第10話


「じゃあ私は……今まで……努力なんてしてこなかったってこと?」


「してこなかったワケじゃないよ。ただ、本気じゃなかった。だからこそ、今の自分に嫌気がさしているんじゃないの?」


「あっ……」


「本気の努力を知らない人は、本気の努力をした時、その壁の大きさに打ちのめされる。誰しもがね」


「つまり……今回のは、本気の努力だった、の?」


「そうだと思うよ」


 頷く此箕このみに、先ほどの冷たさは見られない。むしろ、温かく笑っていた。


 その表情は、一筋の光に見えた。真っ暗な闇の中で導いてくれる、唯一の道。


「本気の努力の苦しさを知って、それを越えるか諦めるかで、結果は変わる。優梨すぐりちゃんは、今まさにその時なんだよ」


「諦めるか……越えるか……」


「諦めるのは弱い自分を守る道、越えるのは今の自分を傷つける道」


「……」


 どっちを選ぶ、ということだろう。


 自分を傷つけるのは嫌だ。だが、弱いままでいるのも癪だった。


 誰にも迷惑かけたくない。

 誰にも馬鹿にされたくない。


 誰かに褒められたい。

 誰かに求められたい。


 ううん、それ以上に。



 自分という存在に、誇りを持ちたい。



「私は……越える」


 誰でもない、自分自身のために。


「だから、本気の努力の仕方を教えて!」


 此箕このみにそう告げると、彼女は頷いた。


「もちろん」


 差し出された手を、私は強く握りしめる。


 その瞬間、視界がクリアになった。夕日が、入道雲が、カラスの群れが、鮮明に、そして美しく見える。


 息を呑んだ。私がこんなにも綺麗な世界にいたことに、初めて気づいた。


 もしかしたら、大嫌いだと思っていたこの自分さえ、綺麗なのかもしれない。


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大嫌いな自分にさよならを 葉名月 乃夜 @noya7825

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