第9話


「学校に、いない……?何言ってんの?」


優梨すぐりちゃんは、頭の良さが生まれつきのものだって思ってるんでしょ?なら、私は一生底辺だった。この高校にだって、行けなかった」


「はぁ……あの点数で何言って……」


「250位」


「え……?」


「208位」


「……」


「201位」


 此箕このみは相変わらずの表情で謎の順位を呟く。


「これ、私の中学の時の順位」


「これって、今の……?」


「そう。馬鹿でしょ?300人の中の、200番代だよ」


「そんな……たまたまでしょ?」


 本気にしてない私に対して、彼女は妖しげに微笑む。


「まさか。ずっとこうだったよ、中3の夏まで、ずっと」


「そんな……」


「ねぇ、こんな学力の人間が、今みたいになったんだよ。これでも頭の良さは生まれつきだって言える?」


「それは……」


「じゃあ逆に訊くよ。優梨すぐりちゃんは中学の時、どのくらいの順位だった?」


「えっと……上から2番とか3番とか……まれに1位もあったけど……」


「ほらね、頭良いじゃん。優梨すぐりちゃんの言うことが正しいなら、きっと今でも悩んでいるはずはないよ」


「そんなの、私はたまたまで……」


「じゃあ単純に努力してないんだ」


 なんの悪びれもなく、此箕このみはそう言った。


 自分の中で爆発的に怒りが湧き上がる。が、不意に脳裏をよぎった記憶が、その感情を一瞬にして沈めた。


 努力してない人間なんていない。誰もが、勉強なり運動なり、何かしらの形で努力というものを行っている。


 だが、果たしてその努力にはどれほどの力を費やしているのだろうか。私は死ぬほど努力を行なっていたのだろうか。


 そう考えたら、不思議と彼女の言葉がスッと胸に落ちた。


「ほら、やっぱりそうなんじゃない?」


 私の表情を見てか、此箕このみは笑う。


優梨すぐりちゃんは、今まで本気の努力をしてこなかったんだよ」


「っ!ふざけないでっ!」


 自分の方が賢いがための余裕?


 此箕このみの中学の成績を聞かされるのはいい。私の仮説に反例を示すのもまだいい。


 だけど、自分の努力を貶されることだけは嫌だった。


「私が本気の努力をしてない?ふざけないでよ。私は今までずっと、人よりも努力を積み重ねて来た。その結晶こそが、テストの成績とかみんなからの信頼なんだから!」


「じゃあつまり、努力は実ったんだ」


「当たり前でしょ」


「だったらやっぱり本気の努力じゃないよ」


「はぁ!?」


 彼女は悪びれもなくそう言った。笑っているからこそ、その言葉に悪意が籠っているのかいないのか判別できない。


 冷めていた鍋が再び火にくべられたように胸の奥が熱くなる。


「本気の努力じゃない!?よくそんなこと言えるね!私がどれほど苦労したかも知らずに……」


「本気の努力はね、簡単には実らないんだよ」


「……っ!」


 不意に此箕このみは真顔になった。いや、無表情という方が合っているかもしれない。闇を知ってしまったような、影が落ちた顔。

  

 それを見て私は何故だか打ちのめされた。


「努力っていうのはね、苦しんで苦しんでギリギリまで追い込められる。そのくせ、思ったような結果がすぐには出ない。そんなものなんだよ」


 吹きつけた風がやけに冷たく感じた。気がつけば、水の流れる音が気にならなくなっていた。


 一体、目の前の人はどれほどの努力というものを重ねて来たのだろう。そして、その中で実ったのはいくつなのだろう。


「苦しめられて、追い詰められて、絶望させられる。そして、諦める道に誘う。それが努力。だけど優梨すぐりちゃんは、努力がすぐに実っちゃうんでしょ。それは努力とは言わない。それこそ、才能だよ」


「……」


 何も言い返せない。ただ、此箕このみに見つめられ、見つめ返すことしかできない。眼鏡の奥に宿る、底なし沼のような、暗く黒い瞳で。


 

 


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