3話 目覚め

「出会った時からボロボロだったからなー。無理させてしまったかな?」


 シロは目の前に突然現れた子供、今は腕の中で眠っているリンにそう言うと、背中に担いで歩き始めた。


 エリアとは足手纏いを連れながら生存できる場所ではない。普通エリアで動けなくなった者は見捨てていくしかない。パーティーを組んで探索しているいる者達は、常にその覚悟をしている。動けなくなった者も、自分のせいで他のパーティーメンバーが死ぬのはごめんなのだ。


 それ程までの信頼関係は、エリアに数回も行けば培われていく。ここは、油断すれば次の瞬間には死の危険がある場所だ。それだけに、パーティーメンバーとの信頼は自然と高まっていく。日常生活から掛け離れた戦場という場所は、踏み入った者の本性が良くも悪くも現れるからだ。


「やーやー我こそは、最強の魔法使いなり。モンスター共、道を開けよ」


 独り言の多い少女は、ついさっき出会っただけの存在に対して、平然とその命を守る為に行動した。


 当たり前のように、何度かモンスターに襲われる。だがこの程度のエリアにいるモンスターでは、リンを担いでいるということがあっても、シロにはハンデにすらならなかった。魔法使いだといいながら、一切の魔法を使っていないようだが。


「こりないなぁ。今から俺の邪魔するなら、敵だぞ。今の俺は弱すぎてな、手加減もできないんだ」


 今度は背負ってるリンに気を遣って戦っている。遊び無しで、最小の動きでモンスターを殺す。潰れた果物のように飛び散る鮮血すらも躱し、強靭な肉体を持つモンスター達を、生身の拳で、脚で、命という一点を狙って貫いていく。


「なまじ力が残ってるからこの有様だよ。まったく、モテる女は辛いねぇ」


 普通の探索者なら激戦の末に生きるか死ぬかの瀬戸際だという攻防を、見た目はただの女の子が煩わしそうに軽口を言いながら対処する。最も、対処出来なくてもリンを守る事に違いは無かった。


 ――女が、そうと決めたからだ。


「どこかに避難できそうな建物があるといいが」


 背中で寝息を立てているリンに、これ以上の負担は危険だ。恐らく初めての魔法。魔法陣の補助があったとはいえ、その制御はめちゃくちゃで、最悪命を落としていた。なにせ、一緒に付いて来たモンスターも対象にしてしまう無謀振りだ。


 それでも助かったのは、リンには自分と誓約が出来るだけの、送受信帯や受容体があったからだ。決して多くはない稀有な才能の持ち主。それが目の前にこうも早く現れたのは何かの偶然なのか。


 シロはそこで考えを打ち切った。目的の場所が見つかったからだ。


「それじゃあここらの建物でいいな。えーっと、魔道具店はどこに……」


 シロが先程まで歩いていた場所ではあちこちの建物が、おそらく探索者とモンスターとの戦闘の余波で崩壊していた。だがまるで空間を切り取ったかのように、ここから先の建物は状態の良い物が多い。つまり、それだけ危険度が増したという意味でもある。


「どけよっ!」


 エリアには自動修復機能と呼ばれるものが備わっている。その真相は謎に包まれているが、そんなことは現代に生きる者にとっては些細なことだった。どれだけ寂れたエリアだろうと、一夜の内に復興して新品の状態に戻っている。という事が重要だ。


「邪魔だって!」


 だが問題もある。エリアの一部だけでなく、全体が修復されてしまう時だ。通常ならエリアと都市の距離は相応に離れている。だが全体が修復されてしまうと、その距離が近くなる事がある。そうなるとエリアから蘇ったモンスターが元々いた野性のモンスターと縄張り争いをし、負けたモンスター達が自分達でも勝てる近くの標的、つまり圧倒的に弱い人間を狙うのだ。


「あっち行ってろよ!」


 通常、そういったモンスターと最初に戦うのは探索者達だ。もちろん都市に存在する防衛隊も出動するが、重要では無い場所の警備は薄くなる。強いモンスターを相手にする為に、弱いモンスターを見逃さざるを得ない場面も存在する。


「死ね……ッ!」


 そんな弱いモンスターとは言えど、都市のスラムに当たる住人にとっては十分に脅威だ。当然少なくない死傷者を出す。しかし、都市にとってスラムの住人がいくら死のうが関係は無い。活動を始めたエリアに対応できれば、莫大な利益を上げることが出来る都市にとって当たり前のことだった。


「黙ってろっ!!」


 ああだこうだと喚き散らしながら敵を蹴散らしていたシロが、修復されていた建物の前で立ち止まった。 


「ここがよさそうだな。俺もいろいろと調達しなくちゃならないからなぁー。それじゃあ……。ふむ」


 どうやら良さげな店を見つけたシロ。しかしすぐには入らず、店の扉の前でなにやら呟いて唸っている。


 悩んだ末、合点がいったかのように納得顔になった。行動は迅速に行われる。


「――ここは我が軍門に下った!! よってぇ! これより徴発を行う! 死にたく無ければ! 全てを差し出して床に伏せろッ!!」


 幼い少女から、どこかの軍団長になった者が店の扉を蹴破って中に入った。


「アーッハッハッハ……!! いやぁーまったく懐かしいなぁ! そうは思わないか!? ……ああ。でもさあ、仕方ないだろ? なーリン。お前はどう思う? こんなとこまで来たんだ、なにかあったんだろ? そっか。そうだったな」


 どれだけ異常な事だったのか、確認する者はいなかった。


 普通は修復されたばかりの店に入ることは出来ない。いや、無謀だと言うべきか。基本的には、強盗である探索者から商品を守ろうと、防犯の為に危険な魔法や警備のモンスターが店に入った者に襲い掛かるからだ。


 が、そもそも防犯の魔法に迎撃されたり、警備のモンスターが飛んでくることもなく店内に侵入した。


「なかなかの品揃えだな、運がいい。でも、この程度のエリアにしては高級店すぎない? どういう出店計画だったのか」


 どういう訳か危なげなく店内に押し入った強盗は、その品揃えに満足そうに頷いた。不遜にも、盗人猛々しく疑問を口にした。


 備え付けのソファにリンを寝かせると店内を物色しだした。


 少し広い店内は、商品の補充も完璧ではなかった為に余計に広く見えた。だがお目当てのポーションはもちろんのこと、魔法に使う消耗品、生活雑貨、衣服類、更にはあれば便利だと思っていた、アイテムバックなどが見つかった。


 それらの価値は望外のものとなる。ここに探索者がいれば泣きながら崩れ落ち、狂喜乱舞するだろう。


 修復されたエリアには色々な建物が立ち並ぶ。住居から食品店らしきものや雑貨店など様々だ。そして数ある建物の中で一番利益が出るのがこの魔道具店だ。そのセキュリティを探索者が突破できれば贅沢しても数週間は遊べるだろう。エリアの難易度にもよるが。


 しかしここにいるのは、寝たきりの子供と押し入り強盗だ。とは言っても、強盗と探索者の違いはそんなに無い。


「ああーっ! この服いい感じだなー。うん! これとーこれとこれと、これ! よし、ストックに加えておくか」


 ただ凶悪犯は、自らの身を飾る服に興味深々だった。


「おっと、いかんいかん。服も必要だが装備はもっと必要だ。特に弟子にはな。しかし、本当に無謀な奴だな。こんな装備で探索とは」


 シロはソファで眠っている自らの弟子をそう評価してから商品の強奪をはじめた。


 金など持っていなかったからだ。また持っていたとしても、一切払う気は無かった。


 まずはショーケースの中に入っているポーション類を眺めだした。


 単純に回復を目的とした物やダメージから身を守ってくれるもの。魔法の威力を高めたり、身体を異常に強化する物など様々だ。展示ガラスを叩き割り、それら全てを区別無く攫い、店に備え付けられていたカゴに詰め込む。今度は棚に陳列されていた魔法陣を制作する為に使う厚紙やインクなどを別のカゴに詰め込む。


 その時、さっきまでなかった物が突然に展示ガラスから現れる。


 あまりの事態に、シロは動揺を隠せなかった。こんな事をする訳を思い浮かべなかったのだ。


「はあっ? ……なんだこれ? しかもおい、このポーション絶対おかしいだろ。なんで? まあいいや。貰ってくぞー」


 現れたポーションを掴むと、手を振って応えた。


 異質な存在だ。まあ、あり得ない事が起こる時は、自分が知らないだけで、大体理由があるものだ。


 だがシロはこんな物は必要ないと、後でリンに飲ませることにする。元々、消耗しているリンの為にポーションを探していたのだ。


「たくっ、しけた店だな。酒もねえとは」


 適当に文句を垂れつつ、着てみたいと思っていた服や自分が良いと思った服、リンに似合うだろう服を片っ端からカゴに入れる。最後にカウンターの奥に展示されており、恐らくこの店で目玉商品だったと思われるアイテムバックを、強引に台の固定から外し二つ分確保する。


「ふう、こんなもんかな。後はリンが起きるのを待つだけだ」


 シロは蛮行の限りをつくしたのにも関わらず、腰に手をやり満足げに自分の成果を眺めた。


 それも当然の話だ。ここはエリアで、現在の人類が管理できていない領域である。


 ここが崩壊前の技術か何かによって修復された店だろうと、それは都市の外で自然に木が生えたようなものだ。これらの所有権は、現在誰も持っていない。奪われたと被害を訴えてくる者もいない。現代では、崩壊前にあった世界の痕跡をこうして確保する。


 探索者にとっては日常で、罪悪感など感じている暇はない。


 またその成果は金になる。むしろ喜んで、探索者達は痕跡を収集していた。


「それもいいかな」


 リンの方を見るとまだ寝ている事が分かった。本来ならこの距離、遠くのソファで寝ている者などよく見えない。しかし、シロには問題が無かった。それは目が良いという問題なのか、それとも、目以外の何か鋭い感覚があるのか。


 リンは僅かに震えていた。単純に寒い訳ではないだろう。ならば、ここでシロが取る行動は決まっていた。


 自らが求める誓約。もしリンが受ければ、その先にある筈の未来。リンが悲しまないように、今から思い出を作っておくのも悪くはないだろう。そう考えたシロは、ソファに寝ているリンの傍まで寄る。頭を優しく持ち上げて膝を滑り込ませ、頭を撫でた。


 すると、リンは落ち着きを取り戻したかのように震えが収まり、険しかった顔も穏やかになった。


「んんっ……? やっぱり、かわいいヤツだな」


 穏やかな顔で寝ているリンに口ではそう言ったが、こんな子供がろくな準備もせずに、ひとりでエリアに来てそのまま命を落とす。そんな今の現実に思うところはある。こんな世界になったのは自分のせいだと、自分を責めてしまう。そしてこれからの事を考えると、さらに心が重くなる。


 これからシロは恐ろしいことをリンに頼む。それは並大抵の問題ではない。そもそも、大体の問題はひとりで解決できる。しかし、事は世界の根幹に関わること。手札は多い方が良い。だがいくら自分がいるとは言っても、リンはまだまだ子供で弱い存在だ。道半ばで心が折れるかもしれない、単純に死ぬかもしれない。


「全くイカれた連中だ。自分こそが神とか、もはや意味不明だ。また会うことになると考えると……。今回も必ず叩き潰す」


 良い奴も嫌な奴もいた。しかし、嫌いではなかったのだ。


 あの瞬間までは。


 今度こそ奴らを撲滅せんと、暗い決意を再確認した。


 シロは純粋に子供の命を助けた訳ではない。昔ならばそれが出来ていた。今更昔のようには戻れない。いろいろなものを見過ぎたし、やりすぎてしまったからだ。だからリンの命を助けた事を強調した。それによって、その後の事を有利に進めたのだ。自身の目的の為に、汚い事をする覚悟がシロにはあった。





 夢を見ていた。


 エリアで初めて出会ったモンスターに追いかけられている夢だ。


 このままでは追い付かれ、エリアに挑み、探索に出た者のありふれた結末を辿ることだろう。


 エリアとは危険な場所だ。辺りには崩壊した建物が積み重なり、遮蔽物となって探索者の視界を奪う。索敵が完全ではない場所にモンスターが潜んでいた場合には、あっさり食われてしまう。


 一歩進む毎にその恐怖は積み重なる。先程まで歩いた場所にモンスターが居ない保障など、誰もしてはくれないからだ。だからこそ、探索者達はパーティーを組み、強力な装備で身を固める。危険地帯で生存の努力を怠った者に、エリアは容赦などしない。


 そんなエリアに挑むのには当然訳がある。リスクに見合ったリターンが目当てだ。探索によって崩壊前の痕跡を発見して持ち帰ることが出来れば、そのまま億万長者にすらなれる。


 当然ながらその者は数少ない。


 普通は大成するだけのリターンの前に、リスクに飲み込まれてしまうからだ。だが、少ないながら居るのだ。大きすぎるリスクを抱えたまま、危険なエリアから生還した者達が。その者達の成功に、妬みや僻み、憧れと称賛、様々な感情が渦巻いていく。


 そして、探索者達は彼らと同じ夢を見る。危険なエリアに挑み、生還し、その成果で自身が成功するそのさまを。


 リンもそんなありふれた者達のひとりで、


 夢を見ていた。


 走る、走る、走り続ける。リンはいつから走っていたかなど、とうに忘れてしまっていた。それだけ長い時間走っていた気がする。あるいは、走り始めてからまだそんなに時間は経っていないのか。リンにはもう分からなかった。


(クソッ、こんな場所でモンスターに追われるなんて。こんな拳銃じゃあ意味が無さそうだし、どうする。考えろ考えろ……)


 不意に、リンがそういえばそうだったと、そのことを思い出す。誰に言われたのか、いつ言われたのか、そういったことは思い出せなかったが。


 だとするならば、自分は何を逃げまどっていたか。


(そうだった、俺は魔法が使えるんだったな。何をビビってたんだか……。でもなんでだ? なんでだっけ、か? まいっか)


 リンは自分に魔法が使えることを思い出す。そうと分かると、先程から追いかけて来るモンスターの脅威を、自分を殺す者という評価から、ただ探索を邪魔する存在にへと評価を落とす。


 十分な勝算をもって、リンは体を反転させてモンスターに向き直った。


「敵なら仕方ない。俺だって、死にたくないからな。俺って、そんなに旨そうか?」


 どこか嫌な顔をしながらも冷静に拳銃を構えると、邪魔者を排除する為に引き金を引いた。


 エリアにいるモンスターに、都市のスラム街で手に入る程度の拳銃など意味がない。たとえ当たったとしても、強靭な肉体に弾は貫通など勿論、傷を付けることすらない。だというのに、何故かリンの放った弾丸はモンスターを貫通し、その内側の肉をズタズタに引き裂いた。


 いくら強靭な肉体を持つモンスターとはいえ、その身を穿たれ、内部をズタボロにされれば即死は免れない。傷だらけの拳銃から放たれた一発の弾丸に、モンスターは衝撃を受け止め切れず、最後には弾け飛ぶように散った。生きていた証拠は、ただの血だまりに変わった。


 リンは願った。あり得ないことを、あり得ることにする為に。


 ――世界に。


(やったぞっ! なんだ簡単じゃないか。あれ、なんでだ? 急に視界が……。ああそうか、これは夢か。でも、大丈夫だよな)


 リンは自分が今夢の中にいることに気付く。


 意識が、目覚めへと一気に近づいた。


 先程まで死の危険を感じ取り、不安や恐怖に押し潰されそうだった。しかし自分が魔法を使いモンスターを撃破できたこと、また誰かに言われた言葉を思い出すと、それまでの感情が払拭されて安心感に包まれる。


 これならマシな寝起きになりそうだ。


 リンがそう思いながら安心して目を開けると、夢の内容が彼方に追いやられていった。


 そして、リンは覚醒する。

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