ててリンも手伝いにいこうとすると、どんどんと迫ってくる足音が、突然通りから自分達の居る路地の前に転がり込んできた。


「おっ! おい! 俺も入れてくれ! 追われてんだよぉ!」

「何に追われてるか知んねえけどよ! そこに居たら邪魔だろうがッ! さっさと入るか戻れ!」

「駄目だ! もう足が言う事きかねぇんだよぉ!! 頼むっ! 引っ張ってくれぇ!」


 ラングは舌打ちしながらも、男を内に引っ張り出す。慌ててリンも駆け出し、男を引っ張るのを手伝う。


 ああ、これが間違いだった。お前は弱いのに。……何を掴むつもりだったんだ?


「じっとしててくれ! 上手く引っ張れないだろ!?」

「ああぁ、すまねぇな……。ありがとう! 今度配給を分けに来るよ! 命の恩人だ!」


 そう言った男は、路地に入ってきた存在によって首を切り裂かれていた。それは男を追っていたモンスターだった。場は緊張に包まれ、みな声も出せずに、体を震わせることしか出来なかった。


 二度目の先手を取ったモンスターが次に狙ったのはメイだった。鉤爪を立て、突進していくモンスター。


「クソォ! あっち行きやがれ!!」


 ナガトはメイに飛び掛かったモンスターにタックルすると、爪の軌道が僅かにズレる。そのおかげでメイは一命を取り留めた。首は免れたものの、胴体に酷い傷を負ったが。


 すぐにヒスイがメイに駆け寄り、傷の具合を確認する。リンとラングは、体制を立て直そうとするモンスターを攻撃しようと前に出る。その時銃声が響き、モンスターは頭から血を流して絶命した。


「ここに居るのは君達五人だけか? ……、君達大丈夫だったか?」


 男はそう言ってこちらを確認すると、怪我人に気付いたのか、顔を驚かせたようにメイに近付いて傷を確認する。


「今は手持ちが無い。みんな付いてきてくれ。そこでなら治せる」


 ラングは顔を暗くしながらも、相手を確認する為に質問する。


「ありがとう……。でもあんた、誰なんだ? 大丈夫なのか?」

「俺は都市の防衛隊だ。こんな格好だがな。その子の怪我は深刻だ。言い争っている時間はないぞ?」


 全員で顔を見合わせる。取り合えず助けてくれたのは事実なので、男に従う事にした。メイも酷い状態で、このままでは死んでしまうのは間違いなかった。


「決まったようだな。その子は、俺が担ごうか?」

「いいんだ……。ありがとう」


 リンはメイに近付いて、傷に触らないように気を付けながら肩を貸す。


「リン、私……。まだ生きていたかったわ……」

「……何言ってんだよ。大丈夫、大丈夫だって」


 ラングも反対側で肩を貸し、男に続いて歩き出す。


 暫く皆で歩く、会話は無かった。メイは気絶してしまい、人間の重さが肩に伝わってくる。すると、立ち止まった男が車を叩いた。


「ここだ。さあ皆、後ろから乗ってくれ」


 言われた通りに、荷台の扉を開けて乗り込む。運転席とこの空間は区切られていて、中には壁沿いに長椅子が付いていた。そこにメイを寝かせると、車は走り出した。


 どうしようもない雰囲気の中、みんな無言だった。これからどうなるのか、メイは助かるのか、また、五人で明日を迎えられるのか。分からない事だらけだった。そして、ようやく出てくるのは後悔。


「ごめん。俺があの男を助けなければ、結局死んじまったしよ……」

「……ラングのせいじゃ、ないよ」


 ラングが口にすると、ヒスイが呟くように言った。


 仕方なかった。


 突然、荷台に白い煙が噴出される。狭い空間はすぐさま煙で包まれ、訳も分からず、視界は白く染まっていく。


「――なッ! なんだっ!? おいどうなってる! 聞こえてるか!?」


 ナガトは運転席側の壁を叩いて叫ぶ。しかしそのせいで煙を吸い過ぎたのか、そのまま昏倒してしまう。


「おい皆慌てるな! こっちが出口だ! 俺の声を目指せ! いま、ここを開ける……ッ!」


 ラングは出入口に行って扉を開けるつもりのようだ。ならここで自分が取るべき行動は決まった。


「ヒスイ! メイを頼んだ! 俺はナガトを!」

「分かった……!」


 リンはナガトの両脇に手を入れると、そのまま力の限りに引っ張る。そしてようやく反対に辿り着くと、そこには既に倒れている三人がいた。


 生きている四人を見るのは、これが最後だった。


 目が覚めると、リンは両手両足を台に固定されていた。訳が分からない状況が続き、冷静さを失う。


「……おっおい! 誰かいないのか!? なんだこれ! 外せよ!」


 すると、女が部屋に現れた。


「あらお目覚め? おはよう」


 知らない女だ。知らない人にはどうするんだっけ……。そうだ、挨拶だ。


「……俺はリン。ここがどこで、一緒に居た四人はどうした?」

「なかなか礼儀正しいのね……。いいわ、私はキャシーよ。でもそれだけ。質問するのはこっちなの」


 リンは仕方ないと、これからされる質問とやらに糸口を見出そうとする。


「じゃあまず、体に異常は? 何か違和感とか」

「……。違和感? そういえば、何か足りないような……」

「それは当然よ。貴方の男性器は、私が女性器に取り換えておいたからね」

「なんて………。どういう、ことだ?」


 何を言われたのか、全く理解出来ずに、顔を驚愕に染めるしかなかった。


「質問はこっちから。……まあ、実験よ。例えば、ある程度強いモンスターって、自身の分体を作り出すのよね。それにオスだかメスだかの区別は無いのだけれど、もしその分体をオスとメス自由に選べたらどう? 無限にモンスターが産まれるって訳。だって、いちからモンスターを生み出すのは大変なのよ。いちいち人間を攫って魂に胞子を注入しなくちゃならないってさ? どんだけ効率悪いのよ! って思ったわけ。だから実験。モンスターにその性質を組み込むのよ」


 早口で捲し立てられ、リンは正気を失いかける。モンスター? 胞子? 実験? 性質? 一体なんなんだそれは。


 段々と速くなる鼓動は痛い程に胸を叩き、絶え間のない激痛が頭を襲う。


「まあ、問題は無さそうね? 送られてくる数値も正常のようだし。それにこれは……。なかなかの魂をお持ちのようね。興味深いわ」


 そうだ、こんなところで諦める訳にはいかないんだ。四人を助けなくちゃ。


「……俺らには関係無いだろ。知ったこっちゃないから、さっさと四人を出せ!」

「いや、いやいや、それは無理よ。人間を攫うのはいくらスラム街の住人とはいっても大変なの。分かってくれる?」

「解る訳がないッ!! こんなこと! なんの為に!」


 リンは力の限りに叫ぶが、キャシーは眉一つ変えずに、平然と口にした。


「……あなた。今の話で分からなかったの? それとも、分かろうとしなかったのかしら。人間に胞子を注入してるって言ったでしょ? あの四人ならもう死んだわ。貴方のように、魂が耐えられなかったのね。転化もしなかったわ。だから貴方しか居ないのよ」


 リンには、もうどうすればいいのか分からなかった。


「折角生き残って貰って残念だけど、こっちにもスケジュールがあってね。次は相当の胞子を入れるわ。生きていたら、また会いましょう?」


 ぶつんと頭の中で何かが弾け飛んだ気がした。それからまた意識を失うと、どれだけ経ったのかも分からないままに目覚めた。


 死体の山で。


「メイ……、ラング、ヒスイ、ナガト」


 ああ。俺が、弱いから。


「ごめん。もう行かなくちゃ」


 それからの記憶はリンには無い。気が付くとこの都市の近くに来ていた。そんな時太陽が昇りだし、リンは思う。自分ひとりに、こんなものは必要ないと。





「だからシロ。俺はあのキャシーって奴を殺さないといけないんだ」


 リンがそう言うと、シロは立ち上がってどこかへ行こうとする。そのことに、リンは当然だと思う。誰かを守る力を、殺す為に使うのだ。その思いを、あんな笑顔を浮かべた者が分からない筈が無い。


 シロは命を大事だと言ったし、こんな自分だって助けてくれたのだ。だから、でも少しだけ、残念だ。


 そんな時、突如後ろから腕が伸びる。恐らくシロが抱き着いていたのだ。どうしたのかと思っていると、顔が近付けられて、シロは、あの時の笑顔のままで言ったのだった。


「じゃあリン。殺しちゃおっか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る