第3話


 家に帰る足取りは重かった。正直、帰りたくない。けど、帰らなきゃ。


「た、ただいま……」


「おかえりー」


 いつもと変わらない声でお母さんが出迎える。


「今日は早いのね。部活無かったの?」


「うん」


「そっか。でも汗かいたでしょ?着替えてきなさい」


「分かった」


 私は早足で階段を駆け上がった。どうやらテストのことは頭にないみたい。運がいい。


 服を脱いでシャワーを浴び、部屋着になって再び階下に行く。暑いし、アイスでも食べよう。


 冷凍庫からバニラカップを取り出し、一さじ掬って口に含んだところで、お母さんは不意に言った。


「そういえば、そろそろ定期テストの結果が返ってくるからじゃないの?」


ギクリ、と動きを止める。そういえばって、わざわざ思い出さなくて良かったのに。


「そう、だっけ……?」


「何か返ってきた?」


「うーん……」


 お母さんは私の瞳をじっと見つめる。


「どうなの?」


「それは……」


「返ってきたのね」


「……うん」


 やっぱり、お母さんの目は誤魔化せない。子供が嘘をついたり隠し事をしても、親は癖を知っているのか、すぐに見抜いてしまう



「どれ?見せて」


「それは……できない」


「なんで?」


「その、思ったよりも、点数、悪かったから……」


「そう……。でも、一応見せて頂戴」


「……分かった」


 仕方なく、2階から答案を持ってくる。娘が見せたくないって言ってるんだから、空気ぐらい読んで欲しい。点数悪いって言ったんだし、わざんざ見せる必要ないでしょ。


「はい」


「はい、どれどれ」


 渡した紙を開いて数秒後、お母さんはため息を一つついた。


「……まぁ、これで高校のテストがどんなものか分かったね」


「そうだね……」


「次は頑張りなさい」


「……はい」


 お母さんから返された答案を持って、私は自室に戻る。ぐしゃり、と机の上でそれを丸めた後、ベッドに倒れ込んだ。


「ああーーー!」


 テストの結果を目にしたお母さんの顔が浮かぶ。私だって驚いたよ。自分がこんな点数しか取れないだなんて。


 中学校のテストは、普通に勉強すれば簡単に90点台が取れた。なのに、今回は同じようにやったけど結果はボロボロ。


 お母さんは優しいから、点数だけを見て頭ごなしに怒ったりはしない。成績が落ちたからって、物を取り上げたりもしない。


 ただ、私の勉強に対する態度だけに口出しをして、後は見守る。それだけ。


 いつか、友達にそのことを言ったら羨ましがられたっけ。「私なんて、目標点に届かなかったからスマホ取り上げられたのに!」なんて喚かれたことが甦る。


 そりゃ、お母さんは私にペナルティとかは与えることはない。


 だけど、ただ頑張れって言われるのは、まるで飽きられているように聞こえて嫌だ。


 お母さんは優しい。だけど、その優しさが、私には辛かった。

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