魔法使いの同居人 - 14

 その日の全校集会は生徒会長の話から始まった。


 生徒会長は人形遣いの話は敢えて避けているようで、当たり障りない話をしている。今や生徒会長が起こした騒動は全校生徒が知るところになったが、壇上で話す本人は事件など意に介した様子もなく堂々としたものだった。


 まあいい。今回の標的は生徒会長ではない。


 立ち並ぶ生徒の群れから外れた体育館の壁沿い、教職員と同じ列の先頭に今回のターゲットである一ノ瀬千花はいた。副生徒会長の彼は全校集会の進行役としての仕事を全うしている。


 彼には教師のズボンを下ろさせることに決めた。生徒会の信頼を落とすには、犯行内容は間抜けなほうがいい。


 これが完遂できれば生徒会役員三人が不祥事を起こしたことになる。生徒会の評判は地に落ち、役員は解任されることになるだろう。当初の予定では生徒会長を操ったところで目的は達成される想定だったが、なかなか思い通りにはいかないものだ。


 しかし生徒会長に加え、二人目の副生徒会長も不祥事を起こしたとなればそうはいかない。人形遣いの噂を信じる生徒の中には、彼らの無実を訴える者もいるかもしれないが、教職員が問題ばかりの生徒会を放置するはずがない。生徒会の再選抜や役員たちの休学は間違いない。


 生徒会長の話を半分以上聞き流しながら、実行のタイミングを計る。参加者の視線が一ノ瀬千花に集まるときがベストだ。進行のためマイクで話し始めた瞬間にしよう。


 ズボンを下ろされる役は、教師であれば誰でもよかった。横目で窺うと一ノ瀬千花に一番近いのは体育教師の田所だ。あの男にしよう。下ろしやすいジャージ姿なのも好都合だった。


 話を終えた生徒会長が一礼し壇上から降りる。それに合わせて、進行役の一ノ瀬千花が一歩前へ出た。


 今をおいて他にない。

 一ノ瀬千花へ向けて能力を使おうとした、そのときだった。


「ストップです」


 真後ろから女性の声が聞こえた。声量はけして大きくないが、静まっている体育館内では、その声はよく響いた。


 振り返った先にいた同じクラスの女子生徒と目が合った。五十音順で自分の一つ後ろの苗字を持つ間その子は、身体測定のときも朝礼での並び順も自分の背後が定位置だった。


 目の前の生徒が突然振り向いたものだから、目を丸くしている。

 先ほどの声の主はこの子だろうか。反応を見る限り、そうは思えなかった。


 周囲の様子にも違和感を覚える。静まった館内であれだけはっきりと声が響いたのだから、周りの生徒たちももっと気にかけていいはずだ。


 しかし生徒たちは、誰一人として反応していない。まるで誰にも聞こえていなかったみたいに。


 おかしいのは自分のほうなのだろうか。計画の実行を前に緊張して、幻聴でも聞いたのかもしれない。


「素直にこちらの指示に従ってくれて助かります。手荒い方法をとるのは苦手なので、引き続き協力をお願いします」


 再びの女の声がした。間違いなく聞こえた。幻聴なはずがない。

 謎の女は自分に話しかけているようだ。やはり自分以外の生徒には聞こえていないらしく、誰もこちらを気にしない。


 感じたことのないプレッシャーから掌に汗がにじむ。


「続いては校長先生のお話です」


 一ノ瀬千花の声がスピーカーから聞こえる。実行するタイミングを逃してしまった。


 しかし、今はそれどころではない。

 自分に降りかかった問題を解決するのが先決だ。


 ぎゅっと目をつむり、呼吸を落ち着けると、正体不明の相手に向けて尋ねる。


「あなた、誰なの?」


 絞り出した声は震えていた。緊張によるものなのか、あるいは周囲に聞こえないよう小声で話したためなのか、自分でもわからなかった。


「私のことは気にしないでください。あなたとは友達の友達みたいなものなので、実質ただの他人です」


 そう言われたところで、「ああ、そうですか」と思えるはずがない。女の言葉を無視する形で質問を続ける。


「いったいどこから話しているの? 何故誰もあなたに気づいていないの? 私に一体何の用があるの?」

「一度にたくさんの質問をしないでください。私は聖徳太子じゃないですよ」


 その例えは完全に間違っているが、指摘する気にはならなかった。


「目的は何?」

「目的は二つあります。ひとつはあなたがいたずらをしないように監視すること」


 そんな気はしていたが、間違いない。

 この女は自分が人形遣いであることに気づいている。


「二つ目はメッセージを届けることです」

「メッセージ?」

「あちらで司会のお仕事をしている、私の同居人からです」


 『司会』と聞いて、一ノ瀬千花を見る。

 ちょうどこちら見ていた彼と目が合ったが、すぐに視線を外されてしまった。


「メッセージの内容は?」

「『集会が終わったら、体育倉庫前まで来てほしい』とのことです」


 そう言われて、恐れていた事態が起こったことを察する。きっと何もかも終わってしまったのだ。肩から力が抜けていく。

 一方で、これ以上他人を巻き込まなくてよくなったと考えれば、晴れやかな気分でもあった。


 首を縦に振り、呼び出しに応じる意思を伝える。


「期待しないでくださいね。千花くんからの愛の告白ってわけではありませんから」


 そんなことわかっている。


 返事をするのも億劫なので無視を決め込んでいると、女の気配が消えた。どこかへ行ってしまったようだ。彼女は何者だったのか。只者でないことは間違いない。自分のように特別な能力を持っているのかもしれない。


 首を左右に振り、女のことはいったん頭から離そうと試みる。今は何よりも、この後訪れる一ノ瀬千花との対面に向けて考えを切り替える必要がある。解決できない問題は時間があるときにでも考えればいい。


 お経のような校長の話を聞き流しながら、いつも以上に長く感じられる時間が経つのを無心で待った。

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