最初の試練
第4話 輝かしき新世界
「とりあえず、今日はもう遅いから、どこかのホテルに泊まるか」
柊さんはそう言うと、僕を手招きして呼んだ。そうやって彼についていった先には、赤い色をした奇妙な箱があった。箱の両脇には扉のようなものが付いており、中に入ることもできそうだ。
「こ…これは一体…?」
「これは車。まあ、とりあえず乗ってみなよ」
柊さんは車の扉を開けて、僕に入るよう促した。
車の中は意外にも快適だった。驚くべきことに椅子まで付いており、僕はそこに腰掛け、今までに感じたことが無いほどの極上な座り心地に心を奪われた。
「よし、じゃあ出発するよ」
柊さんの一言で、夢心地だった僕は現実に引き戻された。柊さんは僕に、シートベルトと呼んだ黒い帯を着け、円盤状の物に手をかけた。すると驚くべきことに、車が僕たちを乗せたまま動き出したのだ。
「えっ!? すごいすごい! 動いてる!」
「すごいだろ? これが私たちの世界の技術だ」
柊さんが誇らしげに言った。周囲を見渡すと、他にも何人も車を使っている人たちがいて、その信じられない光景に僕は目まいさえ覚えた。
それだけじゃない。僕たちを囲い込むように、周囲には光り輝く銀の塔がそびえ立っていた。その塔から溢れ出る光は、暗い夜を明るく照らしていた。
「あれはビルと言うんだ。私たちの会社も、ビルの中にあるんだよ」
「へぇー。何だかこの世界ってすごいですね!」
僕は目を輝かせながら、新世界の景観を存分に目に焼き付けた。
「…やっぱり、よく似てるな」
突然、ちゃんと聞き取れるか分からない程度の声量で、柊さんがつぶやいた。
「…? どうかしましたか?」
「おっ、見えてきた。あれが今夜の私たちの寝床だよ」
柊さんは僕の質問には答えず、目の前を指さした。
そこにあったのは、やはり光り輝くビルだった。でも、そのビルは他の物よりも若干、高さが低く、横に広いようだった。
「ここはビジネスホテル。お金を払うことで部屋を貸してくれるんだ」
僕たちは車を降りて、柊さんから軽い説明を受けながらホテルへと向かった。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「はい。一晩お願いします」
ホテルの店員らしき人と柊さんが、僕にはよく分からない会話を交わす。そして気が付くと、柊さんは何かを書いていて、それを店員に渡していた。
「柊ジンさんと、
柊さんに連れられて、ホテルの中を移動する。驚くくらい同じ景色が続くので、僕は何が何だか分からなくなってしまった。
「柊さん、一ついいですか?」
「ん? どうしたんだい?」
僕は一つ、気になることがあったので聞いてみた。
「さっき店員の人が言ってた『東雲レイメイ』っていうのは…?」
「君の名前だ。元の名前のままだと、この世界では少し怪しまれてしまうかもしれない。勝手につけちゃったけど、良いかな?」
「東雲レイメイ…」
僕は何回かその名前を心の中で唱えてみる。そして…。
「良い!!!」
階段と呼ばれるものを長らくのぼり、ようやく自分たちの部屋に着いたらしい。全部同じに見えるのに、なぜかちゃんと区別されている。不思議なものだ。
「…! すっすすごい!」
扉の向こうの部屋というものに、僕は驚きのあまり大声を上げてしまった。さっき柊さんから『ホテルの中では静かにしてね』って言われたのに。
部屋の中には、見るからにふかふかそうな分厚い布を置いた台が二つと、丸型の机と椅子、さらに薄い黒い箱のようなものが置かれていた。壁は一面白で、清潔感が感じられた。
「…、まあ、ここまで驚くのも仕方ないか」
柊さんは大声を上げた僕に少し怒っているようだったが、すぐにその表情は穏やかなものに戻った。
部屋に入った後、僕たちは風呂という場所で体を洗った。白い棒のようなものから何の前触れもなく水が勢いよく出てきたもので、僕は驚いて転げてしまった。
「いってて…」
「まぁ、今日は疲れただろう。明日は忙しくなるだろうから、早く寝た方が良いよ」
柊さんによると、このふかふかはベッドと言うらしい。僕はベッドの上に勢いよく飛び乗った。白い毛糸が舞い上がり、僕の体はベッドに柔らかくキャッチされた。
「おおお…!」
「どうだい? ベッドの寝心地は?」
「何だろう…、もう本当に最高です!」
本当にそれしか、現状を表す言葉が見つからなかった。
でも、今日一日色々なことがあった。魔王退治に出発し、渦潮に巻き込まれこの世界に迷い込み、海を長時間漂い続け、未知の世界を探索する。信じられないほど濃密な時間を過ごしていた。その反動が来たのか、僕は一気に眠気に襲われた。少し抵抗しようとしてみたが、ベッドのふかふかが眠気を助長し、僕はもうほとんど眠っていた。
最後に聞こえたのは、柊さんの一言。
「明日からはもっと波乱だよ」
僕は聞き返すことも返事をすることもできず、深い眠りの中に落ちていった。
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設定こぼれ話
イリベルタ島の文明の発展度は日本の江戸時代前期程度。生活文化の違いも大きいので一概に同程度とは言い切れない。レイメイ達の乗った船のエンジンは、島民が唯一魔王軍から盗むことができた技術である。
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