[2] 大剣

 その日は飲めや歌えやの大宴会だった。

 田舎だからとバカにしていたけれど、田舎だからこそのうまいものがいっぱいでてきた。

 村の外にはすぐに山があって獣肉には事欠かない。

 赤眼兎の足を引きちぎって味噌にじっくりつけこんだやつがあってこれがたまらなく美味かった。狂牙猪の刺し身はこりこりした歯ごたえがいい。

 森に分け入れば粘細草どころか回転茸も生えているらしい。せっかくここまで足をのばしたのだからちょちょっと採取して帰るのもいいだろう。

 おまけに村長が秘蔵の酒をだしてくれた。代々継ぎ足し継ぎ足し作ってるとても古いものでどろりとした琥珀色をしていて奥行のある味わい。

 どうにか盗めないものかと思ったがさすがに管理が厳重すぎて無理だった。


 そんなこんなで勇者様のおかげで存分にいい思いをした翌日、村を出てどうしようか、隣の村に行くかそれとも一旦街に帰るか、それは歩きながら考えればいいやと思っていたところ、村長に呼び止められた。

「実は勇者様方に折り入ってご相談があるのですが」

 はい出たこのパターン。ここまで歓迎してくれるのはさすがになんかあると思ったよ。

 ただまあこっちもさんざんただ飯ただ酒楽しんだのだ、話ぐらいは聞いてやってもいい。

「近くの古い祠に小豆鬼が数匹、住み着いて困っておるのですじゃ。どうか退治していただけませんか」


 チョイハテ村を出て2人歩く。

 骨月は思いっきり伸びをした。にわか賢者のふりもずいぶんと適当なものだったけれどあれはあれで窮屈に感じていたものらしい。

 勇者様はといえば半ば強引な形でお土産にもらった赤割実の日干しを口にくわえている。手をつけるのが早いし行儀も悪いやつだ。

 噂の祠が見えてきた。子供の背丈ほどしかない薄汚い小豆鬼の姿が一匹、二匹うろついている。


「飯おごってくれたんだ、このぐらいの仕事はやってやろう」

「小豆鬼だけならただのザコだしそうすっか。やばいのが出てくるようなら即トンズラだ」

「入り口から順に殴ってって最後の一匹まで倒すいつもの作戦で」

「実にわかりやすい」

「行くぞ!」

 骨月と平犬は何の警戒もせずにずんずんと祠に近づく。

 堂々と現れた人間に小豆鬼たちは一瞬驚くが手にしたこん棒ですぐに襲い掛かってきた。


 動きがあんまりにも雑だ。骨月は魔力を右こぶしに込めると小豆鬼を殴り飛ばした。

 一撃。ぐえと変な鳴き声をあげて小豆鬼はつぶれる。

 平犬の方も背負った大剣を使うのも面倒だとばかりに前蹴りを繰り出せばあっさりともう一匹をぶちのめした。

 祠に踏み入る。中には三匹。

 骨月は後ろに下がった。あとのことは任せる。

 平犬は大剣を持ち出すと一気に三匹まとめて薙ぎ払った。

 壁やら柱やらにも斬りこみが入ったがこんなぼろい祠どうなろうと知らん。

 それでおしまい。やっつけ仕事。


 まだどこかに小豆鬼が残っていたとしてもここにはとどまるまい。

 もし仮に逃げ出さなかったとしたら今度はちゃんと依頼をだしてまともな冒険者に討伐してもらえばいい。

「なーんかいーもんなーいかいなー」

 珍妙な節回しで歌いながら平犬が家探しする。

 何かあったとしても小豆鬼の奪ってきた盗品だろうが問題ない。冒険者の常識的にばれない程度ならちょろまかしてもオールオッケーなのだ。

 まあちゃんとした冒険者ならやんないことだが。

 不意に平犬が歌うのをやめていた。骨月も"それ"に気づいた。


 目の前に女が立っていた。

 白いローブを身にまとった若い女。半透明で向こう側が透けて見える女。

 そいつが祠の中にいきなり現れた。まったく何の前触れもなしに。音もなく。

「あなたは勇者ですか」

「もちろん俺が勇者だ」

「おお勇者よ、よくぞここまでたどり着きました」


 この女何者だ。あとなんで平犬、お前は自信をもって勇者と答えてるんだ。勇者じゃないだろ。

 役にすっかり入っちまってるのかもしれないが、この女なんかまずいぞ。関わらない方がいい気がする。

「あなたに伝説の聖剣『紅揺裂』を授けましょう。これは儀罪獣極神に傷をつけることができるただ一つの武器です。あなたにしか扱うことができないよう封印を施しました。ほかにも世界には邪悪に対抗するための防具が隠されています。それらをすべて見つけ出し悪しき者たちをうち倒すのです」

 言いたいことだけ言ってしまうと女は消えた。現れた時と同じくまったく唐突に。


 残されたのは骨月と平犬の2人とそれから紅くねじくれ曲がった大剣1本。

 まずいことになった。見ただけでわかる。この剣は本物だ。

 あの女ちゃんとしろよ。なんでそんな大事なものをほいほい人に渡してんだよ。

 口頭確認だけですますな。きちんと身元を調べつくせ。

 簡単に専用装備にするな。複雑な手順を踏め。

 さすがの平犬も事態のまずさを理解したようで聖剣をしげしげと眺めている。

 まがまがしい色形に本人以外には使えないって聖剣とは名ばかりでそれほとんど呪いの装備だろと思ってしまうけど。


「これどうするよ?」

 顔をしかめて困った様子で平犬がきいてくる。

 きかれた骨月は大きくため息をついてやった。

「選択肢は大きく分けて2つある。1つはこのままほっといてだれも悪の大魔王を倒すことができずに世界が破滅するのを待つことだ」

「さすがにそれはないな。もう1つの選択肢ってやつをとっとと言え」

「本当の勇者になれ。お前が本当の勇者になって悪の大魔王を倒すんだよ」

「まじかー」


 こうして伝説の聖剣を手に入れた偽物の勇者は悪の大魔王を滅ぼすためにまずは伝説の防具をそろえようと世界を旅することになりその道中で本物の勇者と出くわしたりハーレムができそうでできなかったりとおもしろいこともいろいろとあるのだが話があまりに長すぎるからここでは語らない。

 いつかどこかで語ることもあるかもしれないし、ないかもしれない。

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