第3話 出会い、始まり
「あー、やっぱりそうだよね。すまないね、いきなりこんな事聞いてしまって」
男は僕の質問に対し、そう返答することが分かっていたかのように言った。
「じゃあ改めて。私はある会社—集団で物事を行う組織—のリーダーなんだ。君を初めて見たときは驚いたよ。すごい速度であっという間に走っていっちゃうし、不良三人に囲まれても余裕で返り討ちにするほどの戦闘センス! 私は是非とも、君に私の社に加わってもらいたい!」
男はどうやら、僕の能力を買ってくれているらしい。でも、今更そんな気にはなれなかった。
「すいませんけど、無理です。僕はもう、生きているべきじゃないんですよ…」
「…君、どうしてさっき自殺しようとしてたんだい? 私で良かったら話を聞くよ。いや、聞かせてくれ」
男は突然僕に詰め寄って来た。その瞳からは、優しさが感じられたが、それ以外の何かも感じられた。
「…分かりました。じゃあまず聞きますけど、貴方は『イリベルタ島』という島を知ってますか?」
「…聞き覚えの無い島だね。調べても出てこない。何かの本の中の島かい?」
「…やっぱり、そうですか」
その返答を経て、僕の疑惑は確信へと変化し、淡い希望も完全に消え去った。
「その島は僕の故郷です。…信じられないかもしれませんけど、僕はこことは違う世界から迷い込んできたみたいなんです。船で移動している途中で、渦潮に巻き込まれて…。自分でもまだ信じられませんよ。そんな馬鹿みたいなこと…」
「それで、元の世界に帰れる希望が無くなったから、自殺しようとしたのかい?」
「…それだけじゃないです。僕のいた世界は、魔王による恐怖政治が展開されていて…、イリベルタ島は唯一、魔王の支配から逃れた場所だったんです。島のみんなは、魔王を倒すために子供を集めて訓練し、優秀な子供を魔王と戦う『戦士』として優遇して育てたんです。僕もその一人でした。でも、島はずっと食糧難で、僕たちに十分以上の食料が与えられる一方で、食料に苦しみ餓死する人たちを沢山見てきました。他にも、他人の住居が勝手に訓練施設として使われたり、病気の時の薬さえ、島の人たちはろくに使えない状態だったのに、その全部を僕たちに…。僕は、『魔王を倒す』という大義のために、大勢の命を犠牲にして生かされてきたんです。それなのに、魔王を倒すことさえできず、どこだか分からない場所に遭難してしまい…。僕にはもう、生きている理由が無いんです。このままじゃ、島のみんなに向ける顔が無いんですよ…! 分かってくださいよ! 僕は…みんなの願いも叶えられず、仲間も守れなかった…、存在しちゃいけない生き物なんですよ!」
言い終わる直前、頬に鋭い痛みを感じ、同時にバァン! という音が周囲に響いた。男はさっきまでの落ち着いた様子から一変し、目を大きく見開き、怒りを露わにして僕を見ていた。
「生きてる理由が無い…、存在しちゃいけない生き物…? よくそんな事が言えるな! お前のその命は、お前なら魔王を倒して、自分たちを自由にしてくれるって信じてくれた人たちに生かしてもらった命だろ! それをお前の勝手な判断一つで、勝手に捨てようとするな!」
男の言葉を聞いて、僕は島のみんなの事を思い出した。みんな僕たちのせいで苦しい思いをしていたはずなのに、僕たちに嫌味一つも言うことなく、僕たちを支えてくれていた。島のみんなが、僕たちを信じてくれていた。
「でも…、仲間も失って、たった一人知らない世界に迷い込んで…、僕は…僕は…!」
「お前もその仲間も、同じ渦潮に飲まれたんだろ? だったら、お前と同じようにこの世界に来ている可能性だってあるはずだ。それに、お前らの世界からこの世界に来れたなら、この世界からお前らの世界に行く方法だってあるはずだ! とにかく、お前がここで自殺するのは、絶対に間違ってる! それこそ、信じてくれた島の人達や仲間の思いを、無駄にすることになるんだぞ!」
深い深い絶望の渦中にいた僕に、わずかに希望の光が差した気がした。その光は僕の記憶を鮮やかに照らし出した。
そうだ、僕は今まで、みんなに支えられて、みんなに信じられて生きてきたんだ。
そのことに気付き、僕の目からは涙がこぼれ落ちていた。
「…ありがとうございます。まだ、完全に希望が無くなった訳じゃないですよね。…僕、絶対に元の世界に戻ってみせます!」
「よく言った。君は強いな」
男に褒められて、嬉しくて僕は若干にやけてしまった。
「でも、どうやったら元の世界に戻れるんでしょう?」
「そこでだ。君、私は君が元の世界に戻る方法を全力で探す。君がこの世界にいる間の生活場所も提供する。だから、私の社に入ってくれないか? 私たちは、この日本に住む人々を守る仕事をしているんだ。是非、力を貸してくれないか?」
もう一度、男が僕に問いかける。答えはもう決まっていた。
「はい! もちろんです!」
「よし、決まりだな。…ところで君、名前は?」
だいぶ今更ではあるが、男が僕の名前を聞いてきた。そういえば、僕もまだ男の名前を知らない。
「僕はレイメイ・ライズ。貴方は?」
「私は
僕は男—柊さんと握手を交わした。柊さんは僕に屈託のない笑みを見せてくれた。
ここから、僕のこの世界での生活が始まった。
それがまさか、あんなとんでもないことになるとは思わなかったけど…。
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