第2話 未知の世界

 ここはどこだ? みんなは無事か?

 分からないことだらけだった。底知れない不安が僕の心を侵食していく。

 ひとまず、僕の服はびしょぬれになっていて、風が当たってとても寒い。まずは魔法で暖を取らなければ。


「フレア」


 僕は魔法を使おうとして、初めて気が付いた。魔法が使えない。いや、ここには魔力が無い。

 そんなことがあり得るのか? 魔力なんて空気中に酸素と同じように含まれているんだぞ? それが全く存在しない地域なんて…。

 そこまで考えて、僕は一つの可能性に考え付いた。普通ならばあり得ない、到底信じられない、馬鹿げた話だ。だが、全てがその一つだけで説明がついた。


「ここは…、僕がいた世界とは別の世界なのか…?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 真相を確かめるべく、僕は歩き出した。目指すは、さっきの銀の塔がたくさん建っていた方面だ。

 歩いているうちに、地面が砂から黒くて硬いものに変わっていた。それはわずかに凹凸があり、靴をなくしてしまった僕の足に容赦なく突き刺さった。

 しばらくすると、人がたくさんいる場所に出てきた。

 ここの人たちはなんだかおかしい。みんながみんな、口裏を合わせたかのように同じような色の髪や瞳をしていた。そしてなぜか、僕に向かって薄い板のようなものをかざしている。

 そしてもう一つ、気付いたことがある。


「ねーあの子見て、チョーヤバくね?」

「白髪に赤の瞳とか、アニメから飛び出してきたの!?」

「これ投稿したらめっちゃバズりそー」


 周りの人たちの言っている言葉がちゃんと理解できる。いくつか僕の知らない単語も聞こえてくるが、大まかな文法は同じみたいだ。

 つくづく謎が深まる。言語は同じなのに、本当に別世界なのか?

 そんなことを考えるよりも前に、僕は周囲から向けられる視線に嫌気がさしてきた。できるだけ早く人気のない場所に行きたくて、足が痛いのを我慢して走り出した。


「はぁ…、はぁ…」


 気が付くと、さっきまで僕に群がっていた人たちは、一人も見当たらなかった。あれだけ興味深そうにしていたわりに、ずいぶんと飽きっぽいんだな。

 でも、それでも僕は行く先々で人々の視線を集めてしまった。

 もう本当に落ち着きたかったので、僕は建物と建物の間の、狭くて暗い空間へと足を進めた。


「おい、今日もちゃーんと金持ってきたんだろうな?」

「あっ…、ごめんなさい、もう貯金が無くて…」


 先客がいた。大柄で怖そうな顔をした男が三人と、彼らよりも少し小柄な男が一人。そして、全員同じ服を身にまとっていた。

 そして、三人の男は小柄な男を壁に追い詰める形で立ち尽くしており、その内の一人は胸ぐらをつかんでいた。

 会話の内容はよく分からないが、小柄な男が襲われていることだけは分かった。


「お前たち! 何してるんだ!」

「はぁ? 何だよお前。俺たちはコイツにアイスおごってくれってお願いしてただけだよ」


 一人がこちらを強く睨みつけながら答えた。


「…あいす? あいすって何だ?」

「…お前、馬鹿か? とにかく、あっち行ってろ」

「…お前らが何をしたいのかは知らないけどさ、ソイツを襲ってたんだろ? んな事をする奴は絶対許さねぇ!」


 僕は三人を強く怒鳴りつける。だが、彼らは少しもひるむ様子を見せず、


「生意気な口ききやがって! お前ら、やっちまうぞ!」


 三人は僕に一斉に襲い掛かって来た。

 この狭い中ではまともに戦えないと思い、僕は外へと飛び出した。明るさの違いに一瞬目を閉じてしまう。


「俺らの邪魔したこと、後悔しやがれ!」


 一人の拳が僕の顔面の目の前まで迫る。僕はそれをすんでのところで片手で受け止め、そのまま彼の腕を持ち上げて地面にたたきつけてやった。


「ガァッ!?」

「なッ…、鈴木がやられた!?」


 そのまま間髪入れずに、リーダーと思わしき男の足元に回し蹴りを決め込む。相手がバランスを崩し、転びそうになっているところにさらにもう一発蹴りを入れ、遠くまで吹っ飛ばした。


「……」


 リーダーはその一撃で気を失ったようで、仰向けに倒れていた。


「たッ田中! …クッソ、覚えてろよ!」


 最後の一人は戦おうとせず、リーダーともう一人を連れて引き返していった。


「そこの君! 大丈夫かい?」


 僕は急いでさっきの少年の元へと駆け寄る。


「怪我はない? 一体何が…」

「あ、そのー…」


 少年は、僕の後ろを見て、慌てた様子で去って行ってしまった。


「えっ、おーい! どこ行くのー!?」


 僕も慌てて後を追おうとしたが、突然後ろから声が聞こえてきた。


「そこの白髪の男! 何をしているんだ! おとなしくしなさい!」


 青い服を着た男が二人、僕の後ろから迫ってきていた。ものすごい形相で僕のことを追いかけている。


「え、えちょっちょっ、え!? とっ、とりあえず逃げよう!」


僕は慌てて走り出し、その場を去った。


「おい待てーッ! って、アイツ足速いな!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 走り回っているうちに夜になった。気が付けばさっきの二人はいなくなっていて、僕は海を見渡せる橋の上に来ていた。

 まだ何の確証も得られていないけど、僕は何故か心のどこかで、ここは元居た世界ではないと決めつけていた。

僕は魔王を倒すために生かされてきた。僕が今生きているのは、僕が戦士だからだ。あの島には、僕たち戦士を生かすために犠牲になった人たちが何人もいた。

 それなのに、僕は使命を達成することができなかった。魔王を倒すどころか、たどり着くことさえできず、ついには全く別の世界に来てしまった。

 …最早、僕が生きていていい理由など無いように思えた。他人を犠牲にしてまで生き延びた癖に、目的さえも果たせなくなってしまったどうしようもない僕は、今すぐにでも死ぬべきだ。

 橋の柵の上に乗り、広大な海を眺める。命は還元するんだ。今まで犠牲にしてきてしまった人たちの分まで、自然に還そう。

 一面に広がる闇に飛び込もうとした、その時だった。


「そこの君! 早まっちゃダメだ!」


 突然男の声が聞こえて、僕の体は陸地に引き戻されていた。


「どうして邪魔するんだ! 僕は、僕なんかは生きてちゃいけないんだ!」

「落ち着くんだ! そんな事しちゃダメだ!」


 男は僕の体を強く押さえつける。僕は必死でもがいたが、脱出することはできず、やがて疲れ果てて抵抗を止めた。


「はぁ…、やっと落ち着いてくれたか。」


 男はひと段落ついた様子でため息をつき、真剣な表情をつくる。


「突然だけど、君、私の社に入ってくれないか?」


 その唐突に放たれた一言に、僕は驚愕した。そして少ししてから、返事を返す。


「……『しゃ』って何ですか!?」



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