第7話
生まれて初めて、家を出た。だから、何処にいけばいいかなんて全く持って分からない。行く当ても見当たらない。
取り敢えず走って、がむしゃらに道を進んで、もう迷子になるんじゃないかってところで足を止めた。
「はぁー……はぁー……はぁー……っ」
肺が苦しい。胸も苦しい。
魚みたいに口をぱくぱくと動かす。怒りに支配されていたせいで、自分の体力がどんなものかをすっかり忘れていた。
気管が擦れる痛みと闘いながら深呼吸を続け、ようやく落ち着いてきたと思った瞬間、五感が研ぎ澄まされる。
鼓膜に届くのは水の音。顔を上げて気づく、私は、川の目の前に立っていたことを。
「……」
夕日がゆらめくその流れをしばらく眺めて、ふっと頬を緩めた。
「これじゃあまるで、この中に入れって言っているようなものじゃん」
神様って意地悪だ。こんな時に限って逃げ場を用意してくれなくても。
自分の運命を少しだけ呪った。けれど、それを救いだとも思えた。
無意識に歩いていた。ゆっくりと前進していた。緩やかな水流に誘われて、ふらふらと足が勝手に動く。
このまま水の中に進めば、きっと楽になれるはず。
そんな思考が生まれて、脳がどんどん侵される。だけど。
「結局は、自業自得なんだもんね」
つま先が水に晒されている状態で、かろうじて踏み止まる。私が悪い点数さえ取らなければ、そもそもあんなことは起こらなかったのだから。
目の前の川は、相変わらず私を引き込もうとしている。しかし、先ほどの美しさは消え失せている。
「……あーあ」
しゃがみ込んで、腕の中に顔を埋める。
「なんで私ってこうなんだろう……。どうして、上手くできないんだろう……」
勉強もスポーツも芸術も、今までは自分が上だと思っていた。私は上位の存在なんだって。
だけど、私が知っていた世界は随分と小さかった。地域とか友達とか、そんなちっぽけな箱の中でしか生きていなかったんだって気がついた。
「私なんて、別に何ともなかった。特別だなんて、優秀だなんてことはなかったんだなぁ」
足元に平べったい小石を見つける。何気にそれを手に取って、フリスビーみたいに腕を振って投げた。石はポチャンと軽い音を残して川の中に沈む。
「あはは……、下手くそ」
ムカついて、何度も何度も石を投げる。でも全て、水の底に沈んでいくだけ。
おかしいな、昔は水切り、得意だったのに。
「勉強と同じじゃん」
自嘲した。細かい石を見つけて投げるのが面倒くさくなって、そばにあった大きな石を力任せに投げる。
ぼちゃん、と大きな音と水柱が上がって、瞬く間に、その足は姿を消した。
「だめだな、私」
今度は思いっきり石を蹴る。ぼちゃぼちゃと騒音が沸き立つ。
「馬鹿だ駄目だ悪い子だ」
ポロポロと涙が溢れていた。それが悲しみなのか苦しみなのか怒りなのか、もう何も分からない。
「なんで頭が良くないのなんで運動神経が良くないのなんで絵が下手なの!?」
ぐるぐると熱が脳内を犯す。もう何もかもが嫌だ。「自分」なんて大嫌いだ。
「何で私はこんなにも駄目な人間なの!?」
手元にあった石で思いっきり左手を殴った。嫌な音と共に激しい痛みが走って、甲に血が滲み出る。
激痛のおかげで少しだけ理性を取り戻し、また荒い呼吸を繰り返した。
「
私の名前を呼ぶ声が聞こえて、咄嗟に振り返る。
ぼんやりと歪む影に見覚えがあって、目を見開く。
「なんで……」
感情に支配されていたがために全く気が付かなかった。
そこにいたのは、教室でよく目につく彼女の姿だった。
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