東雲時の断罪 ~逆行転移少年の現代奮闘記~

炭酸おん

第一部 異世界からの遭難者

絶望と共に現代へ

第1話 絶望の深い夜へ

 ニワトリが甲高い鳴き声で朝の訪れを告げた。僕は昨晩、結局一睡もできないまま、座り込んで考え事をしていた。

 僕たちが魔王を倒せたら、この世界はどうなってしまうのか。魔王を倒せば、この島のみんなは幸せになれるのか。そもそも、本当に魔王を倒せるのか。

 そんな意味のない思考を繰り返しているうちに、朝になってしまった。今日はついに、恐るべき支配者である魔王のいる大陸へと旅立つ。だからこそ、ちゃんと睡眠はとっておきたかったのに。

 僕は支度をして、集合場所である港へ向かった。

 いつも通り、茶碗一杯のお米を食べてきたのだが、緊張しているのか、どうにもお腹がすいてきた。仕方ないので、荷物から保存食の魚の干物を取り出した。


「うう…、おなかすいたよぉ…」


 近くから子供の声が聞こえてきた。お腹を空かしているみたいだ。僕はすぐにその子の元へと走り、干物を差し出した。


「これ、食べていいよ」

「…ありがとう」


 子供は嬉しそうにほほ笑んだ。それを見て僕もちょっと幸せな気持ちになる。でも、すぐに後ろからその子の母親が走ってきて、


「こら! 戦士様の食べ物取っちゃダメでしょ!」


 そう言って干物を取り上げて僕に返した後、母親は子供と一緒に頭を下げた。


「戦士様、申し訳ございません。うちの子がご無礼を…」


 それを見て、僕は悲しくなった。この親子も、きっと食糧難で苦しんでいるだろう。それなのに、ただ魔王と戦う戦士だからという理由だけで、僕が食べ物を得ていて本当に良いのだろうか。


「…これ、良いですよ、食べて。他の人には内緒で」


 やっぱり見捨てることなどできず、僕はその親子に干物をあげた。


「…ありがとうございます」


 母親は泣きながら干物を受け取った。子供も、とてもお腹が減っていただろうに、干物を半分にちぎって、僕にくれた。


「おにーちゃん、頑張ってね」


 それを受け取って、僕も応える。


「うん。絶対、魔王倒すからね」



 程なくして、港に到着した。僕以外の三人はとっくに来ていて、手を振って僕をせかした。


「遅いぞー、レイメイ!」

「ごめんごめん。ちょっと色々あってさ…」


 小走りして三人の元にたどり着き、隊長が話し出す。


「よし、揃ったな。では改めて、点呼を行う。まず、レイメイ・ライズ!」


 名前を呼ばれ、僕は必ず魔王を倒すという決意を込めて、力強く返事をした。


「次、ジョン・ポロネーズ!」


 僕の隣にいる大男、ジョンが僕以上の大声で返事をした。彼も僕と同い年なのに、体格に恵まれている上に、とても堂々としていて羨ましい。


「次、カルザ・ヴィクトリア!」


 僕の一歩後ろで、カルザが冷静に返事を返した。彼は僕よりも一つ下だけど、とても頭が良い上に剣もできるから、とても頼りになる。


「では最後、スザンナ・ローリエ!」


 最後に呼ばれたのは、僕の前にいる女の子だった。金色の髪は風で微かになびいていて、思わず美しさを覚える。

 本当は、彼女には魔王討伐の戦士にはなってほしくなかった。失敗すれば死ぬような危険な仕事に、彼女を巻き込みたくなかった。でも、彼女は僕と一緒に戦いたいからという理由でついてきてくれた。彼女の事だけは、絶対に守りたいと思った。


「幼少の頃から魔王撃破のために訓練を積んできた君たちには敬意を示す。ここまで本当によく頑張ってきてくれた。君たちが、この島の、いや人類の最期の希望だ!」


 隊長が僕らを鼓舞する。僕が三歳の頃から実に十五年、僕たちは厳しい訓練を積んできたのだ。だから絶対に魔王に負けない、と自分でも鼓舞する。


「私はこの島を守らなければならないから、君たちと共に行くことはできない。まだ大人になっていない君たちに、こんな重大な任務を任せるのは間違っているだろうが、君たちは私なんかよりもはるかに強いだろう。魔法の基礎から教えてきたが、まさかここまで成長してくれるなんて…。私は、とても嬉しい!」


 隊長は涙を流しながら、僕たちに訴えた。


「皆…、魔王はどれほどの強敵か分からない。だが、必ず生きて帰ってきてくれ!」

「なーに言ってんだ、隊長! 俺たちの強さは、俺たちをずっと指導してくれたアナタが一番よく分かってるだろ!?」


 ジョンが隊長の肩を叩いて言った。


「そうですよ。隊長はずっと僕たちの面倒を見てくれた。隊長が信じてくれなくて、誰が僕たちを信じてくれるんですか?」


 カルザもいつも通り冷静に言うが、嬉しさから出る微笑みを隠しきれていない。


「私たち、絶対に魔王を倒して帰ってきますから。だから、信じてください!」


 スザンナが拳で胸を叩いて言った。だが、強く叩きすぎてしまったのか、スザンナが数回むせる。


「ハハハ、スザンナは相変わらずだな」


 その様子を見て、隊長は笑みを取り戻していた。


「隊長、今まで、本当にありがとうございました。僕たち、必ず帰ってきますから」


 僕らは隊長に別れの挨拶を言い、大陸へと向かう船に乗り込んだ。

 僕たちを全員乗せると、船は海へと漕ぎ出した。

 後ろを振り返ると、島のみんなが僕たちに向かって手を振っていた。みんなの声援が、僕らの背中を押してくれた。

 僕は決意を込めて、みんなに手を振り返した。





 僕たちの乗った船は、ゆっくりではあったが、確実に前に進んでいた。これほど大きい船を動かせるのは、空気中の魔力を動力として使っているからだと船長が教えてくれた。自分たちの生活も苦しい中で、これほどの船を作ってくれた島の人達には感謝しかない。

 船長によると、魔王のすくう大陸までは三日か四日ほどかかるらしい。それまでは船の中で自由に過ごしていていいと言われた。

 僕は船の中に入ってみた。木造の船の中は、僕の家と同じくらいの広さがあった。


「おーいレイメイ! こっちこっち!」


 ジョンが扉から顔をのぞかせて僕を呼んだ。彼がいるのは談話室だったはず。僕はせっせとその部屋へ向かった。


「あ、みんないたんだ」


 そこにはジョンだけでなく、カルザとスザンナも集まっていた。僕は椅子に座り、彼らと話すことにした。


「なあ…、ついにこの時が来たな」


 僕が座ったのを確認すると、ジョンが話し出した。


「ようやく俺たちの努力が報われる時が来たんだ! 俺たちで魔王をぶっ倒して、人類を救うんだぜ!」

「…でも、一体魔王がどんな奴なのか…、魔物を従えて大陸を支配したくらいだし、とてつもない強さなんじゃ…。僕たち、本当に勝てるんでしょうか…?」


 カルザのいう事は最もだった。もしかしなくても、魔王は規格外の強さだろう。本当に勝てるのかという不安は僕にもあった。


「…僕たちは勝つために修行してきたんだ。僕たちはみんなに生かされてきたんだ。僕たちはみんなのためにも勝たないといけない。僕たちが勝てると信じなければ、僕たちは絶対勝てない。勝てると信じることが、勝利への最初の一歩なんだ!」


 僕は自分に言い聞かせるように言った。それで僕は少しだけ希望を取り戻せたような気がした。


「…そうだよ! きっとそうだよ! 私たちたくさん修行してきたじゃん! だから絶対勝てる! 勝てるって信じれば勝てるよ!」


 スザンナも僕に同意してまくし立てた。あまりにも勢いよく喋ったので、最後に舌を噛んで悶絶していた。それを見て、わずかに部屋の雰囲気が和んだ気がした。


「ふふっ…、なんだかごめんなさい。僕が余計な気を使わせてしまって…。やっぱり、僕たちなら勝てますよね! みんなで頑張りましょう!」

「そうだカルザ! よし! トレーニングしに行くぞぉぉぉぉ!」

「えっ今から!?」


 ジョンの唐突な提案に若干戸惑っている様子のカルザだったが、ジョンが僕とスザンナの方を見ているのを見て、何を思ったのか急にジョンに賛同して二人で部屋を出て行ってしまった。そして、僕とスザンナだけが残される。


「…行っちゃったねー」


 スザンナがぎこちない様子で言った。いや、まあ僕も緊張しているのは同じだ。何故だろう? これまで散々一緒にいたのに。でも思い返してみると、だいたいジョンとカルザを含めた四人でいた記憶だった。あまり二人きりでは話したことがないのである。


「えっと…、さっきはありがとう。君のおかげで…、空気が和んだ」

「い、いやー、私も良いところでかんじゃったし…、まあでもそれなら良かったかなー…」


 ダメだ。会話が長続きしない。そこで僕はジョンが何を考えていたか気づき、頬を赤らめた。彼女に見られたらたまったものではないので、僕は慌てて顔を伏せた。


「えっ!? レイメイ、どうしたの!? まさか緊張で!?」


 スザンナが僕の突飛な行動に不安を覚えたのか、慌てて駆け寄ってくる。

 そして、僕の肩をポンポンと二回たたいた。

 そうだ、緊張していた時はいつもお互いにこうしていた。今ではもうやらなくなってしまっていたけど、覚えていてくれたのか。

 僕もスザンナの肩をポンポンと二回たたき返した。


「フフッ、昔はよくこうやってたよね」

「うん。懐かしいな…」


 スザンナが僕に笑いかける。その可愛さにまた僕の緊張は限界を迎えようとしていた。

 いや、そうだ。いつまでも受け身でどうする。余計なことを考えていては魔王にも勝てないだろう。だったら、ここで思い切って言ってしまおう。自分の思いを。


「あの…スザンナ、僕さ…えっと…君のことが…えっと…」

「…? どうしたの?」


 スザンナは唐突な僕の発言に何のことだかさっぱり分からないと言った様子でぽかんとしていた。僕が覚悟を決めたその時、こちらを見つめる二つの視線に気が付いた。


「ジョン、カルザ!? いつから見てたの!?」

「あちゃー、バレたか! 折角いいところだったのに!」

「だから言ったんですよ。盗み見は良くないと。僕たち仲間なんですから」


 悔しがるジョンに対し、いつも通り冷静にツッコむカルザ。そのあまりにいつも通りな光景に、僕ら全員笑ってしまった。


「おーい! そろそろ飯にするぞ!」


 船長が来て、僕らに言った。扉の向こうからはほのかに良いにおいがした。


「っしゃ! 飯だ飯!」

「ジョン! あんまり騒ぎすぎると船が壊れますよ!」

「おいしそう! みんな行こう!」


 三人が元気に走っていくのを、僕も彼らの後ろを追いかけながら見ていた。いつまでも、この三人と一緒にいれたら良いな。


 夕食を食べた後、僕たちは各自の部屋に戻り、今日は早めに寝ようということでお開きになった。僕は自室に戻り寝ようとしたが、どうにも眠りに着けなかった。

 僕は諦めて、気分を変えるため船の外に出ることにした。

 外に出ると、心地よい潮風が僕の肌をかすめていった。顔を上げると数えきれないほどの星が暗い夜の空一面を明るく照らし出していた。


「あれ、レイメイ?」


 突然声をかけられ、僕は驚いて振り返った。そこにいたのはスザンナだった。


「スザンナ、君もここにいたの?」

「うん。何だか眠れなくってさぁ。星を見に来たの」

「…奇遇だね、僕も同じだ」


 交わした言葉はそれだけだった。僕たちは二人で同じ星空を見上げることで、言葉にできない一体感を感じていた。何も言わずとも、僕らの心は通じ合っているような気がした。

 何分ほどたっただろうか。もしかしたら数時間たっているかもしれない。僕は今度こそ覚悟を決めた。今ここで、この思いを彼女に伝える。今ならきっと大丈夫だ。


「…スザンナ」

「…? どうしたの?」


 震える口を何とか動かして、言葉を紡ぐ。


「僕さ、…ずっと君のことが―」


 僕が決意したその時だった。突然轟音が鳴り響き、船を大きく揺らした。


「うわっ!」


 スザンナがバランスを崩して倒れそうだったので、慌てて支える。でも、船の揺れはおさまらなかった。


「何が起こったの? 船長さん!」


 僕とスザンナは慌てて船長の元に駆けていった。でも、船長も何が起きたか分からないといった様子で狼狽しており、船の体制を立て直そうと必死だった。


「船長! 何があったんですか!?」

「多分この船の下に渦潮が発生した! さっきまでは何の兆候もなかったのに…!」


 そうしていると、異変を察知したジョンとカルザも合流した。


「船長! これ大丈夫なのか!?」

「まずいぞ! 波の流れがかなり強い! このままじゃ船が大破するぞ!」


 船長の一言に、僕たちは激しく混乱した。

 死ぬのか? 魔王も倒せずに? たどり着くことさえできずに? みんなの期待を踏みにじるのか?

 どうにかしなければ。でも、どうすれば良いかなんてわかるはずもなかった。


「みんな! もう船がもたな―」


 船長の言葉をかき消すように、とてつもない破壊音が響き、次の瞬間には天地が逆転し、僕の体は水に包まれていた。

 みんなは!? みんなはどうなった!?

 周囲を見渡すと、全員が海に転落していた。ジョンとカルザと船長は流れに飲まれ遠くに流されていた。

 スザンナは!?

 僕はスザンナを探し、そして、僕からそう遠くない場所で手を伸ばす彼女を見つけた。


「スザンナ!」


 僕は彼女に向け必死で手を伸ばす。急流に流されそうになったが、全力で抵抗した。

 僕の手は本当に少しずつだが、彼女に近づいていっていた。でも、彼女もまた、波に流されて少しずつ離れていっていた。


「スザンナ! 手を伸ばして!」


 聞こえたかどうかは分からない。でも僕は叫ばずにはいられなかった。

 スザンナも必死で抵抗しているようで、僕たちの距離は少しずつ縮まっていった。あと少し。あと少しで―

 僕は最後の力を振り絞り、腕を前に突き出した。でもその瞬間、限界を迎えたスザンナは無情な波に流され飲まれて行ってしまった。


「レ…メイ…きだよ…」

「スザンナァァァ!」


 彼女の体はどんどん遠ざかり、彼女の言葉も聞こえなくなってしまった。

 強烈な波に逆らい続けた疲労と、大切な人を失った絶望が同時に僕に襲い掛かり、僕の体は抵抗するすべも無く波に飲まれてしまった。


「スザンナ…ジョン…カルザ…」


 最後の悪あがきで手を伸ばしたが、そこには絶望と虚無しか残っていなかった。

 僕の体と意識は、絶望で暗く染まった深い深い闇の中に沈んでいった。











 …遠くから波の音が聞こえてきた。下半身に波に打ち付けられる感覚が戻る。手を動かしてみると、サラサラとした感触が伝わって来た。

 …漂着したのか?

 僕は恐る恐る目を開ける。

 

 …全く理解の及ばない光景が広がっていた。

 まず、周囲に仲間たちの姿は無かった。僕は砂浜に打ち上げられる形になっていたが、周囲に足跡は見られなかった。

 そして僕の眼前には、背丈の数十倍は軽くあるであろう、銀色の四角い塔が、いたるところに建っていた。

 …ここは、何処だ?


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