偽物勇者とその従者

緑窓六角祭

[1] 虚偽

「勇者になれ」

 骨月は白泥酒をぐびぐびと気持ちよさそうに飲み干すとそう言った。

 何もそれはずっと前から考えていたというわけではなくてふとそのとき思いついたことだった。

 言われた平犬は人の話を聞いているのかいないのか、星角鹿の脛肉にがじがじとかじりついている。

 もうほとんど肉は残っていないがあれは骨にこびりついたところがうまいからしょうがない。

 存分にねぶりつくしてからようやく平犬は骨月の方を見た。


「なんだお前、ついに頭がおかしくなったのか」

「バカを言うな、おかしくなっちゃいねえよ。儲け話だ」

「詳しく話せ」

 話はそんなに複雑ではない。

 今、巷では異世界から勇者が召喚されたと話題になっている。なんでも近いうちに現れる悪の大魔王を滅ぼすためにはその勇者が必要らしいのだ。

 こんな地方の街でもそんな話を耳にするぐらいだからこれは相当なブームになってると考えてもいいだろう。


「そういうわけだからお前を勇者にしたてあげて、ものを知らない田舎者から小金をせしめようって寸法だ」

「なるほど、よくわかった。そいつはいいな。ちなみになんで俺が勇者になるんだ、お前じゃなくて?」

「なんとなく雰囲気だよ。俺よりまだしもお前の方が少しぐらいは勇者っぽいだろ」

 骨月も平犬も冒険者とならずものの中間のようなものでいずれ劣らぬ悪人顔だがどちらかをどうしても勇者に仕立て上げなければならないとなれば苦渋の決断で平犬の方を選ばざるを得ないことになる。

 決して骨月が面倒だったというわけではない。


 ともかく話はまとまって異世界から召喚された勇者のふりをして一儲けしようということになった。

 さすがに顔の知れてる場所ではそんなまねはできないから2人は3日ほどかけて辺境へとせっせと足を運ぶ。

 道中せめてもと平犬の剣と鎧をぴかぴかに磨き上げる。

 少しは小ぎれいになったものの到底勇者には程遠い。けれどもまあちょっとの間、人をだますくらいであればこれで十分用は足りるだろう。


 チョイハテ村までやってきた。

 最果てじゃないよ、最果てよりはちょっとだけ中央に近いよで有名なあのチョイハテ村だ。

 打ち合わせ通りに着くなり平犬は村の広場で大声を上げた。

「おおう、見たこともない景色が広がっている。ここは? ここはいったいどこなのだろうか?」

「この世界のどこにでもあるありふれた村の一つでございます。この村の近くに伝説の聖剣が眠るという伝説があるのでございます」

「そうなのか、ありがとう、我を導きし偉大なる賢者よ。さあ暗黒の魔王を倒すために伝説の聖剣を手に入れに行きましょう。この美しい光景を守るために!」


 なんだか子供のころにやった演劇を思い出す、くそみたいに仰々しくてわざとらしい芝居だったが、いやだったからこそわらわらと周りに人が集まってきた。

 平犬は調子に乗ってそのあたりにあるなんでもない普通のものを指さしては大げさに驚いて、そこにすかさず骨月はさすが勇者様は目の付け所が違いますねとほめたたえていれば、次第に騒ぎが大きくなる。

 観衆の中から一人、腰の曲がったじいさんが現れた。よっしゃ、かかった、思惑通り。

 そんな内心を顔をださずに骨月はうやうやしく礼をすると老人に問いかけた。


「お騒がせして申し訳ありません。ご老人、私たちに何かご用ですか」

「わしはこのチョイハテ村の村長ですじゃ。ひょっとしてあなたがたは勇者様とそのお仲間の方なのでしょうか」

「隠していたつもりでしたがばれてしまっては仕方がありません。悪の化身を倒すための伝説の武器を求める旅の途中でこの村に立ち寄らせていただきました」

 骨月の言葉を聞いて観衆からどよめきの声が湧き上がった。

 中には手をすり合わせてこちらを拝んでいるものもいる。実に幸先がいい。


「今日はこの村で一夜を過ごそうと考えているのですがどこか良い宿はありませんか?」

「ありがたいお話ですじゃ。ぜひとも我が家にいらしてください。村をあげて歓迎いたしますぞ」

「すばらしいお心掛けでございます。勇者様もきっとお喜びになるでしょう」

 とんとん拍子にことが運ぶ。村長の案内でその屋敷に向かう。今日は宴会だ、うまいものが食える。

 爺さんは歩くのがとろくさくていらつくがそのくらい我慢してやろう。あと平犬、勇者ムーブはもう十分だから静かにしてろ。


「ところで」

 不意に村長が立ち止まった、眼光鋭くこちらをにらんでくる。

 骨月の背中を嫌な汗が流れた。まさか――?

「伝説によれば勇者様はたくさんの女性をつれていらっしゃるというお話でしたが、お連れの方はあなた様おひとりなのでしょうか」

「……これから行く先々で適当にいいのをみつくろってハーレムを作る予定です」

「なるほど、それはしかりですじゃ」

 セーフ! ばれたわけじゃなかった。

 余計なことを気にすんなよ、このすけべじじいが。びびっただろうが。

 というか今の返事でよく納得したな。次からはちゃんとした答え方を考えておくとしよう。

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