第9話 秘密の会話
深夜二時。レイメイとシュウが寝静まってから暫くたったころ、ナギとケンタはようやく書類仕事が片付いたようだった。
「はぁ…、お前がもっと早く始めてれば早く寝れたんだぞ…」
「今回の多かったな! まさかここまでとは…!」
「とにかく、明日も仕事だから俺はこれで失礼するぞ。じゃあ、明日会社でな」
仕事を終えて早々に、ケンタは自室に帰っていってしまった。
「…静かになったなー」
よくよく考えると、今日は長い間人と一緒にいた。だからこそ、一人になった時に、孤独はより色濃く現れる。
「…疲れたし寝るか」
特段やることもなかったので、ナギはさっさと支度をして眠りについた。
が、二時間後には起こされることとなった。
午前四時、ナギのスマホに一件の通知が入る。
アマテラスではこんな時間帯に緊急招集がかかることも珍しくない。社の創設メンバーで、五年ほど社に携わっているナギには慣れたものだった。
もっと寝たいという欲望を押しのけて、迅速に通知内容を確認する。だが、それは意外にも緊急招集ではなく、社長、柊ジンからの個人的な連絡だった。
『少し話したいことがある。今から道場来れる?』
まあこれも偶にあることだ。ナギはすぐに支度を済ませて部屋を出ていった。
道場まではそこまで遠くない。社宅から十分ほど歩くとすぐに見えてきた。
柊剣道場。ジンの実家の道場である。
ナギは道場に入ると、慣れた手つきで道着に着替え、防具を装着し、竹刀を持ってジンの元へと赴いた。
「よろしくお願いします、師範」
「分かってるね。まずはいつも通り、話す前に一本だ」
互いに竹刀を構え、威嚇の姿勢を取る。
先に動いたのはナギの方だった。ジンの頭目掛けて竹刀を振り下ろす。
だが、ジンは瞬時にそれを受け止め、そのままナギの脇腹に狙いを定め一閃する。
「おっ、やるじゃん」
ナギは大きく跳躍し、今度は上から頭を狙う。
彼らがやっているのは単なる稽古ではない。実戦を見据えた戦闘訓練だ。戦場で襲い掛かる敵たちをなぎ倒すための術を、実際に学んでいるのだ。
再び二人の竹刀が交わった。ナギは着地して体勢を立て直すと、腰を落としてどっしりと構え、そこから高速で打ちまくった。
「前より早さが上がってる。だが」
ナギの連撃よりもなお早く、かつ無駄のない動きで攻撃を受け止めながらジンが言った。
「隙がありすぎだ」
ジンは受けの体勢を崩し、横にスライドするように高速移動しながらナギの足に一発叩き込んだ。
「…参りました」
「勝負ありだね。でもナギ君、また強くなったんじゃない? 技の一つ一つがかなり細かくなってるし、機転も効くようになってきた」
「ありがとうございます。でも、やっぱりまだ師範には敵わないですね…」
十分ほど剣術の指南を受けた後、ジンがついに本題を切り出した。
「さて、ここからは『師範』じゃなくて『社長』だ。私が言いたいことは大体分かってるよね?」
「例の新入社員、東雲レイメイのことですよね?」
「その通り。実は彼について、少し気になることがあってね…」
ジンは普段は見せない真面目な表情で言った。
「はい。俺も気になってて…、これは偶然なんでしょうか?」
「それは分からない。ただ、恐らく彼は…」
ジンは何かを言いかけると、ふと思い出したように言葉を止めた。
「この件、まだレイメイ君には言ってないよね?」
「はい、一応言わないでおきましたが…」
「良かった。彼が知ったら困惑してしまうかもしれないからね」
安心した様子で一息つくと、ジンは再び語りだした。
「異世界人である彼が、どうやってこの世界にやってきたのか。それが最大の謎だね。彼の話によると、仲間たちと一緒に渦潮に巻き込まれてこの世界に迷い込んだみたいだけど」
「でも、おかしくないですか? その仲間たちも一緒に渦潮に巻き込まれたんですよね? 渦潮が二つの世界を繋ぐゲートだと仮定しても、それなら一緒に巻き込まれた仲間も同じ場所で見つからないと変ですよ。彼は仲間とはぐれたと言っていたんですよね?」
「そうだ。だがその仲間を見つけて話を聞けば、真実にも近づき、私たちの目的の達成に近づけるかもしれない。だから私は彼をここに入れたんだ。」
そこでジンは一旦話を止め、ナギと共に立ち上がった。
「さて、汗かいたからシャワーでも浴びるか!」
「そうですね。汗だくのまま出社するのも嫌ですし」
そのまま二人はシャワーを浴び、ナギは社宅へと帰っていった。
レイメイ・ライズのこの世界への転移。これをきっかけに日本を巻き込んだとんでもない大波乱が起こることになるのだが、当の本人はそんなことも知らずに、極上のベッドの上で幸せそうな夢を見ていた。
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設定こぼれ話
ジンの管理する柊剣道場では、彼の認めた剣士が子供たちに剣道を教える教室もやっている。ちなみにその講師の実力はジンとナギのどちらにも及ばない。ジンとナギが強すぎるだけである。
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