魔法使いの同居人 - 2

「お疲れみたいね」


 放課後の教室で帰宅の準備をしていると、後ろの席の涼川すずかわさんに話しかけられる。


 少し前まではほとんど関わりのなかったのだが、前回の席替えで彼女の後ろの席になってから、こうして雑談することが多くなった。


 切れ長な目とぶっきらぼうな態度から、クラスメートから敬遠されている彼女だけれど、こうして話すようになると感情表現が少し控えめなだけの普通の女の子だとわかった。見た目で人を判断してはいけないと改めて感じた。


 周囲から恐れられていることは彼女も気づいているみたいで、少しでもイメージを和らげるため髪型をポニーテールにしているらしい。


 ポニーテールにそんな効力はないと思うけれど、真面目な顔で語る彼女を前に、指摘できできずにいた。僕がポニーテール好きというのもある。


「最近いろいろと気苦労が多くてさ」

「ピアノの件は断ったんでしょ」

「うん」


 あれから、あの手この手でピアノの勘を取り戻そうと試みたのだが、結局うまくいかなかった。これはもうどうしようもないと諦め、素直にクラスメートに謝罪をして今回は辞退させてもらうことになった。


 昔から何かを断ることが苦手な僕だったが、こればっかりはどうしようもない。


「悩み事? 聞くだけならできるよ」


 涼川さんは無表情で言う。


 彼女が周囲から誤解される要因の一つに、言葉と表情が一致しないことが挙げられる。せっかく優しい言葉をかけてくれているのだから、もっと柔らかい表情をすれば変に誤解されることもないと思う。


「特に悩み事はないよ」と言ったところで彼女が読んでいる本に目が止まった。


「そういえば涼川さんってよく本を読んでるよね?」

「他にすることがないからね」

「女の子受けのいい本を教えてくれない?」

「読書好きの女子でも口説こうとしてるの?」

「そんなんじゃないよ。知り合いの女の子から暇つぶしに本を持ってきてくれと頼まれたんだ」


 涼川さんはしばし考えてから「確かに本は読むけど、要望には応えられそうにないな」とつぶやいた。


「どうして?」

「あたしが読むのはもっぱら純文学だから。普通の女の子の趣向には合わないと思う」

「どうだろうな」


 僕は自宅にいる彼女のことを想像する。


「純文学とか読みそうな雰囲気はするけど。その子、丁寧語で話すし」

「言葉使いと読書の趣味は関係ないでしょ」


 涼川さんはぶっきらぼうに言った後「わからないんだったら、無難に話題作を借りたほうが勝算はあると思う」とアドバイスをくれた。


 確かにその通りだと納得する。


 ふと、『話題作』と聞いて頭の中にとある作品が思い浮かんだ。


「涼川さん『人形遣い』って映画は知ってる? ホラー小説が原作のやつ」

「知らない」


 涼川さんは流行に疎いことを僕は知っている。


「簡単に言うと、他人を人形のように操作できる主人公がその能力を使ってルールを破る人間に罰を与えるって話なんだ」

「どこかで聞いたような話ね」

「最近、この学校に人形遣いが現れたって噂があるんだよ」

「映画はフィクションよ。現実に映画のキャラクターは存在しない」

「もちろんそうだよ。だから正確には、人形遣いのように人を操る人間がいるんじゃないかって噂があるってこと」


「ふーん」と合図地を打つ涼川さんの表情からは、この話題に興味を持っているのかわかりづらい。


 しかし、関心がない話題に対しては、彼女ははっきりと言葉で示すことを知っている僕は話を続けることにした。


「先週の全校集会での事件は覚えてる?」

「さすがのあたしでも、それぐらいは覚えてるよ」


 僕らが話しているのは、先週開催された全校集会の中で起きた事件のことだった。


 副生徒会長を務める僕はその会に進行役として参加していた。


 ルーチン化された集会は、普段通り滞りなく集会は進んでいき、残すところ校長先生の話だけになった。校長先生はいつも通り、為になるようなならないような話を始め、生徒たちは退屈そうな表情で集会が終わるのを待っていた。


 話が終盤に差し掛かったあたりでそれは起こった。


 とある男子生徒がスピーチの途中にも関わらず、ステージ袖から姿を現すと、校長の背後に無言で張り付いた。話に集中している校長は生徒に気づいていない。対面にいる僕たちからは彼の姿がよく見えた。


 そこにいたのは、僕と同じ副生徒会長である笹平くんだった。彼は進行に合わせてマイクや教壇を用意するなどの雑務係を担っていたはずだ。


 何事かといぶかしむ僕らをしり目に、笹平くんは黙り込んだままその場にしゃがみんだ。そして忍者の印のように両手を合わせて人差し指を立てると、次の瞬間その指を校長のお尻に向けて勢いよく突き刺したのである。


 後に「カンチョー事件」と呼ばれることになったこの一件は、慌てて止めに入った教員たち笹平くんが取り押さえられる形で終わりを迎えた。その間、自身に何が起きたのか理解できずにいた校長は、先生も生徒も騒然とする中、一人固まったまま眺めているだけだった。


「まさかとは思うけど」

 涼川さんは鋭い目つきで僕を見る。

「あの事件を起こしたのが、『人形遣い』だって言うんじゃないわよね」


 涼川さんの呆れたと言わんばかりの溜息を吐く。


「僕が言ってるわけじゃないよ。そういう噂があるってこと」

「そんな魔法みたいな話、高校生にもなって本気で信じてるわけ?」

「みんなだって本気で人形遣いがいるなんて考えてないだろうさ。退屈な学校生活のちょっとしたスパイスとして面白がっているだけだと思うよ」


「ただ」と僕は付け足す。「あのとき笹平くんが異様な雰囲気を漂わせていたのは僕も感じたところだけど。それこそ本当に誰かに操られていたような」


「意外。一ノ瀬ってもっと現実的な人だと思ってた」

「もちろん本気で信じちゃいないさ。ただ、最近いろいろあってさ、自分の見識の狭さを痛感させられたんだ。常識外の力や現象があってもおかしくない、そんな風に考えてる」

「そう」


 興味が失せたのか、涼川さんは視線を窓の外へと向けてしまった。話はここまでみたいだ。


 会話がひと段落付いたようなので、僕はカバンを手に取り立ち上がる。


「図書館にも寄らなくちゃいけないし、僕は行くよ。涼川さんも一緒にどう?」

「やめとく。鶏たちに餌をあげなくちゃいけないから」


 涼川さんは毎日、学校の中庭で飼われている鶏を世話してる。誰に頼まれたわけでもなく、自主的に活動しているのである。何度か鶏の面倒を見る涼川さんを目撃したことがあったが、普段は見れない柔らかい表情を動物の前では見せていた。彼女でもこんな顔をするのだと、驚いた記憶がある。


「わかった」


 そう言って教室から出ようとしたところで、「あのさ」と呼び止めらる。


「何?」


 振り返ると涼川さんは珍しくどこか落ち着かない様子だった。何か言いたいことでもあるのだろうか。


「……やっぱり、何でもない」


 煮え切らない彼女の態度が気になったものの、言いたくないことを問いただすことも失礼だ。僕はそのまま教室を後にした。

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