魔法使いの同居人 - 3

 図書館がある北校舎と生徒用昇降口がある南校舎とは、渡り廊下で繋がっている。


 日中は教室移動の生徒たちでそれなりに交通量は多いが、放課後にもなると人影はまばらだった。


 バックの中には図書館で見繕ったジャンルの異なる三冊の本が入っている。選考基準は涼川さんの意見を参考にして、どれもドラマや映画の原作となった話題作ばかりだ。


 渡り廊下の窓からは夕陽が差し込んでいる。夕方とは思えない明るさだ。窓枠の向こうには校庭があり、白いユニフォーム姿の野球部員が白球を追っている。金属バットに球が当たる甲高い音が聞こえた。


 その音に交じって、背後から足音が迫ってきた。足音の感覚から追ってきた人物が小柄であることがわかる。


「千花くん!」


 振り向くと小さな肩を上下に揺らし、息を切らした雨森比奈あまもりひながいた。


 同級生である彼女だが、ピンクのリボンで結ばれたツインテールと背の低さが相まって年下のような幼さがあった。フレームの厚い眼鏡も子供が大人びようと背伸びをしているようにしか見えない。


 首からデジタルカメラを下げ、手にはアルパカのキャラクターが印刷された手帳を持っている。


 中学時代は同じクラスだった雨森さんとは、高校生になってからも会えば立ち話をする程度の関係が続いていた。


「これからおかえりかな?」


「そうだよ」


 答えた後で、眼鏡越しの雨森さんの瞳が爛々と輝いていることに気づく。何か話したいことがあるみたいだ。


「雨森さんは何しているの?」


 待ってましたと言わんばかりに目を見開くと、雨森さんは両手でカメラを前にかざした。


「新聞部の取材だよ!」

「『新聞部』って、まだ正式な部活動として認められたわけじゃないんでしょ?」

「そうなんだよね。部として認定されるには最低でも三人の部員が必要みたいでさ。あと一人足りないんだよ」

「新聞部、二人になったんだ?」

「うん。あたしと千花くん」


 やはりな、と僕は心の中で頭を抱える。


「いつ僕が新聞部員になったのさ」

「うーん、新聞部を立ち上がったときかな」

「本人に自覚がないんだけど」


 僕の抗議に、やれやれと言わんばかりに雨森さんは肩をすくめる。


「新聞部とそれ以外の人間の違いは知ってる?」

「新聞を書くか書かないかじゃない?」

「違うよ。ジャーナリスト魂を持っていれば誰しも新聞部なのさ。つまり魂を持っている千花くんはすでに立派な新聞部ってわけ」

「そんなもの持った覚えはないよ」

「職員室の奥にある用途の不明な小部屋。あの部屋に何があるのか気になったことはないかな?」

「ないね」

「毎日のように校内に出没する犬。あの子がん何故この学校に来ているのか知りたくはないかな?」

「ないね」

「それはね、君の中に流れるジャーナリストの血が騒いでいるからなんだよ」

「人の話を聞かない人間でもジャーナリストを名乗っていいものなの?」


 最近は雨森さんに会うたびに勧誘を受けている。孤軍奮闘する雨森さんを応援したい気持ちはあるけれども、興味のない部活に入ってあげるほどではない。ぜひとも僕を巻き込まない形で夢を叶えてほしい。


「以前も話したけど、生徒会の副会長をしながら部活動に参加するのは難しいよ。それに僕らは受験生なわけで、今さら部活動を立ち上げる時間はないと思うけど」

「だって、やりたくなっちゃったんだもん」


 雨森さんはそっぽ向く。拗ね方まで子供じみている。


「名前を貸すだけなら考えてみるからさ。とりあえず最後の一人が集まったらまた連絡してよ」


 僕が精一杯の譲歩を見せると、満面の笑みに変わる。


「ほんと⁉ 約束だからね」

「考えてみるだけだから。過度な期待はしないように」


 念を押したつもりだったが、都合の悪いことは聞こえていないようだった。「がんばるぞ」や「忙しくなるな」などと独り言を呟いている。


「何か、部員を集める策はあるわけ?」


 僕の問いかけに雨森さんは得意げに胸を張ると、「新聞部の名を学校中に知らしめる画期的なアイディアを思い付いたの」と答えた。


「へー、どんな?」

「噂の人形遣いの正体を暴くんだよ。それを記事にすれば、学校中の人が新聞部の活動にくぎ付けになること間違いなし」

「確かに宣伝効果は抜群だろうけどさ」


「人形遣いなんて実在すると思ってるの?」と続けようと思ったが、真剣な目をする雨森さんに水を差すこともないかと思い直す。


「まあ、頑張ってよ」

「千花くんのためにも頑張るから。新聞部の活躍を乞うご期待!」


 そう言うと、手をぶんぶんと振りながら走り去ってしまった。廊下には嵐が過ぎ去ったような静けさが戻っていた。


 きっと雨森さんはうじうじと悩んだりしたことないんだろうな。羨ましい気持ちで、駆けていく雨森さんの背中を見えなくなるまで見つめていた。

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