魔法使いの同居人 - 13
生徒会室の扉を開けると、会長の姿があった。
頬杖をついてスマホをいじっている。
コの字型に並べられた長机には、全部で十五個のイスが付いている。その周りにはロッカーやホワイトボードが並べられている。
この部屋では、定期的に生徒会のミーティングが行われる。それ以外にも生徒会関連の事務や雑事を行い際に作業場所として利用されることが多いのだが、今日は会長しかいなかった。
広々とした空間にこじんまりと一人座っている様子は、どこか寂しそうに見えた。
僕が入ってきたことに気づくと、会長はスマホを机に置き、手招きをする。促されるまま、僕は会長の隣のイスに座った。
「急に呼び出して、いったい何の用?」
僕は用件を尋ねる。
聞いては見たが、呼ばれた理由については察しがついていた。
「昨日の私の失態について、目撃者の千花に聞いておきたくてね」
予想通りの展開に憂鬱な気分になる。
普段から世話になっている会長の醜態について、僕の口から本人に話すのは気が引けた。一方で、避けて通れないこともわかっている。会長からすれば、この件に片を付けないわけにはいかないだろう。
僕は覚悟を決めて会長に向き直る。
「会長はどこまで覚えているのさ?」
「ほとんど何も覚えてない。気が付いたら、石灰まみれの先生が前にいて、手にはライン引きを持ってたわ。映画の場面転換みたいに、急にシーンが切り替わったような感じ」
僕はあのときの会長の行動をできるだけ詳細に説明した。もっとも、昨日生徒指導室の中で話したことと同じ内容なので、目新しい情報はなかったと思う。それでも会長は口を挟まずに僕の話を最後まで聞いていた。
「信じられないわ。一生の恥よ」
自分自身にあきれたといった様子で、会長は深くため息をついた。
「頭が痛いわ」
「冷えピタ使いますか?」
「なんで学校に冷えピタなんて持ってきてるのよ」
何でかは僕もよくわからない。勉強した後に貼るといいという、根拠不明な説明をしてきた紗月さんに強引に渡されただけだ。授業中に使うわけにもいかないので、しばらくカバンに眠っていたのだが、意外なところで出番がやってきた。
会長はおでこに貼りつけると「ぬるい」とぼやいた。
「人形遣いか。噂は聞いていたけど、こんなことになるなんて思いもしなかったわ」
「僕も被害者が会長じゃなければ、たちの悪いいたずらとしか思えなかったと思う」
「狙いは生徒会なのかしらね」
紗月さんと同じ意見を会長は口にする。会長が言うことで、説がより真実味を帯びてくる。
「その可能性は高いと思う。でも、どうして生徒会を狙うのかがわからない。恨みを買うようなことをした覚えはないけど」
「人間どこで恨みを買ってるかなんてわからないものよ。誰にでも優しい聖人のような人がいたとしても、完璧なところが気に食わないって理由で逆恨みする輩は絶対にいるわ」
会長は腕を組み、天井を見上げた。
「邪魔が入ったからといって、それが歩みを止める理由にはならないけどね」
実に会長らしい言葉だった。誰に足を引っ張られたとしても、彼女が信念を曲げるることはない。変わらず強い意志を示す会長を見て安心した。彼女はこうでなくちゃいけない。
「それでも警戒は必要ね。また私が狙われるって可能性もあるけれど、順番的には次は千花の番の可能性が高い」
「そうだね。気を付けると言っても、現状僕らには為す術がなさそうだけど」
「そうねぇ」
会長は握りこぶしで額の冷えピタをコンコンと叩いた。
「犯人を見つけ出してやりたいところだけど、今のところ手掛かりらしいものは何もないのよね」
『手掛かり』と言われて紗月さんとの会話を思い出す。紗月さんが言っていた密室から消えたライン引き。あの謎が解ければ、人形遣いの正体に一歩近づくとこができる予感はあった。
しかし、会長にこの話をすることは躊躇われた。余計な混乱を招くだけな気がしたからだ。
この件はいったん保留にし、別の手掛かりについて話を切りだす。
「雨森さんっていう同級生の女の子がいるんだけど」
「知ってるわよ。自称新聞部のちびっこでしょ。まだ生徒会として部活動を認めたわけじゃないのに、あまり勝手なことをされると困るのよね」
「その雨森さんが、人形遣いの正体を突き止めたって言ってたんだ」
「はぁ?」
会長は整った顔を歪ませて、訝しげに僕をにらみつけてくる。
眉間に皴が寄って、美人が台無しになっている。
「何よそれ。もっと早く言いなさいよ」
「聞いたのは事件発生前で、そのときは人形遣いなんて本気にしてなかったんだよ」
確か三日前だったかな、と補足情報を加える。
「それで正体は誰なの?」
「さあ?」
僕が肩をすくめると、会長がにっこりと笑った。思わずドキッとするような魅力的な笑顔に見えるが、生徒会役員として一緒にいることが多い僕には、笑顔の裏に潜む怒りがはっきりと見て取れた。
「なーんで、そんな大事なことを聞いておかないのかしらね」
「ごめんって。明日にでも聞いておくから勘弁してよ。ただ、こう言ったら雨森さんに失礼かもだけど、きっとガセネタだと思うよ」
会長は笑顔から一転、むすっとした表情に変わる。笑っているよりかはずっと健全なので、僕は胸をなでおろす。
「それを聞いてたら、この間あの子と話をしたときにでも探りを入れたのに」
「雨森さんと会話したの?」
「一昨日ね。廊下ですれ違ったときに話しかけられたのよ。写真を見せられて、ここに写っている人を知らないかって」
それは、つい今しがた僕に尋ねてきた内容と同じだった。雨森さんはいろんな人に写真の人物について聞き込みを行っているようだ。
「僕も聞かれましたよ。校庭の写真の件でしょ」
「そうそう。確かそんな写真だった」
会長は何もない空間に視線を向ける。記憶の中の写真を見ているのかもしれない。
「知らないかって聞かれても、写っていた小学生の姿が遠すぎて、誰かなんてわかるわけないわよ」
僕は同意する。
残念ながら、あの写真で探し人を見つけるのは難しいだろう。
もしかして雨森さんは、写真に写っていたランドセルの子が、人形遣いだと思っているのだろうか? だとすれば見当違いも甚だしい。
「それよりも、かわいい猫ちゃんが写ってて、そっちに目がいっちゃったわ」
「猫?」
猫なんて写っていただろうか。僕は写真を思い出す。
しかし思い当たる節はなかった。
「猫なんていなかったよ」
「はあ? 真ん中の目立つ場所に三毛猫がいたじゃない」
三毛猫。会長がそう言った瞬間、頭に引っかかるものがあった。何か重要なピースを見つけた。そんな確信があった。
歯がゆさでもぞもぞとしてしまう。すぐそこに答えがあるはずなのに、なかなかたどり着かない。もどかしさと焦りが脳みそを混乱させる。
そうこうしていると、唐突にピースがはまる感覚があった。それをきっかけに、次々と別のピースまで繋がっていく。最後には脳内に一つの絵が完成していた。
「大丈夫? 真っ青な顔してるわよ」
心配そうに会長が聞いてくる。
平静を装わなければ。そう思うが、思うように自分の身体を制御できない。強張った笑みを浮かべるのがやっとだった。
「今日は帰りなさい。休んだほうがいいわ」
異変を察知した会長に帰宅を言いつけられる。
気づいた真実を前に、次に自分がどう行動していいかわからない僕は提案に従うことにする。バックをつかみ取ると、そのまま生徒会室を飛び出した。
紗月さんに相談する必要がある。
高揚と悲しみの入り混じった気持ちを抑え、僕は自宅へと急いだ。
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