現実世界ニューライフ
第8話 変わった同僚達登場
「おい、もうすぐ着くぞ」
出発して以来一言もしゃべらなかった黄昏さんがようやく口を開いた。そろそろ新しい家に着くみたいだ。僕は胸の高鳴りを抑えられずにいた。
「ここがウチの社宅だ。残念だけど今日からここがお前の家だ」
そこにあったのは、昨日のビジネスホテルに似た、大きい建物だった。周囲は暗くなり始めていて、だんだんと闇に飲まれて行っていたが、この建物は所々から光があふれ出ており、不思議な温かさが感じられた。
「お前、歩けるか?」
「はっはい!」
あまりに突然話しかけられたので、僕は少し驚いて止まってしまったが、その後すぐに返事をして立ち上がった。足は少し痛かったが、歩けないほどではなさそうだ。
少し歩くと、黄昏さんが立ち止まった。ここが僕たちの部屋みたいだ。やっぱり全部同じに見えるのに、この世界の人達はよく見わけがつくなぁ。
「ほら、ここがお前の部屋だ」
黄昏さんが扉を開けて部屋の中を見せてくれる。
部屋の中央には丸い机が置かれていて、大人数での食事が楽しめそうだった。さらに、壁には沢山の本を詰め込んだ大きな箱が設置されており、さらにホテルでも見た黒い箱のようなものもあった。
「トイレはこっち、風呂はここだ。あと、寝室はここ。お前の個室はここだ。ここは好きに使っていい」
黄昏さんは僕を案内しながら、この世界の色々な道具の使い方を教えてくれた。ぶっきらぼうだけど、教え方はとても分かりやすく、僕が何も知らないという前提でゼロから教えてくれたので、ひとまず日常生活は難なくこなせそうにまでなることができた。
「お前はそこらへんでくつろいでろ。夕飯は俺が作る」
黄昏さんはそういって台所へ行き、冷蔵庫から食材を取り出し始めた。
「え!? こんなに食べ物があるんですか!?」
冷蔵庫の中を見て、僕は驚いて思わず叫んでしまった。
「…? 何か変か?」
黄昏さんが不思議そうにこちらを見てきた。
…そうだ、島のみんなは元気にしてるだろうか。僕たちがいなくなったから、少しはみんなが食べられる分が増えればいいな。
僕がそんなことを考えていると、突然黄昏さんの表情が変わった。
「…来る」
「え? 誰がですか?」
僕が聞いたと同時、扉が開く音がして、部屋に一人の女性が入って来た。
「シュウ―! 新人迎えたって聞いたけど、いる?」
やや青を含んだ髪を肩より少し下まで伸ばしたその女性は、少し低い声で言った。そして、その人と目があってしまう。
「お、君が新人くんかー! よくこんな会社に入って来たなー!」
その人は僕に近づくと、僕の手を握ってぶんぶん振り回した。
「えっえ、あっあのー…」
「ここヤバい会社だけど、頑張ろうね!」
異性にいきなり握手されて、僕はガチガチに緊張して固まってしまう。それを見た黄昏さんが、
「おいお前。流石に名前も言わずにそんなことしてたらただの不審者だ。自己紹介してやれ」
と助け船を出してくれた。助かった。
「ごめんごめん! 昔の友人に似てたもんでさー! あ、俺は
時雨さんが笑って自己紹介してくれる。…あれ?
「あのー、今『俺』って…」
「東雲、そいつ男だぞ」
黄昏さんに言われて、僕は改めて時雨さんを観察する。確かに、だぼだぼとした服のせいで気づかなかったが、どちらかというと男らしい体型をしていて、声も女性にしては少し低いが、男性としては少し高い。後者のほうがしっくり来るような気がした。
「えええええええ!?」
「いやー、よく間違えられちゃうんだよね、俺。顔も母さん似で女性っぽいって言われるし、名前も男女両方で取れるからさ…」
時雨さんは笑いながら話してくれた。でも、その裏にある苦悩を隠しきれていない。多分髪切っても女性と間違われると思う。
「君は何て言うの? 名前」
「僕は東雲レイメイです。こちらこそよろしくお願いします!」
僕も自己紹介すると、時雨さんは不思議そうに僕を見てきた。同性だと分かっても、顔をまじまじと見られるのは少し緊張する。
「うーん、似てると思ったけど、やっぱり違うのかな…?」
時雨さんが何か考えていると、再び扉が開いて誰かがやってきた。
「ナギ! シュウの部屋で何してるんだ!?」
今度は力強そうな男の人が入ってきて、時雨さんに詰め寄った。
「まだ書類の整理が終わってないじゃないか! 何してるんだ!」
「まあまあまあ…、新入りくんが来たからご挨拶だよ!」
「ん? 新入り?」
男の人は今気づいたみたいで、こちらをじっと見つめてきた。
「お、面白い髪と目をしてるな。君、名前は?」
「あっ東雲レイメイです…」
そのいかつい体格が少し怖くて、僕は少し口ごもってしまった。
「まあまあ、そんなに怖がらなくても大丈夫だ。俺は
その見た目からは想像もつかないほど優しく鬼灯さんは自己紹介してくれた。柊さんが言った通り、変わった人が多いみたいだけど、悪い人達ではなさそうだ。
「時雨、鬼灯、用が済んだなら早く帰れ。今から料理するんだよ」
「まあさ、一応俺たちお隣さんな訳じゃん。ここは一つ親睦会ってことで、みんなで鍋食べようぜ!」
時雨さんが目を輝かせながら提案した。鍋…、どんなものだろう。名前からして美味しそうだ。
「何だよシュウ、鍋嫌か? もう十月の末だし、全然アリだと思うけど」
「そうですよ黄昏さん! 僕鍋食べたいです!」
時雨さんと協力して黄昏さんに念押しする。しばらくして、黄昏さんは観念したみたいで、
「…分かったよ。その代わり食材はお前らが用意しろ」
鍋を承諾してくれた。
「やった! じゃあケンタ、そっちにある鍋に使えそうな食材あるだけ持ってきて!」
「お、お前! まだ書類が…」
「書類は後でも良いじゃん! ほら早くゥ♪」
なんだかんだで、四人で鍋を食べることになった。大きい器の中に、野菜や肉、蟹など色々な食材が投入されていく。鬼灯さんが蓋をして、しばらく待つ。蓋で閉じたというのに、食欲をそそる良い匂いはむしろどんどん大きくなっていった。
「よし、そろそろ頃合いだな」
鬼灯さんが鍋の蓋を開ける。極上の良い匂いが部屋中に行き渡った。
僕はその空気を腹いっぱいに吸い込んで、
「いただきます!」
と鍋を食べ始めた。一番手前にあった肉を手に取る。
「あっずるいずるい! 俺も食べちゃおっと!」
「おい! 折角鍋なんだから野菜も食べろ!」
「…うまい」
それに続いて、三人も一斉に鍋に手を伸ばし始めた。
美味しいものをお腹いっぱいに食べながら、面白い先輩たちとたくさん話した。気づけば鍋は空になっていた。ここまでたくさん食べたのは人生で初めてだった。島の皆にも、いつかこれくらい何の遠慮もなく沢山食べてほしいなと、故郷に思いを馳せる。
とても楽しい時間だった。今まで生きてきた中で五本の指に入るくらい、時の流れが早く感じた。新しい生活は不安もあったけど、この人達となら楽しくやっていけそうだ。
ちなみに、この後時雨さんは鬼灯さんと一緒に徹夜で書類仕事をしたらしいです。
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設定こぼれ話
四人が鍋の具材で一番食べたもの
レイメイ…肉。鍋に入っていたものは大体食べたことがなかったが、特に肉が一番気に入った。
シュウ…しらたき。基本的に入るものには必ず入れる。
ナギ…白菜。何気に健康志向なので野菜好き。
ケンタ…ちくわ。普通に好き。
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